奴隷になったお姫様は、バイオリンを弾くだけで全てを取り戻す〜囚われの王女アストリアと追憶の旋律〜

けんゆう

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第二十話 晩餐会のステージ

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 王宮正宮殿の大広間は豪華な装飾で彩られ、建国祭の晩餐会は宴もたけなわとなっていた。輝くシャンデリアが天井から下がり、国内外の王族・貴族や高官たちが集まって、歓談の声が飛び交っている。

 その宴席から十数メートル離れた大広間の一番端に、余興用の仮設ステージが設置されていた。その中央に今、アストリアが立っている。

 彼女は手にしたバイオリンを握りしめながら、深呼吸を繰り返していた。王族・貴族たちが座るテーブルまではかなり距離があったが、豪華絢爛を極める宴席の光景は、彼女に威圧感感じさせるには十分だった。アストリアはそのプレッシャーを振り払うように目を閉じ、深く息を吸い込んだ。

 ロイドはステージの片隅に立って、彼女を見守っている。アストリアは彼と一瞬、視線を合わせると、弓を弦にゆっくりと当てた。

 最初の一音が大広間に響き渡ると、ざわついていた会場が瞬く間に静まり返った。柔らかで澄んだ音色が、パーティーの出席者たちの耳を捕らえ、空気が一変する。アストリアはその瞬間、自分の存在がこの空間を支配しているように感じた。

「何という、美しい音色だ……」

 誰かが小声で漏らした、感嘆の声が聞こえる。

 アストリアは、曲に身を委ねるように演奏を続けた。王室家庭教師に教えられた技術は、彼女の体が完璧に覚えていた。緩急を織り混ぜた構成が、出席者たちの心を大きく揺さぶる。何よりも、彼女の演奏に込められた深い感情表現が、深い感動を呼び起こした。
  
 アストリア彼女の指が弦を走るたびに、記憶を失って以来の経験を通して、心の奥深くから湧き上がってくる様々な思いが音に乗り、次第に大広間を包み込む。それは単なる演奏ではなく、彼女の苦しみ、喜び、悲しみ、希望、そして絶望――そのすべてを込めた、祈りのような音色だった。

「なんだろう、この気持ちは……」
 
 出席者の一人が、静かに息を呑む。

 アストリアの鼓動は高まり、頬に汗が伝う。それでも彼女は止まらない。弓を走らせるたびに、もっと早く、もっと強く、鋭い音色を放ち続けた。

 やがて曲が終わりに近づくと、大広間全体が完全な沈黙に包まれた。最後の音が消えた瞬間、まるで時間が止まったかのような静寂が広がった。

 そして次の瞬間、割れるような拍手が大広間を埋め尽くした。

「信じられない!」
「なんて素晴らしい演奏だ!」
「こんな音楽を聴いたのは初めてだ!」

 称賛の声が次々と上がる中、アストリアは深く一礼をした。その姿に、さらに歓声が湧き上がる。

「素晴らしい……彼女は一体何者なんだ?」
「庶民出身の音楽家と聞いたが、信じられん。あの技術。表現力……」

 多くの貴族たちが口々に感嘆の言葉を漏らしている一方で、ただ一人だけ、アストリアに目を向けていない人物がいた。

 国王夫妻とエーベル王子は、ステージから数十メートル離れた大広間の一番奥に座っていた。エーベル王子も表向きは周囲に合わせて機械的に拍手を送っていたが、その目も耳も、ステージには全く向けられてはおらず、心ここにあらずの状態だった。

「エーベル殿下、いかがでしたか? あのバイオリン弾き、我が公爵家が招いた者ですの。音楽がお好きな殿下のために、今、王都で一番人気の演奏者を探したらしいんですのよ」

 隣に座る公爵令嬢のマリラが声をかけたが、エーベルは全く上の空だった。

「えっ……?」

 ようやくマリラの言葉に気づいて、エーベルが鈍く反応する。

「ああ、見事な演奏でしたね……」

 その言葉には、何の感情もこもっていなかった。彼の視線は、虚空に向けられたまま、何を考えているのか、何に心を乱されているのか、マリラにも、誰にも分からなかった。

 アストリアはステージを降りると、ロイドに手を引かれながら大広間を退出した。控え室の中に戻ると、二人は高揚感いっぱいに笑顔で抱擁し合った。

「お疲れ様。どうだった?」

 ロイドが彼女の背中をさすりながら、ねぎらいの言葉をかけた。

「思ったよりも、うまくいったみたいです」

 アストリアは息を整えながら、明るく笑う。

「聴衆の反応を見れば分かる。君の演奏は、大成功だったようだね」

 ロイドの穏やかな声で、アストリアを称える。

「でも、すごく緊張しました。途中で何度も、手が震えそうになって……」

「だが、君はそれを乗り越えた」

 ロイドは言葉を続けた。 

「君の勝利だ、アスタ」

 彼の言葉にアストリアは静かに微笑み、そしてロイドの胸に顔を深く埋めた。彼女の心に、さらなる明るい未来への一歩を踏み出す勇気が、だんだんと宿り始めていた。
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