奴隷になったお姫様は、バイオリンを弾くだけで全てを取り戻す〜囚われの王女アストリアと追憶の旋律〜

けんゆう

文字の大きさ

大中小

6 / 30

第六話　オークション会場

しおりを挟む

　アストリアが目を覚ましたとき、頭は割れるように痛く、周囲はぼんやりと暗かった。彼女は石の床の上に横たわり、自分がどこにいるのか、なぜここにいるのか、まったく思い出せなかった。

「ここはどこ？」

　彼女は震える声でつぶやいた。

　何の返答もなかった。暗い部屋の隅からは、雨漏りの音が聞こえていた。手足は鉛のように重く、体中に鈍い痛みが走る。アストリアは必死に頭を抱え、何とか記憶を掘り起こそうとしたが、過去のことは霧に包まれたように消え去っていた。

「どうして私、ここにいるの？」

　彼女は自分に問いかける。

　その時、扉が乱暴に開け放たれ、無骨な男たちが中に入ってきた。一人が彼女を指差し、もう一人が手を伸ばして彼女の腕をつかんだ。

「おい、起きろ。次のオークションが始まるぞ」
　
　男の低い声が響いた。

「オークション……？」

　アストリアは混乱しながらも、彼らの腕に引きずられ、立ち上がった。

「なんだ、その顔。忘れちまったのか？お前は商品。商品なんだよ」

　男は冷たい声で言った。

「商品？」

　アストリアはその言葉を呟き、自分が今置かれている状況を理解しようとしたが、頭の中は相変わらず混乱していた。

「もういい、歩け！」

　男は彼女の背中を乱暴に押し、別の男が冷笑を浮かべながら言葉を投げつける。

「記憶がないってか？ちょうどいい。余計なことを考えなくて済むんだからな。」

　アストリアは、狭い通路を引っ張られながら進んだ。彼女は振り返って問いかける。

「私が何をしたんですか？なぜこんなところに……？」

「何もしてないさ。ただ、ちょうど売りに出せそうなやつが欲しかったんだ。お前が転がり込んできたから、出品しただけさ」

　男のひとりが淡々と答えた。

「売られるって……どういう意味なの？」

　彼女はますます不安になりながら尋ねた。

「そのままだよ。お前の価値を見て、金を出すやつがいる。その金で俺たちは儲ける。簡単な話だろ」
　
　男はニヤニヤと笑いながらそう言った。

　アストリアは、あまりにも残酷で無慈悲な言葉に息を呑んだ。彼女は、自分が誰なのか思い出せないまま、ただ従うしかなかった。

　明るい照明が照らす場所に出ると、そこには雑多な人々の声で溢れていた。アストリアは目の前に広がる光景に圧倒された。大勢の人々が座り、壇上に並ぶ男女を値踏みするように見つめていた。

「次はこの娘だ」

　男たちのうちの一人が言い、アストリアを壇上へと押し上げた。

「待って、待ってください！」

　アストリアは声を上げた。だが、その声はオークション主催者のダミ声にかき消された。

「顔がいいでしょう？　ちょいと小柄ですが、それがまたいい」

　主催者がヘラヘラ笑いながら、アストリアの見た目を品評する。

「やめてください！私は、私はア、アス……」

　アストリアは抗議しようとしたが、自分の名前すら、正確に思い出せなくなっていた。

「ご覧ください、頭の中も空っぽです。何でも大人しく言うことを聞きますよ！」

　男が笑いながら言うと、会場の客たちも下卑た笑い声を上げる。

「やめて！」

　アストリアは叫んだが、誰もその言葉を意に介さない。周囲の目は彼女を人間ではなく、ただの商品としか見ていなかった。

「じゃあ、まずは金貨五十枚から行きましょう。さあ、誰が一番高い値をつける？」

　主催者が言い、ハンドベルを打ち鳴らした。だが、アストリアはあまりにも顔色が悪く、やせ細っており、体にもあちこちに傷があったため、金貨五十枚でも落札するものはいなかった。主催者は舌打ちする。

「じゃあ、四十枚でどうです。いませんか。三十五枚。三十枚……」

　次々と値段が下げられていく。アストリアは必死に状況を理解しようとするが、頭の中はますます混乱するばかりだった。

「私が、どうしてこんなことに……」

　彼女の嘆きに、耳を貸そうとするものはおらず、落札は進行していった。

「はい、金貨二十五枚で落札です！」

　主催者が浮かない顔でハンドベルを鳴らしながら宣言した。太ったヒゲ面の男が壇上に上がって来て、アストリアの腕を乱暴につかんだ。

「待ってください！　どこへ連れていくの？」

　アストリアは、おびえた声で叫んだ。

「お前は金貨二十五枚で売れたんだ。買った方が連れて行く。それが何か？」

　主催者はあっけらかんと答えた。

「でも、私は誰なの？　どうしてここにいるの？　何も思い出せないんです！」

　彼女は必死に問いかけたが、主催者は面倒臭そうな顔をするだけだった。

「いい加減にしろ！自分の立場をわきまえろ！」

　彼女を買ったヒゲ面の男が、怒鳴り声を上げた。

　アストリアはその声にビクっと震え、口を閉じた。しかし彼女の頭の中は、不安と疑問でいっぱいだった。

　アストリアは連れ出され、どこかへと運ばれていく。彼女は奴隷オークションの会場を振り返りながら、心の中で思った。

「私は誰なの？どうしてここにいるの？」
　
　答えはどこにもなかった。記憶を失い、自分が何者かも分からないまま、アストリアはその流れに抗えず、飲み込まれていくのだった。

しおりを挟む