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橋本編 鬼畜の片想い
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何だかんだ揉めていた茂木と奈央だったが、結婚も婚約も絡まない、しかも保護者付きのこれまたよく分からない同居という形で落着した。俺にしてみれば、お前らどう見ても出来上がってんだろうがというところだが、当人同士はそうではないらしい。
「あなたに嫌われたら、呼吸ができなくなる」
大体この告白はどう捻じ曲げて解釈しても、あなたに嫌われたら生きていけないという意味だろうに、言った奈央も言われた茂木も全く気づいていない。絶対馬鹿だ。面白いから教えてやらなかったけど。
まぁ奈央は何か深い事情を抱えていたようだし、そのことに関しては茂木も一切口にしないので、こうして目の前で二人が笑っているということは、無事解決したのだと思っておこう。
「ちょっと邪魔だよ、兄ちゃん」
茂木の引越しを手伝いに来ていた五月のある日。清水家の庭先に会社のトラックを付けて、せっせと荷下ろしをしていると、背後からやけに感じ悪い声で怒鳴られた。
「本職のくせに停め方が下手だね」
カチンときて振り返れば、そこには長い髪を無造作に束ねた背の高い女が、両手に買い物袋をぶら下げて立っていた。年齢は俺よりも明らかに上だろう。はっきり言って老けている。
「おぉ、親分。済まんな」
家の中から顔を出した店長が、老け女に向かって手を上げる。どうも清水家の裏の家の住人らしい。トラックで近道となる小道が塞がれている。しかも親分て何だ。偉そうな感じが似合っているが。
「こんにちは。栄五郎さん。奈央ちゃんの婿さんが来たんだね」
「そうなんだ。世話になるからよろしくな」
「こちらこそ」
店長とにこやかに会話していた老け女が、黙々と作業を続ける俺に再び視線を移した。
「今時の若者は挨拶もできんのか」
奈央といい老け女といい、この界隈にはまともな女はいないのか。
「うるせーな。あんたがへらへらしてるから、口を挟めなかったんだよ」
自分でも驚いた。一応初対面の相手には、そこそこ愛想を振りまく俺が、いきなり悪態をついている。奈央にでさえ、最初は丁寧な言葉を使っていたのに。
「開き直ってんじゃないよ、このクソガキ」
「どっちが。このクソババア」
睨み合う俺達の周囲には、いつのまにか清水ファミリーが総動員。特に茂木の呆気に取られた表情が、俺らしくないことを物語っている。
「すんませんでした。もう終わりなんで」
小道を塞いでいたのは事実なので、渋々謝ってトラックに乗り込んだ。慌てて駆け寄ってきた茂木に、
「後でまた来る」
短く告げてエンジンをかける。そのまま移動して、トラックを返すべく営業所に向かった。サイドミラーに仁王立ちしている老け女が映っていた。
「あの女性、藪さんていうそうですよ、藪瞳さん」
翌日の月曜日。出勤するなり茂木が訊ねてもいないのに、老け女の情報をもたらしてきた。
「親分というのは、名字をもじったあだ名だそうです。ちなみに年齢は三十二歳。橋本さんの六歳上です」
制服に着替えて帽子を被ったところで、きゃんきゃんうるさいワンコの足を蹴っ飛ばす。
「そんな情報いらねーよ」
「そう言われると思いましたが、店長からの伝言なんです」
俺は舌打ちして、痛いと足を摩る茂木の頭を叩いた。
「だから嫌だったのに」
あの狸店長が何を企んでいるかは考えたくもないが、ワンコは俺の鉄則を知っている。
ーー仕事の関係者とは縁を作らない。
特に自分の配達区域の人間は論外。あくまでお客様だ。俺が本気で誰かを好きにならない限り、この鉄則が破られることはない。
「あなたに嫌われたら、呼吸ができなくなる」
大体この告白はどう捻じ曲げて解釈しても、あなたに嫌われたら生きていけないという意味だろうに、言った奈央も言われた茂木も全く気づいていない。絶対馬鹿だ。面白いから教えてやらなかったけど。
まぁ奈央は何か深い事情を抱えていたようだし、そのことに関しては茂木も一切口にしないので、こうして目の前で二人が笑っているということは、無事解決したのだと思っておこう。
「ちょっと邪魔だよ、兄ちゃん」
茂木の引越しを手伝いに来ていた五月のある日。清水家の庭先に会社のトラックを付けて、せっせと荷下ろしをしていると、背後からやけに感じ悪い声で怒鳴られた。
「本職のくせに停め方が下手だね」
カチンときて振り返れば、そこには長い髪を無造作に束ねた背の高い女が、両手に買い物袋をぶら下げて立っていた。年齢は俺よりも明らかに上だろう。はっきり言って老けている。
「おぉ、親分。済まんな」
家の中から顔を出した店長が、老け女に向かって手を上げる。どうも清水家の裏の家の住人らしい。トラックで近道となる小道が塞がれている。しかも親分て何だ。偉そうな感じが似合っているが。
「こんにちは。栄五郎さん。奈央ちゃんの婿さんが来たんだね」
「そうなんだ。世話になるからよろしくな」
「こちらこそ」
店長とにこやかに会話していた老け女が、黙々と作業を続ける俺に再び視線を移した。
「今時の若者は挨拶もできんのか」
奈央といい老け女といい、この界隈にはまともな女はいないのか。
「うるせーな。あんたがへらへらしてるから、口を挟めなかったんだよ」
自分でも驚いた。一応初対面の相手には、そこそこ愛想を振りまく俺が、いきなり悪態をついている。奈央にでさえ、最初は丁寧な言葉を使っていたのに。
「開き直ってんじゃないよ、このクソガキ」
「どっちが。このクソババア」
睨み合う俺達の周囲には、いつのまにか清水ファミリーが総動員。特に茂木の呆気に取られた表情が、俺らしくないことを物語っている。
「すんませんでした。もう終わりなんで」
小道を塞いでいたのは事実なので、渋々謝ってトラックに乗り込んだ。慌てて駆け寄ってきた茂木に、
「後でまた来る」
短く告げてエンジンをかける。そのまま移動して、トラックを返すべく営業所に向かった。サイドミラーに仁王立ちしている老け女が映っていた。
「あの女性、藪さんていうそうですよ、藪瞳さん」
翌日の月曜日。出勤するなり茂木が訊ねてもいないのに、老け女の情報をもたらしてきた。
「親分というのは、名字をもじったあだ名だそうです。ちなみに年齢は三十二歳。橋本さんの六歳上です」
制服に着替えて帽子を被ったところで、きゃんきゃんうるさいワンコの足を蹴っ飛ばす。
「そんな情報いらねーよ」
「そう言われると思いましたが、店長からの伝言なんです」
俺は舌打ちして、痛いと足を摩る茂木の頭を叩いた。
「だから嫌だったのに」
あの狸店長が何を企んでいるかは考えたくもないが、ワンコは俺の鉄則を知っている。
ーー仕事の関係者とは縁を作らない。
特に自分の配達区域の人間は論外。あくまでお客様だ。俺が本気で誰かを好きにならない限り、この鉄則が破られることはない。
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