母を訪ねて十万里

サクラ近衛将監

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第一章 マルコ

1-3 ワイバーン

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 マルコの覚醒から三日目、カラガンダ老の隊商は一つ目の山脈であるバランティア山系に入っていた。
 崖沿いの緩やかな登り勾配の道が続き、標高5400ブーツのワダーツ峠を越える道である。

 ブーツとは五百年ほど前にマイジロン大陸にあった旧タンガニア王国で決められた測量単位であり、当時の国王が百歩歩いた距離の百分の一の長さが1ブーツと定められた。
 地球世界でいえば約72センチ、成人男性の一歩程度の長さになるのでワダーツ峠は日本の富士山山頂程の高さがある。

 従ってその標高だけでも難所であるのだが、夏場でも積雪が残っていることがあるために寒冷であり、峠で野宿することはできるだけ避けなければならない。
 峠を境に二つの小さな宿場があり、そこで休憩し、態勢を整えてから峠を越えるのが商人たちの常識であった。

 千ブーツの距離を1ケブーツ(若しくは1里)といい、さらには12ケブーツで半ケイリと呼ばれることもある。
 徒歩若しくは馬車で平坦路を進む場合1日50ケブーツほどの旅程が効率的だと言われている。

 しかしながら、40ケブーツの直線距離で5ケブーツを超えるほどの登り勾配になると、当然に道は蛇行するし、進行速度が遅くなるので1日に20ケブーツから25ケブーツほどが適当な旅程になる。
 因みに日本における国道1号線の通称“箱根街道”は、平均10%の勾配であるが、それでも荷車や馬車にとってはかなりきつい登坂車線になる。

 一方で日本の鉄道の場合は登山鉄道を除いて、30パーミル(1000mで30mの高度差)程度が最も傾斜の強い線路である。
 従って、40ケブーツで5ケブーツ(125パーミル)の落差はそのままではかなりの急こう配であり、どうしても蛇行せざるを得ないことから、行程も伸びてしまうことになる。

 峠から10ケブーツほどの距離に東側の宿場サガンがあった。
 宿場と言いながら住民はおらず、宿坊のみがある場所である。

 峠を越える隊商や旅人はここで宿泊して翌日に備えるのである。
 因みに井戸や食料、それに燃料も無く、これら宿房に泊まるために商人や旅人は予め必要なモノを自前で準備していなければならない。

 つまりは、屋根のついた宿坊があるだけ野宿よりはましという程度の場所である。
 峠を境に東側の宿場サガンと西側の宿場イーゼンはどちらも同じ規模の宿坊であり、概ね1500名までの宿泊ができる。

 この日はカラガンダ老の隊商以外に200名規模の三つの隊商がサガンに入り、ほかに旅行者や行商人などもいたことからほぼ8割の宿坊が埋まることになった。
 峠越えは天候を見て実施されるので、仮に明日出発できないようなことがあれば、後から来た隊商は野宿になるかもしれない。

 この街道は西に至る主街道の一つであり、一日に大小三つ程度の隊商は常時峠越えをする場所なのだ。
 幸いにして、翌朝は日和も良くて明け方前には予定通り出立となった。

 しかしながら、急こう配の峠道を登り切ったところで、予期せぬ騒動があった。
 上空に二匹のワイバーンが出現したのである。

 先行していた隊商の一つがまさに襲撃を受けている最中であった。
 カラガンダ老もそうだが隊商はいずれも山賊に対抗し、魔物や魔獣の襲撃を撃退するために護衛を雇っている。

 護衛は傭兵であったり、冒険者であったりするが、隊商の場合はスポット的に冒険者を雇う場合が比較的に多い。
 傭兵の場合は、基本的に長期の雇用形態となるからである。

 先行する隊商が雇ったのは冒険者のパーティの様だった。
 一方でカラガンダ老の隊商は傭兵が42名、冒険者が36名の構成になっている。

 冒険者36名は特にこの山地越えのために雇われたスペシャリストである。
 彼らはいずれも隊商のリーダーであるカラガンダ老の下知げじを待っていた。

 彼らは隊商の護衛であるからたとえ人助けといえども自らの判断で勝手に動くわけには行かないのである。
 カラガンダ老は一旦周囲を見渡してから言った。

「“黒岳の雷雲”、“山おやじ”、“サガンの赤竜”、それに“スカイオーク”の面々は前方の隊商の救助に向かいなさい。
 ただし、相手は亜竜のワイバーンだから決して無理をする必要はない。
 牽制で追い払うことができれば上々だ。
 残る傭兵隊と“土石流”の面々は我隊商の護衛を引き続き行うこと。
 ワイバーンがこちらに向かってきたら、救助に向かった面々もこちらに引き返すこと。
 以上だ。
 行きなさい。」

 その命令を受けて、一斉に冒険者たち30名足らずがワイバーンの襲撃地点に向かって突進してゆく。
 当然のことながら、カラガンダの隊商は峠から西側に伸びた道に列を作って防備を固めながらそのまま待機する。

 そうしている間にも谷合たにあいとなる峠の頂上の北側の山陰から更なる厄災が現れた。
 新たなワイバーン三匹である。

 前方の隊商を襲っているのは灰色がかった普通のワイバーンであるが、今度現れた三匹のうち一匹はひときわ大きく赤みがかった灰色であり、いわゆる稀有な亜種と呼ばれるワイバーンである。
 一般に亜種のワイバーンは、通常のワイバーンに比べて倍もしくは三倍の力を持つと言われている。

 普通のワイバーンであればBクラスの冒険者パーティ10名程度で撃退もしくは討伐できると言われているが、亜種のワイバーンに対抗するにはAクラスの冒険者20名でも足りないと言われている。
 そうして、カラガンダ老の隊商でもAクラスに相当する傭兵及び冒険者は五指にも届かない。

 カラガンダ老は思わず手足に震えを感じており、背中には冷や汗をかいていた。
 ワイバーン二匹でも手こずるだろうに、五匹も現れ、しかも一匹が亜種となればこれはもう天災級であり、軍隊でもない限り撤退しかありえない。

 逃げても追ってくるから犠牲は避けられないが、向かって行って全滅するよりはましなのだ。
 カラガンダ老がそう決意して、撤退指示を声に出そうとした瞬間、幼いマルコがカラガンダ老の前に進み出て、右てのひらを空飛ぶ三匹のワイバーンに向けた。

 途端に、三匹のワイバーンが唐突に燃え上がり悲鳴を上げながら峠の北側山腹に落下していった。
 稀有な亜種も普通のワイバーンも共になす術もなく墜落して山腹で燃えているのである。

 そうして、マルコが前方の二匹に向きなおり、掌を上空に向けると、マルコの上空に二本の巨大な氷の矢が出現した。
 マルコが手を振るとその二本の氷の矢が凄まじい速度で動き出し、あっという間に二匹のワイバーンの腹部を貫通したのである。

 隊商を襲撃中のワイバーンは、低い高度にあり、突進してくる氷の矢に気づいて慌てて逃げようとしたようだが、氷の矢はまるで意思を持っているかの如く僅かに方向を転じて逃げるワイバーンに命中したのである。
 ワイバーンは命中の衝撃で、峠の北西側山腹にまで弾き飛ばされ、氷の矢で山肌に縫い付けられていた。

 しばらく二匹のワイバーンも蠢き、なおかつ意味のない唸り声をあげていたが、間もなくどちらも止まった。
 わずかの間に亜竜五匹が殲滅されていた。

 傭兵も冒険者たちも自らの力量をよく知っているから、自分たちがそれをなしたとは到底思っていない。
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