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困惑
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【 ハロルドの視点 】
教会の帰り、宝石店に立ち寄った。
婚姻の儀があるので、不機嫌なトリシアのために指輪を注文していた。
不貞腐れたトリシアは指輪を着けて少し笑みを浮かべる。
いつもなら満足するが今日の俺はどうしたことか。
「あの人には贈り物はしないわよね?」
「予算の中で自分で買うだろう」
「私、あの人より予算が欲しい」
「流石にそれは難しい。指輪を買ってやっただろう。慎んでくれ」
「え?」
「さあ、帰ろう」
気持ちが乗らない。
何故だ。
美しいトリシアの微笑みが歪んで見える。
愛するトリシアの我儘に苛立ちを覚える。
眩いはずのトリシアがくすんで見える。
馬車の中でいつものように抱きつかれたが、
「トリシア。ちゃんと座ってくれ」
「え?」
「危ない」
「ハロルド…どうしたの?」
「トリシア。今日からはもう少し言葉遣いに注意しろ。敬語を使い 私のことは公爵様と呼んでくれ」
「何それ…」
「今日から俺は妻帯者だ。
独身のうちは恋人同士の馴れ合いで済ませたが、もうそうはいかない。
君は一応 子爵令嬢だったのだから出来るはずだ」
「……」
「分かったな?」
「……」
「返事は」
「…はい」
屋敷の門の前まで来ると、中から馬車が出てきた。
中には妻となったアイリーンの姿が。
「アイリーン!?」
通り過ぎた後方から“ありがとう~!!”と聞こえた。
「何なんだ!?」
そして前方からはメイド長のバレッタが息を切らせて走ってきた。窓を開けて問いかけた。
「バレッタ?」
「はぁっ はぁっ」
「アイリーンは何処へ行った」
「分かりません」
「は?」
先ずは門をくぐり屋敷の中に入った。
歩きながら執事を呼んだ。
「ロベルト。どうなっている?」
「……それが、」
「さっさと説明してくれ」
「若奥様が門を通過して屋敷の前に到着して馬車から降りました。
メイド長は“招かれざる客だから待たせよう”と言って他の使用人達を制して…」
「は?」
「若奥様達を外で30分 立たせたまま放置したところで、若奥様達は馬車に乗り出発なさいました」
「……」
「メイド長が慌てて外に出て、走って追いかけましたが…馬車は止まらずに去りました」
そこにバレッタが戻ってきた。
「跪け」
「っ!!」
跪いたバレッタの側に立った。
沸々と怒りが込み上げる。
「どういうつもりだ」
「も、申し訳ございません!」
「どういうつもりだ!」
「っ!」
「愚行の理由を説明しろ」
「旦那様が嫌がられていた婚姻でしたから」
「……例えそうだとしても、お前の判断でやっていいことではない。アイリーンは伯爵家の令嬢だし、今やウィンター公爵夫人なんだぞ」
「申し訳ございません!」
「アイリーンは隣国から嫁いできて土地勘も無い。
無礼だし可哀想だろう。
で、何処へ行ったんだ」
「存じ上げません」
「アイリーンの所在が分かるまでそのまま跪いていろ。
ケイン。アイリーンの行方を追ってくれ」
「かしこまりました」
待つ事1時間以上。
「ハロルド様、ただいま戻りました」
窓から外を見たがアイリーンの馬車がない。
「ケイン。アイリーンは?」
「メッセージカードをお預かりしました」
手渡されたカードには美しい文字で気落ちする事が書いてあった。
“公爵様
手厚いおもてなしに感謝いたします。
図々しく屋敷を訪ねてしまいました。
契約書に同居しなくてはならないとは書いてなかったことを失念しておりました。
衣食住の保証と毎月の予算の8割をいただく約束ですので請求はウィンター公爵家宛に送ります。
落ち着きましたら物件を探し使用人を雇います。
全てお支払い願います。
8割は明日にでもケイン様に届けさせてください。
愛しい恋人とお幸せに。
アイリーン”
「……ケイン」
「先ず、王都で一番のホテルへ向かいました。
すると支配人が出てきて謝罪を受けました。
どうやら受付嬢が 予約無しの奥様を追い返してしまったようで」
「は!?」
「しかも予約無しで泊まれるホテルを尋ねられると“観光案内所に聞け”と返答したらしく、立ち去ってしまったようです」
「は?……俺のアイリーンにその様な無礼を?」
「……観光案内所に行きましたら、王都の外れの小さな旅宿へ向かったと。そこでお会いできました。
公爵夫人が泊まるような宿ではありませんが、いい宿です。奥様もお気に召したようで公爵邸には戻らないと仰っております」
「戻らない?」
「はい」
「バレッタ」
「は、はい!」
「解雇だ」
「え?」
「今日までの給金はやる。だが解雇だから慰労金も推薦状も無しだ」
「そんな!お許しください!」
「荷物を纏めて直ぐに去れ」
「長く誠心誠意お仕えして、」
「長く仕えた結果がコレか?
アイリーンが一度も屋敷に踏み入れられないのに、何故お前が居座り続けるんだ」
「せ、せめて推薦状を」
「“公爵夫人を追い出し解雇されたメイド長”と書くことになるが書いてやろう」
「どうかお慈悲を!」
「五体満足 しかも無傷で出ていけるんだ。十分慈悲だろう」
「ううっ…」
「ケイン。私兵を付けて荷物を纏めさせて追い出せ」
「かしこまりました」
教会の帰り、宝石店に立ち寄った。
婚姻の儀があるので、不機嫌なトリシアのために指輪を注文していた。
不貞腐れたトリシアは指輪を着けて少し笑みを浮かべる。
いつもなら満足するが今日の俺はどうしたことか。
「あの人には贈り物はしないわよね?」
「予算の中で自分で買うだろう」
「私、あの人より予算が欲しい」
「流石にそれは難しい。指輪を買ってやっただろう。慎んでくれ」
「え?」
「さあ、帰ろう」
気持ちが乗らない。
何故だ。
美しいトリシアの微笑みが歪んで見える。
愛するトリシアの我儘に苛立ちを覚える。
眩いはずのトリシアがくすんで見える。
馬車の中でいつものように抱きつかれたが、
「トリシア。ちゃんと座ってくれ」
「え?」
「危ない」
「ハロルド…どうしたの?」
「トリシア。今日からはもう少し言葉遣いに注意しろ。敬語を使い 私のことは公爵様と呼んでくれ」
「何それ…」
「今日から俺は妻帯者だ。
独身のうちは恋人同士の馴れ合いで済ませたが、もうそうはいかない。
君は一応 子爵令嬢だったのだから出来るはずだ」
「……」
「分かったな?」
「……」
「返事は」
「…はい」
屋敷の門の前まで来ると、中から馬車が出てきた。
中には妻となったアイリーンの姿が。
「アイリーン!?」
通り過ぎた後方から“ありがとう~!!”と聞こえた。
「何なんだ!?」
そして前方からはメイド長のバレッタが息を切らせて走ってきた。窓を開けて問いかけた。
「バレッタ?」
「はぁっ はぁっ」
「アイリーンは何処へ行った」
「分かりません」
「は?」
先ずは門をくぐり屋敷の中に入った。
歩きながら執事を呼んだ。
「ロベルト。どうなっている?」
「……それが、」
「さっさと説明してくれ」
「若奥様が門を通過して屋敷の前に到着して馬車から降りました。
メイド長は“招かれざる客だから待たせよう”と言って他の使用人達を制して…」
「は?」
「若奥様達を外で30分 立たせたまま放置したところで、若奥様達は馬車に乗り出発なさいました」
「……」
「メイド長が慌てて外に出て、走って追いかけましたが…馬車は止まらずに去りました」
そこにバレッタが戻ってきた。
「跪け」
「っ!!」
跪いたバレッタの側に立った。
沸々と怒りが込み上げる。
「どういうつもりだ」
「も、申し訳ございません!」
「どういうつもりだ!」
「っ!」
「愚行の理由を説明しろ」
「旦那様が嫌がられていた婚姻でしたから」
「……例えそうだとしても、お前の判断でやっていいことではない。アイリーンは伯爵家の令嬢だし、今やウィンター公爵夫人なんだぞ」
「申し訳ございません!」
「アイリーンは隣国から嫁いできて土地勘も無い。
無礼だし可哀想だろう。
で、何処へ行ったんだ」
「存じ上げません」
「アイリーンの所在が分かるまでそのまま跪いていろ。
ケイン。アイリーンの行方を追ってくれ」
「かしこまりました」
待つ事1時間以上。
「ハロルド様、ただいま戻りました」
窓から外を見たがアイリーンの馬車がない。
「ケイン。アイリーンは?」
「メッセージカードをお預かりしました」
手渡されたカードには美しい文字で気落ちする事が書いてあった。
“公爵様
手厚いおもてなしに感謝いたします。
図々しく屋敷を訪ねてしまいました。
契約書に同居しなくてはならないとは書いてなかったことを失念しておりました。
衣食住の保証と毎月の予算の8割をいただく約束ですので請求はウィンター公爵家宛に送ります。
落ち着きましたら物件を探し使用人を雇います。
全てお支払い願います。
8割は明日にでもケイン様に届けさせてください。
愛しい恋人とお幸せに。
アイリーン”
「……ケイン」
「先ず、王都で一番のホテルへ向かいました。
すると支配人が出てきて謝罪を受けました。
どうやら受付嬢が 予約無しの奥様を追い返してしまったようで」
「は!?」
「しかも予約無しで泊まれるホテルを尋ねられると“観光案内所に聞け”と返答したらしく、立ち去ってしまったようです」
「は?……俺のアイリーンにその様な無礼を?」
「……観光案内所に行きましたら、王都の外れの小さな旅宿へ向かったと。そこでお会いできました。
公爵夫人が泊まるような宿ではありませんが、いい宿です。奥様もお気に召したようで公爵邸には戻らないと仰っております」
「戻らない?」
「はい」
「バレッタ」
「は、はい!」
「解雇だ」
「え?」
「今日までの給金はやる。だが解雇だから慰労金も推薦状も無しだ」
「そんな!お許しください!」
「荷物を纏めて直ぐに去れ」
「長く誠心誠意お仕えして、」
「長く仕えた結果がコレか?
アイリーンが一度も屋敷に踏み入れられないのに、何故お前が居座り続けるんだ」
「せ、せめて推薦状を」
「“公爵夫人を追い出し解雇されたメイド長”と書くことになるが書いてやろう」
「どうかお慈悲を!」
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