母を訪ねて十万里

サクラ近衛将監

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第二章 大草原の旅路

2-4 疫病 その一

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 アケロンを立って三か月余り、バンナ平原もそろそろ終わり近くである。
 未だ傾斜は緩いが徐々に道が登り勾配になってきているのである。

 バンナ平原の西部地区の走りとなる街シュラックが近づいた。
 そうしてその郊外で最初にマルコが気づいた。

養父上ちちうえ様、これは疫病ですね。
 街の中には入らぬ方がいいと思います。」

 確かにシュラックの東門の上に白地に黒の十字が描かれた旗が上がっていた。
 これは「我を避けよ」という印なのである。

 それだけで疫病と判断はできないはずだが、マルコが普通と異なることを知っているカラガンダ老は、それを聞いてすぐに隊商の中にいる医療の心得のある薬師を冒険者につけて調査に向かわせた。
 旗の意味を確認する調査だが命に係わるかもしれないことを言い含めている。

 彼らはカラガンダ老の注意を受けて慎重に進んでいる。
 マルコの判断では疫病はコレラである。

 この世界で何と名付けているかは知らないが、鑑定により知り得た菌の形状から見てOー1 エルトールコレラ菌に間違いないはずだ。
 この街にいる人は町の大きさに比して意外に少ない。

 或いは隣町などに逃げた人々もいるのかもしれない。
 そうして残っている人たちの半分は生命反応が弱い。

 そうして残った半分もかなり疲弊しているのが伺える。
 マルコは街の中には入っていないが、外からの魔力の反応とオーラ若しくは光背と呼ばれるもやのような生命を象徴する弱い光を感知し、離れたところから町の全周を覆う壁越しに観察しているのだ。

 そうしてその中でも一際目立つオーラを持つ者が頑張っているようだが、魔力はほとんど枯渇している。
 その人はおそらくヒーラーか治癒師なのだろう。

 だが、根本的な原因を断たねば如何に魔力を注いでもヒールでは治らない。
 フラブール世界に生きたアズマンの記憶でもそうであるし、クロジア世界で生きた魔導士のプラトーンも同じ見解であり、なおかつ地球で生きた金谷正司の科学知識でも菌を死滅させねば患者は助からない。

 ヒールは自己免疫を高め、細胞再生を助けるだけなのでウィルス性の病気にはほとんど効果がないのだ。
 むしろ、このような場合には薬師による投薬と治癒師による適切な看護が無ければ乗り切れない。

 療法士アズマンの知識を元にプラトーンは魔法でコレラ菌を殲滅する魔法を考えた。
 一方、ザルドブル世界で生きた錬金術師のユーリアは金谷正司の記憶にある抗生物質なる有機化合物の創成に取り組む事にした。

 いずれもマルコの頭の中での作業であるが、この間のマルコは間違いなく多重思考をする多重人格者であっただろう。
 そうしてこの四人の思索の融合がなされてコレラ対策は出来上がった。

 それは街の中に入った調査隊が戻ってくる直前のことだった。
 シュラック郊外にカラガンダ老が率いる隊商が到着してからほぼ半日がすぎ、間もなく陽が沈む刻限だった。

 医療の心得のある薬師は、マルケセルという中年の男性であり、長くカラガンダ老に仕えているようだ。
 そのマルケセルがカラガンダ老に報告した。

「この町は、アバリスの病に侵されています。
 既に死者は三千人を超えているようで、現在病にかかっている者は推定で約五千人。
 およそ八千人が健康なうちに、ラクサの方面に逃れたようですが、あるいはそこでも病が広がっている懸念がございます。
 この病は人から人へ感染しますが、すぐには病が発症しないことがございます。
 従ってそのような人がラクサに辿り着いたならラクサでも同じことが起きる可能性はございましょう。
 街に残っている者も体力のない者から病になって亡くなっているようで、既に死体を処理する人手も足りない有様。
 取り敢えず町の役所にあった講堂に遺体を一時的に保存しているそうなのですがそれも限界に近いそうです。
 治療と病対策に当たっているのは、現在はアノス教会のシスター・アントワネット様お一人だけです。
 しかしながら、如何にシスターと言えどもこの病をいやす方策はございません。
 私どもが、一時的な避難を呼びかけましたが、シスターは病に臥せっている人たちを見放すことはできないと言って、避難を拒否されました。
 このままではシスターも病にかかることは必定です。
 そうして、我が隊商の行く末もどうするか不安が残ります。
 シュラックを迂回して通り過ぎても、ラクサで同じことが起きていれば、われらは動けなくなります。
 飲料水が汚染されれば旅は続けられません。
 旦那様、我らが如何にすべきかについて、このマルケセルでは答えを出せませぬ。」

 カラガンダ老が天を仰いだ。

「留まるも地獄、進むも地獄か・・・。
 わかった。ご苦労だった。
 取り敢えず今宵はここで泊る。
 誰も街の中には入らぬようそなたから皆に知らしめてくれ。
 それと町の者との接触も避けるように言うてくれ。
 明日の朝、我らの動くべき道を示すことにしよう。」

 カラガンダ老の隊商は全体が暗く沈んでいた。
 アケロンからついてきた小隊商の一部は、見切りをつけて既に引き返し始めていた。

 確かにこの先補給が受けられる場所の保証がなければ旅は続けられないだろう。
 陽が沈んでからカラガンダ老がマルコに向かって低い声で言った。

「此度ばかりはどうにもならぬ。
 アバリスの病は不治の病じゃ。
 かかれば死ぬ。
 病が感染するのを防ぐために町を閉鎖し、健康な人までも見捨てるような事例が過去にはいくつもある。
 ここは、その前に統治者かまとめる者がいなくなったのであろう。
 ここはバンデル王国の縄張り、王宮が知ったならば軍団を派遣して街を焼き尽くすやもしれぬ。
 じゃが、儂ら商人にはそのような手法はとれぬ。
 アバリスの病にかかった町や村があれば迂回して関わり合いにならぬようにするだけじゃった。
 が、その範囲が広がっていれば、先には進めぬ。
 そなたに聞くのは筋違いじゃが、そなたなら如何にすれば良いと思うかの?」

 マルコは静かに言った。

「この病について調べました。
 不治の病として知られていますが、絶対に治せない病気と言うものでもありません。
 死亡率は非常に高いのですが適切に治療をすれば治る可能性もございます。
 但し、人手がかかります。
 この街自体にほとんど余力はございませんので、隊商から人手を出せば或いは治せるやもしれません。
 但し、予め申し上げておきますが、出した人手は病人の看護をすることになり病が感染する恐れは常にあります。
 できるだけ人に感染しないような予防対策を取りますがそれでも間違いは起きます。
 ある意味で自らの命を懸けて対応することになりますが、そうした人手を募ることができましょうか?」

「そなたの行動や申し出は、いつも予想外のものが多いのだが、そなたはアバリスの病を本当に知っておるのか?」

「はい、この病は通常下痢を主な症状として発病します。軽症の場合にはやわらかい便の場合が多く、下痢が起こっても回数が1日数回程度で、下痢便の量も少ない場合があります。
 しかし重症の場合には、腹部の不快感と不安感に続いて、突然下痢と嘔吐が始まり、身体自体が機能不全に陥ることがあります。
 下痢は、白色ないし灰白色の水様便で、下痢便の量も非常に多くなります。
 発病中の下痢の総量が体重を超えることもしばしばあります。
 このため水分を補給しないと脱水症状に陥り、血行障害、皮膚の乾燥と弾力の消失、意識消失、嗄声あるいは失声、乏尿または無尿などの症状となります。
 対処療法としては頻繁にきれいな水を与え、寝台の下に桶をおいて、常に排便させ、脱水症状を防がねばなりません。
 食糧はそもそも受け付けないでしょうが、水分を多めにしたかゆ状の穀物を与えるぐらいしか方法がありません。
 で、この街を救う方法ですが、アバリスと言う病は目に見えぬ小さな生き物が悪さをしております。
 この生き物は髪の毛の先端に100万もの数が住み着くことができるほど小さいので、これを目でとらえて退治することはできません。
 しかしながら、一方で、この生き物には弱点がありますのでそこをついてやれば退治できる可能性があります。
 簡単に申し上げて特別な薬を病人に与えれば数日で症状は快方に向かうでしょう。
 一つはその薬を造ることをお許しくださいましょうか?
 材料は我が隊商の積み荷の中にあるもので賄えます。
 次に、薬を与えても手遅れなほどの重病人も居ます。
 これについては、シスター・アントワネットが行っているようなヒールを掛けざるを得ません。
 それも、より強力なハイ・ヒールを掛けねば多くの命が奪われましょう。
 更に、病人が薬を飲んで回復したにしても、その多くは少なくとも数日間はほとんど食事をしていなかったように思われますので、体力をかなり消耗しております。
 ために、病人には栄養ある食物を与えねばなりません。
 恐らくは食糧もまともには残っていないでしょうから調達する必要があります。
 我が隊商の冒険者で魔物を狩って来ていただくのはできましょうか?
 魔物はその体内に魔力を秘めているので、その肉を食することで体力を失った者も補給ができるのです。
 もちろん病人が食べれるように調理法は工夫しなければなりませんが・・・。」
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