とうもろこし畑のダイヤモンド

文月 青

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再会編

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村はとっくにダムの底に沈んだのだと思っていたら、現在も建設中なのだと大輔が言った。調査期間を含めて完成に二十年程かかる場合もあるらしく、村のあった場所に足を運べるのはまだまだ先だと知った。ではとうもろこし畑は現在どうなっているのだろう。

「そういえば女子部員の合流が決まったぞ」

公園でキャッチボールを終えた後、空腹に耐えかねて急いでアパートまで帰ってきた私達は、前日大量に作っておいたカレーを温め直して食べていた。二日目のカレーはまた格別と味わっていると、大輔が試合の日程を知らせるついでに教えてくれた。

全日本選手権大会、東日本・西日本大会と、全国規模の大会は年に二回あるらしい。現在行われているリーグ戦は、その大会に出場するための予選だが、高校のように連日試合が行われるわけではなく、天候に左右されると結構間が空くのだという。

また練習同様試合の度に同じ顔触れが揃うことはなく、学部が違えば学年も違うし、住環境もそれぞれということで、レポートや課題、もしくはアルバイトの都合でスタメンにも変化が生じる。つまり大輔もその時々でスタメンにも控えにも回る。そんな中で女子部員六名の入部が正式に決定した。

「文緒はどうするんだ?」

あっさり二杯目に移った大輔が、衰えない食欲を見せる。私もさらっとおかわりをしたら、張り合うことないんだぞと笑われたので、力いっぱい足を蹴っ飛ばしてやった。

「もう少し労われよ、この暴力女」

「あんたを労わる理由がない」

つんとそっぽを向いてカレーを頬張れば、大輔が呆れたように手を伸ばしてくる。

「全くお前は」

そう言って口元に付いたご飯粒を取って、親が子供にするようにぱくっと食べてしまう。こういうときの大輔は妙に表情が甘ったるくて、正直背中がむず痒くなる。中学生の頃にはなかったことだ。

「一度サークルの方も見学してみることにした」

なので私は話を元に戻した。大輔がどんどん「男性化」しているみたいで居心地が悪い。性別は最初から男には違いないんだけれど。

「ああ、例の活動が極端に少ないところだな」

「でも現状は知らないから。会員数にしても練習内容にしても。だからちゃんと自分の目で確かめてくる」

「嬉しいような、淋しいような」

スプーンを置いて水をごくごく飲んでから、大輔はふーっと大きく息を吐いた。

「同じチームでやってみたい、でも他の男とキャッチボールしている姿は見たくない。公私混同だな」

おかしなことを考える。そんなことを気にしていたら練習にならないだろうに。第一女子部員が活動に参加すれば、大輔だって私以外の女子とキャッチボールをすることになる。その光景を想像してみた。

「文緒は嫌じゃないんだよな。俺が誰と組んでも」

テーブルに片手で頬杖をついてぼやく。

「私もちょっと嫌かも」

「本当か?」

顔を歪める私に大輔が目を輝かせた。こっちが嫌な気分になっているのに何故喜ぶ。

「村では子供はお互いしかいなかったからね。たぶんあれだ。独占欲」

該当する気持ちに見当がついて、大輔も同じだろうと答えを返すと、彼は仰向けでばったり床に倒れ込んだ。

「文緒の馬鹿たれ」




騒音に意識が引き戻されて目を開けると、薄暗い部屋の中で大輔が一人取り乱していた。食事の後に皿を洗っていたら、いつの間にか大輔が床に倒れたまま眠ってしまい、起こすのも忍びないので、昔のように二人並んで寝ることにしたのだ。

「寒かった? 布団が一組しかなくて」

普段私が使っている布団や毛布を、それぞれに分けて掛けたとはいえ、床の上では冷えたに違いない。スポーツ選手に悪いことをしてしまっただろうか。

「いやそれ程でも。じゃなくて起こせよ」

上半身を起こして私を見下ろす大輔の輪郭が徐々にはっきりしてきて、どうしてそこまでというくらい焦っているのが伝わってきた。

「明日は練習休みなんでしょ」

女にはあるまじき大きな欠伸をしてから、横に置いた目覚まし時計を手繰り寄せる。

「まだ一時だし、こんな時間に帰るの?」

畳み込むようにやんわり言うと、大輔は渋々もう一度体を横たえた。でもすぐに背中を向けてしまう。

「あの頃みたいにぐーすか眠ってたよ」

お祖父ちゃんの家での合宿もどきが蘇り、私は笑いながら布団を肩まで引っ張り上げた。お祖父ちゃん達の高いびきと、それをものともせずに眠るお祖母ちゃん達。

「寝てねーよ。つーか少しは警戒しろ、ボケ」

不貞腐れたような声。そうそう布団の中でスマホを使って会話をしたのも、大輔がこんなふうに不機嫌になった夜だ。

「とうもろこし畑、まだ残ってると思う? ダイヤモンド、掘り返されちゃったかな」

「埋蔵金の話に聞こえるぞ」

そこでようやく小さな笑いが洩れたので、私はあの夜のように大輔の頭を叩いたり肩を突いたりした。

「大輔、こっち向いてよ。つまんないよ」

「俺は文緒には適わないんだよなあ」

大輔はごそごそと布団毎振り返り、至近距離に私の顔を見つけて慌てて離れる。心臓に悪いと嘆く彼を余所に、私の瞼裏には室内の闇の色とはほど遠い、青と緑と茶色のコントラストが浮かび上がる。

「あそこで大輔とお祖父ちゃん達と、もちろんお祖母ちゃん達も一緒に、続きをやりたかったな」

静かに頷く気配に心が和んで、私は幸せな気分で眠りについた。隣の大輔がその後一睡もできなかったことなど、もちろん気づきもしなかった。




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