【完結】愛する女がいるから、妻になってもお前は何もするなと言われました

ユユ

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失われた信頼

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オベール様がサルフェトのコンドラー港に10日間滞在していた。

「オベール様、次の便でベロノワへ帰るのですよね?」

「……」

「お土産を検討しないと、」

オベール様に強く抱きしめられた。

「帰ってきてくれないか」

「今は帰りたくありません」

「アイリーン」

ひとを信じるのが怖いのです。
それにコンドラー港を投げ出せません」

「公爵邸に滞在するのか」

「効率もいいですし、その方が安全ですから」

「でも、アイリーンは私の妻だ」

「私はもう自分以外の人に左右されたくありません」

「アイリーン」

「元々離縁届は置いて行ったではありませんか」

「そんなもの、使うわけがないだろう」

「でも、同じ屋敷に住んでいて急に2ヶ月以上も避けられ続けるのは堪えます。
特に兄として慕っていた人に、愛を囁いた人になら。
私がどんな気持ちでいたかなど考えてもくれなかったじゃないですか。

なのに“妻” ?
都合よくその言葉で縛れると思わないでください」

「許して受け入れてくれたのではなかったのか」

「酔ってたじゃないですか。
オベール様。早く届を出して新しいお嫁さんを迎えてください」

「アイリーン」


5日後、オベール様の乗船を見送った。

「アイリちゃん、寂しかったわ」

公爵夫人が満面の笑みで私の手を握る。

「急に身内が訪ねてきましたので」

公爵邸うちに滞在してくれたらよかったのに」

「込み入った話もありましたから」

「次はうちに案内して差し上げて。ここはもうアイリちゃんの家のようなものなのだから」

「ヴァネッサ様、ありがとうございます」

「今度 ユーリの誕生日のお祝いをするのだけど、ユーリのパートナー役を頼めないかしら。
あの子 婚約者もいないし、」

「私では相応しくないかと」

「どうして?」

「ユーリは次期公爵です。
婚約者がいないのであれば尚の事、私がいてはユーリの出会いの邪魔になりますわ」

「……でもアイリちゃんは人妻でしょう?」

「え? はい」

「なら問題ないじゃない。別の令嬢を立てては尚更出会いが狭まるわ」

「ご親戚は、」

「近い歳の子がいないのよ。いても既婚者だし。夫と来るわ。だったら既婚者で夫が国外のアイリちゃんがいいと思うの」

「……お引き受けいたします」

「ありがとう。ドレスが無駄にならなくて良かったわ!」

ヴァネッサ様は私のドレスを作ってしまっていたらしい。
サルフェトの方が作る時間は短そうだけど、それでもだいぶ前から注文しているわよね。
その時には私をユーリの誕生日のお祝いにパートナーにする事を決めていたということね。



【 オベールの視点 】


ベロノワに帰ってきたオベールは両親に報告した。

「手紙を預かりました」

父上、母上、ジュエルのそれぞれに宛てた手紙だ。
エリス宛にも預かってきた。

「……思っていたよりもアイリーンは傷付いていたのだな」

「オベールが自分勝手過ぎるのよ」

「次の出航でコンドラーへ行ってくる」

父上はコンドラー公爵経由でアイリーン宛に先触れを商船に託した。

「は? ジュエルを連れて行く!?」

「エリスもな」

「なら、」

「お前は駄目だ。
いいか、オベール。 信頼関係は本人達の努力によるものだけではない。周りの影響や運もある。
そもそも生理的に受け付けない相手という場合もあるし、自分よりいい男もいるし、二人の間にきっかけがないかもしれない。

オベールはかなり恵まれていた。そしてアイリーンの戸惑いを無視して手に入れた。なのに自分から壊してしまった。
一度壊したものを元に戻すのは難しい。
否定や拒否から始まるからだ。アイリーンにはお前に対する負の感情で満ちている。

身体を繋げたからと安易に許してもらえたと思うな。アイリーンがどうしてもというなら私が離縁させる」

「父上!」

「アイリーンの実父は今や大国の王太子だ。
彼の国は一夫一妻制で、一児を産んだ時に妃と死別、後妻とは三児をもうけたが いずれも王子だ。
アイリーンは唯一の王女であり、妃達とは違い恋愛により産まれた娘だ。
今の妃にはもう産めないだろうし、三人の王子の母親を退けてまで新しい妃を迎えて子を産ますことはしないだろう。
婚外子を狙っても、また男児が産まれたら厄介だ。

三国を揺るがすであろう事も承知の上でアイリーンに会いたいと言っているんだ。
アイリーンが嫌だと言ったから引き下がった。つまり会ってもないのに寵愛がある。
アイリーンが望めば二度とベロノワは会わせてはもらえまい。アイリーンを追い詰めるな。

離縁した場合、アイリーンを迎え入れる権利を一番に持っているのはカトリス侯爵家だ。
あの一家はベロノワとの結びつきが欲しいわけではない。純粋にアイリーンを可愛がり愛してくれているからだ。カトリス家はアイリーンが望むなら庇護の元で好きに生きる道を与えるだろう。

ベロノワの力が及ぶのは あくまでこの国と隣国と航路を使う国だけだということを忘れるな」


そして父上は出港の日、ジュエルとエリスを連れて屋敷を出た。

次に父上と会う日は離縁の日となるかもしれない。






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