バツイチの恋

文月 青

文字の大きさ
22 / 41

22

しおりを挟む
待ち合わせの牛丼店に向かう車の中で、私は一ノ瀬さんとの一連のやり取りを話していた。ハンドルを握る修司さんは運転に集中しながらも、ちゃんと耳を傾けては時折相槌を打つのを忘れない。久し振りに乗った彼の車の助手席は、まるで自分の定位置のように馴染んで、ここに座れる幸せを噛み締める。

「お茶、飲んで行かれますか?」

修司さんが私の髪で遊ぶのに飽きた頃、散々迷惑をかけてしまったお詫びに、私は特に深く考えもせずに自分の部屋に誘った。とっさに目を瞬いたものの、彼がすぐに眉間に皺を寄せたので、私は要らぬ一言を申し出たのだと悟った。

「すみません。余計でしたね」

間もなく夜の帳が降りる。そんな時間にさほど親しくない男性を部屋に上げようとしたことに、修司さんが不快を示したのは確かだ。

「勘違いすんな。喉は渇いてんだよ。ただ久しく女の部屋に入ったことなかったから」

会社でも合コンでも常に狙われている人の発言とは思えない。そこまで香さん一色の生活を送っているのだろうか。

「ろくなことがないんだよ。社内で俺が泊まりに来たとか言いふらされたり、既成事実を作ろうとされたり。一人でなんか絶対行かねーのに」

数人で訪れた先で既成事実を作るって…。女子の皆さんのバイタリティと、修司さんのモテぶりに呆然としているところに、私の行方を心配していた富沢くんから電話が入り、急遽咲さんも含めて報告がてら一緒に夕食を食べることになったのだ。

「誘拐された理由は分かったけど、あんたがへこんでいる理由は何?」

薄闇の中を走りながら、事情聴取よろしく修司さんが問う。対向車のライトがやけに眩しい。それ以前に誘拐じゃない。

「本当は復縁したかったのか?」

鋭さの方向が的を外れて私は内心項垂れる。修司さんにだけは確認されたくなかった。

「ありえません。自分の身勝手さが情けないだけです」

たった一度すれ違っただけの、私の身を案じてくれた一ノ瀬さんに対し、私は彼のことを気にかけるどころか、ずっと修司さんのことしか考えていなかった。相手を思いやる気持ちが微塵もなかった。

「誰にでも愛想がいいってことは、誰にも愛想が良くないってことなんだよ」

修司さんの言葉が今になって身に沁みる。みんなにいい顔をしておきながら、その実自分の保身に必死だった己が、こんな形で顕にされるとは。

「仕方がないだろ。世の中の人間誰一人傷つけずに生きるなんて土台無理だ」

もちろんそれは俺も同じと断言されてはっと息を呑む。

「親も兄弟もどうだっていい。香姉だけが幸せであればいい。これが傲慢でなくて何だ」

そこで一旦口を噤んで、修司さんは牛丼店の駐車場に車を停める。富沢くんと咲さんはまだ到着していないようだったので、窓を開けて風を取り込みながらシートベルトを外した。

「煙草、吸ってもいいか?」

訊かれて頷く。修司さんが煙草を吸うことを知らなかった。本人からも車の中からも独特の煙の臭いがしなかったからだ。

「止めてたんだよ。あんたの帰りを待っている間、何かしていないと落ち着かなかったもんでな」

私の表情を読んだらしい。照れくさそうにぼやいた修司さんは、私が謝り出す前に話の続きを再開した。

「どうでもいいって言い方したけど、本当にそう思っているわけじゃない」

火を点けた煙草の先から、煙がゆらゆらと外に流れてゆく。苦しい恋をしているが故に、年上の私よりも大人びている人ではあるけれど、双眸に映る横顔は別人のようだ。

「全部は選べない。大切な一つを守るためには、切り捨てなきゃいけないものも出てくる。だからと言って意味もなく傷つけたわけじゃないだろう? 結果そうなってしまっただけだ。それが嫌なら大切なものを手放すしかない」

「誰でも、そうなんでしょうか」

「多かれ少なかれ、たぶん。波風立てないように自分の意思を捨ててきたあんたには、かなりハードルが高いかもしれないけど」

そういうことだから、と修司さんは灰を軽く落とす。

「いちいちへこまれるとうざいんだよ。身勝手でいいじゃねーか。それがあんたの本心なんだ。何にも代えられないものならとことん突き通せ」

その不遜な物言いが似合い過ぎているのと、自分を悩ませている原因の一つに背中を押されているのが滑稽で、私はお腹の底から笑いが込み上げてきた。

「諦められなくなりますよね、こんな人が相手じゃ」

夕焼けの後に現れたのは瞬く星々。心の中の呟きは煙と共に夜空に消え、隣の自称腹黒さんは訝しそうに私を眺めている。

「あんたには、できたのか?」

そうして唐突に訊ねた。

「こんな迷いが生じるくらいだし。たった一つ選びたいもの」

さも興味がないというふうな態度。間違っても貴方ですとは告げられない。

「はい。富沢さんには…愚問でしたね」

「訊かないのか」

訊くだけ無駄ですという台詞を辛うじて呑み込む。

「後にも先にも一つしかないじゃないですか」

肩をすくめて答えたら、修司さんはそうだなとそっぽを向いて、二本目の煙草に火を点けた。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

離婚するはずの旦那様を、なぜか看病しています

鍛高譚
恋愛
「結婚とは、貴族の義務。そこに愛など不要――」 そう割り切っていた公爵令嬢アルタイは、王命により辺境伯ベガと契約結婚することに。 お互い深入りしない仮面夫婦として過ごすはずが、ある日ベガが戦地へ赴くことになり、彼はアルタイにこう告げる。 「俺は生きて帰れる自信がない。……だから、お前を自由にしてやりたい」 あっさりと“離婚”を申し出る彼に、アルタイは皮肉めいた笑みを浮かべる。 「では、戦争が終わり、貴方が帰るまで離婚は待ちましょう。   戦地で女でも作ってきてください。そうすれば、心置きなく別れられます」 ――しかし、戦争は長引き、何年も経ったのちにようやく帰還したベガは、深い傷を負っていた。 彼を看病しながら、アルタイは自分の心が変化していることに気づく。 「早く元気になってもらわないと、離婚できませんね?」 「……本当に、離婚したいのか?」 最初は“義務”だったはずの結婚。しかし、夫婦として過ごすうちに、仮面は次第に剥がれていく。 やがて、二人の離婚を巡る噂が王宮を騒がせる中、ベガは決意を固める――。

竜帝に捨てられ病気で死んで転生したのに、生まれ変わっても竜帝に気に入られそうです

みゅー
恋愛
シーディは前世の記憶を持っていた。前世では奉公に出された家で竜帝に気に入られ寵姫となるが、竜帝は豪族と婚約すると噂され同時にシーディの部屋へ通うことが減っていった。そんな時に病気になり、シーディは後宮を出ると一人寂しく息を引き取った。 時は流れ、シーディはある村外れの貧しいながらも優しい両親の元に生まれ変わっていた。そんなある日村に竜帝が訪れ、竜帝に見つかるがシーディの生まれ変わりだと気づかれずにすむ。 数日後、運命の乙女を探すためにの同じ年、同じ日に生まれた数人の乙女たちが後宮に召集され、シーディも後宮に呼ばれてしまう。 自分が運命の乙女ではないとわかっているシーディは、とにかく何事もなく村へ帰ることだけを目標に過ごすが……。 はたして本当にシーディは運命の乙女ではないのか、今度の人生で幸せをつかむことができるのか。 短編:竜帝の花嫁 誰にも愛されずに死んだと思ってたのに、生まれ変わったら溺愛されてました を長編にしたものです。

剣士に扮した男爵令嬢は、幽居の公子の自由を願う

石月 和花
恋愛
 両親が亡くなって男爵家を叔父に乗っ取られた令嬢のアンナは、騎士だった父から受けた手解きのお陰で、剣を手に取り冒険者として日銭を稼ぎながら弟を育てていた。  そんなある日、ひょんな事から訳ありそうな冒険者ルーフェスと知り合ったのだった。  アンナは、いつも自分の事を助けてくれるルーフェスに、段々と心が惹かれていったが、彼女にはその想いを素直に認められなかった。  何故ならアンナの目標は、叔父に乗っ取られた男爵位を取り返して身分を回復し、弟に爵位を継がせる事だったから。この願いが叶うと、冒険者のルーフェスとは会えなくなるのだ。  貴族の身分を取り戻したい気持ちと、冒険者としてルーフェスの隣に居たい気持ちの間で悩み葛藤するそんな中で、アンナはルーフェスの重大な秘密を知ってしまうのであった…… ## ファンタジー小説大賞にエントリーしています。気に入って頂けましたら、応援よろしくお願いします! ## この話は、別タイトルで小説家になろうでも掲載しています。

有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
お気に入り1000ありがとうございます!! お礼SS追加決定のため終了取下げいたします。 皆様、お気に入り登録ありがとうございました。 現在、お礼SSの準備中です。少々お待ちください。 辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

田舎暮らしの貧乏令嬢、幽閉王子のお世話係になりました〜七年後の殿下が甘すぎるのですが!〜

侑子
恋愛
「リーシャ。僕がどれだけ君に会いたかったかわかる? 一人前と認められるまで魔塔から出られないのは知っていたけど、まさか七年もかかるなんて思っていなくて、リーシャに会いたくて死ぬかと思ったよ」  十五歳の時、父が作った借金のために、いつ魔力暴走を起こすかわからない危険な第二王子のお世話係をしていたリーシャ。  弟と同じ四つ年下の彼は、とても賢くて優しく、可愛らしい王子様だった。  お世話をする内に仲良くなれたと思っていたのに、彼はある日突然、世界最高の魔法使いたちが集うという魔塔へと旅立ってしまう。  七年後、二十二歳になったリーシャの前に現れたのは、成長し、十八歳になって成人した彼だった!  以前とは全く違う姿に戸惑うリーシャ。  その上、七年も音沙汰がなかったのに、彼は昔のことを忘れていないどころか、とんでもなく甘々な態度で接してくる。  一方、自分の息子ではない第二王子を疎んで幽閉状態に追い込んでいた王妃は、戻ってきた彼のことが気に入らないようで……。

今宵、薔薇の園で

天海月
恋愛
早世した母の代わりに妹たちの世話に励み、婚期を逃しかけていた伯爵家の長女・シャーロットは、これが最後のチャンスだと思い、唐突に持ち込まれた気の進まない婚約話を承諾する。 しかし、一か月も経たないうちに、その話は先方からの一方的な申し出によって破談になってしまう。 彼女は藁にもすがる思いで、幼馴染の公爵アルバート・グレアムに相談を持ち掛けるが、新たな婚約者候補として紹介されたのは彼の弟のキースだった。 キースは長年、シャーロットに思いを寄せていたが、遠慮して距離を縮めることが出来ないでいた。 そんな弟を見かねた兄が一計を図ったのだった。 彼女はキースのことを弟のようにしか思っていなかったが、次第に彼の情熱に絆されていく・・・。

イケメン警視、アルバイトで雇った恋人役を溺愛する。

楠ノ木雫
恋愛
 蒸発した母の借金を擦り付けられた主人公瑠奈は、お見合い代行のアルバイトを受けた。だが、そのお見合い相手、矢野湊に借金の事を見破られ3ヶ月間恋人役を務めるアルバイトを提案された。瑠奈はその報酬に飛びついたが……

見た目は子供、頭脳は大人。 公爵令嬢セリカ

しおしお
恋愛
四歳で婚約破棄された“天才幼女”―― 今や、彼女を妻にしたいと王子が三人。 そして隣国の国王まで参戦!? 史上最大の婿取り争奪戦が始まる。 リュミエール王国の公爵令嬢セリカ・ディオールは、幼い頃に王家から婚約破棄された。 理由はただひとつ。 > 「幼すぎて才能がない」 ――だが、それは歴史に残る大失策となる。 成長したセリカは、領地を空前の繁栄へ導いた“天才”として王国中から称賛される存在に。 灌漑改革、交易路の再建、魔物被害の根絶…… 彼女の功績は、王族すら遠く及ばないほど。 その名声を聞きつけ、王家はざわついた。 「セリカに婿を取らせる」 父であるディオール公爵がそう発表した瞬間―― なんと、三人の王子が同時に立候補。 ・冷静沈着な第一王子アコード ・誠実温和な第二王子セドリック ・策略家で負けず嫌いの第三王子シビック 王宮は“セリカ争奪戦”の様相を呈し、 王子たちは互いの足を引っ張り合う始末。 しかし、混乱は国内だけでは終わらなかった。 セリカの名声は国境を越え、 ついには隣国の―― 国王まで本人と結婚したいと求婚してくる。 「天才で可愛くて領地ごと嫁げる?  そんな逸材、逃す手はない!」 国家の威信を賭けた婿争奪戦は、ついに“国VS国”の大騒動へ。 当の本人であるセリカはというと―― 「わたし、お嫁に行くより……お昼寝のほうが好きなんですの」 王家が焦り、隣国がざわめき、世界が動く。 しかしセリカだけはマイペースにスイーツを作り、お昼寝し、領地を救い続ける。 これは―― 婚約破棄された天才令嬢が、 王国どころか国家間の争奪戦を巻き起こしながら 自由奔放に世界を変えてしまう物語。

処理中です...