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第五章 戦争への序曲

5-1 ルーズベルトの悩み その一

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 1940年3月に入って、米国議会で武器貸与法が通過、米国はモンロー主義の一角を崩し始めていた。
 ルーズベルトは真剣に欧州参戦を考え始めていた。

 盟友チャーチルからの懇願が再々に渡っているのである。
 英国が占領されれば、欧州はドイツに席巻されるだろう。

 現在の欧州に、英国とソ連以外には拮抗できる勢力が存在しないからだ。
 そのソ連はドイツとの不可侵条約で漁夫の利を決め込んでいる。

 ソ連が当てにならず、かつ、英国が崩壊すれば、欧州はドイツの天下になってしまう。
 米国内でも経済界からの圧力が日増しに強くなっている。

 一つは欧州に出先を持つ企業の請願であり、今ひとつはロックフェラー等のユダヤ系企業の請願である。
 特にドイツのユダヤ迫害は眼に余るものがあり、ユダヤ系財閥がこぞってルーズベルトの中立宣言を非難したのだ。

 また、余り表面化していないが米国在住の華僑組織が同じくアジア情勢に関わる請願書を出してきている。
 元々、ルーズベルトは幼少の頃上海に住んでいた時期があり、中華民国人(満州帝国人ではない)に知己も多い。

 そうした知己の者の伝手で、米国に移住してきた華僑の中の富裕者層がチャイナ・ロビーを産み出し、中華民国の発展のために中華民国にとって脅威となり得る日米の対立を企み、共倒れを望んでいたのである。
 尤も、チャイナ・ロビーの実質的リーダーたちは、日米戦わば二年と持たず大日本帝国が敗れるものと看ていた。

 左程に表面上の両国の経済力と生産力の違いは大きい。
 第一次大戦の初期ならば人的な物量が戦争の勝敗を左右していた。

 所謂ランカスターの法則である。
 しかしながら第一次大戦の終焉前には、人的物量よりも近代兵器の物量に勝敗が左右されることを、彼らは華僑の国際的ネットワークで認識するようになっていた。

 中華民国に人は多いが近代的兵器の保有量は下の下であり、新興国である日本にさえ遅れを取っており、大国である米国の足元にも及ばない有様である。
 米国の華僑は故国の不甲斐なさを憂いたが、彼らの大義のためには一時的に米国の属国と化そうとも、近場の大日本帝国がアジアでのさばるのを許すわけには行かなかった。

 そのために米国内における反日工作を徹底して推し進め、更には親中派であるルーズベルト大統領にも働きかけて、大日本帝国との不和を助長させようとしていた。
 そうして仮に日米間で戦争が勃発すれば、近場の戦争故に中国からの物資輸出若しくは兵器の量産が進む可能性があり、それはとりもなおさず故郷の隆盛につながると短絡的に考えられていた。

 米国在住の華僑は、第一次大戦により米国が欧州の補給廠となって巨大な利益を手にしたのを目の前で見ている。
 また大日本帝国在住の華僑からも大日本帝国が米国に比べると金額は少ないものの同様の利益を得ていたという情報を得ているのだ。

 戦争とは戦場となっている国や戦争当事国を除くと、周辺国家は非常に潤うということが判明したのだ。
 それまでもそのような情報はあったが、どちらかというと地域的に限定されていた。

 しかしながら第一次大戦で初めて世界規模の兵器廠の意味合いが認識され、直接の戦場とならないのであれば米国が大日本帝国に戦争を仕掛けても、米国経済が多少なりとも潤い、更に故国である中華民国も潤うことができると考えられたのである。
 彼ら米国在住の華僑は、満州帝国の成立にも大日本帝国からの何らかの介入があったものと疑いの目を向けており、中華民国のみならず米国や欧州各国が満州帝国の成立を公的に認めた今でもチャイナ・ロビーはそれを認めず、未だに一つの中国を標榜しているのだった。

 対日戦略の策定に関連して、ルーズベルトの手元にあるのは二つの文書だった。
 一つはチャイナ・ロビーからの進言書、今一つは非公式存在である国務省特別情報部からの調査報告書である。

 チャイナ・ロビーの進言書には、言葉はいろいろ繕ってはいるが、大日本帝国からの移民停止と大日本帝国を故国とする移民者の差別化を進言するものであった。
 理由は二つである。

 一つは、
『日本人が北米及び南米各地に移民することにより、これまでの慣行や秩序を無視して勤勉に働き過ぎることで現地労働者との軋轢を招き、最終的に労働の寡占を招きかねないこと。』

 今一つは、
『第一次大戦後の世界不況においても大日本帝国はさしたる不況に陥らず、市場の独占を狙っている恐れがある。
 その最たるものが、自動車産業であり、製薬産業である。
 米国が世界一の生産を誇る自動車産業は、大日本帝国市場におけるシェアはゼロである。
 大日本帝国の飛鳥重工が製造する「韋駄天シリーズ」が日本市場を寡占しており、放置すれば米国の自動車産業も駆逐される恐れがある。
 また飛鳥製薬が製造する抗生物質は、これまで不治の病として知られてきた結核などの治療に特効薬とされているが、先進の欧米製薬会社の要望にも関わらず、製法を秘匿し独占し続けている。
 このことは、仮に大日本帝国が飛鳥製薬の製品の輸出を抑制するだけで、欧米各国への脅しとなり得るものであり、ある意味戦略物資なのである。
 さらにまた、地脈型発電機やパラチウム電池の存在は国際的にも知られているが、その製法も各国に秘匿して日本国内での使用以外認めていないが、これは明らかに横暴である。
 その製法等を公表することで世界全体の利益となり得る知識にもかかわらず、それを秘匿するのは世界全体を支配しようという意図があるからに違いないこと。』

 これらの推論の結果として、何故に米国国内の日本人移住者の規制や差別につながるのかは論旨不明であるが、大日本帝国の先進工業産品の寡占状況は確かに米国政府が懸念しているところでもある。
 特に米国にもない技術が盛り込まれている製品は多々あり、それらすべてが厳格な禁輸措置で守られているため、海外には一切流出していないのである。

 欧州各国との会議での場でもこうした第日本帝国の秘匿体質は問題視されているところである。
 さりとて、交渉によって彼の国からその生産技術を移転できるとはだれも思っていない。

 米国においても例えば兵器生産技術などは対外的に秘匿し、請われても友好国にすら出せないものが多々あるのだ。
 軍事的に見た場合、地脈発電機、パラチウム電池、小型携帯電話などは間違いなく軍事転用が可能なのであり、国務省の外郭団体である総合兵器研究所でも、軍艦、戦車、部隊への利用が可能と思われるとの調査報告書もある。

 その情報に接したが故に、財政的に無理をしてマンハッタン計画の前倒し発動を指示したのだが、統合司令官からの報告では今のところ理論的側面の整合性研究であまりうまく進んではいないようだ。
 物理学者のロバート・オッペンハイマー教授の体調不良がその最たる原因で、その配下の若手研究員が上手く動いてくれないとの報告が来ている。

 そうして今一つは、国務省の秘匿組織である特別情報部からの報告である。
 大日本帝国の最新軍備情報である。

 最も警戒すべき帝国海軍は、NAGATO型戦艦6隻(排水量3万トン、連装36センチ砲三基)、KONGOU型戦艦4隻(排水量2万5千トン、連装36センチ砲三基)、AGANO型巡洋艦6隻(排水量1万トン程度、連装20センチ砲三基)、その他二千トンから三千トン級駆逐艦群をもって八つの戦隊を構成しているほか、HOUSHOU型航空母艦6隻(排水量2万トン、複葉機16基搭載)を擁し、空母六隻と24隻の海防艦型護衛群からなる機動艦隊三つを擁しているようだ。
 そのほかに潜水艦部隊もあるようだが、呉及び横須賀にそれぞれ三隻ほどの配備が見られるほか、一月に十日ほどの訓練航海がなされているだけであり、度々工廠に入渠していることから性能は左程良いものではなく、今のところ試験段階にあるのではないかと見られている。

 情報では米国の本格的潜水艦であるドルフィン級よりも更に小型の潜水艦であり、性能はあまり高くないと見られているのだ。
 日本は20世紀初頭において米国からホランド級潜水艦を購入してその技術を学んだようであるが、その初期段階で死亡者事故を起こしてもいる。

 そのため情報部では潜水艦にあまり力を入れていない可能性もあると判断しているようだ。
 そもそも秘密の塊である潜水艦の全景が写真に撮られるなど、米国海軍においてなら懲罰ものだろう。

 そのほか駆逐艦については、毎年数隻程度を廃艦として代替建造を行っているが、総じて海軍の正面装備にかかる予算配分は米国の四分の一以下とかなり低い。
 空母を擁するぐらいなので航空機の分野はどうかというと双発型の戦闘機が海軍及び陸軍の航空基地に配備されているようだ。

 双発型の戦闘機というのは随分と航空用ガソリンを食う筈だが、どうも樺太油田の所為で重油も航空燃料も潤沢にあるらしい。
 それに家庭用の暖房に使う灯油生産も可能らしいのだが、実際にはあまり売れていないとの情報もある。

 日本の東北以北、北海道、更に樺太地方の気候は冬の気温がカナダ並みに厳しいと聞いているが、薪ストーブ、石炭ストーブ、灯油ストーブを使っているところは稀らしい。
 良くはわからないが、環境保全のためにできるだけ木材や化石燃料は使わないようにという民間運動が流行っているらしく、そのために飛鳥電気製作所が製造した空気温度調整装置というものが各家庭に優先して販売されているようだ。

 暖房は勿論できるのだが、冷房も可能なので日本の南方域でも大いに使われているらしい。
 日本在住の米国人等はその恩恵にあずかっているようだが、例によって米国を含む海外には輸出されていない代物の一つだ。

 これら禁輸品は、分解すると自動的に破壊されてしまう代物なので、大使館で一応入手してその外観構造などから国内の熱力学研究所で同様の装置を産み出してはみたものの、膨大な電気を食う割に非常に熱効率の悪い装置が出来上がったそうだ。
 担当者曰く市場に出回るには相当の改良を重ねる必要があり、かなりの開発費が必要であると報告されている。

 この話だけ聞くと、米国の先進技術が如何にも遅れているかのようなイメージになるのだが、パン・アメリカンを標榜する米国政府としては米国の技術が二番煎じなどと評されるのは到底許されるものではない。
 何とか日本からの技術移転を成功させたいのだが・・・。

 まぁ、話が逸れてしまったが、帝国陸軍の方はこれまで航空機分野以外にさほど見るべき兵器は無かったのだが、最近になって新たな動きがあったらしい。
 但し、帝国陸軍のガードが固く未だ詳細は掴めていないのだが、何でも飛鳥重工による新兵器のデモンストレーションがあったとの情報のみである。

 帝国陸軍の最新型戦車は三菱重工製の40ミリ砲級搭載の97式戦車で重量12トンから15トン程度と推測されている。
 1937年に百台余りが発注された米国のMk.1戦車が13トンで40ミリ砲搭載なのでこれと同格以上と思われるが、今のところ、帝国陸軍の発注量は少ないらしく、1939年の発注は20台程度のようだ。

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