とうもろこし畑のダイヤモンド

文月 青

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再会編

22

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女子軟式野球サークルの会長である紀藤麻子きとうあさこさんは、他の三名の会員を伴って私の前に現れた。気持ち離れた場所に佇む水野さんと石井さんを見て、一瞬雰囲気を尖らせたけれど、彼らが口を出さないと踏んだのだろう。じっと私を凝視した。

「あなたが冴子を野球部に引っ張った桂さんね」

冴子とは二階さんのことだ。

「自分の彼氏の元に恋敵ライバルを送るなんて、どんな人かと思えば常に男を侍らせているわけだ」

紀藤さんの背後にいる女子が嫌味たらしく言う。私はげんなりした。野球がやりたいだけなのに、どうして周囲は最近色恋沙汰ばかり持ち込むのだろう。

「ごめんなさい。その手の話はお腹いっぱいなんで、他の人とお願いします。単刀直入にお伺いします。野球をする気ありますか」

いきなりの切り口上に女子四名は顔を引きつらせ、男子二名は抑えているのだろうが微かに笑いが洩れている。

「本気で、言ってるの?」

警戒したように紀藤さんが問う。私は間髪入れずに頷いた。四人の面々が苛ついているのが伝わってくる。

「冴子から聞いたんでしょう? 私達が素人でゲームをしているだけだって」

「二階さんからはルール勉強だと説明されましたが」

「そんなのどっちでもいいわよ」

不機嫌にぼやいたのは紀藤さんの右隣の人。

「悪いけど私達はソフトボールもろくにできないの。野球もテレビで観ていても分からないルールだらけ。いざグラウンドに出ても立っているだけなのよ」

吐き捨てるように返して紀藤さんに制される。

「卒業した会員の中に経験者がいてね。その人の在籍中は練習もちゃんとしていたし、練習場所にも便宜を図ってもらえた。でもいざいなくなったら、小学生よりもお粗末な集団はお荷物でしかなかったの」

おそらく何をしていいのか分からず、活動らしい活動をしていないことを見咎められて、非公認サークルにされてしまったことを指しているのだろう。

「それでやる気はありますか?」

「人の話を聞いてる?」

過去のいざこざをここで論じても仕方がない。まして私は当事者ではないのだ。口を挟めることは何もない。そう思って現在必要な確認をしたのだが、紀藤さん始めサークルのメンバーは気分を害したらしい。

「やりたい筈ないでしょ。野球なんて懲り懲りよ」

「じゃあどうして野球サークルのままなんですか?」

素直な疑問をぶつけたら激怒された。

「面倒だからよ」

「名前だけでも残しておけば、先輩への顔も立つし」

それぞれが喚き出したのを再び紀藤さんが止めた。この人ちゃんとリーダーシップを発揮している。

「正直冴子のことは感謝しているの。あの子は野球をしたかったわけじゃないから。でも私達のことは放っておいてもらえると嬉しい」

そう言って四人はグラウンドを去っていった。今の会話だけでは真意はつかめないけれど、わざわざ履き替えたのか、実家の母が好みそうなひらひらスカートに、踵の高い靴ではなくスニーカーで来るあたり、脈はありそうな気がするんだけれど。

「文緒ちゃん、すげー。全く空気読んでないよ。やっぱり女版水野さんだ」

腕組みをして考え込んでいると、それまで黙って成り行きを見守っていた石井さんが転がり出た。

「俺はあそこまで酷くない」

水野さんまでが堪え切れずにお腹を抱えている。

「で? どうするつもりなんだ? 簡単に説得するのは難しそうだが」

「とりあえず動きます」

訝しむ二人に私は大胆不敵に笑って見せた。




「文緒!」

ずっと口をきかないままだった大輔が、私のアパートを慌てて訪ねたのは、それから一週間後の夜のことだった。晩ご飯にしようと思っていた私は、ちょうどいいので大輔の分も用意してから、彼の向かいに腰を下ろした。

「お前、新しいサークルを立ち上げるって本気か? しかも一人で」

また水野さん経由で話を聞いたのだろう。

「立ち上げられるかどうかは分からないよ。さすがに非公認でも一人じゃ駄目だって言われたから」

ちなみに本日のメニューは、豆腐と薬味を乗っけただけの冷や奴丼。夏バテ防止メニューの特集で紹介されていたのだ。

「女子サークルに入るんじゃなかったのか?」

「たぶんそれは無理」

紀藤さん達はおそらく私を受け入れない。だから説得もできないだろうし、よしんばできたとしても相当時間がかかる。ならば自分でメンバーを募って、野球ができる環境を作るしかない。もちろん彼女達の心を開くためにも。

うちの大学は運動部に重きを置いているお陰で、非公認サークルに関する規則は比較的緩めなのだそうだ。ただ新しく立ち上げる条件として、最低揃えなければならない人数が五名。故に私はメンバー探しから始めなければならない。高校時代の再来だ。

「だからって…」

呆れる大輔の口に冷や奴丼をスプーンで突っ込む。渋々咀嚼していた顔が明るくなる。

「結構いける」

先日お祖父ちゃんのところに行ったとき、怒っていても私の所在を確かめに来ていたと聞いたから、毎日大輔の分の夕食も作っていた。けれど彼が私の部屋のドアをノックすることはなくて、残ったおかずは翌朝自分で食べていた。ようやくご飯も日の目を見た感じ。

「何だよ」

「美味しそうに食べるなって」

「美味いんだよ」

ぶっきら棒に答えてご飯をかき込む姿が、中学生の頃に重なって見える。でもあの頃の方が素直だったかな。お互いに。

「本当に一人でやるのか?」

食べ終えた大輔が心配そうに訊ねた。

「上手くいくかどうかは分からないけど、やれるところまでやってみる」

「でも女子サークルを二つ作ったら、逆にややこしいことにならないか?」

「立ち上げるのは軟式野球サークルだよ」

「はあ?」

軟式野球部と女子軟式野球部が合併した今、何故そんなことをと首を傾げる大輔に、私はVサインを出した。

「経験の有無、老若男女問わず大歓迎」




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