【完結】愛する女がいるから、妻になってもお前は何もするなと言われました

ユユ

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作られた微笑み

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騎士団を率いてきたのはレナード王太子殿下だった。

「アイリーン!」

「パパ」

力強く抱きしめられた。

「すまなかった」

「犯人は判ったのですか?リアムお兄様は?」

「生きている犯人を城に連れて行かせたところだ。
リアムは無傷だよ」

「ジュエルが腕と脚を剣で斬られて縫合したのです」

「彼にも申し訳ない事をした。大事なご子息をベロノワ伯爵から預かったのに」

「ジュエルは隣です。会ってあげてください」

「分かった」




私は外に出て、湖畔を歩き始めた。
これからのことを急いで決めなくてはならなかったから。ベンチに座り湖面を眺めていた。

先ずはカトリス家から席を抜き、ベロノワと縁を切ることは決意できた。
どうなるのか分からない身の私をカトリス家の籍に置いておけない。
そしてジュエルの笑顔が仮面だと分かった今、もうベロノワ家とは離れたい。
お父様とお母様と縁を切るのは辛いけど、ベロノワでの全てが泥の壁のように崩れてしまった。

湖に入って溺れたら、記憶を失くせるかしら。

靴を脱ぎ、湖の中に入ってみた。

「冷たい」

水深が膝下まできたところで話しかけられた。

「ねえ。出来れば曰く付きの湖にしたくないんだけど」

振り返ると茶色の髪に夕陽のような瞳の男の人が立っていた。

「曰く付き?」

「自害しようとしてるんだろう?」

「違います」

「え?違うの?」

「はい。記憶を失くしたいだけです」

「そのまま進むと死んじゃうから、失くしたことにすればどうかな」

「無理です」

「何て名前?」

「アイリーン」

「どこのアイリーン?」

「どこのアイリーンだろう」

「……俺はガブリエル。どっちにしても曰く付きになっちゃうから こっちにおいでよ」

「……」

「お菓子買ってあげるからさ。
近くの店で売ってるネコの飴が人気なんだ」

「……」

「ほら、おいで」

差し伸べられた手を取り湖から上がった。
彼はハンカチで足を拭いて靴を履かせてくれた。

「ありがとうございます」

「じゃあ、買いに行こう。向こうの店だよ」

手を繋がれて店に行くと綺麗なケーキや可愛いお菓子が売っていた。

「こっちがベリー味、真ん中が蜂蜜レモン味、そっちがリンゴ味だ。どれにする?」

「蜂蜜レモン」

「他には?」

「一つでいいです」

ガブリエルと名乗る人は蜂蜜レモン味のネコの形をした棒に刺してある飴を買ってくれた。

「隣で温かいものを飲もう」

「見ず知らずの方にこれ以上は、」

「曰く付きを回避してくれたから、お礼だよ」


隣の店で蜂蜜入りのホットミルクを頼んでくれた。

「寒いだろう」

「寒さは、今は気にならないです」

「観光?」

「一応」

「どこに泊まってるの?」

宿を指差した。

「そうか。家族と?」

「私の家族?」

胸が痛い。…痛い。

「話題を変えよう。歳はいくつ?」

「貴方は」

「28だ」

「18です」

「成人してるんだな」

「大人です」

「結婚してるの?」

「二度目の離縁をしたばかりです」

「……」

「貴方は」

「結婚しているよ」

「奥様にもお礼をお伝えください」

「アイリーン!」

そこに王太子殿下がやってきた。

「パパ」

「パパ!?」

「何で一人で外に出るんだ!」

「ごめんなさい。みんなが来たから外に出ていいと思って湖を見ていました」

ガブリエルが立ち上がり胸に手を当てて頭を下げた。

「君はワイアー副団長のご子息の」

「はい。ガブリエルでございます。王太子殿下にご挨拶を申し上げます」

「アイリーンとは?」

「飴を差し上げました」

「悪かったね」

「あの、ご息女ですか?」

「公表はしていないが私の娘だ。話題には出さないでいて欲しい」

「かしこまりました。
王女殿下は王宮にお住まいに?」

「アイリーンはちょっと複雑で、籍は別の国に置いている。態々異母弟に会いに来てくれて、此処へは観光に来たんだ。

リュウール ドレと此処の間で襲撃にあって、二手に別れたんだ」

「野盗ですか?」

「人数を集めた暗殺だ」

「王女殿下を狙って?」

「標的はリアムだった。君のお父上がリュウール ドレで指揮を執ってくれている。こんな時にすまない」

「いえ。勤務中の任務ですし、妻の葬儀は五日も前のことですから」

え?

「奥様は亡くなられたのですか」

「出産で亡くなりました。母子ともに助かりませんでした」

「お悔やみを申し上げます」

「王女殿下」

「アイリーンです」

「アイリーン様、もしさっきの続きを考えているなら、ワイアー邸にいらしてください」

「お屋敷に?」

「アイリーン。この地はワイアー伯爵家の領地なんだ。ガブリエル殿は跡継ぎで、お父上は騎士団の副団長に就いているんだ。
アイリーン。そろそろ戻ろう」

「……」

「アイリーン?」

「ワイアー様。お世話になりました」

「ガブリエル殿。失礼するよ」

ガブリエル・ワイアーと別れて王太子殿下と宿に戻った。


翌日、王城へ戻ることになった。
王城へ到着するとセイビアンとロザリーナが駆け寄って来た。

「「アイリーン様、ジュエル様!」」

「セイビアン。ジュエルは負傷しているから今後はジュエルに就いてあげて。ロザリーナも。
用事があるときは呼ぶから」

「かしこまりました」


1時間ほどしてリアム殿下が部屋に訪ねて来た。

「アイリーン。迷惑をかけて悪かった。
ジュエルにもしっかりと謝罪をしてきたよ」

「相談があるのですが」

「私に? 嬉しいな。何だろう」

「私が平民となることは可能でしょうか」

「は? 平民!?」

「はい」

「無理だ。
王族の血が流れていて、二つの港の改革を成し遂げて、見た目も美しい女の子が平民だったら直ぐに狙われる」

「そうですか」

「今はカトリス侯爵家に籍が戻っているんだよな」

「離縁が成立していたらそのはずです」

「カトリス家に問題が?」

「今後、自由が欲しいと考えたとき、カトリス侯爵家にご迷惑をかけたくないと思ったからです」

「ベロノワに戻るという手は?」

「元夫が次期伯爵ですし、ジュエルにはジュエルの人生を歩んでもらいたいのです。
幸いにも私にはお金はありますから、何処にも籍を置かずに転々としようかと」

「ジュエルのことはいいのか?」

「今は話したくありません」

「何かされたのか」

「違います。私が存在しないベロノワ家の次男に戻った方がいいと感じただけです。
元々私がいなくてもベロノワ領は困っていませんでした。私がベロノワ家を掻き回してしまったようなものです」

「もう少しだけ時間をくれないか。
落とし所が見つかるようにするから」

「……はい」



はっきり分かった。
私はジュエルが好きだ。今は異性として好きだ。
だけど私は彼の実兄と体を繋げ 婚姻もした。 
それにジュエルとの想い出は偽物だった。
本物だと思っていたジュエルの微笑みは作り物だった。私は都合のいい解釈をしてしまっていたことに気が付いた。

私の中の最後の砦が崩れてしまった。
きっとジュエルはベロノワ家のために私に優しくして世話を焼いてくれたのだろう。
17歳で婚約者がいないのは私のせいだ。
ベロノワ伯爵家の次男に縁談話がないなんてあり得ない。

もう…ベロノワを解放してあげないと。
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