とうもろこし畑のダイヤモンド

文月 青

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再会編

25

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本人は軽く引っ張っているつもりだったのだろうが、じわじわと痛みが広がってきたので、私は大輔の両手を自分の手で掴んで離した。ところがほっぺたをさすろうとしたのに、何故か大輔は私の手を握り返す。暑さのせいで手がベタベタしているというのに、何を考えているのやら。

「いい加減にしないか、板倉ヘタレ」

ぴしゃっと叱りつけると、大輔はびっくりしたように手を離し、やがてがっくりと肩を落とした。

「今それ持ち出すのやめろよ。結構トラウマなんだぞ。試合のときに本当にそう呼ばれるんじゃないかって」

上福元のお祖母ちゃんの威力は凄い。プロポーズ小沢と互角の勝負だ。私はひとしきり笑った後に表情を改めた。

「もしかしたらサークルが立ち上がらない可能性もあるんだよ? そうしたら野球はできないんだよ? それでもいいの?」

今度は感情的にならずにゆっくり畳みかける。

「初めからそのつもりだ」

一歩も引く気がない大輔に、私は諦めてため息をついた。

「分かった。ただし野球部の練習にはできるだけ参加して、助っ人が必要なときは優先すること。それが守れるなら協力をお願いします」

「そんな半端な状態でいいのか?」

「半端じゃないよ。野球部には色々助けてもらっているんだから、向こうの要請には応えないと。ああ二階さんはどうする? 水野さんはこっちに貸そうかって言ってくれてるけど」

大輔と二階さんを入れてもまだ三人。夏休みが明けたらもう少し本格的に宣伝していかないと、事態はいつまで経っても変わらない。

「そこで二階の名前を出す文緒の無神経さに呆れる。今に始まったことではないけど」

「勘違いしないでよ。野球部に紹介したのが私だから責任あるでしょ」

理由が大輔だからと言えたら楽なのに。あれ? でも二人はやっぱりつきあい出したんだっけ? それなら遠慮はいらない筈。

「大輔は二階さんとつきあってる?」

一応確認すると、うんざりしたように睨まれた。

「真っ向否定したよな?」

毎度同じことを蒸し返されると、さすがにぶん殴りたくなるぞと、物騒な台詞を吐く。

「妬いてくれてる…じゃないよな」

じゃあ勝手に人の恋心を伝えるわけにはいかない。そう考えて唸っていると、ふいに大輔が淋しそうに零した。

「自分だって立派に鈍感男のくせに」

石井さんからも大輔が気の毒だと諭されて、普段はしない気遣いをしているつもりだっただけに、私も段々苛ついてきた。

「大輔は私に何をして欲しいわけ? 好きだなんて一言も言われていないのに、妬いて欲しいって意味分かんない」

そこで大輔は信じられないと言わんばかりに目を見開いた。

「今更? そこからなのか? ちょっと待て。文緒お前相変わらず馬鹿?」

何気に失礼な発言だな。

「五年も会っていないのに、忘れるどころか俺はこれだけ文緒にまとわりついてるんだぞ?」

「だから何? 小沢のおっちゃん達だって、私のこと忘れてないじゃん」

「じいさん達と同列に考えるな」

険悪なムードになりかけたとき、ぱんぱんと手を叩く音が大きく響いた。

「そこまでだ」

笑いを噛み殺している水野さんと、爆笑している石井さんが姿を現す。

「聞いてたんですか」

諦めたように嘆息する大輔に、水野さんが悪びれずに言う。

「老婆心だ。ありがたいと思え。邪魔をするつもりはなかったが、桂にお客さんが来たんでな」

「お客?」

水野さんが黙って自分の背後を示す。女子軟式野球サークルの紀藤さん達四人の姿があった。彼女達はお互いに目配せした後、揃ってぺこんと頭を下げた。

「一緒にサークルを作らせて下さい」

神妙な面持ちで紀藤さんが口を開く。

「兄が野球をやっていたの。上手くはなかったけど、毎日練習に励んでいるのを見て、自分も始めてみたいと思った。でも桂さんと同じように、私の住んでいる地域でも女子に教えてくれるところはなくて。大学でサークルがあると知ったときは嬉しかった」

表情が徐々に雲る。

「経験者の先輩達がいる間は楽しくて、メンバーもたくさんいたの。けれど卒業したら活動が滞るようになって、日々誰かが辞めていって、残ったのは私達だけだった」

その後は以前二階さんから聞いた話の通りなのだろう。

「本当は冴子が抜けた時点で、サークルとしては認められないんだけど、しがみつくものが欲しくて、まだ上には報告していなかったの」

ぎゅっと唇を噛んだ後、紀藤さんは真っ直ぐに私をみつめた。

「もう一度野球をやってみたい。教えてくれる?」

「喜んで」

私は嬉しくなって立ち上がった。紀藤さん達もほっとしたように胸を撫で下ろす。

「これで板倉を抜いても五人だな、桂」

「はい。早速サークルの申請手続きを取ります。そうだ水野さん。しばらくは第一グラウンド、借りてもいいです?」

「任せておけ。俺の方からかけあっておく。活動方針についても上手く話しておこう」

さくさくと話を進める私と水野さんに、紀藤さん達は呆気に取られ、石井さんは「早っ! さすがダブル水野」と吹き出し、そして大輔は心底嬉しそうに目を細めていた。

「大輔、安心して野球部に戻っていいからね」

私がぽんと肩を叩くと、大輔ははいはいと頷いた。

「言うと思ったよ」

「やっぱり放置プレイだ」

石井さんの一言で中庭には明るい笑い声が広がってゆく。私はみんなの顔をゆっくり眺める。元は他人で、この先も知り合うことはなかったかもしれない人達。

ねえお祖父ちゃん。私にもきっととうもろこし畑のダイヤモンドで、ずっと共に駆け回る大切な人達ができるよね。お祖父ちゃん達みたいに。

新しい今日に胸を膨らませながら、私は甲子園の季節を彩る暑い夏の青空を見上げた。



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