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らぶ・TEA・ぱーてぃー その五

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話を元に戻そう。

縁も、すでにある程度は美久のお菓子作りの腕を知っているので、留美ほどには感動しなかったのだろう。
しかし、放心している様子から、かなり感心していたのは確かだ。
佑はかなり感性がニブく、他の人を観察する余裕があったので、それが判ったのだ。
そして、初対面の御世のニコニコからして『今現在は放心してるのだ』と判断するのは佑としては当たり前だった。 それは正確ではなかったが、実情としては似たものだったかもしれない。

御世が
「それじゃ、お茶いれるね?」
と確認するように言うと、縁はそれを制して
「あんたは座ってなさい。 今日は主人なんだから、軽々しくひょこひょこ歩いちゃダメでしょ」
と小声で釘を刺した。
「はぁい」
と、こちらも小声で親友の言い付けに従うのであった。
もちろん縁としては、高価な茶器の破損を心配したのである。
御世が壊したとしてもさほどの問題は起こらないが、すっかり心配性が身についている縁なのだった。


こちらはこちらで、人から憧れられたり、感動されたり、褒められたりするのに慣れていない美久。
しばらくもじもじしていたが、お茶の香りを嗅いでハッと気を取り直した。
そして、ケーキを手際よく切り、手早くみんなのお皿に切り分けた。
もちろんウェッジウッドのなのだが、縁はまるで心配している様子はない。 信用度が桁違いであった。

「どうぞ召し上がれ?」
御世と美久の声が思いっきりハモり、2人は顔を見合わせて
「うふっ」
と含み笑いあった。
(こういうとこ、イトコ同士だなー)
と縁は思う。 佑にも仲の良さがうかがえる。
留美もくすくすと可愛く笑って
「お二人とも仲良いんですね」
「そりゃイトコだもんね」
と御世が言うと
「ん」
と美久も首を軽く傾げて微笑み、同意を示した。 その仕種が妙に可愛らしく見え、佑は
(年上の女性に失礼かもしれないけど……年上でも可愛いく見えるひとっているんだなあ)
と、美久というより、御世の方に失礼な事を思ったが、御世は気にしないだろう。
ちなみに、御世への印象は(なんか留美と似た雰囲気……)だから、御世は却って光栄に思うかもしれない。
しかし、御世と留美の二人の年齢差は、驚くなかれ7歳である。 縁が頭を抱える意味が分かるだろう。

「あ、あたし着替えてくるね」
と席を立った美久。
「いいじゃないですかそのままで」
つい敬語になって縁は引き留めたが
「やっぱり御世ちゃんの大事な可愛いお客さんの前だもの。 こんな格好じゃ失礼だから、ね?」
とニッコリと花のように思える美しさで微笑んだ。
その美しさ可愛らしさに、留美と佑の二人はポーッとなった。
美久の服装が、ダブダブのパティシェ服なのに、である。

お忘れかもしれないが、佑は男だし、留美は可愛いものやキレイなものが好きなのである。
御世という素敵なお姉さまのイトコの、これまたキレイなお姉さま・聖美久さんに『可愛い』と言われて、有頂天になっていたのだ。
その留美の舞上がりを知ってか知らずか
「うん待ってるね」
と御世は軽くOKし、美久は再び物陰へと。
留美も声をかけた。
「あ、待ってます」
「ん、ありがと」
物陰から返事が聞こえたがなにやらくぐもっている。

自分の為にしてくれた、芸術的と言って過言ではない華麗なデコレートに、美久も留美の『お気に入りで憧れのお姉さま』となったのだった。
留美は佑の方を向くと
「ね、すっごく美味しそうだね?」
と囁いた。
その留美の目を見た佑はギョッとした。
さっきまでは単なる憧れのまなざしだった留美の目の色が、変わっていたのだ。
母・佑美相手のときにもみた記憶がある。
それは、『単なる憧れだけではなく、尊敬から崇拝へと向かっている目の色』といって良かった。
もっとも、だから、どうだと言うことはない。 さすがに、二人の距離が縮まるなどの発展を見せるわけではないからである。
そんなわけで
「うん、すごいよ」
それしか言えない佑なのだ。
2人は……いや、4人はまだ美久の来ないうちに、しげしげとそのスイーツを見た。
食べた後では見られないし、食べてる最中は見るどころではないからである。

色とりどりのフルーツがちりばめられた断面。
キラキラとした色とりどりのフルーツが宝石の詰め合わせのように埋まり、さらに層をなす。
一番上がふわっとしたケーキスポンジの層。
2番目がゼリー(実は寒天)で固まったフルーツの層。
3番目5番目がどっしりとしたケーキの層。
挟まれた4番目がクラッシュナッツの層であった。
更に、クリームがデコレーションされている。
メレンゲなどの泡立てたクリームは、当たり前だが相当に柔らかい。
きれいに切るのは容易ではないだろう。
美久の技術がうかがえるのだ。


小声で御世が話しかける。
「ね、縁ちゃん」
まったく……この子は『お嬢様』とは思えない礼儀作法だわね、と思いつつ、これまた小声で返事する。
「なによ?」
「このケーキ、『ケーキの山』ってどう?」
「は? 何よそれは」
「名前」
確かに『豪華満点 豪華マウンテン』という感じだが、いくら何でもそれはない。
縁は一瞬ぽかんとしてしまったが
「あんたのネーミングセンスの悪さ、どうにかなんないの? せめて『ジュエリーBOX(宝石箱)』でしょ」
「あ、それいい! 決定ね」
と手を叩く御世に
「すっごおぃ!」
と喜ぶ留美に、縁は苦笑いするしかない。
縁の機転と美久のケーキのすばらしさ。
佑も素直に 
「ジュエリーBOXか……ほんとにすごいな」
と感心したものである。
留美はもう夢見心地だった。
(あン、もう夢みたい……)
けれど夢ではない。 現実だ。
思えば、最近は母のおかげで多くなったとはいえ、まだまだむくつけき男がたむろする実家である。
しょくせる機会はそれほど頻繁でもないし、お気に入りのスイーツはなかなか手に入らないものだ。
欲求不満になるのも無理はない。
仕方がないから、その欲求をお料理クラブに向けたが、いっこうに進歩しないからあまり効果がないのだった。
それが、思いがけない形で満たされようとしているのだ。
しかも、素敵なお姉さまと憧れのパティシエお姉さま……。
感動のあまり、留美が卒倒しなかったのは佑のおかげだろう。
好奇心から小声でいろいろ留美に訊ねていたのだ。
「あの女の人は?」
「え? あ、あれは鬼木縁おにきゆかりさん。 お姉さまの大親友だって」
潤む瞳で答える留美。
「ふーん、仲いいんだね」
佑美から聞いていたのと食い違うような気がして、ついつい気になる事を尋ねてしまうのだ。
しかし留美はボーッとしていて、聞いているのかいないのかがよくわからない。
「ね、留美? 聞いてる?」
「ん? 何?」
(これじゃ、どう出会ったか聞けないな……また今度にしよう……)
と佑が嘆息しかけたとき、美久が戻ってきた。
「わあ……」
と佑。
「綺麗……」
と留美。
さっきよりも更にぽーっとなったふたりであった。
御世や縁には失礼なような気もするが、面と向かったらその二人もポーッとなるかもしれないぐらいの美しさだったから仕方ない。
留美と佑が見惚れるくらい当然だろう。
陽史のプレゼントである白いドレスもよく似合っていた。
どうやら、御世のそれと一対であるらしかった。
しかし、今、留美と佑にはそんなことは全然気にならなかった。


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