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第44話・守られた場所で、働くということ
9月初旬。妊娠21週。
詩織のお腹は、誰の目にもわかるほどに膨らんできていた。
けれど、それを気にする素振りは、出勤時からどこにもなかった。
朝は役員専用のエントランスから入り、エレベーターで社長室フロアへ。
誰とも言葉を交わすことなく、詩織はいつものように自分の席へ向かう。
社長室に入れるのは、基本的に3人だけ――
逢坂怜司、秘書の真鍋、そして詩織自身。
「おはようございます、詩織さん。昨夜は眠れましたか?」
いつもと変わらぬ真鍋の声に、詩織は小さく微笑みを返す。
「はい、少し。……怜司さんが、夜中に何度か様子を見に来てくれました」
「そうですか。それなら安心ですね。何かあれば、すぐ言ってください」
柔らかくも効率的な真鍋の対応は、どこか詩織にとって“気を使わせない優しさ”のように感じられていた。
詩織の業務は、怜司から直接渡される書類の確認や、資料整理、簡単なスケジュール補助程度。
すべて社長室内で完結する内容であり、他の社員と接する機会はほとんどない。
けれど――
社内全体の空気が変わったのは、彼女自身にも伝わっていた。
詩織と怜司の入籍が社内報で正式に告知されたのは、妊娠20週に入った直後のこと。
社外報道よりも後になった分、逢坂グループ本社では迅速に対応を取った。
グループ全社員に対するコンプライアンス再教育の徹底と、マタニティハラスメント防止研修の再受講が即時発令され、
関係各部署には「機密保持・敬意ある接触・不当な詮索の禁止」まで含まれたガイドラインが通達された。
特に詩織が働くこの会社では――
「彼女を不快にするような言動があれば、即時報告・厳正対処する」
という無言の圧が徹底され、実際、社内の空気は驚くほどに整っていた。
社長室は静かで穏やかだった。
空調は快適に保たれ、日差しは柔らかく、詩織が使うクッションや膝掛けも、ばあやが選んで怜司が整えてくれていた。
業務中も、無理のない範囲での作業のみ。
午後になると自然と、真鍋が「少し横になってください」と声をかけてくれる。
詩織はいつも、応接セットのソファに移動し、怜司が用意してくれたブランケットに包まりながら目を閉じた。
(ここは、まるで別世界みたい)
そう思いながら、お腹に手を当てる。
少しずつ強くなる胎動。
ここで、静かに守られていることに、心がふっと緩んでいく。
「…戻った。詩織、体調は?」
夕方、会議を終えて戻ってきた怜司が、低く柔らかい声で問いかける。
詩織は微笑んで、小さく頷いた。
「今日は……ゆっくりできました。ありがとうございます、怜司さん」
この場所では、誰にも無理を強いられることはない。
過剰に干渉されることもなければ、監視されることもない。
だからこそ、詩織は安心していられた。
――守られている。
それは、特別扱いでもなんでもない。
ただ、彼女が“安心して働ける環境”として、当然のように整えられている場所だった。
そしてそれを、当たり前のように維持し続けてくれている人がいるということが、何よりも心強かった。
詩織のお腹は、誰の目にもわかるほどに膨らんできていた。
けれど、それを気にする素振りは、出勤時からどこにもなかった。
朝は役員専用のエントランスから入り、エレベーターで社長室フロアへ。
誰とも言葉を交わすことなく、詩織はいつものように自分の席へ向かう。
社長室に入れるのは、基本的に3人だけ――
逢坂怜司、秘書の真鍋、そして詩織自身。
「おはようございます、詩織さん。昨夜は眠れましたか?」
いつもと変わらぬ真鍋の声に、詩織は小さく微笑みを返す。
「はい、少し。……怜司さんが、夜中に何度か様子を見に来てくれました」
「そうですか。それなら安心ですね。何かあれば、すぐ言ってください」
柔らかくも効率的な真鍋の対応は、どこか詩織にとって“気を使わせない優しさ”のように感じられていた。
詩織の業務は、怜司から直接渡される書類の確認や、資料整理、簡単なスケジュール補助程度。
すべて社長室内で完結する内容であり、他の社員と接する機会はほとんどない。
けれど――
社内全体の空気が変わったのは、彼女自身にも伝わっていた。
詩織と怜司の入籍が社内報で正式に告知されたのは、妊娠20週に入った直後のこと。
社外報道よりも後になった分、逢坂グループ本社では迅速に対応を取った。
グループ全社員に対するコンプライアンス再教育の徹底と、マタニティハラスメント防止研修の再受講が即時発令され、
関係各部署には「機密保持・敬意ある接触・不当な詮索の禁止」まで含まれたガイドラインが通達された。
特に詩織が働くこの会社では――
「彼女を不快にするような言動があれば、即時報告・厳正対処する」
という無言の圧が徹底され、実際、社内の空気は驚くほどに整っていた。
社長室は静かで穏やかだった。
空調は快適に保たれ、日差しは柔らかく、詩織が使うクッションや膝掛けも、ばあやが選んで怜司が整えてくれていた。
業務中も、無理のない範囲での作業のみ。
午後になると自然と、真鍋が「少し横になってください」と声をかけてくれる。
詩織はいつも、応接セットのソファに移動し、怜司が用意してくれたブランケットに包まりながら目を閉じた。
(ここは、まるで別世界みたい)
そう思いながら、お腹に手を当てる。
少しずつ強くなる胎動。
ここで、静かに守られていることに、心がふっと緩んでいく。
「…戻った。詩織、体調は?」
夕方、会議を終えて戻ってきた怜司が、低く柔らかい声で問いかける。
詩織は微笑んで、小さく頷いた。
「今日は……ゆっくりできました。ありがとうございます、怜司さん」
この場所では、誰にも無理を強いられることはない。
過剰に干渉されることもなければ、監視されることもない。
だからこそ、詩織は安心していられた。
――守られている。
それは、特別扱いでもなんでもない。
ただ、彼女が“安心して働ける環境”として、当然のように整えられている場所だった。
そしてそれを、当たり前のように維持し続けてくれている人がいるということが、何よりも心強かった。
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