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オンリーワンになりたくて
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しおりを挟む「わかった、朱音がそれでいいなら」
「奈美、ありがと」
「おいチャラ男!」
突然自分が不躾なあだ名で呼ばれ苦笑しながら初対面の相手を見やった友藤さんに、奈美は相変わらずの口の悪さで彼に釘を差した。
「朱音を泣かせたら、その躾のなってないモン引っこ抜いてドブ川に沈めるからな!」
見かけはモデルのような奈美から発せられるとんでもない忠告の言葉に、友藤さんはひゅっと身体を竦ませた。引っこ抜かれる想像でもしたんだろうかと少し笑ってしまった。
それから彼は指を絡めて私としっかり手を繋ぐと、奈美に向かって大きく頷いた。
「肝に命じておくよ」
「ついでに朱音を気に入ってた岡部さんに速攻引き渡すからな」
脅しとも取れる奈美の発言に、友藤さんのこめかみがピクリを動いた。
「……誰に気に入れらてたって?」
気に入られていたも何も、たまたま正面の席に座ったってだけでしょうに。呆れ半分、焦り半分で奈美に向けて余計なことを言わないでと首を振ったのに、そんな私の願いは通じなかったらしい。
「岡部さん。うちの営業部の主任で超モテるイケメン。ガンガン遊んでるけどそれを感じさせない紳士っぷりで、真面目な朱音なんかひと飲みだからね」
奈美は「食われるギリギリだったろ?」と悪戯に笑う。私の今の気持ちはともかく、さっきの雰囲気だと速攻丸飲みされていた気がしてあまり強く否定出来ない。
そんな私の沈黙をどう思ったのか、繋いでいる手の力が増して手の甲の骨が痛い。
「その彼の出番はないから」
「どうかな」
「ないよ。絶対に」
奈美に対峙している友藤さんの表情に珍しく余裕がない。彼女を睨んですらいる。
女性、しかもこんな美人を目の前にしているというのに。やはり今日の友藤さんはいつもと違う。
ひとりツラツラ考えていると「行くよ、朱音ちゃん」と私の肩を抱いて歩き出す友藤さんが、通りのタクシーを止めるために片手を上げた。
すぐに路肩に止まったタクシーに促されるまま乗り込んで窓から奈美を見ると、彼女はにこやかに私を見送ってくれていた。
◇ ◇ ◇
タクシーで連れられてきた友藤さんのマンションは八階建ての五階で、シンプルな1LDKの間取り。通されたリビングは急な訪問だったにも関わらず意外と散らかっていない。むしろきちんと整頓されている。
黒い布張りのソファの上には同じ布のクッションしか置かれていないし、ローテーブルに朝飲んだコーヒーカップが置きっぱなしなんてこともない。
丸いダイニングテーブルに乗っているのは今朝読んだであろう新聞だけ。完璧か。
私だったら絶対ムリだ。玄関先で「十分待ってください」と慌ててクローゼットに諸々押し込む時間が必要不可欠。この違いはなんだろう。
……部屋を片付けてくれる女性がいるんだろうか。
「……今、誰が片付けてるんだろうって考えたでしょ」
「あ、バレました?」
「俺、家事得意だから」
「もう少しマシな言い訳考えた方がいいですよ?」
「こら」
おでこを人差し指で小突かれる。それはイケメンしかやっちゃダメな仕草だと思うんだけど、今のはちょっとイケメンに見えたから許す。
おでこをさすりながら友藤さんを見上げると苦笑いの彼と目が合った。
……え。ほんとに?ほんとに家事が得意ってこと? ここまで自分で綺麗に保ってるってこと?
私の疑問が全部顔に出ていたらしく「俺って本当に信用ないんだな」と吹き出すように笑った友藤さんは、「アイスコーヒーでいい?」とキッチンへ向かった。
その間にソファに座ろうと思ったものの、ここに座ったことがある女性は私で何人目なんだろうと早速くだらない嫉妬が首をもたげてくる。
気にしない。万年筆の例え話をした時の彼の言葉を借りるなら、少なくとも今だけは私は『友藤さんに選ばれた』んだから。
そうは思ってもなかなか座れないでいると、グラスから氷のカランという音を立てながら彼が戻ってきた。
「座らないの?」
「いや、えと、座ります……」
不思議そうな顔をした友藤さんは両手に持っていたグラスをローテーブルに置くと、私の背中に手を添えて一緒にソファに腰を下ろした。
こんな何気ない場面でのエスコートさえ女慣れしている感が滲み出て、私の心を蝕んでいく。
でもこれは私が選んだ道。こうなることを分かっていて、私は彼についてきたんだ。
グッと握りこぶしを作って胸の前に掲げる。気合を入れておかないと、彼の過去に負けて早々に心が死んでしまう。
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