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第四章 東への旅
4ー18 孤児院の修理
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聖クレアラス教会付属の孤児院は、ツロン市内の高台にあります。
教会の敷地の一角に孤児院がありますけれど、リーベン皇家やツロン市からの援助を受けてはいても、孤児の収容人数が多いために経営はなかなか厳しそうです。
孤児院はかなり古い建物で、ひびが入った壁も修復が思うようにできていないようですね。
孤児院の管理運営をしているシスター(院長さん?)を訪ね、冒険者ギルトからの依頼できましたというと、シスター・アイラさんがとても困った顔をしています。
「あのね、ウチの屋根は随分と急勾配なのよ。
だから、貴方のような年少者ではとても無理じゃないかと思うのだけれど・・・。」
「ハイ、一応外から見て外形は把握しています。
僕は、冒険者ギルドの受付をしているノエルさんから推薦されてここにやってきました。
ノエルさん曰く、僕ならできそうだと判断したそうです。
試しに四か所のうち比較的安全と思われる一か所だけでも宜しいので、修理させてもらえませんか?」
「ウーン、安全とは言っても屋根まで上る必要があるし、はしごは屋根の一番低いところまでしか届かないのよ。
そこから修理箇所まで移動するのが大変なの。」
マルコは背負っていたリュックから道具類を取り出して言いました。
「ギルドにお願いして細い索を用意してきました。
これで屋根をまたぐようにロープを掛ければ意外と簡単に移動ができるようになります。
それに僕は身が軽いですから、あの屋根の高さから飛び降りるのもできると思いますよ。
ですから余り心配せずに任せてはいただけませんか?」
一応の修理用の素材は、孤児院側で用意されていたけれど、いわゆる廃材から抜き取った再生品が多く、余り質の良いものではなさそうです。
修理すべき屋根は、瓦ではなく柾目の薄板を敷き詰める方式を取っているようです。
木製なので経年劣化で腐食したところから雨漏りがしているのが現状のようですね。
既にマルコは、センサーによってその位置も確認していますし、骨材の腐食等も見つけています。
今回は屋根の修理という依頼なのですけれど、マルコは骨材等の不具合も可能な範囲で一緒に修理するつもりなんです。
渋々ながらシスター・アイラさんから何とか承諾を取り付け、作業を開始しました。
魔法を使えばほとんど何でもできますけれど、一応はこれまで通り魔法はできるだけ隠して使うことにします。
最初に行ったのは、細索の先端に適当な石を括り付け、回転させて勢いをつけて屋根越しに反対側に届かせることです。
この為に、反対側の敷地には誰も行かないように注意を与え、マルコ自身も索敵で確認しつつ、ロープを投げました。
屋根越しの細索は、一端を最寄りの大樹に括り付け、もう一端は、孤児院の石塀の飾り穴に括り付けました。
この後で、細索の近傍にはしごをかけ、細索を伝って屋根の天辺に登り、再度、この細索から別の細索を使って屋根の端部にある風見鶏(かざみどり)の基部にロープをかけると横移動ができるようになります。
その天辺に張った細索から短い細索をループにすると、屋根の上の縦移動と横移動も安全になるのです。
一応そんな準備を行ってから柾屋根の修理です。
柾屋根は「葺く」といって、瓦と同様に下の方から順番に重ねて行く作業になります。
腐食した箇所を取り除き、その上方までもできれば新しくした方が良いのですけれど、生憎と素材が足りそうにありません。
ですから魔法を使って古い素材を一部活用したまま修理をしてしまいます。
腐食部分を取り除き、新たにその廃材からも素材を生み出しました。
実のところ要修理箇所は確かに四か所だけですが、放置すれば一月か二月で雨漏りしそうな箇所が、四か所以外に少なくとも七か所はあるのです。
取り除いた廃材から魔法で再生した素材を使って、サービスでこの予備軍的な危うい箇所の修理もやってしまいましょう。
柾屋根は小さな釘で順番に打ち付けて行くのですが、下から見ても何をしているのかわからないのを良いことに、魔法で一気に打ち付けて行きますので全部で十数か所もの修理箇所が一刻ほどで取り敢えずは完了する予定です。
でもマルコの作業はそれだけではありません。
柱や梁などで腐食や劣化の進んだ個所を魔法で補強して行きます。
壁のヒビも、土魔法で順次補修をして行きます。
マルコは、柾屋根全部にコーティングを施しました。
コーティングは、最寄りの松の木から抽出した速乾性の溶液で、塗布した部分が乾くと撥水性が増し、風化に強くなります。
多分、二十年から三十年はその効果を保持することになるでしょう。
骨材についても同様のコーティングで防虫効果もありますので、屋根と同様に数十年は大丈夫と思われます。
問題は、この地区が地震の多発地帯ということなんです。
お昼休みにシスター・アイラと話していて分かったことなのですけれど、これまで左程大きな地震は無いようなのですが、昔から震度3程度の地震は良く起きているようですね。
にもかかわらずこの建物の構造からみる限り、余り耐震構造というものは考えられていないようです。
そのためにマルコは耐震補強材として壁の中に斜めの補強材を埋め込んでおきました。
この補強材は、マルコのインベントリに入っていた木材を使用しました。
これで少なくとも震度5程度までなら耐えられるでしょうし、地震の揺れの向きによっては震度6でも耐えられるかもしれません。
尤も、本体の教会の方は、何も対策をしていませんので大きな地震が来れば崩れるかもしれませんね。
お昼時の休憩をはさんで、陽が傾き始める頃には予定していた作業が終えていました。
取り敢えず修理を完了してシスターに報告しました。
とはいっても、雨漏りの個所の修理が終わったかどうかを確認するすべがないのは確かなんです。
でもね、室内の天井にあった雨漏りの痕跡をかなり薄めにしておきましたから、それだけでも何かしたとわかるはずなんです。
一応、バケツで水を持って屋根に上がって、何度か水を屋根にぶちまけて雨漏りが無いことを確認してもらいました。
はしごで天井裏に入ったのは、元気いっぱいの孤児院の男の子でした。
マルコも一緒に上がっていましたので天井を踏み抜いたりすることはありませんでしたよ。
雨漏りがないことの確認が済んだ後、孤児院の子供たちが寄ってきました。
これまでは仕事の邪魔になるからと遠慮していたようですね。
皆が寄ってきて聞きたがったのは、冒険者のお仕事の話でした。
冒険者になるための手続き、年齢制限、魔木クラスで出来るお仕事など可能な範囲で教えてあげましたが、冒険者は危険な職業でもあるので安易に憧れないように注意をしておきました。
孤児院の子供たちが、育ってから就ける職業はどうしても限られてきます。
冒険者になることも一応の選択肢ではあるのですけれど、何もスキルがない者が冒険者になることは余り勧められないのです。
それよりは勉強して文字を覚え、算術を覚えることで商人の下働きをした方が安全ではあるのです。
但し、こちらも狭き道であることに違いはありません。
孤児に対する偏見と信用度が低いために、商人が下働きの者を雇うにしても、孤児を避ける風潮が強いのです。
マルコが何とかして上げられれば良いのですが、旅の途中の一時的な滞在者に過ぎないので、マルコができることは限られてきます。
子供たちの希望に沿って、その日夕暮れまでは孤児院で小さな子を相手に遊んであげました。
その様子をシスター・アイラが微笑みながら見守っていました。
孤児院の来訪者はとても少ないのです。
ですから歳の近いマルコの訪問は、孤児たちにとって大いなる刺激になったのでした。
◇◇◇◇
グリモルデ号がツロンを去ってから半年ほど経ってから、ツロンの町を大地震が襲いました。
不幸中の幸いというのか津波は起きませんでしたけれど、たくさんの建物が倒壊し、多くの死傷者を出しました。
そんな中で、聖クレアラス教会付属の孤児院だけは、壁に多少のひび割れが発生し、土壁の一部が剥がれ落ちたりしましたけれど、建物は無事に残り、そこに居た孤児たちを守ったのです。
因みに、すぐ隣にあった凄く頑丈そうな石組みの聖クレアラス教会自体は全壊していました。
酷い揺れにもかかわらず孤児院が無事に残ったことは、クレアラス教会の奇跡として永く語り継がれましたが、ツロンを治める為政者は、剥がれ落ちた孤児院の土壁の中に、斜めの補強材があることを目ざとく見つけ、孤児院の設計者を探し出してその辺の事情を確認しました。
齢六十歳を過ぎた孤児院の設計者は、身に覚えのないことであり、実際に建造した際には現場にも赴いたけれどそのような補強材を入れてはいないと証言したのでした。
この為に、何時このような改修が行われたのかが問議されたのでしたが、教会にも改修の記録は一切存在しなかったのです。
最終的に、孤児院の屋根がその後三十二年もの間雨漏りを起こさなかったことが不思議の一つとされたのと同様に、聖クレアラス教会付属の孤児院の不思議として片づけられたのです。
それ以降リーベンでは、耐震構造として斜め梁を設けることが推奨されました。
マルコは人知れずリーベンの建築技術に新たな道筋をつけたことになりますね。
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1月4日、一部の文字の修正を行いました。
By サクラ近衛将監
教会の敷地の一角に孤児院がありますけれど、リーベン皇家やツロン市からの援助を受けてはいても、孤児の収容人数が多いために経営はなかなか厳しそうです。
孤児院はかなり古い建物で、ひびが入った壁も修復が思うようにできていないようですね。
孤児院の管理運営をしているシスター(院長さん?)を訪ね、冒険者ギルトからの依頼できましたというと、シスター・アイラさんがとても困った顔をしています。
「あのね、ウチの屋根は随分と急勾配なのよ。
だから、貴方のような年少者ではとても無理じゃないかと思うのだけれど・・・。」
「ハイ、一応外から見て外形は把握しています。
僕は、冒険者ギルドの受付をしているノエルさんから推薦されてここにやってきました。
ノエルさん曰く、僕ならできそうだと判断したそうです。
試しに四か所のうち比較的安全と思われる一か所だけでも宜しいので、修理させてもらえませんか?」
「ウーン、安全とは言っても屋根まで上る必要があるし、はしごは屋根の一番低いところまでしか届かないのよ。
そこから修理箇所まで移動するのが大変なの。」
マルコは背負っていたリュックから道具類を取り出して言いました。
「ギルドにお願いして細い索を用意してきました。
これで屋根をまたぐようにロープを掛ければ意外と簡単に移動ができるようになります。
それに僕は身が軽いですから、あの屋根の高さから飛び降りるのもできると思いますよ。
ですから余り心配せずに任せてはいただけませんか?」
一応の修理用の素材は、孤児院側で用意されていたけれど、いわゆる廃材から抜き取った再生品が多く、余り質の良いものではなさそうです。
修理すべき屋根は、瓦ではなく柾目の薄板を敷き詰める方式を取っているようです。
木製なので経年劣化で腐食したところから雨漏りがしているのが現状のようですね。
既にマルコは、センサーによってその位置も確認していますし、骨材の腐食等も見つけています。
今回は屋根の修理という依頼なのですけれど、マルコは骨材等の不具合も可能な範囲で一緒に修理するつもりなんです。
渋々ながらシスター・アイラさんから何とか承諾を取り付け、作業を開始しました。
魔法を使えばほとんど何でもできますけれど、一応はこれまで通り魔法はできるだけ隠して使うことにします。
最初に行ったのは、細索の先端に適当な石を括り付け、回転させて勢いをつけて屋根越しに反対側に届かせることです。
この為に、反対側の敷地には誰も行かないように注意を与え、マルコ自身も索敵で確認しつつ、ロープを投げました。
屋根越しの細索は、一端を最寄りの大樹に括り付け、もう一端は、孤児院の石塀の飾り穴に括り付けました。
この後で、細索の近傍にはしごをかけ、細索を伝って屋根の天辺に登り、再度、この細索から別の細索を使って屋根の端部にある風見鶏(かざみどり)の基部にロープをかけると横移動ができるようになります。
その天辺に張った細索から短い細索をループにすると、屋根の上の縦移動と横移動も安全になるのです。
一応そんな準備を行ってから柾屋根の修理です。
柾屋根は「葺く」といって、瓦と同様に下の方から順番に重ねて行く作業になります。
腐食した箇所を取り除き、その上方までもできれば新しくした方が良いのですけれど、生憎と素材が足りそうにありません。
ですから魔法を使って古い素材を一部活用したまま修理をしてしまいます。
腐食部分を取り除き、新たにその廃材からも素材を生み出しました。
実のところ要修理箇所は確かに四か所だけですが、放置すれば一月か二月で雨漏りしそうな箇所が、四か所以外に少なくとも七か所はあるのです。
取り除いた廃材から魔法で再生した素材を使って、サービスでこの予備軍的な危うい箇所の修理もやってしまいましょう。
柾屋根は小さな釘で順番に打ち付けて行くのですが、下から見ても何をしているのかわからないのを良いことに、魔法で一気に打ち付けて行きますので全部で十数か所もの修理箇所が一刻ほどで取り敢えずは完了する予定です。
でもマルコの作業はそれだけではありません。
柱や梁などで腐食や劣化の進んだ個所を魔法で補強して行きます。
壁のヒビも、土魔法で順次補修をして行きます。
マルコは、柾屋根全部にコーティングを施しました。
コーティングは、最寄りの松の木から抽出した速乾性の溶液で、塗布した部分が乾くと撥水性が増し、風化に強くなります。
多分、二十年から三十年はその効果を保持することになるでしょう。
骨材についても同様のコーティングで防虫効果もありますので、屋根と同様に数十年は大丈夫と思われます。
問題は、この地区が地震の多発地帯ということなんです。
お昼休みにシスター・アイラと話していて分かったことなのですけれど、これまで左程大きな地震は無いようなのですが、昔から震度3程度の地震は良く起きているようですね。
にもかかわらずこの建物の構造からみる限り、余り耐震構造というものは考えられていないようです。
そのためにマルコは耐震補強材として壁の中に斜めの補強材を埋め込んでおきました。
この補強材は、マルコのインベントリに入っていた木材を使用しました。
これで少なくとも震度5程度までなら耐えられるでしょうし、地震の揺れの向きによっては震度6でも耐えられるかもしれません。
尤も、本体の教会の方は、何も対策をしていませんので大きな地震が来れば崩れるかもしれませんね。
お昼時の休憩をはさんで、陽が傾き始める頃には予定していた作業が終えていました。
取り敢えず修理を完了してシスターに報告しました。
とはいっても、雨漏りの個所の修理が終わったかどうかを確認するすべがないのは確かなんです。
でもね、室内の天井にあった雨漏りの痕跡をかなり薄めにしておきましたから、それだけでも何かしたとわかるはずなんです。
一応、バケツで水を持って屋根に上がって、何度か水を屋根にぶちまけて雨漏りが無いことを確認してもらいました。
はしごで天井裏に入ったのは、元気いっぱいの孤児院の男の子でした。
マルコも一緒に上がっていましたので天井を踏み抜いたりすることはありませんでしたよ。
雨漏りがないことの確認が済んだ後、孤児院の子供たちが寄ってきました。
これまでは仕事の邪魔になるからと遠慮していたようですね。
皆が寄ってきて聞きたがったのは、冒険者のお仕事の話でした。
冒険者になるための手続き、年齢制限、魔木クラスで出来るお仕事など可能な範囲で教えてあげましたが、冒険者は危険な職業でもあるので安易に憧れないように注意をしておきました。
孤児院の子供たちが、育ってから就ける職業はどうしても限られてきます。
冒険者になることも一応の選択肢ではあるのですけれど、何もスキルがない者が冒険者になることは余り勧められないのです。
それよりは勉強して文字を覚え、算術を覚えることで商人の下働きをした方が安全ではあるのです。
但し、こちらも狭き道であることに違いはありません。
孤児に対する偏見と信用度が低いために、商人が下働きの者を雇うにしても、孤児を避ける風潮が強いのです。
マルコが何とかして上げられれば良いのですが、旅の途中の一時的な滞在者に過ぎないので、マルコができることは限られてきます。
子供たちの希望に沿って、その日夕暮れまでは孤児院で小さな子を相手に遊んであげました。
その様子をシスター・アイラが微笑みながら見守っていました。
孤児院の来訪者はとても少ないのです。
ですから歳の近いマルコの訪問は、孤児たちにとって大いなる刺激になったのでした。
◇◇◇◇
グリモルデ号がツロンを去ってから半年ほど経ってから、ツロンの町を大地震が襲いました。
不幸中の幸いというのか津波は起きませんでしたけれど、たくさんの建物が倒壊し、多くの死傷者を出しました。
そんな中で、聖クレアラス教会付属の孤児院だけは、壁に多少のひび割れが発生し、土壁の一部が剥がれ落ちたりしましたけれど、建物は無事に残り、そこに居た孤児たちを守ったのです。
因みに、すぐ隣にあった凄く頑丈そうな石組みの聖クレアラス教会自体は全壊していました。
酷い揺れにもかかわらず孤児院が無事に残ったことは、クレアラス教会の奇跡として永く語り継がれましたが、ツロンを治める為政者は、剥がれ落ちた孤児院の土壁の中に、斜めの補強材があることを目ざとく見つけ、孤児院の設計者を探し出してその辺の事情を確認しました。
齢六十歳を過ぎた孤児院の設計者は、身に覚えのないことであり、実際に建造した際には現場にも赴いたけれどそのような補強材を入れてはいないと証言したのでした。
この為に、何時このような改修が行われたのかが問議されたのでしたが、教会にも改修の記録は一切存在しなかったのです。
最終的に、孤児院の屋根がその後三十二年もの間雨漏りを起こさなかったことが不思議の一つとされたのと同様に、聖クレアラス教会付属の孤児院の不思議として片づけられたのです。
それ以降リーベンでは、耐震構造として斜め梁を設けることが推奨されました。
マルコは人知れずリーベンの建築技術に新たな道筋をつけたことになりますね。
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1月4日、一部の文字の修正を行いました。
By サクラ近衛将監
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