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求婚
しおりを挟む次に目を開けたときはマチアス様は起きていた。
「おはよう」
「おはようございます。重かったですよね。夜中に一度目覚めて、息の根を止めたのかと心配になりましたが心臓が動いていたので安心しました」
「目が少し腫れてるから湯浴みをしてマッサージをさせよう」
「ありがとうございます」
「アリス」
「はい」
「私はアリスがいい」
「え?」
「次に婚約するならアリスがいい」
「昨日の今日で決めては駄目ですよ。冷静になってからパーティにでも行って、」
「私はアリスが好きだし、アリスだって嫌いじゃないだろう?それに釣り合う相手は互いしかいない」
「でも跡継ぎ同士では、」
「それは侯爵が判断することだ。うちが申し込めば縁戚から優秀な令息を引っ張って跡継ぎにするだろう。
軽視しているわけじゃない。好きなだけ援助もするが政略結婚ではないし、王女と違って身分だけで決めたわけじゃない。
アリスという人柄が好きなんだ。こうして一緒に辛い時を乗り越えられる関係は大事だと思う。
アリスは私をバンフィールド家の跡継ぎという目で値踏みしないだろう?」
「……」
「女遊びもしないしアリスだけを大事にする。私が支えるから受け入れて欲しい」
「でも、昨日の今日でそんな」
「貴族は婚約者がいなくなったら直ぐにチャンスとばかりに縁談が飛び込んでくるんだ。
私はまた何処かの王女から申し込まれたら受けなくてはならないかもしれない。だけどアリスが私を選んでくれるなら、後のことはこちらで処理をしよう。
アリスは心配せずにいてくれたらいい。姉上もきっと大喜びするはずだ」
「……」
「アリス…」
「……」
「友人枠でも好かれてると思っていたんだけど、嫌か」
「そうじゃないけど即答なんて出来ません」
「他の縁談を受けたら許さないよ」
マチアス様は呼び鈴を鳴らしてメイドに私を任せた。
湯浴みをしながら記憶が蘇る。
この世界ではどちらにしても婚姻は必要になってくる。治安も前の世界のように良くもないし医療や技術も遅れている。この容姿は平民になるには狙われやすい。
マチアス様は友人だ。だけど変な人に当たるよりいいかもしれない。
私がこの世界に送り込まれたのはペイジ推しのシルヴェストル殿下のためとも言ってもいい。
ペイジは私とシルヴェストル様に結ばれて欲しいなんて言っていない。
「優しく素敵な人だったなぁ」
結局また涙が出て来て、寝起きより酷くなった私を見たマチアス様は王城に午前中は行けないと連絡を入れてくれた。
慰めにバンフィールド邸に来たのに立場が逆転してしまったので謝った。
「迷惑をかけてごめんなさい」
「かけてないよ」
「マチアス様を慰めに来たのに、こんなになっちゃって」
「私はトリシア王女個人に気持ちは無いから辛くはないよ」
「あんな美人なのに?」
「美人王女と天秤にかけてもアリスの方が重いよ」
「まさか、体重で比べてないですよね?」
「王女に直に触れたことさえ無いよ」
「え?」
「昔 挨拶で手を取ったのが一度。今回 馬車の乗り降りで手を差し伸べたのは二度。いずれも手袋はめていたし。抱きしめたことも一緒に寝たこともない。髪や頭を触らせたこともない。ダンスもしたことはない」
「そうなのですね」
「早く子爵令息と別れて」
「別れてって、恋人じゃないです」
「もうアリスは私のものだ。だから早く別れて欲しい」
「返事をしていないじゃないですか」
「でも断るわけがない。そんなことをされたら私は二度と立ち直れない自信があるからな」
「脅してます!?」
「何でもするよ」
私の髪に触れながら平然とそんな言葉を口にする。
午前中は最後の一枚の股間部分に大きなグラシアン王子殿下の顔を刺繍していた。
バンフィールド邸のメイド達は二度見、三度見をして立ち去る。ごめんね。前の世界のテレビでは、裸のタレントとか芸人の股間に顔で隠す処理をしているの。しかも下着を殿下の肌に近い色に染めてもらった。
午後に城のお針子さんに手直ししてもらって、早速応接間でグラシアン王子殿下に履いて披露してもらった。
「うわっ!」
「キャアッ!」
男女それぞれが叫び声を上げた。
メイドは目を逸らし、殿下の側近はポカンと口を開けていた。
「グラシアン殿下、とても良くお似合いです」
「まあな。元が良すぎるからな」
履いている本人は気が付いていない。
肌の色に染めたから、ぱっと見は下半身裸に本人の顔の絵を股間に貼ってるだけに見えてしまうのだ。
「そうですね」
「おっ!やっと認める気になったな。
で、何で王妃殿下もスーザン嬢もトリシアも顔を背けているんだ?」
私がメイドに大きな鏡を持って来させて殿下の全身を見せてあげた。
「うわっ!!」
股間を押さえて前屈みになってしまった。
「グラシアン殿下。履いてるじゃないですか」
「……そうだった」
手を離し、再度鏡を見てシミジミと“コレすごいな”と呟いていた。
「殿下。もっとピッタリしたサイズにすれば効果的ですよ。肌の色にすれば皆びっくりです」
「誰をびっくりさせようっていうんだよ。履く日は気をつけなくちゃな」
「履いてくださるのですね?ありがとうございます」
「ま、まあな。お前が一生懸命 刺繍したからな」
「ふふっ」
「何で笑うんだよ」
「反抗期の弟が懐いてきたみたいに可愛くて つい」
「アリス」
「はい」
「嫁に来い」
「嫌です」
「おまっ、返事が早過ぎるし、何で拒否してるんだよ。こんな美しい王子から求婚されたら頬を染めて喜ぶのが普通だろう」
「もう一度鏡を見てください」
鏡に振り向き自分の姿を見て納得したようだ。
一見するとトラウザーズを下げて下着を履かず股間に自分の顔の絵を貼り付けた変態美王子だ。
「んんっ!」
咳払いをしながらトラウザーズを上げて身支度をした殿下は何事も無かったように、私の前に立ち微笑んだ。
「いやいやいや。手遅れですって。もう目に焼きついちゃって……グフフっ」
「アリス~!?」
その後、グラシアン王子殿下に追いかけ回された。
「来ないで変態!」
「誰が変態だ!」
「その下着で追い回さないでください!」
「もうしまって見えないだろうが!」
「もう記憶では下着のままなんです!来ないで!」
「逃げなきゃいいだろう!」
まるで小さな子供たちがふざけ回っているようだったので、陛下も王妃殿下も呆れていた。
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