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母からの叱責
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湯浴みを済ませ熱いお茶を飲む。
婚約指輪を箱に戻し袋に他の宝石も入れた。
「は~」
深いため息をついてソファにもたれかかった。
うっかりそのまま寝たアネットの頬に軟膏を塗り、抱き上げてベッドに寝かせた。
零れ落ちた涙を拭うと優しく頭を撫でて、ポケットから金属のケースを取り出して火をつけるとゆらゆらと小さな煙が立ってきた。
「おやすみ、アネット」
しばらくすると人影は消えた。
だいぶ陽の登った翌朝、アネットはスッキリと目が覚めた。
メイドを呼ぶと不思議なことを言われた。
「良眠を促すお香をお使いになられたのですね。ぐっすり眠っておられましたので起こさずにお待ち申し上げました。
頬の腫れは引きましたね。引っ掻き傷も目立ちません」
触ってみると少しベタついた。
きっと王族でも入手困難の薬を塗ってくれたのね。お香も……誰かしら。
はぁ。今夜の夜会はどうしよう。
婚約者だと触れ回るはずが解消するかもしれなかったら言わない方がいいものね。
その辺を確認してから帰ればよかった。
「食事はお昼に食べるわ。それまでぼーっとしていたいの」
「かしこまりました。失礼します」
昼食を終え、少し休んでからマッサージを受けている。少し浮腫んでいるらしい。
「お嬢様、先触れがありまして、バトラーズ公爵令息様がお見えになるようです」
「はぁ~、分かったわ」
どうしよう。中途半端な時間だわね。また着替えたくないし、パーティドレスを着るしかないのかな。
「直ぐに到着なさらないようですのでガウンでお寛ぎください」
「そうなの?ありがとう」
まさか夜会に一緒に行く気じゃ…。
「アネット」
「お母様」
「喧嘩でもした?」
「実は……」
お母様に事情を話した。
「根回しは上手くても貴女に対しては不器用なのね」
「そうですか?」
「身分のある令息だと妬みは大抵あるものよ。しかもバトラーズ家の次期公爵なら熱烈かもしれないわね」
「知ってたなら言ってくだされば」
「でも貴女をあまり下位貴族や力のない家門に嫁がせられなのよ」
「どうしても嫁がなくてはダメですか?」
「私達がずっと面倒を見てあげられたら可能かもしれないけど先に天に召されるからそうはいかないわね。
貴女を守る人が必要なの」
「どちらかというと狙われてますし、今は余裕がないのです。仕事は大変ですけど楽しいので辞めたくありません。婚約は早まったのかもしれません」
「アネット、それでは婚約者が可哀想だわ。
本当の政略結婚ならあんな我儘な条件は叶えてもらえないの。貴女は働く必要がないのだから直ぐに辞めることになり、半年から一年の婚約期間を経て結婚、直ぐに子作りよ。婚約期間は花嫁修行ね。
貴女がそうしていられるのは、それでも彼が貴女を望んだからよ。
もう少し現実を知りなさい」
「っ……」
「“はい”しか許されない厳しい家もあるわ。そうやって泣いて感情を面に出せるなんて恵まれている方よ。
もう少し努力なさい。このまま解消するなら仕事は辞めなさい。他の縁談を探して一般的な条件で嫁がせるわ」
「お母様!」
「人を傷付けてもいいと言った覚えはないわ。彼の立場にも立って思いやりなさい。
もう少し様子をみましょう」
「 ……はい 」
「少ししたら支度を始めるからそれまでに涙を止めなさい」
お母様が部屋から出るとエスが姿を現した。
小さな箱からネックレスを取り出した。
少し厚みのある十字架の様になった部分にはキラキラと宝石が散りばめられていた。
「ここが拭き口になってる。命の危険、誘拐、貞操の危機、その他傷付けられそうになったらこれを吹け。
この穴を押さえて吹いた場合は近くにいれば俺だけが来る。現れるまで毎日吹け。
そうしたらお前を消してやる」
「……っ」
「泣くな」
エスはアネットの涙を拭うとネックレスをかけた。笛の部分は宝石で装飾されていて笛とは分からなくなっていた。
「ありがとう」
エスに抱きしめられ落ち着いてきた。
「綺麗」
「作るのに時間がかかった。これならいつもしていても大丈夫だろう。……誰か来る。今日はちゃんと居るから安心しろ」
そう言うと姿を消した。
「お嬢様、お手伝いに参りました」
「入って」
「……目元を冷やしましょう」
身支度を終えて一階に降りるとレヴィン様がいた。服装を見ると一緒に夜会に行くのだと分かった。
「アネット。綺麗だ」
「ありがとう。レヴィン様も素敵です」
「アネット、私達はうちの馬車に乗るから貴女はバトラーズ家の馬車に乗りなさい」
「 はい 」
馬車に乗り、外をぼーっと見ているとレヴィン様が話を切り出した。
「アネット、昨日は冷静になれなくて悪かった」
「私も申し訳ありません。
母から叱責を受けました」
「君の目が赤いのはそのせいか」
「気になさらないでください。貴族令嬢とはどんなものなのか教えられただけですから」
「具体的には?」
「まだ気持ちの整理がついていません。
お時間をください」
「分かった。
あと、父から聞いた。婚約は解消しない」
「分かりました」
「継続に同意するという意味でいい?」
「はい。母に様子を見ましょうと言われました」
「様子?続けるかどうかを?」
「はい。もし解消したとしても、直ぐ他の令息と結婚させられますけど」
「どういうことだ」
「貴族令嬢として務めを果たせということだと思います」
「アネット、私は違う」
「気持ちの整理が付いていないんです。
お時間をください。お願いします」
「アネット、」
「 はい 」
「……また後で話そう」
婚約指輪を箱に戻し袋に他の宝石も入れた。
「は~」
深いため息をついてソファにもたれかかった。
うっかりそのまま寝たアネットの頬に軟膏を塗り、抱き上げてベッドに寝かせた。
零れ落ちた涙を拭うと優しく頭を撫でて、ポケットから金属のケースを取り出して火をつけるとゆらゆらと小さな煙が立ってきた。
「おやすみ、アネット」
しばらくすると人影は消えた。
だいぶ陽の登った翌朝、アネットはスッキリと目が覚めた。
メイドを呼ぶと不思議なことを言われた。
「良眠を促すお香をお使いになられたのですね。ぐっすり眠っておられましたので起こさずにお待ち申し上げました。
頬の腫れは引きましたね。引っ掻き傷も目立ちません」
触ってみると少しベタついた。
きっと王族でも入手困難の薬を塗ってくれたのね。お香も……誰かしら。
はぁ。今夜の夜会はどうしよう。
婚約者だと触れ回るはずが解消するかもしれなかったら言わない方がいいものね。
その辺を確認してから帰ればよかった。
「食事はお昼に食べるわ。それまでぼーっとしていたいの」
「かしこまりました。失礼します」
昼食を終え、少し休んでからマッサージを受けている。少し浮腫んでいるらしい。
「お嬢様、先触れがありまして、バトラーズ公爵令息様がお見えになるようです」
「はぁ~、分かったわ」
どうしよう。中途半端な時間だわね。また着替えたくないし、パーティドレスを着るしかないのかな。
「直ぐに到着なさらないようですのでガウンでお寛ぎください」
「そうなの?ありがとう」
まさか夜会に一緒に行く気じゃ…。
「アネット」
「お母様」
「喧嘩でもした?」
「実は……」
お母様に事情を話した。
「根回しは上手くても貴女に対しては不器用なのね」
「そうですか?」
「身分のある令息だと妬みは大抵あるものよ。しかもバトラーズ家の次期公爵なら熱烈かもしれないわね」
「知ってたなら言ってくだされば」
「でも貴女をあまり下位貴族や力のない家門に嫁がせられなのよ」
「どうしても嫁がなくてはダメですか?」
「私達がずっと面倒を見てあげられたら可能かもしれないけど先に天に召されるからそうはいかないわね。
貴女を守る人が必要なの」
「どちらかというと狙われてますし、今は余裕がないのです。仕事は大変ですけど楽しいので辞めたくありません。婚約は早まったのかもしれません」
「アネット、それでは婚約者が可哀想だわ。
本当の政略結婚ならあんな我儘な条件は叶えてもらえないの。貴女は働く必要がないのだから直ぐに辞めることになり、半年から一年の婚約期間を経て結婚、直ぐに子作りよ。婚約期間は花嫁修行ね。
貴女がそうしていられるのは、それでも彼が貴女を望んだからよ。
もう少し現実を知りなさい」
「っ……」
「“はい”しか許されない厳しい家もあるわ。そうやって泣いて感情を面に出せるなんて恵まれている方よ。
もう少し努力なさい。このまま解消するなら仕事は辞めなさい。他の縁談を探して一般的な条件で嫁がせるわ」
「お母様!」
「人を傷付けてもいいと言った覚えはないわ。彼の立場にも立って思いやりなさい。
もう少し様子をみましょう」
「 ……はい 」
「少ししたら支度を始めるからそれまでに涙を止めなさい」
お母様が部屋から出るとエスが姿を現した。
小さな箱からネックレスを取り出した。
少し厚みのある十字架の様になった部分にはキラキラと宝石が散りばめられていた。
「ここが拭き口になってる。命の危険、誘拐、貞操の危機、その他傷付けられそうになったらこれを吹け。
この穴を押さえて吹いた場合は近くにいれば俺だけが来る。現れるまで毎日吹け。
そうしたらお前を消してやる」
「……っ」
「泣くな」
エスはアネットの涙を拭うとネックレスをかけた。笛の部分は宝石で装飾されていて笛とは分からなくなっていた。
「ありがとう」
エスに抱きしめられ落ち着いてきた。
「綺麗」
「作るのに時間がかかった。これならいつもしていても大丈夫だろう。……誰か来る。今日はちゃんと居るから安心しろ」
そう言うと姿を消した。
「お嬢様、お手伝いに参りました」
「入って」
「……目元を冷やしましょう」
身支度を終えて一階に降りるとレヴィン様がいた。服装を見ると一緒に夜会に行くのだと分かった。
「アネット。綺麗だ」
「ありがとう。レヴィン様も素敵です」
「アネット、私達はうちの馬車に乗るから貴女はバトラーズ家の馬車に乗りなさい」
「 はい 」
馬車に乗り、外をぼーっと見ているとレヴィン様が話を切り出した。
「アネット、昨日は冷静になれなくて悪かった」
「私も申し訳ありません。
母から叱責を受けました」
「君の目が赤いのはそのせいか」
「気になさらないでください。貴族令嬢とはどんなものなのか教えられただけですから」
「具体的には?」
「まだ気持ちの整理がついていません。
お時間をください」
「分かった。
あと、父から聞いた。婚約は解消しない」
「分かりました」
「継続に同意するという意味でいい?」
「はい。母に様子を見ましょうと言われました」
「様子?続けるかどうかを?」
「はい。もし解消したとしても、直ぐ他の令息と結婚させられますけど」
「どういうことだ」
「貴族令嬢として務めを果たせということだと思います」
「アネット、私は違う」
「気持ちの整理が付いていないんです。
お時間をください。お願いします」
「アネット、」
「 はい 」
「……また後で話そう」
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