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第52話・ひとつの提案、夜の鼓動
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産院での診察を終え、詩織と怜司は並んで車に乗り込んだ。
運転席はいつもの専属ドライバー。後部座席には静かな空気が流れている。
詩織は少しほっとした表情で、窓の外に視線を向けていた。
「……赤ちゃん、元気でしたね」
「そうだな。……安心した」
詩織の声には、張りつめていたものがすっと緩んだような響きがあった。
怜司は隣で、その横顔を見守っていた。
しばらく沈黙が流れたあと、ふと怜司が静かに口を開いた。
「……詩織」
「はい?」
「今夜から、寝室を一緒にしよう」
「え……?」
詩織は思わず怜司の方を見た。
その目には驚きと、ほんの少し戸惑いが浮かんでいた。
「もちろん、詩織の意思を優先する。無理にとは言わない。
けれど……昨夜のお前の顔を見て、俺はもう、あんな思いはさせたくないと思った」
怜司の声は低く穏やかで、押しつけがましさはなかった。
「側にいれば、変わることもあるかもしれない。
それが少しでも詩織の安心に繋がるなら……俺は、そこにいたい」
詩織は、しばらく言葉を返せなかった。
こんなにもまっすぐに、ただ“そばにいたい”と望んでくれる人がいる。
それがどれほど心強いことか、身に染みてわかっていた。
「……わたし、甘えてもいいですか?」
「最初から、そのつもりで言っている」
詩織は静かに頷き、小さく笑った。
「……はい。ありがとうございます、怜司さん」
そうして、二人の距離はまたひとつ、確かに近づいた。
その夜。
詩織は怜司の寝室――今夜からふたりで使う部屋のベッドの上で、やや緊張した面持ちで枕を整えていた。
広いベッドの右側に怜司、左側に詩織。
シーツは洗いたての柔らかな香りがして、室内は間接照明だけがふんわりと灯っていた。
「……なんだか、ちょっと落ち着かないですね」
「緊張してるのか?」
「……はい。少しだけ」
怜司はわずかに笑みを浮かべた。
「無理に話さなくてもいい。眠れそうならそのまま目を閉じろ。俺は、ただ隣にいるだけだ」
その言葉に、詩織はゆっくりと頷き、布団の中で身体の向きを少し変えた。
(……こうして、隣にいてくれるだけで)
たったそれだけのことで、こんなにも心が軽くなるとは思っていなかった。
しばらく沈黙が続き、部屋に聞こえるのは時計の針の音と、互いの呼吸だけ。
その静寂の中――ふと、詩織のお腹がぽこ、と小さく膨らんだ。
「……あ」
「どうした?」
怜司がすぐに顔を向ける。
「今……動きました。胎動、です。最近よく動くんですけど、今日はなんだか、強くて……」
詩織はお腹に手を添えながら、ほのかに微笑んだ。
「……怜司さんも触ってみます?」
「いいのか?」
「もちろんです」
詩織が少し身を起こし、怜司の手を導くようにして自分のお腹へと添えた。
数秒の静寂の後――
ぽこっ、とまた小さな蹴りが内側から伝わった。
怜司の目がわずかに見開かれ、表情が柔らかくほぐれていく。
「……本当に、生きてるんだな」
「……はい。もう、ちゃんと命になってるんですよね。
私の中で、この子がずっと育ってるんだなって……時々、不思議に思います」
ふたりの手が、ひとつの小さな命をそっと包みこむ。
それは言葉よりも温かく、静かな確信のような感覚だった。
「怜司さん」
「ん?」
「ここまで来られて、よかったです」
「……これからも、ふたりで進んでいく。それでいい」
そうして、ふたりはベッドの上で並んで静かに目を閉じた。
外は静かな夜。
でも、詩織の胸の中では確かに――“新しい家族の音”が、優しく鳴っていた。
運転席はいつもの専属ドライバー。後部座席には静かな空気が流れている。
詩織は少しほっとした表情で、窓の外に視線を向けていた。
「……赤ちゃん、元気でしたね」
「そうだな。……安心した」
詩織の声には、張りつめていたものがすっと緩んだような響きがあった。
怜司は隣で、その横顔を見守っていた。
しばらく沈黙が流れたあと、ふと怜司が静かに口を開いた。
「……詩織」
「はい?」
「今夜から、寝室を一緒にしよう」
「え……?」
詩織は思わず怜司の方を見た。
その目には驚きと、ほんの少し戸惑いが浮かんでいた。
「もちろん、詩織の意思を優先する。無理にとは言わない。
けれど……昨夜のお前の顔を見て、俺はもう、あんな思いはさせたくないと思った」
怜司の声は低く穏やかで、押しつけがましさはなかった。
「側にいれば、変わることもあるかもしれない。
それが少しでも詩織の安心に繋がるなら……俺は、そこにいたい」
詩織は、しばらく言葉を返せなかった。
こんなにもまっすぐに、ただ“そばにいたい”と望んでくれる人がいる。
それがどれほど心強いことか、身に染みてわかっていた。
「……わたし、甘えてもいいですか?」
「最初から、そのつもりで言っている」
詩織は静かに頷き、小さく笑った。
「……はい。ありがとうございます、怜司さん」
そうして、二人の距離はまたひとつ、確かに近づいた。
その夜。
詩織は怜司の寝室――今夜からふたりで使う部屋のベッドの上で、やや緊張した面持ちで枕を整えていた。
広いベッドの右側に怜司、左側に詩織。
シーツは洗いたての柔らかな香りがして、室内は間接照明だけがふんわりと灯っていた。
「……なんだか、ちょっと落ち着かないですね」
「緊張してるのか?」
「……はい。少しだけ」
怜司はわずかに笑みを浮かべた。
「無理に話さなくてもいい。眠れそうならそのまま目を閉じろ。俺は、ただ隣にいるだけだ」
その言葉に、詩織はゆっくりと頷き、布団の中で身体の向きを少し変えた。
(……こうして、隣にいてくれるだけで)
たったそれだけのことで、こんなにも心が軽くなるとは思っていなかった。
しばらく沈黙が続き、部屋に聞こえるのは時計の針の音と、互いの呼吸だけ。
その静寂の中――ふと、詩織のお腹がぽこ、と小さく膨らんだ。
「……あ」
「どうした?」
怜司がすぐに顔を向ける。
「今……動きました。胎動、です。最近よく動くんですけど、今日はなんだか、強くて……」
詩織はお腹に手を添えながら、ほのかに微笑んだ。
「……怜司さんも触ってみます?」
「いいのか?」
「もちろんです」
詩織が少し身を起こし、怜司の手を導くようにして自分のお腹へと添えた。
数秒の静寂の後――
ぽこっ、とまた小さな蹴りが内側から伝わった。
怜司の目がわずかに見開かれ、表情が柔らかくほぐれていく。
「……本当に、生きてるんだな」
「……はい。もう、ちゃんと命になってるんですよね。
私の中で、この子がずっと育ってるんだなって……時々、不思議に思います」
ふたりの手が、ひとつの小さな命をそっと包みこむ。
それは言葉よりも温かく、静かな確信のような感覚だった。
「怜司さん」
「ん?」
「ここまで来られて、よかったです」
「……これからも、ふたりで進んでいく。それでいい」
そうして、ふたりはベッドの上で並んで静かに目を閉じた。
外は静かな夜。
でも、詩織の胸の中では確かに――“新しい家族の音”が、優しく鳴っていた。
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