とうもろこし畑のダイヤモンド

文月 青

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番外編

大輔の夏休み 4

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こんな夜更けにと訝りつつ振り返ると、そこにはまんまと小沢夫妻と上福元夫妻が立っていた。笑いを噛み殺す三人を余所に、小沢のじいさんだけが不機嫌全開で俺を睨みつけている。荒木のじいさんを訪ねてきたのだろうが、よりによって何故このタイミングなんだ。

「年寄りが夜中に出歩くんじゃねーよ」

渋々文緒から離れてぼやくと、小沢のじいさんはけっと悪態をついた。

「自分の力で女も口説けんヘタレが偉そうに」

当たっているだけに言い返せない。でもじいさんのプロポーズは、昼間の流れから使わせてもらっただけで、本当にパクろうと思ったわけじゃない。

「それよりこんな時間にどうしたの?」

ブランコを降りた文緒が訊ねる。夜更けといってもまだ日付は変わっていない。近所の家の明かりも灯っている。けれどやはり年寄りがダブルデートをする時間は過ぎていた。

「招集がかかったのよ、大輔のお祖母ちゃんから。孫達の恋が暗礁に乗り上げたって」

小沢のばあさんが闇の中で目を爛々と輝かせる。この人は熱烈なプロポーズを受けて以来、ドラマチックな展開に弱いらしい。

「本当は明日の朝早く出てくるつもりだったんだけど、時間が惜しくなっちゃってさ」

「急いで電車に飛び乗ったのよ」

相変わらずにこにこしている上福元のじいさんとばあさん。さすがに夜は歌を歌わないようだが、この人達を見ていると怒りも萎える。

「人目を忍んで逢引きしているあたり、上手くいってんじゃねーのかよ?」

たった今邪魔した奴がよく言う。

「発端はうちのお母さんと大輔のお父さん。私達以前の問題」

事情を掻い摘んで説明する文緒に、じいさん達は今更それかと呆れたように肩をすくめた。いつまでも公園で喋っていては近所迷惑になるので、ひとまず荒木のじいさんのアパートに移動する。

「文緒」

ぞろぞろ連なる列の最後尾を歩きながら、俺はそっと文緒の耳元に囁いた。

「お前、すげーいい匂いする」

変態と流されて終わるだろうと踏んでいたら、予想外に文緒は顔を赤らめた。困ったように視線を彷徨わせている。俺は驚いて足を止めた。こいつに女の子らしい反応をされたのは初めてだ。

ーーめちゃくちゃ可愛い。

このまま二人きりになりたいのに、何でじいさん達と夜を共にしなけりゃならないんだか。というか俺と文緒にかこつけて、ちゃっかり集まってるよな、とうもろこし軍団。




寝不足のぼーっとした頭で布団を抜け出すと、既に全員起きた後だった。ばあさん達は朝食の支度、じいさん達はテレビや新聞を読んでいる。

「やっと起きたか。良からぬ妄想でもして、寝られんかったんだろ」

小沢のじいさんが朝っぱらから毒を吐く。悪いか。隣に文緒がいるのに平気で眠れる程、俺は枯れてないんだよ。しかもあんな恥じらうような姿を見せられて。

ところが室内を見回すと、肝心の文緒がいない。荒木のじいさんの姿もない。窓辺から外を窺えば、公園でキャッチボールをする二人。

「荒木のじいさんには勝てないんだよなあ」

荒木のじいさんが倒れて駆けつけたときも、二人はこんなふうにキャッチボールをしていた。当時いろいろと悩んでいた文緒は、じいさんとのやり取りで自分の進むべき道を見つけ、軟式野球サークルを立ち上げるに至った。俺には頼るどころか一切の相談もなく。

「仕方がないだろう。文緒にとって荒木は師匠でもある。そこに割って入ることはできない」

うちの祖父ちゃんがぽんと俺の肩を叩く。

荒木のじいさんの孫は文緒以外全員男なのに、一番野球の素質があったのが女の文緒だと聞いた。だから野球嫌いの母親に反対される中、文緒のために岸監督の野球チームを探して入れてくれたとも。

「荒木も文緒がここまで野球にのめり込むとは、教えたときは思っていなかっただろうさ。五年前に文緒に泣かれたとき、可愛そうなことをしてしまったと気に病んでいた」

楽しそうにボールを投げ合う師弟を眺めながら、祖父ちゃんが痛ましげにため息をつく。

自分達も男でありながら、家庭の事情で夢を追うことは叶わなかった。文緒同様上を目指せる力があったのなら、挑む前に諦めねばならない辛さは身を以て知っている。

「年代も性別も環境も違うが、二人は共に同じ夢を見ている。羨ましい限りだ」

祖父ちゃんの言葉に胸が痛む。

「ごめんな、祖父ちゃん。俺、下手くそで」

足の速さを買われて、試合のときは一番を打たせてもらっているが、自分が他人から認められる程上手くないことは承知している。せっかく男孫がいても祖父ちゃんの夢は叶っていない。

「何故謝る。第一それはまだまだ上手くなる余地があるということだ。文緒と一緒に精進すれば良い」

「でも…」

「大輔の父親は野球、というより俺を嫌がって、絶対やろうとしなかった。お前が続けてくれているおかげで、俺の夢も繋がっている」

珍しく優しい口調の祖父ちゃん。

「久しぶりに俺達もやるか、キャッチボール」

俺はすかさず頷いて、自分のバッグからグローブを取り出した。同じように鞄からグローブを引っ張り出した師匠と笑いながら。



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