母を訪ねて十万里

サクラ近衛将監

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第一章 マルコ

1-2 覚醒

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 マルコは、養父が率いる隊商の天幕の一つで寝ていたが、夜半過ぎに唐突に目覚めた。
 未だ夜更けの中で寝静まった隊商の天幕群の中でも中央に位置する比較的大きめの天幕であり、養父になって間もないカラガンダ老もすぐ隣で寝ているはずである。

 マルコは寝つきの良い子であり、滅多なことでは途中で起きたりしない。
 しかしながら、その折は何かを感じて目が覚めた。

 そうして次の瞬間には頭の中をザクザクと鋭いきりで突かれたような激痛がはしった。
 痛むのは額の辺りのやや右側であったが、次いで左脇の側頭部位にも痛みを覚え、つられるように額の左側、さらに右の側頭部位が痛みを覚えた。

 マルコは我慢強い子だったが、流石にこの時は叫びを押し殺しつつも、余りの痛みのためにしっかりと瞑った目から涙を流して低く呻いた。
 そうしていた時間が如何ほどであったかは正確に覚えてはいなかったが、短いようにも長いようにもマルコは感じていた。

 そうして耐えがたいほどの痛みが唐突に終わった時、マルコは前世の記憶を思い出していた。
 一つではない。

 複数の人格の記憶であり、異なる自我が認識できるものだった。
 一人目は、地球と呼ばれる世界に住んでいた日本人金谷かなや正司しょうじとしての記憶である。

 金谷正司は某有名大学を卒業して、某重工のシステム開発部門に就職、4年後には主任に昇格、将来を嘱望され、美人の婚約者もいるという順風満帆の人生だったが、仕事でインドネシアに出張中、たまたまイスラム過激派による自爆テロに遭遇して呆気なく死亡した。

 享年27歳であった。
 金谷正司の記憶は、21世紀日本の科学技術の先進的知識をかなり溜め込んでいた。


 二人目は、アズマンという人物で、フラブールと呼ばれる世界での80年足らずの人生を経験した凄腕の医師の記憶である。
 医師とは言いながら21世紀の日本と異なり、魔法を使って治療を行う療養師の身分である。

 療養師は、フラブールでは希少な職であり、往々にして王侯貴族のお抱え医師となるケースが多い。
 アズマンもその例に漏れず、才能を見込まれて若い時から公爵お抱えの療養師の下で指導を受け、長じてからはそのまま師匠の後を継いで侯爵お抱えの療養師となった人物である。

 妻帯し、4人の子にも恵まれ、フラブールでは希少な長寿となり、幸せな人生を送った記憶である。
 アズマンの療養師としての知識と技術はフラブールでは並ぶものなき者と言われていた。


 三人目は、ワルバーニ世界で冒険者として生きた戦士レティルドのものである。
 剣聖、槍聖、弓聖そして盾聖の称号と関連のスキルを有し、数々のダンジョンをクリアし、史上初のSSランク冒険者「聖武王」として有名を馳せた人物である。
 老成してからは冒険者学校を創設して後輩の指導に当たり、60有余年の生涯を閉じた。


 四人目は、クロジア世界で「万華鏡の魔導士」として名を馳せたプラトーンのものである。
 超級魔法を含めて数多あまたの千変万化の魔法を繰り出すスキルを持ち、無尽蔵ともいわれる魔力で魔導士の頂点に立った強者の記憶である。


 五人目は、ザルドブル世界で大賢者と称された錬金術師ユーリアの記憶である。
 画期的、先進的な魔道具を次々と産み出し、付与魔術にも長けており、数多あまたの伝説の武器や防具を産み出した人物である。

 六人目は、銃器が産み出されたエストルド世界で狙撃兵としての訓練を受けたイレザードの記憶である。
 イレザードは亡くなる前の直近の戦争で273名もの敵国士官を遠距離狙撃した英雄として知られているが、凱旋パレードの際に皮肉にも友軍狙撃兵のねたみを買って、狙撃され死亡した人物である。

 それら6人の知識経験が一気にマルコの脳内に溢れ、その過負荷により一旦は覚醒したマルコであったが、即座に意識を失ったのである。
 マルコが次に目覚めた時、マルコは自身が七度目の転生を果たしていたことについに気づいた。

 しかも二回目以降六回目の転生まで、一度として引き継がれることのなかった過去の知識・経験の全てがマルコには引き継がれたのである。
 更には昨日の夜半が己の6度目の誕生日であったことも理解していた。

 マルコは、僅かに6歳にして、先進の科学技術の知識を有し、類稀たぐいまれな療養師の経験と知識を有し、勇者に匹敵する戦士の経験と能力を有し、最強魔導士の膨大な魔力と魔法技術を有し、大賢者と称される優秀な錬金術師の経験・知識を有し、最優秀な狙撃兵としての経験・知識を有しているのである。
 そしてまた、それまではあやふやで思い出せなかったのだが、3歳で生き別れた両親及び兄弟姉妹の記憶も明瞭に蘇っていた。

 実際のところ、マルコが生まれたエルドリッジ大陸は、マイジロン大陸から直線距離でも十万ケブーツほどの距離にあり、仮にその距離を船で直行できたとしても一年以上の歳月がかかる。
 補給ができなければ辿り着けないし、実際には間にある大陸を迂回しなければならず、実効的な手段では最低でも二年から三年以上もかかるとみてよいだろう。
 
 陸路ならば、仮に平坦でまっすぐな道路でも、徒歩ならば、優に六年近くを費やさねばならない距離となる。
 残念ながらこの世界の測量技術は優秀とは言えないので、世界地図にしても、この惑星の円周にしても未だよくわかっておらず、マルコも大人たちの噂話などからおおよその大陸の方位と配置は知っていたが、その距離については全く分かっていなかった。

 異世界を知るマルコから見て一つ言えることは、地球やその他の5つの世界に比べてもこの世界が異様に大きいことであろう。
 太陽の見かけの高度とこれまでの移動距離を考え併せても、おそらくは地球の十倍程度の大きさの惑星ではないかと考えている。

 具体的には遠くに見える地平線や水平線が異様なほどにまっすぐであり、高いところから見ても大地が丸いことを容易に窺わせないほどの大きさである。
 そうしてまた船で移動しても南北間で緯度の違いによる太陽の偏差角が極めて少ないのである。

 その大きさの惑星にしては重力が小さすぎるのがやや気になるが、マルコ自身が地球など他の世界の重力を直接比較したわけではないのでよくわからない。
 いずれにしろ、3歳の記憶が明瞭に蘇ったことで多少なりとも望郷の念に駆られはしたが、大魔導士の能力をもってしても、世界座標のわからない地点への転移はできなかった。

 マルコは行ったことのある場所であれば転移は可能であるが、それは6歳の誕生日以降に把握した地点に限られる。
 三歳の頃の故郷の風景は記憶にある。

 四歳の頃のオズモール大陸の養父母もその家もよく覚えている。
 その後、孤児として入ったサンクロス神教会孤児院も院長先生についても明確な記憶がある。

 リーべンの商都市バクホウにしばし滞在したので、その風景もお世話になった商人たちもよく覚えている。
 さらには、マイジロン東岸にある商港アルビラのバンツー一族の支店もよく覚えているのだが、その際には前世の記憶が蘇っていなかったために、世界座標が認識できていないのである。

 世界座標とはマルコ自身の脳内に蓄積されたマップ上の相対座標であり、緯度経度などによる特定の座標ではない。
 従って覚醒時点での座標が原点となっている。

 そのため、能力は有れど、故郷に戻るために転移の魔法は使えないという状態にあった。
 いずれ故郷には何らかの方法で帰るにしても、今は、三度目の養父として世話になっているカラガンダ老に恩返しをした上で、故郷であるエルフの里ハレニシアに帰還の旅に出るつもりでいた。
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