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各々 /エストワールの支配人
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【 エストワール支配人の視点 】
受付けや奥の部屋が慌しい。
「こっちの早馬便もキャンセルの通知だ」
「受付けとキャンセルの応対を分けてください!
行列ができてしまっています!」
勤続31年、支配人になって12年。
王都一と呼ばれる高級ホテルは格式も高く いつも部屋は予約でいっぱいだ。だからこの様な光景を見たことがない。
そこに常連のジョワーノ伯爵の姿が見えた。
「ジョワーノ伯爵様」
「やあ、支配人」
「ご宿泊は本日までですね。ありがとうございます」
伯爵は混乱する受付を一目見るとため息を吐いた。
「エストワールはいつまでもつだろうね」
「え?」
「支配人。君がこの状況の理由を把握していないとは残念だ。起きるべくして起きたことなのだな」
私は頭を下げてお願いした。
「どうか!どうか教えてください!」
伯爵は仕方ないと、場所を移してくれた。
奥の応接間で伯爵は説明をしてくれた。
「支配人。
5ヶ月程前にウィンター公爵家の婚姻式があったことを覚えているかな?」
「…はい」
「婚姻の日に子息は公爵となり、新婦は公爵夫人になった。
その新婦の公爵夫人が式後にエストワールに宿泊したいと訪れた。だがエストワールは追払い、代わりのホテルを尋ねられても観光案内所で聞けと言い放った。
そこに居合わせたのは侯爵夫人で、夫人は公爵家の出身だ。
ウィンター公爵夫人と侯爵夫人は親しくなった。
兄君の公爵とも親しくなった。
異国の貴族令嬢だった新婦はこの国の貴族に人脈を持ったのだよ。
嫁ぎ先も人脈も高位貴族が主だ。
あっという間にエストワールの仕打ちは広まった」
確かに報告を聞いた時には血の気が引き倒れるかと思った。だがウィンター公爵の遣いからは“気を付けるように”程度の注意で終わった。
だから受付嬢を降格し裏方へ回した。
どうやら若い公爵は婚姻前から愛人を囲っていて、今回の婚姻は公爵の希望ではなかったと聞いたので、公爵家としての体面を気にしただけだろうと判断した。
「エストワールは突然の貴人の要望に応えられるよう一部屋なり二部屋なり空きを作っていただろう。
何故 案内させなかった。
ウィンター公爵夫人は王都の外れにある旅宿にしばらく滞在し、“素朴だが素敵な宿”だと夫人が口にして、今や人気の宿と化したよ」
「受付嬢の独断でした」
「その独断は教育が不十分だからなされたことだ。
何故5ヶ月後の今になってこうなったか。
それはウィンター公爵夫人が隣国のベロノワ伯爵家のご令嬢だからだ。
直接アイリーン・ウィンターに謝罪をしたのか?」
ベロノワ…
「い、いえ」
「もう支配人には手に負えない。オーナーを大至急呼び出した方がいいだろう」
「でも、何故今頃」
「次期ベロノワ伯爵が入国し、エスポワを選んで滞在しているからだ。
ベロノワ兄弟とアイリーン・ウィンターの仲睦まじさを見たら分かる。彼女はベロノワ家の宝だ。
安易に近付くことを許さない氷結の貴公子が妹を離さず恋人のように甘い視線を送り、無慈悲の虎狼と例えられる弟は愛玩猫と化し腹を見せているかのように姉に甘える。
それを目にしたエスポワの宿泊客である貴族や王都の観光で見かけた者達が、彼らが兄妹弟だと分かると5ヶ月前の出来事が話題になった。
直接でなくともベロノワ家と関わる家門は多い。
ベロノワは国境を持つ。通してもらえねば遠方まで迂回をしなくてはならない。そして航路だ。
隣国のベロノワと隣接した この国のボワン侯爵領も港を持ち、海運業をしたり 船を受け入れたりしている。
国内行きの船ならいいが国外行きの船は何度かに一度行方不明になる。
ボワンが管理する海域には大海に向けて流れの早い海流が存在する。それに捕まれば一気に押し流されて何ヶ月も漂流することになる。
運良く強風で海流から逃れた船もあるが稀だ。
その海流を避けるには風が弱い日に狭い航路を通らなくてはならない。安全な航路は海流と遠浅の海岸の間にある狭い場所にある。
うっかり浅瀬に乗り上げたり海底の岩で船に傷を付けて沈没することもある。
その心配がないのがベロノワが管理する海域だ。
うちは航路を使った取引などしていないと思うだろう?
例えば避妊薬の成分の一つはベロノワの航路と港と陸路を使い仕入れているし、香料の一部も 不足がちな砂糖も カカオも ペッパーも様々な物がベロノワ領を通して入ってくるんだよ。
そしてハイクオリティのダイヤモンドとエメラルドを採掘できるのもベロノワ領だ。
こちらではベロノワの多くを知る者は少ないかもしれないが、隣国では王族さえベロノワの機嫌を伺う。
昔、王子がアイリーン・ウィンターに求婚したが 特に反対したのは長男である兄だと言われている。
彼が唯一認めたのはベロノワ領の一部の管理を任せている子爵家の長男だった。
何故、ウィンター公爵家が迎えることができたかは、婚約者が病死したからだ。
彼女が自ら新たな嫁ぎ先を選んだ。
きっとベロノワ兄弟は妹の判断で嫁がせたことを後悔しているはずだ。
この情報が広まってきたから今の惨状があるのだろう。態々ベロノワ兄弟がエスポワを選んで滞在していることを皆が勝手にベロノワ家の意向を想像し汲み始めたんだ。
もう手遅れかもしれないが、オーナーと足掻いてみたらどうだ?」
「貴重な情報と寛大なお心に感謝を申し上げます」
「では、帰るよ」
慌ててオーナーの屋敷に向かった。
受付けや奥の部屋が慌しい。
「こっちの早馬便もキャンセルの通知だ」
「受付けとキャンセルの応対を分けてください!
行列ができてしまっています!」
勤続31年、支配人になって12年。
王都一と呼ばれる高級ホテルは格式も高く いつも部屋は予約でいっぱいだ。だからこの様な光景を見たことがない。
そこに常連のジョワーノ伯爵の姿が見えた。
「ジョワーノ伯爵様」
「やあ、支配人」
「ご宿泊は本日までですね。ありがとうございます」
伯爵は混乱する受付を一目見るとため息を吐いた。
「エストワールはいつまでもつだろうね」
「え?」
「支配人。君がこの状況の理由を把握していないとは残念だ。起きるべくして起きたことなのだな」
私は頭を下げてお願いした。
「どうか!どうか教えてください!」
伯爵は仕方ないと、場所を移してくれた。
奥の応接間で伯爵は説明をしてくれた。
「支配人。
5ヶ月程前にウィンター公爵家の婚姻式があったことを覚えているかな?」
「…はい」
「婚姻の日に子息は公爵となり、新婦は公爵夫人になった。
その新婦の公爵夫人が式後にエストワールに宿泊したいと訪れた。だがエストワールは追払い、代わりのホテルを尋ねられても観光案内所で聞けと言い放った。
そこに居合わせたのは侯爵夫人で、夫人は公爵家の出身だ。
ウィンター公爵夫人と侯爵夫人は親しくなった。
兄君の公爵とも親しくなった。
異国の貴族令嬢だった新婦はこの国の貴族に人脈を持ったのだよ。
嫁ぎ先も人脈も高位貴族が主だ。
あっという間にエストワールの仕打ちは広まった」
確かに報告を聞いた時には血の気が引き倒れるかと思った。だがウィンター公爵の遣いからは“気を付けるように”程度の注意で終わった。
だから受付嬢を降格し裏方へ回した。
どうやら若い公爵は婚姻前から愛人を囲っていて、今回の婚姻は公爵の希望ではなかったと聞いたので、公爵家としての体面を気にしただけだろうと判断した。
「エストワールは突然の貴人の要望に応えられるよう一部屋なり二部屋なり空きを作っていただろう。
何故 案内させなかった。
ウィンター公爵夫人は王都の外れにある旅宿にしばらく滞在し、“素朴だが素敵な宿”だと夫人が口にして、今や人気の宿と化したよ」
「受付嬢の独断でした」
「その独断は教育が不十分だからなされたことだ。
何故5ヶ月後の今になってこうなったか。
それはウィンター公爵夫人が隣国のベロノワ伯爵家のご令嬢だからだ。
直接アイリーン・ウィンターに謝罪をしたのか?」
ベロノワ…
「い、いえ」
「もう支配人には手に負えない。オーナーを大至急呼び出した方がいいだろう」
「でも、何故今頃」
「次期ベロノワ伯爵が入国し、エスポワを選んで滞在しているからだ。
ベロノワ兄弟とアイリーン・ウィンターの仲睦まじさを見たら分かる。彼女はベロノワ家の宝だ。
安易に近付くことを許さない氷結の貴公子が妹を離さず恋人のように甘い視線を送り、無慈悲の虎狼と例えられる弟は愛玩猫と化し腹を見せているかのように姉に甘える。
それを目にしたエスポワの宿泊客である貴族や王都の観光で見かけた者達が、彼らが兄妹弟だと分かると5ヶ月前の出来事が話題になった。
直接でなくともベロノワ家と関わる家門は多い。
ベロノワは国境を持つ。通してもらえねば遠方まで迂回をしなくてはならない。そして航路だ。
隣国のベロノワと隣接した この国のボワン侯爵領も港を持ち、海運業をしたり 船を受け入れたりしている。
国内行きの船ならいいが国外行きの船は何度かに一度行方不明になる。
ボワンが管理する海域には大海に向けて流れの早い海流が存在する。それに捕まれば一気に押し流されて何ヶ月も漂流することになる。
運良く強風で海流から逃れた船もあるが稀だ。
その海流を避けるには風が弱い日に狭い航路を通らなくてはならない。安全な航路は海流と遠浅の海岸の間にある狭い場所にある。
うっかり浅瀬に乗り上げたり海底の岩で船に傷を付けて沈没することもある。
その心配がないのがベロノワが管理する海域だ。
うちは航路を使った取引などしていないと思うだろう?
例えば避妊薬の成分の一つはベロノワの航路と港と陸路を使い仕入れているし、香料の一部も 不足がちな砂糖も カカオも ペッパーも様々な物がベロノワ領を通して入ってくるんだよ。
そしてハイクオリティのダイヤモンドとエメラルドを採掘できるのもベロノワ領だ。
こちらではベロノワの多くを知る者は少ないかもしれないが、隣国では王族さえベロノワの機嫌を伺う。
昔、王子がアイリーン・ウィンターに求婚したが 特に反対したのは長男である兄だと言われている。
彼が唯一認めたのはベロノワ領の一部の管理を任せている子爵家の長男だった。
何故、ウィンター公爵家が迎えることができたかは、婚約者が病死したからだ。
彼女が自ら新たな嫁ぎ先を選んだ。
きっとベロノワ兄弟は妹の判断で嫁がせたことを後悔しているはずだ。
この情報が広まってきたから今の惨状があるのだろう。態々ベロノワ兄弟がエスポワを選んで滞在していることを皆が勝手にベロノワ家の意向を想像し汲み始めたんだ。
もう手遅れかもしれないが、オーナーと足掻いてみたらどうだ?」
「貴重な情報と寛大なお心に感謝を申し上げます」
「では、帰るよ」
慌ててオーナーの屋敷に向かった。
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