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第十九話 もう一歩、前へ
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高くそびえる城壁と荘厳な門が、薄明かりの中に影を落としていた。アストリアはロイドと共に馬車から出て、石畳の上に足を踏み下ろした。しかし、王宮の門を見上げた瞬間、心臓が締め付けられるような感覚に襲われた。
足元がふらつき、呼吸が苦しくなる。
彼女は無意識に胸元へ手を当てながら、小さな声でつぶやいた。
「ここに、入るの?」
ロイドが荷物を確認していた手を止め、アストリアに目を向けた。
「どうした、アスタ。入らないのか?」
彼女は膝を曲げて、うずくまったままだった。目の前に広がる王宮の正門と重なり合うように、記憶の断片が次々と走馬灯のように彼女の目に映った。
暗い夜。冷たい石の床。鋭い声と殴られた痛み。何人もの男女に取り囲まれ、ひどい言葉を容赦なく投げつけられた記憶。繰り返された拷問の恐怖と屈辱が、彼女の胸に押し寄せた。
「イヤです……」
彼女は小さな声でつぶやき、震える手を握りしめた。
「入りたくない!」
ロイドはその言葉に眉をひそめ、ゆっくりと彼女に近づいた。
「何がイヤなんだ? なぜ、門の前で立ち止まる?」
「思い出したんです! 昔のことを……」
アストリアの声は、かすかに震えていた。
ロイドはじっと彼女の目を見つめ、問いかける。
「辛い記憶なんだね?」
彼女は目を閉じ、苦しそうにうなづいた。
「あの時、私がどれだけ無力で、怖かったか。その記憶が蘇ってきて、どうしても消えないんです。この建物を見ると、またあの時みたいに捕まえられて、ひどい目に遭わされるような気がして……」
ロイドは、そっと彼女の肩に手を置いた。
「確かに、君はつらい経験をした。そこに、何らかの形で、王家が関わってたのかもしれないね。だが今の君は、その時の君じゃない。今の君は、王都で話題の人気バイオリン奏者・アスタだ。今夜は王家じゃなく、依頼元の貴族からの推薦で来た。全て君の実力で、ここまで来たんだよ。演奏する場所は関係ない。君を待ってる観客がいる」
「頭で分かってても、足がすくんで、震えてしまうんです……!」
アストリアは涙を流しながら、両手で顔を覆った。
ロイドはしばらく彼女を見つめていたが、やがて口を開いた。
「分かった。それなら、私が君を連れて行こう」
彼女が顔を上げるより早く、ロイドは膝を深く曲げてかがみ込むと、アストリアの体をそっと両手で抱き上げた。
「えっ⁉」
突然のお姫様抱っこに、アストリアは驚いて声を上げた。
「ロ、ロ、ロイドさん⁉」
「今はまだ、君が自分の足で歩けなくてもいい。私が、君を中まで運ぶ足になろう」
ロイドはそのまま立ち上がると、アストリアをしっかりと抱きかかえ、歩き始めた。
「でも……恥ずかしいです……」
彼女は顔を赤らめながら、両腕を彼の体に回してしがみついた。
「恥ずかしいと思うなら、もう泣くんじゃないよ」
ロイドは苦笑いしながら、足取りを止めることなく、力強く進んでいった。
「今は、私を頼ればいい。それが付き添いの役目だ」
アストリアは戸惑いながらも、彼の胸に顔を埋めた。ロイドの安定した歩みと落ち着いた声が、少しずつ彼女の緊張をほぐしていった。
「すみません」
彼女は小さな声で言った。
「こんな風に、迷惑をかけてしまって……」
「迷惑じゃないさ」
ロイドは静かに答えた。
「君がまた、自分の足でもう一歩、前に進めるようになるなら、これくらいのこと、どうってことないんだ」
アストリアは彼の言葉を聞いて、また少し涙目になったが、どうにか泣き出すのをこらえた。ロイドにしっかり体を支えられながら、王宮の大きな門をくぐり抜けていった。衛兵がロイドの服の騎士章を見て、一斉に敬礼する。
ロイドの腕の中で揺られながら、アストリアの心の奥には、だんだんと小さな、勇気の灯がともり始めた。それはロイドが彼女に与えてくれた、もう一歩、前を向いて歩み出すための、希望の光であった。
足元がふらつき、呼吸が苦しくなる。
彼女は無意識に胸元へ手を当てながら、小さな声でつぶやいた。
「ここに、入るの?」
ロイドが荷物を確認していた手を止め、アストリアに目を向けた。
「どうした、アスタ。入らないのか?」
彼女は膝を曲げて、うずくまったままだった。目の前に広がる王宮の正門と重なり合うように、記憶の断片が次々と走馬灯のように彼女の目に映った。
暗い夜。冷たい石の床。鋭い声と殴られた痛み。何人もの男女に取り囲まれ、ひどい言葉を容赦なく投げつけられた記憶。繰り返された拷問の恐怖と屈辱が、彼女の胸に押し寄せた。
「イヤです……」
彼女は小さな声でつぶやき、震える手を握りしめた。
「入りたくない!」
ロイドはその言葉に眉をひそめ、ゆっくりと彼女に近づいた。
「何がイヤなんだ? なぜ、門の前で立ち止まる?」
「思い出したんです! 昔のことを……」
アストリアの声は、かすかに震えていた。
ロイドはじっと彼女の目を見つめ、問いかける。
「辛い記憶なんだね?」
彼女は目を閉じ、苦しそうにうなづいた。
「あの時、私がどれだけ無力で、怖かったか。その記憶が蘇ってきて、どうしても消えないんです。この建物を見ると、またあの時みたいに捕まえられて、ひどい目に遭わされるような気がして……」
ロイドは、そっと彼女の肩に手を置いた。
「確かに、君はつらい経験をした。そこに、何らかの形で、王家が関わってたのかもしれないね。だが今の君は、その時の君じゃない。今の君は、王都で話題の人気バイオリン奏者・アスタだ。今夜は王家じゃなく、依頼元の貴族からの推薦で来た。全て君の実力で、ここまで来たんだよ。演奏する場所は関係ない。君を待ってる観客がいる」
「頭で分かってても、足がすくんで、震えてしまうんです……!」
アストリアは涙を流しながら、両手で顔を覆った。
ロイドはしばらく彼女を見つめていたが、やがて口を開いた。
「分かった。それなら、私が君を連れて行こう」
彼女が顔を上げるより早く、ロイドは膝を深く曲げてかがみ込むと、アストリアの体をそっと両手で抱き上げた。
「えっ⁉」
突然のお姫様抱っこに、アストリアは驚いて声を上げた。
「ロ、ロ、ロイドさん⁉」
「今はまだ、君が自分の足で歩けなくてもいい。私が、君を中まで運ぶ足になろう」
ロイドはそのまま立ち上がると、アストリアをしっかりと抱きかかえ、歩き始めた。
「でも……恥ずかしいです……」
彼女は顔を赤らめながら、両腕を彼の体に回してしがみついた。
「恥ずかしいと思うなら、もう泣くんじゃないよ」
ロイドは苦笑いしながら、足取りを止めることなく、力強く進んでいった。
「今は、私を頼ればいい。それが付き添いの役目だ」
アストリアは戸惑いながらも、彼の胸に顔を埋めた。ロイドの安定した歩みと落ち着いた声が、少しずつ彼女の緊張をほぐしていった。
「すみません」
彼女は小さな声で言った。
「こんな風に、迷惑をかけてしまって……」
「迷惑じゃないさ」
ロイドは静かに答えた。
「君がまた、自分の足でもう一歩、前に進めるようになるなら、これくらいのこと、どうってことないんだ」
アストリアは彼の言葉を聞いて、また少し涙目になったが、どうにか泣き出すのをこらえた。ロイドにしっかり体を支えられながら、王宮の大きな門をくぐり抜けていった。衛兵がロイドの服の騎士章を見て、一斉に敬礼する。
ロイドの腕の中で揺られながら、アストリアの心の奥には、だんだんと小さな、勇気の灯がともり始めた。それはロイドが彼女に与えてくれた、もう一歩、前を向いて歩み出すための、希望の光であった。
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