バツイチの恋

文月 青

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職場に現れた男性が別れた夫で、今日の経緯はもちろん私がバツイチだと聞いても、富沢くんと咲さんは特に驚かなかった。これまで男っ気がなかった理由が分かったと納得している様子。むしろ気になっているのは食事中も口数が少なかった約一名の方らしい。

「修兄もの凄く機嫌悪くない?」

現在私達は駐車場に停めた富沢くんの車にいる。さすがに店内で話すのは憚られたので、合流してまず食事を済ませてから、事情を説明することになったのだが、

「煙草を吸っているから、その間に話すといい」

さっさと私達から離れた修司さんは一人自分の車の中だ。運転席の窓から再び流れる煙を、富沢くんは眉を顰めて眺めている。

「しかも禁煙やめてるし」

「それ、私のせいみたい」

後部座席で気まずげに呟く私を、運転席と助手席の二人が振り返った。別れた夫と桜屋を後にした私を探し回り、ずっとアパートの前で待っていてくれた修司さんが、手持ち無沙汰のあまり煙草を吸っていたことを伝えると、二人は揃って目を剥いた。

「あの修司が、女の人を探し回った?」

「しかも待ちぼうけを食らって煙草復活? それで不機嫌?」

富沢くんと咲さんはお互いの顔を見合わせ、やがて真面目な表情で私に向き直る。

「修兄と一ノ瀬さん、本当につきあってないの?」

どうしてもそういう展開に持っていきたいのだろうか。絶対起こり得ないと知っている身には辛くて、そのくせ嬉しくもあるのだから始末に負えない。

「昼間も言ったでしょ。富沢さんにとって私は弟の同僚」

「弟の同僚をここまで心配する?」

「富沢さんは優しい人だから。バツイチの私を放っておけなかったんじゃないかな」

私の答えに二人は黙り込んでしまった。その場しのぎの筈だったのに、実際その通りなのだと自覚すると想像以上に胸が痛む。

「修兄を優しいなんて形容する人、一ノ瀬さんくらいだよ」

「なぎささんは、修司が好きなの?」

咲さんの問いに曖昧に首を傾げる。返事を聞くまでもなかったのだろう。彼女の淋しそうな目には笑っている私が映っていた。




「修司にこんな趣味があったとはねえ」

そんな女性の声に振り返ってしまったのは、別れた夫に会った二日後の火曜日だった。自分でも呆れるがおそらく名前に反応したのだと思う。好天の上に宿泊客が少なかったので、残業して主任と館外清掃に勤しんでいた私は、夕方の訪れを機に道具を片付けていたところだった。

けれど苦笑しかけた私の前に立っていたのは、見知らぬ女性と歩く紛れもない富沢修司その人だった。駐車場には先程まではなかった白い車が停まっている。スーツ姿なので仕事帰りなのだろう。隣に並ぶ女性も上から下まで整っており、レベルの高い綺麗さなのが分かる。

「別にいいだろ」

修司さんはいつもと変わらず不愛想だった。とっさに周囲を窺うと、他に連れらしい人物の姿はない。私は愕然とした。信じられなかった。香さん一筋で合コンからも逃げ回っていた人が、女性と二人きりになるなんて思ってもみなかった。決して仲睦まじいわけではないけれど、私と歩くときよりも隙間の少ない二人の距離に打ちのめされる。

ーーやっぱり私は馬鹿だ。

修司さんが元気でいてくれたらそれでいい。その言葉に嘘はない。けれど心のどこかで勘違いしていた。安心していた。彼に香さん以上に好きになる人は現れないと。

「一ノ瀬さん、そろそろ上がるよ」

タイミング悪く主任が名前を呼んだ。この時間にはいない私を見つけて修司さんは呆然としている。私は逃げるように従業員の通用口に走った。

あんな綺麗な女性の前で声をかけられたくなかった。頭には日除けの帽子を被り、汚れの付いた作業服を纏い、腕にはゴム手袋足には長靴、手には草刈り鎌とバケツ。この仕事に引け目を感じてはいないけれど、自分の出で立ちを比較されるのは嫌だった。

それに日帰り入浴の時間はそろそろ終わる。もしかしたら修司さんとあの女性は宿泊するのでは…。罰が当たった。修司さんには香さんしかいない。失うの怖さにその事実を言い訳にして、図々しく弟の同僚のポジションで彼の傍にいようとしたから。

「顔色が良くないな。遅くまで残してごめん。少し休んでいったら?」

帰り支度を済ませた私に主任が訊く。私はふるふると頭を振った。桜屋の浴衣を着た二人が、同じ客室に消えてゆく姿がちらついて、とにかく急いで帰りたかった。

「お疲れ様。もし途中で具合が悪くなったら連絡して」

薄暗くなった通用口の外まで主任に送られ、私は脇目も振らずにバス停を目指した。修司さんの車は完全に視界の外に追い出した。

「どこに行く」

背後から届いた低い声に足を止める。腕を引っ張られた弾みで振り向いた先に、何故かご機嫌とはほど遠い般若がいた。浴衣じゃないことにほっとする自分が情けない。

「何で俺を無視する」

「お連れ様が、いらっしゃったので」

「あれは」

聞きたくない台詞が飛び出すのを阻止するべく、私はにっこりと営業スマイルを浮かべた。

「ごゆっくりお寛ぎ下さいませ」

般若が瞠目した。

「分かった」

掴んでいた腕を乱暴に離して踵を返す。

「じゃあな」

今まで何度も怒られたことはあった。呆れられたこともあった。拳骨も食らった。けれど拒絶されたのは初めてだ。どんなに私が馬鹿でも見捨てないでくれたのに。それがこれ程までに辛いなんて。

私はへなへなとその場に蹲った。涙が一筋頬を伝ってくる。どうすればよかったのだろう。行かないでと言える立場にない私に。

ーー好きになってもらえなくてもいい。お願いだから嫌わないで。修司さん。



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