母を訪ねて十万里

サクラ近衛将監

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第四章 東への旅

4ー3 旅の日常

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 カラガンダ夫妻とマルコの旅は、一般の人から見ればおよそかけ離れた贅沢な旅である。
 マルコの造ったゴーレム馬二頭が曳く馬車は、軽快で早い。

 しかもゴーレム馬二頭は疲れ知らずである。
 魔石に込められた魔力と魔法陣により、御者が居なくても馬車は安全に動く。

 周囲に迷惑をかけることになるからやってはいないが、最大速力で走れば、騎士が操る騎馬でも追いつけない速度で走ることもできる。
 おまけにマルコは、ヒト型のゴーレムで「御者」と「執事」と「メイド」を造ってしまった。

 普通の者が見てもゴーレムとは気づかないほど高性能のゴーレムであり、かなりの精度で自立判断ができる。
 従って、ファインベルドの宿場町を出て以降は、マルコやカラガンダ翁が御者台に座る必要性も無くなった。

 一応、毎夜、次の日の若しくはその先の観光地というか行く先を決め、その計画に従って、ゴーレム馬車と御者が動いてくれるからである。
 急ぐ旅ではないことから、普通の馬車と同じような速力でのんびりと旅を続けている。

 旅の間の経費についても全く心配が無い。
 マルコが作成し。商業ギルドに登録したポンプと鏡の純利益の5%ほどが、マルコのために蓄えられている。

 マルコが独り立ちする際の資金になるようにと、カラガンダ翁が商業ギルドの口座に振り込まれるようにしているのだが、現状、それだけで白金貨で100枚を超える金額になっている。
 それとは別に、カラガンダ翁が自分たちの老後の金として用意していた蓄えもあるが、そちらも白金貨100枚を超える金額なのである。

 左程の贅沢をしなければ、金貨一枚(約10万円)で家族四人が半月は間違いなく暮らせるご時世だが、大金貨1枚が金貨10枚に、白金貨1枚が金貨100枚なので、白金貨百枚あれば、百人の人が15年以上も無理なく生活できるはずだ。
 年間の必要経費で言うならば、4人家族で金貨24枚程度が入用いりようだから、白金貨1枚があれば4人家族が少々贅沢をしても2年や3年は余裕で生活できる金額なのだ。

 一方で商業ギルドは、各大陸に配置されているので、どこの大陸に行っても引き出しや両替は可能になっている。
 大陸もしくは国または地域で多少の物価変動はあるものの、貨幣の価値はさほど変わらないので、これだけの金額があればマルコが普通に生きている間は食うに困らないはずなのである。

 マルコ達三人の旅の1日は、馬車の内部にあつらえられた寝室で目覚めることから始まる。
 夜明けと夜明けとともに目覚めるカラガンダ翁の生活習慣は、どこに行っても変わらない。

 目覚めると顔を洗い、口をすすいで朝日を拝むことからカラガンダ翁の1日が始まるのだが、馬車の中では朝日が拝みにくいことから、一旦は外に出て朝日を拝むのが旅の間の習慣となった。
 ステラとともにマルコが手伝って朝食が作られ、それを食べて一服してから馬車が動き出す。

 一服と言ってもタバコではなく、ハルファをたしなむのがカラガンダ翁の一服である。
 その間に台所でステラとマルコが食後の後片付けをしているのだ。

 馬車が動き始めるとカラガンダ翁には余りすることが無い。
 ニオルカンの家から持ってきた書籍を読むか、変わりゆく景色を眺めるぐらいのものである。

 マルコの馬車は内部の空間を拡張しているので、窓はあるけれどとても小さい覗窓のぞきまど程度のものだ。
 そこから風景を眺めても、切り取られた一部を眺めているようなものであるから、外の景色を見る際には、潜り戸を抜けて御者台に出てから見回すことの方が多い。

 カラガンダ翁は、生憎とマルコのように錬金術で何かを生み出すようなことはできないので、勢いステラがやっている刺繍や裁縫を眺めていたり、マルコの錬金術の工房に行って見学したりをするのがカラガンダ翁の日課であった。
 隊商で旅をする際は、配下のことや荷物のことなど配慮すべきことが多かったのだが、遊興の旅では、何もすることが無いのだ。

 暇がありすぎるようになると、カラガンダ翁はこれまで趣味を持たなかったことを少々後悔していた。
 そこで旅に出てから一月ほどしてからは、木彫りの木工と陶芸を始めることにした。

 木彫りは適当な木材と小刀があればできるのだが、マルコが小刀一本で木を削るのに苦労しているカラガンダ翁のために、36本からなる彫刻刀や木槌などの工具を造ってくれたのである。
 また、陶芸のために陶芸用の粘土や轆轤ろくろ、更には焼き窯やきがまの魔導具まで拡張した空間の中の工房に揃えてくれた。

 普通、陶器は土や煉瓦で作り上げた大きな窯で焼くものだが、マルコが作った魔道具の窯は1ブーツほどの一辺を持つ箱状のものであった。
 この窯では背丈ほどの大きな陶器は流石に焼けないが、日常で使うような壺、椀、皿などやちょっとした装飾品などは焼くことができる。

 この窯は、魔石と魔法陣で作動し、内部に入れた粘土を高温で焼いてくれるのである。
 高温で焼くことからかなりの排熱が出るのだが、マルコは工房の外に排熱して工房の中に熱がこもらないようにしてくれている。

 マルコがこうした簡素化を図ってくれるために、木彫りにしろ、陶芸にしろ、旅を続けるに従って、かなり見応みごたえのある品物ができるようになって行くのだった。
 最近では、ステラもマルコに教わって、はた織りに精を出している。

 マルコがステラの機織りのために様々な色合いと太さの糸を生み出してくれるので、ステラもまた見事な反物が生み出せるようになっていた。
 普通は旅の間に生産などすれば、徐々に荷物が増えてしまい、旅そのものに支障が出てしまうものだが、マルコが二人のために新たに専用の工房と蔵を造り上げたことから、どれほど二人がモノ作りに励んだとしても、置き場所に困ることが無くなったのである。

 そんな環境が揃うと、それぞれにキチンと製作年月日を記載したメモをつけ、棚に並べて行くのがカラガンダ翁とステラ媼の習慣になった。
 お昼は旅に出る前は抜くことが多かったのだが、マルコの勧めで軽食やおやつ程度のものを食べている。

 夕食は、土地で購入した食料を種々工夫した料理が出されるのも旅の醍醐味だいごみだった。
 少し大きな街では旅館に入り、据え膳すえぜん上げ膳あげぜんの快適さを味わうこともあるのだが、カラガンダ翁にとっては馬車の中でも似たようなものであり、ステラやマルコが作ってくれるか、宿の料理人が作ってくれるかの違いでしかない。

 宿場町に入っても宿を取るのが普通かというとそうでもない。
 名物料理や温泉などがある場合は宿に入るけれど、そうでないときは、町はずれに馬車を止めて一泊するだけのことも多いのだ。

 8ビセットの末日、マルコはカラガンダ翁の手紙と魔導具をたずさえて、ニオルカンへ転移した。
 転移に際しては、知己の人に姿を見せるわけには行かないので、隠密魔法を使い、なおかつ、闇魔法の認識疎外をかけて姿が見えないようにしてから屋敷の上空に浮かんでいた。

 長男ボルトスさんの執務室と言うか、いつも使っている書斎は承知している。
 部屋に誰もいないのを確認した上で、机の上に手紙を、そうして窓際に魔道具のサンプルを置いた。

 少なくとも余人がこの手紙を見ては困るので、特殊な認識疎外を手紙と魔導具には掛けている。
 ボルトスさん以外では見つけることのできない手紙であり、魔導具なのだ。

 ボルトスさんが手に取った時点で認識疎外の魔法は解除されるようになっている。
 敢えてボルトスさんが手に取るところまでは確認しない。

 仮に手紙が見つかっても、マルコ達三人がどこにいるかの手掛かりは記してはいないのだ。
 そうして手紙が人手を使わずに届けられたことを知れば、ニオルカン近辺に潜伏していると思うのが常識的な判断だ。

 ニオルカンどころかマーモット王国にすら既にいないのだから、いくら探しても見つかるはずもない。
 いずれ、マルコの囲い込みを狙っているパッサード侯爵も諦めるだろう。

 マルコ達の観光旅行はまだまだ続く。
 予定では、順調に行ってもアルビラ到着は来年の6ビセット半ば頃になるのじゃないかと思っている。

 実はマイジロン大陸の南部は、2ビセットから4ビセットにかけ海洋の低気圧が発達して大きな嵐になることが多い地域なのだ。
 特に予定している順路では、山がちな部分も多く、洪水や土砂崩れで道が途絶することもあるようだ。

 ゴーレム馬車の中にいる限り、どんな嵐が来ても大丈夫ではあるけれど、通れない道を通ってきたりすると、色々と勘繰られることになる。
 一応は既に安全圏には居るのだけれど、逃避行には違いないので目立つ行動は避けるようにしているマルコ達だった。

 多分、アルビラに到着するまでは、一般の隊商路から外れているので、カラガンダ翁の知人に会うことも無いはずである。
 引き続き着実に、そうして呑気な旅を楽しむマルコとカラガンダ夫妻であった。

 ◇◇◇◇

 10ビセット7日、マルモの宿場町を出て山間部に入ったマルコ達の馬車は折悪しく嵐に出会ってしまった。
 マイジロン大陸南部でしばしばみられる春先の嵐と異なり、晩秋にかかる時期の嵐はかなり珍しいのだが、マイジロン大陸南方海上で発生した熱帯低気圧が発達したものであって台風にまではなり切ってはいないが、上陸して、南部沿岸地域の広範な範囲に強風と雨をもたらしていた。

 悪天候の中を突っ切ることも可能なのだが、傍目に異常と見えることは極力避けることにしていたので、止むを得ず、山中の安全なところで馬車を止めて嵐が過ぎ去るのを待つことにした。
 強風や驟雨しゅううが襲っても、マルコの馬車はびくともしないのだが、他人の目に触れるのを嫌って、切り立った山腹に穴を掘り、そこに馬車を引き込んで入り口を大岩で塞いでいる。

 一応、念のために小さな換気口は備えているものの、外部からは山腹の中に馬車が居ることが分からないようにしている。
 トンネル内は暗いが、馬車の中はマルコの造った魔道具の灯りがあるので生活に不自由は無い。

 山の中のトンネルで丸々二昼夜を過ごし、嵐が過ぎったのを確認して、久方振りにトンネルを出て、外気に触れた。
 湿度は高いものの、雨も止んでおり、旅を続けるのに支障はなさそうであった。

 9ビセット9日の午後、馬車は走り始めたがその進捗状況は遅い。
 嵐の所為で道路の路肩が崩れていたり、樹木が道路に倒れていたりと交通の障害がとても多いのである。

 マルコの場合、馬車ごと浮かして障害を回避することもできるけれど、後から来る旅人のために、その都度障害を取り除くようにしているのである。
 但し、完全な復旧はしない。

 飽くまで仮復旧であって、取り敢えず通行はできる程度にしか整備はしないのである。
 それでも、本来であれば一日で到着するはずの次の予定の宿場町に到着するまで、三日ほどを要した。

 リストル宿に到着したのは9ビセット12日のことであった。

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