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昔話
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目を開けると見知らぬ部屋のベッドに寝かされていた。
いい部屋だわ。客室ではなさそうだけど、誰かの部屋というには殺風景だわ。
光が漏れる方のドアを開けると特務部の隊長が机で書類を見ていた。
「どうかな、気分は」
「ご迷惑をお掛けしてしまったようで」
「腹は減っていないか」
「よく分かりません」
「では茶でも淹れさせよう」
私にカーディガンをかけてくれると、メイドに指示をした。
優しい人なのね。
顔も綺麗だし指も長くて綺麗だわ。
「穴があきそうだ」
「ご、ごめんなさいっ」
「何を考えていたのかな」
「指が長くて綺麗だなと。
清潔に爪の手入れもして形もいいなと」
「形?」
「細すぎず太すぎず爪の形も綺麗」
「変な褒められ方だな」
「あの、私はどうしてしまったのでしょう。記憶が曖昧で…」
「茶を飲んで体を温めてから話そう」
「はい」
お茶が運ばれてくると二人きりになった。
考えてみれば親族でもない男女が寝室付きの部屋に二人きりなんて避けるべきなのに当たり前のようにメイドは自ら退がった。
彼がとても信頼されているのか、余程の権力を持っているのか。
「何を考えている?」
「二人きりでいいのかなと…」
「君は子供じゃないか」
そうだわ。今の私は成人前。
「失礼しました。成人前でもよくないと教わりましたから」
「私は未成年に手を出す節操なしではないから安心してくれ。もっと大人の女がいい」
「……」
「ゆっくり飲んで。
医師の診断では異常は無さそうだと言っていたが、痛いところや不快な症状はないか」
「ありません。ありがとうございます」
「私は権力者の庶子だ。
母は妊娠が分かると正妻を恐れて逃亡した。
身籠ったきっかけは母が望んだものではなかった。
私がある程度大きくなるまで母の僅かな貯えを切り崩して生活していた。1人で留守番ができるようになると母は働きに出た。
数年後、実父の追っ手に見つかってしまった。
実は分かってはいたらしいが正妻の手前、放置を選んだ。
だが後に正妻が病死したことで接触をしてきたんだ。実父は母にどうしたいか聞いた。
母は今までの暮らしがしたいと願い出た。
実父は悩んでいたようだった。
そこで実父の側近が“側に置く方がいい”と進言したときに、私はその側近に言ってしまった。
“嘘をついてまで僕らを連れて行ってどうするつもりだ!”
そこからの押し問答で私が人の嘘を見抜けることが分かり、母と引き離された。
私はその代わりに母に不自由なく生活ができるよう支援するよう求めた。
そして王城に囚われの身となり、特技を活かして貢献している。
実父には正妻との間に跡継ぎが生まれていて、私はあくまでも監視対象にしか過ぎなかった。
その後年月が流れて実父が死に、兄が跡を継いだ。
その時、初めて会った。
何を言われるのか、何をされるのか不安だった。
兄は私の母のことを再調査していた。
母は不自由な暮らしをしていた。
私がいないことで住み込みのメイドをやっていたので平民の暮らしは出来ていたが、息子が取り上げられたことで気落ちしていた。
実父は年に一度少しの施しを与えただけだった。
正確には人任せにして任せた相手が“勿体ない”とろくな支援をしなかった。
兄はその者を王子の母への不敬として懲戒解雇と長期労働刑を課した。そして私に金を持たせて母のところに会いに行かせてくれた。
母を王都で暮らせるようにするから希望を聞いて、同意するなら連れ帰れと。
だが、母は首を横に振った。
私は持たされた金を全て置いて城に戻った。
正式に特務の職員になり、階級も権限も与えられ、給料の三分の一を毎月母に送っている。
本当の名前を教えられなくてすまない。
ここではジスラン・モローと呼ばれている」
彼は身の上話をしながら、居心地が悪そうにソワソワし カップを持ったり降ろしたりしていた。
ふふっ、誠意をみせてくれたのね。
「モロー隊長とお呼びしなくてはなりませんね」
お茶のおかわりを隊長が注いでくれた。
「モロー隊長は陛下にご報告なさるお立場ですが、それはどの範囲でしょうか」
「つまり?」
「モロー隊長が望まれる答えではありませんが疑問にお答えできます。
ですが他言をされると要らぬ騒ぎを起こします」
「君が罪を犯したのではないなら報告はしない」
「法は破っておりません。ただ神の教えには背きました」
「分かった。一切の他言はしない。
リヴィア嬢、その話はカシェ公爵家と関係があるのか?」
「っ!」
アンジュ様は私の側に来ると抱き上げた。
「ひゃっ!」
「また失神してしまうと困るから向こうで話そう」
そう言って私を隣の部屋のベッドに降ろし、枕を積み上げ背もたれをつくってくれた。
「君はハリソン侯爵から王子殿下やカシェ公爵家の名前が出た途端に立ち上がり、フラフラと部屋から出たところで気を失ったんだ。
だからこれからする話がソレなら、ここで横になりながら話してくれ。
また倒れて怪我でもしたら私が伯爵から責め立てられてしまう」
「ご迷惑をお掛けしました」
隊長は椅子をベッド脇に移動させて座った。
「それではモロー隊長、私が西の塔の最上階から身を投げた話をいたしましょう」
いい部屋だわ。客室ではなさそうだけど、誰かの部屋というには殺風景だわ。
光が漏れる方のドアを開けると特務部の隊長が机で書類を見ていた。
「どうかな、気分は」
「ご迷惑をお掛けしてしまったようで」
「腹は減っていないか」
「よく分かりません」
「では茶でも淹れさせよう」
私にカーディガンをかけてくれると、メイドに指示をした。
優しい人なのね。
顔も綺麗だし指も長くて綺麗だわ。
「穴があきそうだ」
「ご、ごめんなさいっ」
「何を考えていたのかな」
「指が長くて綺麗だなと。
清潔に爪の手入れもして形もいいなと」
「形?」
「細すぎず太すぎず爪の形も綺麗」
「変な褒められ方だな」
「あの、私はどうしてしまったのでしょう。記憶が曖昧で…」
「茶を飲んで体を温めてから話そう」
「はい」
お茶が運ばれてくると二人きりになった。
考えてみれば親族でもない男女が寝室付きの部屋に二人きりなんて避けるべきなのに当たり前のようにメイドは自ら退がった。
彼がとても信頼されているのか、余程の権力を持っているのか。
「何を考えている?」
「二人きりでいいのかなと…」
「君は子供じゃないか」
そうだわ。今の私は成人前。
「失礼しました。成人前でもよくないと教わりましたから」
「私は未成年に手を出す節操なしではないから安心してくれ。もっと大人の女がいい」
「……」
「ゆっくり飲んで。
医師の診断では異常は無さそうだと言っていたが、痛いところや不快な症状はないか」
「ありません。ありがとうございます」
「私は権力者の庶子だ。
母は妊娠が分かると正妻を恐れて逃亡した。
身籠ったきっかけは母が望んだものではなかった。
私がある程度大きくなるまで母の僅かな貯えを切り崩して生活していた。1人で留守番ができるようになると母は働きに出た。
数年後、実父の追っ手に見つかってしまった。
実は分かってはいたらしいが正妻の手前、放置を選んだ。
だが後に正妻が病死したことで接触をしてきたんだ。実父は母にどうしたいか聞いた。
母は今までの暮らしがしたいと願い出た。
実父は悩んでいたようだった。
そこで実父の側近が“側に置く方がいい”と進言したときに、私はその側近に言ってしまった。
“嘘をついてまで僕らを連れて行ってどうするつもりだ!”
そこからの押し問答で私が人の嘘を見抜けることが分かり、母と引き離された。
私はその代わりに母に不自由なく生活ができるよう支援するよう求めた。
そして王城に囚われの身となり、特技を活かして貢献している。
実父には正妻との間に跡継ぎが生まれていて、私はあくまでも監視対象にしか過ぎなかった。
その後年月が流れて実父が死に、兄が跡を継いだ。
その時、初めて会った。
何を言われるのか、何をされるのか不安だった。
兄は私の母のことを再調査していた。
母は不自由な暮らしをしていた。
私がいないことで住み込みのメイドをやっていたので平民の暮らしは出来ていたが、息子が取り上げられたことで気落ちしていた。
実父は年に一度少しの施しを与えただけだった。
正確には人任せにして任せた相手が“勿体ない”とろくな支援をしなかった。
兄はその者を王子の母への不敬として懲戒解雇と長期労働刑を課した。そして私に金を持たせて母のところに会いに行かせてくれた。
母を王都で暮らせるようにするから希望を聞いて、同意するなら連れ帰れと。
だが、母は首を横に振った。
私は持たされた金を全て置いて城に戻った。
正式に特務の職員になり、階級も権限も与えられ、給料の三分の一を毎月母に送っている。
本当の名前を教えられなくてすまない。
ここではジスラン・モローと呼ばれている」
彼は身の上話をしながら、居心地が悪そうにソワソワし カップを持ったり降ろしたりしていた。
ふふっ、誠意をみせてくれたのね。
「モロー隊長とお呼びしなくてはなりませんね」
お茶のおかわりを隊長が注いでくれた。
「モロー隊長は陛下にご報告なさるお立場ですが、それはどの範囲でしょうか」
「つまり?」
「モロー隊長が望まれる答えではありませんが疑問にお答えできます。
ですが他言をされると要らぬ騒ぎを起こします」
「君が罪を犯したのではないなら報告はしない」
「法は破っておりません。ただ神の教えには背きました」
「分かった。一切の他言はしない。
リヴィア嬢、その話はカシェ公爵家と関係があるのか?」
「っ!」
アンジュ様は私の側に来ると抱き上げた。
「ひゃっ!」
「また失神してしまうと困るから向こうで話そう」
そう言って私を隣の部屋のベッドに降ろし、枕を積み上げ背もたれをつくってくれた。
「君はハリソン侯爵から王子殿下やカシェ公爵家の名前が出た途端に立ち上がり、フラフラと部屋から出たところで気を失ったんだ。
だからこれからする話がソレなら、ここで横になりながら話してくれ。
また倒れて怪我でもしたら私が伯爵から責め立てられてしまう」
「ご迷惑をお掛けしました」
隊長は椅子をベッド脇に移動させて座った。
「それではモロー隊長、私が西の塔の最上階から身を投げた話をいたしましょう」
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