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番外編
大輔の夏休み 3
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文緒に問いただそうとしたとき、ちょうど荒木のじいさんとばあさんが帰ってきた。しかも途中で会ったからと、背後からうちの祖父ちゃんと祖母ちゃんも現れた。祖母ちゃんは挨拶もそこそこに文緒に歩み寄ると、心底申し訳なさそうに謝った。
「ごめんね、文緒ちゃん。せっかく忙しいなか都合をつけてくれたのに」
「気にしないで。それよりうちのお母さんと大輔のお父さんは、どのくらいつきあっていたの?」
興味津々といった体で文緒が訊ねる。それは俺もちょっと気になっていた。文緒の来訪を拒むほど、期間も去ることながら深いつきあいをしていたのだろうか。一旦みんなで一息ついてから、うちの祖母ちゃんが口を開く。
「三年近くよ。高校時代の殆ど」
何でも親父と文緒の母親は、親同士が親しいこともあって子供の頃から常につるんでいたのだそうだ。しかも二人の共通点はよりによって野球嫌い。父親がのめり込んでいただけに、自分達は絶対関わりたくないと思っていたのだそうだ。その結果俺と文緒がじいさん達の夢を受け継ぐことになった。
「文緒のお母さんが就職で村を離れるときに、お互い納得の上で別れることにしたみたいでね。今と違って携帯電話もなかったし、遠距離恋愛なんて難しかったもの」
荒木のばあさんがため息をつく。それを言ったら俺と文緒はどうなる。五年後に再会するまで、便利な時代に連絡も取りあわずにきたのだ。なのに約束を忘れずにいた。
「そう考えるとお前達は縁が切れなかったな」
感心したように祖父ちゃんが洩らした。荒木のじいさんもふんふんと頷いている。
「友達と恋人の違いよね」
からから笑う祖母ちゃん達がよろしくない。しかも隣で文緒まで笑っている。
「つられるなよ」
面白くなくて軽く頭を叩くと、祖母ちゃんはにやにやしながら先を続けた。
「大輔のお母さんはその間お父さんに横恋慕していたそうよ。数年後に想いが実ってゴールイン、あんたが生まれたというわけ」
もしや俺のこの片想い体質は、何年も親父を慕っていたお袋譲りか。
「だから今更疚しいことはなくても、お父さんはお母さんの心情を慮ったんでしょうね」
「親父の気持ちは分かったけど、それじゃ俺と文緒はいつまで経っても」
「そこなのよ」
祖母ちゃん達は再び声を揃える。お袋を気遣うが故の言動なら親父を責められない。でもお互いの親の過去の恋愛がネックになっているなら、俺と文緒に明るい未来は当然ない。もはやこれはお袋の呪いじゃないのか?
合奏仲間がいないと鼾も振るわないのか、今日は室内がいつもの半分ほど静かだった。祖母ちゃん達の規則正しい寝息がむしろはっきり聞こえる。俺は高齢者チームを起こさないように、そっと布団から這い出した。お姫様はついさっき懲りずに部屋を後にしている。
「夜中に一人で外に出るなって言っただろ」
アパートの前の公園で、一人ブランコに座っている文緒に背後から忍び寄ると、彼女は考え事でもしていたのかびくっと肩を震わせた。
「何者が潜んでいるのか分からないんだぞ」
住宅街の中にある公園といえど、絶対安全なわけではない。華奢なくせになまじ体力があるものだから、文緒はどうも危機感が薄い。
「本当に起きてたんだね」
振り返って苦笑しながらも、俺の姿に安堵しているのが見て取れる。それが嬉しい。我ながら単純だが。
「試合、どうだったの?」
午前中の練習試合の結果を訊ねているのだろう。
「勝った」
「よかったね」
「そっちこそ、監督と司に会ってきたんだろ?」
司の名前を強調すると、まだ根に持っているのと文緒は小さく吹き出した。恋愛感情抜きのつきあいと分かってはいても、二人の信頼関係はやはり妬ける。
「悪いかよ」
「いろいろ教えてもらってきたし、しごいてもらってもきた。まずは私がちゃんとしないとね」
サークル立ち上げの発起人として、文緒は周囲が思っているよりもはるかに責任を感じている。集まってくれたメンバーが基礎を学び、そして野球を楽しめるように。そのために自分は何をすればいいのか、いつも心のどこかに留め置いている。
どれだけ必死なのか知っているから、おそらく水野さんも協力を惜しまないのだろう。あの人も文緒に好意があるんじゃないかと疑った時期もあったが、
「どちらかと言えば桂は俺の分身に近い」
少なくとも女として意識していないことだけは分かった。石井の言う「女版水野」という例えは正しかったようだ。
「司と真琴は何だか凄くいい雰囲気になってた」
前に向き直ってふふっと小さく笑み零す。俺は後ろに立ったままブランコの鎖を掴んだ。
「あの司が振り回されているのがおかしくて。よっぽど真琴が大切みたい」
それはそっくり俺と文緒にも当てはまると思うんだが。やり切れなくなって俺は鎖ごと文緒を抱きすくめた。
「俺は野球も下手だけど、絶対不幸にはしない」
緩く隙間の空いた二人の距離が、再び振り返った文緒の動きで縮まった。そのときだった。
「人の名言パクってんじゃねーよ。ヘタレのくせに」
公園に不躾な台詞が降った。
「ごめんね、文緒ちゃん。せっかく忙しいなか都合をつけてくれたのに」
「気にしないで。それよりうちのお母さんと大輔のお父さんは、どのくらいつきあっていたの?」
興味津々といった体で文緒が訊ねる。それは俺もちょっと気になっていた。文緒の来訪を拒むほど、期間も去ることながら深いつきあいをしていたのだろうか。一旦みんなで一息ついてから、うちの祖母ちゃんが口を開く。
「三年近くよ。高校時代の殆ど」
何でも親父と文緒の母親は、親同士が親しいこともあって子供の頃から常につるんでいたのだそうだ。しかも二人の共通点はよりによって野球嫌い。父親がのめり込んでいただけに、自分達は絶対関わりたくないと思っていたのだそうだ。その結果俺と文緒がじいさん達の夢を受け継ぐことになった。
「文緒のお母さんが就職で村を離れるときに、お互い納得の上で別れることにしたみたいでね。今と違って携帯電話もなかったし、遠距離恋愛なんて難しかったもの」
荒木のばあさんがため息をつく。それを言ったら俺と文緒はどうなる。五年後に再会するまで、便利な時代に連絡も取りあわずにきたのだ。なのに約束を忘れずにいた。
「そう考えるとお前達は縁が切れなかったな」
感心したように祖父ちゃんが洩らした。荒木のじいさんもふんふんと頷いている。
「友達と恋人の違いよね」
からから笑う祖母ちゃん達がよろしくない。しかも隣で文緒まで笑っている。
「つられるなよ」
面白くなくて軽く頭を叩くと、祖母ちゃんはにやにやしながら先を続けた。
「大輔のお母さんはその間お父さんに横恋慕していたそうよ。数年後に想いが実ってゴールイン、あんたが生まれたというわけ」
もしや俺のこの片想い体質は、何年も親父を慕っていたお袋譲りか。
「だから今更疚しいことはなくても、お父さんはお母さんの心情を慮ったんでしょうね」
「親父の気持ちは分かったけど、それじゃ俺と文緒はいつまで経っても」
「そこなのよ」
祖母ちゃん達は再び声を揃える。お袋を気遣うが故の言動なら親父を責められない。でもお互いの親の過去の恋愛がネックになっているなら、俺と文緒に明るい未来は当然ない。もはやこれはお袋の呪いじゃないのか?
合奏仲間がいないと鼾も振るわないのか、今日は室内がいつもの半分ほど静かだった。祖母ちゃん達の規則正しい寝息がむしろはっきり聞こえる。俺は高齢者チームを起こさないように、そっと布団から這い出した。お姫様はついさっき懲りずに部屋を後にしている。
「夜中に一人で外に出るなって言っただろ」
アパートの前の公園で、一人ブランコに座っている文緒に背後から忍び寄ると、彼女は考え事でもしていたのかびくっと肩を震わせた。
「何者が潜んでいるのか分からないんだぞ」
住宅街の中にある公園といえど、絶対安全なわけではない。華奢なくせになまじ体力があるものだから、文緒はどうも危機感が薄い。
「本当に起きてたんだね」
振り返って苦笑しながらも、俺の姿に安堵しているのが見て取れる。それが嬉しい。我ながら単純だが。
「試合、どうだったの?」
午前中の練習試合の結果を訊ねているのだろう。
「勝った」
「よかったね」
「そっちこそ、監督と司に会ってきたんだろ?」
司の名前を強調すると、まだ根に持っているのと文緒は小さく吹き出した。恋愛感情抜きのつきあいと分かってはいても、二人の信頼関係はやはり妬ける。
「悪いかよ」
「いろいろ教えてもらってきたし、しごいてもらってもきた。まずは私がちゃんとしないとね」
サークル立ち上げの発起人として、文緒は周囲が思っているよりもはるかに責任を感じている。集まってくれたメンバーが基礎を学び、そして野球を楽しめるように。そのために自分は何をすればいいのか、いつも心のどこかに留め置いている。
どれだけ必死なのか知っているから、おそらく水野さんも協力を惜しまないのだろう。あの人も文緒に好意があるんじゃないかと疑った時期もあったが、
「どちらかと言えば桂は俺の分身に近い」
少なくとも女として意識していないことだけは分かった。石井の言う「女版水野」という例えは正しかったようだ。
「司と真琴は何だか凄くいい雰囲気になってた」
前に向き直ってふふっと小さく笑み零す。俺は後ろに立ったままブランコの鎖を掴んだ。
「あの司が振り回されているのがおかしくて。よっぽど真琴が大切みたい」
それはそっくり俺と文緒にも当てはまると思うんだが。やり切れなくなって俺は鎖ごと文緒を抱きすくめた。
「俺は野球も下手だけど、絶対不幸にはしない」
緩く隙間の空いた二人の距離が、再び振り返った文緒の動きで縮まった。そのときだった。
「人の名言パクってんじゃねーよ。ヘタレのくせに」
公園に不躾な台詞が降った。
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