奴隷になったお姫様は、バイオリンを弾くだけで全てを取り戻す〜囚われの王女アストリアと追憶の旋律〜

けんゆう

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第五話 アストリア、失踪

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 翌朝、侍女たちがアストリア王女の寝室を訪れたとき、そこには誰もいなかった。部屋は整然と片付いており、争った様子はなかったが、窓から出入りした痕跡だけが、ありありと残っていた。

 アストリア王女が行方不明になったことで、王宮中は大騒ぎとなった。

「どういうことだ?」

 エーベル王太子が声を荒げた。

「アストリアが消えただと?誰がこんなことを……」

「申し訳ありません、殿下……」

 一人の侍女が震える声で答えた。

「お姿がどこにも見当たらず……」

「すぐに探せ!すべての衛兵を動員して、宮殿中を探すんだ!」

 エーベルの声は怒りと焦りに満ちていた。彼にとって、アストリアは何よりも大切な妹だった。彼女が宮殿内で突然姿を消したという事態に、彼は到底、冷静ではいられなかった。

「もし、もし妹に危害が加えられたら……」

 彼は拳を握りしめ、目の前にいた侍従に厳しい目を向けた。

「王宮の外にも捜索隊を出せ。アストリアは病弱なんだぞ! 一刻も早く、安否を確認しろ!」

 侍従はうなづき、急いで捜索隊を組織し始めた。王宮の各所では兵士たちが慌ただしく動き始め、捜索の網が広がっていった。

 エーベルは拳を握りしめながら窓の外を見つめた。その顔には不安と怒り、そして自責の念が混じり合っていた。彼は胸の中で、アストリアの無事を祈らずにはいられなかった。

「アストリア……どこにいるんだ……どうか無事でいてくれ……」

 彼の嘆きが、静かな朝の風に乗って消えていった。

 その日の「立太子選定の儀式」と、その祝賀パーティーで予定されていたエーベルと公爵令嬢マリラの婚約発表は、すべて延期となった。

 国王は、「立太子選定の儀式」のために呼んだ国中の貴族を大広間に集め、事情を説明した。そして、全員が早急に領地へ戻り、それぞれの領内にアストリア王女がいないか、捜索を行うよう貴族たちへ要請した。

 大広間に集まった貴族たちの中に、デニス・クライン卿もいた。国王のスピーチが終わって集会が解散になると、そばにいた異母弟の騎士、ロイド・クラインにこっそりボヤいてみせた。
 
「行方不明のアストリア王女殿下を、俺の領地内でも捜索しろとさ。領主の仕事も楽じゃないな。お前はこの件、どう思う」
「国王陛下から賜った、重要な任務だと思います」

 ロイドは緊張した面持ちで答えた。

「おいおい、ロイド……任務だって? 国中の領主全員に同じ指示が出てるんだぞ?」

 デニスはあきれた表情を見せた。

「自分の領地内にいるのかどうか分からない、誰も顔を知らない王女殿下を、どうやって探すんだよ。あんな指令、真面目に受け取るやつがあるか」

 そう吐き捨てると、デニスはロイドの肩を抱いた。

 ロイドは、納得できないと言いたげに、デニスを横目で睨んだ。デニスは笑いながら、ロイドに語りかける。

「探し物ってのは、あるかないか分からないものは探せないんだ。だが、必ずそこにある確証さえ持てるなら、どんだけ時間をかけてでも探せばいい。いつかは見つかるさ」

 デニスは言葉を続ける。

「『任務』とやらは、俺の仕事だ。俺はきっちり捜索をこなす。お前は気にしなくていい。お前はそれより、運命の恋人を探すんだ。必ずどこかにいる」
「それこそ、いつ見つかるか見当もつきませんよ。そんなことを言っている場合ですか……」

 王女捜索指令が出るという国家非常事態の最中に、恋人を探せとまたもや兄に催促されて、ロイドは途方に暮れた表情を見せるほかなかった。
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