母を訪ねて十万里

サクラ近衛将監

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第四章 東への旅

4ー5 越冬

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 コルテナ公国の都クレジノに着いたのは10ビセットも半ばに入る頃でした。
 そうしてここから北に向かうには、丘陵に近い山岳部を二つ越えなければいけないのです。

 マイジロン大陸南部の比較的温和な気候とは言いながら山岳部では降雪もありますから、冬場の旅は好ましくありません。
 特に、11ビセットからは厳寒期に入るので、旅人も商人も余程の理由が無ければ旅をしないのが常識なのです。

 マルコの造った馬車の中では、外気温など全く無関係に適温でいつも快適に暮らせますし、ゴーレム馬ならば少々の積雪でも支障なく移動できるものと思います。
 最悪、マルコが魔法で馬車を浮かせれば深雪でも障害にはなりません。

 但し、そんなことをすれば目立ってしまうのです。
 そのため、できるだけ普通の旅人と同様に装う必要があるのです。

 マルコはカラガンダ夫妻と相談の結果、コルテア公国の市販の地誌情報から、クレジノの北東方向二つ目の宿場にある温泉地に目を付けました。
 公国内でもリストルと並ぶほどの湯治場とうじばではあるのですけれど、生憎と宿場町から少し離れた山岳部に入らなければならない場所にあり、冬季にはここも降雪があるのです。

 降雪が多い場合は、最寄りの町との交通が閉ざされてしまうことから、どうしても冬場には湯治客が激減してしまう土地なのです。
 でもある意味で食料さえ確保できていれば、隠れ場所としてはうってつけのところでもあります。

 勿論、緊急の場合には、マルコが転移魔法で別の町まで買い物に行くことはできますけれどね。
 最終的に雪解けの春先まではこの湯治場カラジットに長逗留することを決めたのです。

 このため、クレジノには一泊だけで、翌日には出立しました。
 公都クルジノには、在留している貴族も多く、至る所に厄介事が潜んでいる恐れが高いからです。

 カラガンダ夫妻やマルコの存在は、幸いにしてコルテナ公国では知られていませんけれど、いついかなることで貴族に目を付けられないとも限りません。
 用心に越したことはないのです。

 クルジノでは何事もなく一夜が明けて、無事に出立できたのは僥倖ぎょうこうでした。
 それから二日をかけてカラジットの入山口であるカラルに到着、更に翌日には山道を旅してカラジットの温泉地に到着しました。

 ここでもリストルと同様に湯治宿の厩舎用地を使わせてもらいながら、温泉を利用する約束で格安の湯治料金にしてもらったのはカラガンダ翁の交渉術の故ですね。
 カラジットの厩舎用地に寝泊まりを始めて三日目、とうとうこの地にも初雪がありました。

 左程に沢山積もったわけではありませんが、周囲は白一色の雪景色に変わっていました。
 マルコは初めて見る雪化粧に驚き、また感動していました。

 カラガンダ翁との隊商での旅でも実は降雪には遭っていませんでした。
 勿論、高山の峰に残る雪は見たこともありますが、隊商路はそもそも豪雪地帯を避けるものですし、峠越えも降雪の前に通り過ぎるように旅を計画するものなのです。

 万が一旅程が遅れて降雪時にかかるような場合には、予め安全な場所での越冬をするものなのです。
 そんなわけでマルコは一度も目の前に広がる雪景色を見たことが無かったのです。

 勿論、マルコの記憶の中にある複数の人物たちの多くは雪景色も知っていましたし、中には一年の半分が雪と氷の世界に居た人物もいました。
 狙撃手イレザードは、領土の半分が凍土に覆われた国の戦士でしたから、冬場での動きや生活には実に慣れていたのです。

 イレザードの記憶は記憶として、幼いマルコの脳裏にはシンシンと降る雪と、徐々に埋もれて行く色付きの世界がやがてモノクロに変わって行く様を夜明け前から見つめていました。
 おそらくはイレザードの記憶がなせる業なのか、寝ているマルコが虫の知らせのように降雪を予期していて、雪が降る直前に目覚めたのでした。

 やがて朝日が山の陰から出た時には、世界がすべて白銀に塗り替えられて光り輝いていました。
 マルコは、多分この光景は一生忘れられないと思いました。

 その年の降雪は例年並みでしたけれど、それでも翌年2月の初旬までには四回ほどカラルとの交通が降雪のために遮断することがありました。
 それでも、概ね4~5日で交通路は開通し、湯治場全体の備蓄食糧が不足するような事態にはなりませんでした。

 土地の古老の話では30年ほど昔には大雪のために30日程も交通が途絶したために、湯治場の住民全体が生存の危機にさらされたことがあるそうです。

 その際にはそれまで手を付けていなかった禁断の保存食糧にも手を付けて飢えをしのいだそうです。
 禁断の保存食領と言われている原因はその味にあるようです。

 肉や野菜を大量の塩で漬け込んだものを冬場に凍らせて、それを洞窟内の深い穴に入れて、土で覆っているいるのです。
 元々洞窟内は温度変化が少ない上に、熱伝導率の少ない砂交じりの土で埋められているので5年ほどは持つのだそうです。

 但し、味の方はとてもじゃないけれど普段食べる気も起きないほどの代物だとか。
 水で洗い、なおかつ、長時間湯通しして塩っ気を抜いてもまだ辛いのだそうです。

 それでも飢餓の時には食べられる貴重な食糧なのだそうで、毎年冬場に入る前に少しづつ造られ埋められているものだそうですよ。
 マルコが備蓄している大量の食糧のお陰でそんなものを食べる必要も無いのですけれど、万が一の場合は、ある程度住民に合わせて塩辛い食品を食べることも考えておかなければなりませんね。

 尤も、マルコに言わせると、魔法で完全に塩っ気を抜くことができるらしいので、最悪それに頼ることになっていたかもしれません。
 一方で、マルコは、この湯治場にいる間に同年齢の子供達と一緒になって冬遊びに興じました。

 ボルマンは、湯治場にある鍛冶屋の息子であり、カラジットの集落に住む年少者の中ではガキ大将的な子供です。
 ボルマンは、最初に余所者のマルコを見かけた時に、他の者がのけ者にしようとした際に、マルコをかばってやりました。

 ボルマンに特段の意図は無く、幼子であれば年長者の自分が面倒を見てやらねばならないと思っただけの話なのです。
 そんなところが他の者に慕われている理由でもありました。

 マルコもまた陽キャでしたので、子供たちの中にすぐに溶け込んで行きました。
 そうして子供達も幼子でありながら色々なことを良く知っているマルコに驚きながらも、マルコを受け入れたのでした。

 降雪地帯ならではの遊びであるそりとスケートを始めました。
 橇は木製で山の斜面を滑り降りたり、犬に曳かせたりします。

 本来橇は、冬場の輸送手段でもあるのですが、子供達は小さな橇を造ってもらい外で遊ぶのです。
 スケートも長靴の底に小さな木製の橇を結わえつけたりすることで、斜面を滑り降りたりして遊んでいたのですが、その昔、どこかの時点で川から村に引き入れられている水路の凍結面で遊ぶようになりました。


 斜面で滑るスケートは簡単に転倒してしまうので余り面白くないのですけれど、凍った水路の平面で遊ぶ場合にはストックを用いて漕ぐように滑り、子供達で競争ができるのです。
 そこにマルコが加わって、橇やスケート遊びがより過激になりました。

 マルコが樹脂からワックスを生み出して、橇やスケートをより滑る道具に変えたからです。
 また、イレザードの記憶からスキーを作り出し、冬場の移動を簡単にするとともに、子供たちに新たな遊びをもたらしたのです。

 更に進化したスケートの形として鉄製のブレードと革製の靴を組み合わせたものも生み出しましたが、生憎とかなり生産コストがかかる品になるために、記念品としてカラジットに置いて行くだけで、鉄製のブレードを備えたスケートの普及はかなり時代が後になってからのことになりました。
 何れにしろ、子供たちはワックスの付けた橇やスケートに、また、スキーにも夢中になりました。

 スケートの場合、凍った水路で滑ることになるのですけれど、毎年春先になると氷が割れて水路に落ち込む子供が一人や二人は出てきます。
 早めに救助されればよいのですけれど氷の下に沈んでは命に関わりますが、マルコが参加している場合は未然に防止できるようになりました。

 また、一方のスキーについては無理をしなければ怪我をしないものなのですが、子供の中には無鉄砲な子が居ますので、たまに立ち木にぶつかったり、変な姿勢で転がった際にけがをしたりする場合があるのです。
 マルコは、安全のために転倒した場合には、靴からスキーが外れるような装置をつけているのですけれど、見様見真似で作った手製スキーを足元に縛り付けて滑っているような場合、転倒しただけで足の骨を折ったりすることもままあるのです。

 マルコはそうした事故が起きないよう子供の数以上にスキー用具を用意したのですけれど、生憎と中には「こりゃ便利」と大人が勝手に持ち出して在庫数が少ない場合もあったりするのです。
 早い者勝ちのために仲間外れになった子は、板切れを靴に縛り付けただけの代物で無茶な滑りをするために事故が起きるのです。

 その結果、集落の会議でマルコの造ったスキーは子供専用のものとし、大人については集落の大工さんが大人用のスキーを別途造ることにして、それをレンタルにすることにしたのです。

 ワックスやスキーについては、カラジットの里から周辺の降雪地帯に次第に広がって行くことになるのですがそれはまた別の話です。
 何れにしろ、マルコが湯治場の子供たちと交友を深めている間にもカラジットの里に春の息吹が訪れました。

 カラジットからカルドにつながる道もほぼ雪解けが収まった2ビセットの初旬、カラガンダ夫妻とマルコ達は、旅を再開したのです。
 次の目的地は、カルドを通り過ぎて、サイズリーの宿場町です。

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