見えない心の向こう側

さくら優

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3.メリット

3-3

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 どんよりとした重い雲に空が覆われている。その下を、那智は特に行く当てもなくのんびりと歩いていた。

 昼頃に目が覚めた時、東藤はもう部屋にはいなかった。

 テーブルの上に、簡単な昼食とメモが残されていた。オートロックだから好きな時に出て行ってくれて構わないと書かれていたので、那智はお言葉に甘えて日が傾き始めるまで彼の部屋でごろごろしていた。というか、しばらくろくに動くことが出来なかったのだ。全部東藤のせいなのだから、そのくらいは許されて当然だろう。

 歩きながら深く溜息を吐いた。ついつい考えてしまうのは、意識を失う前に言われた言葉についてだ。勝負に関係なく抱かせてくれるなら、全額那智の取り分にしてやるという。

 そんなのもう、売春と変わらない。そうまでして、彼とコンビを組む価値があるのだろうか。

(そもそも、これから先もあの人と組んで、俺にメリットあるのか?)

 ふいに浮かんだそんな疑問に、那智ははっとして足を止めた。

 コンビ打ちを提案された時は、確かにメリットがあった。一人の時より確実に勝つことが出来たし、実際かなり儲かってもいたのだ。

 けれど、今はどうだろう。

 滅多に負けることがないのは変わらないけれど、それは東藤のおかげではないのではないか。彼は、勝つことに協力はしないと、はっきり言ったのだ。昨日も、自分が失敗した方が都合がいいのだろうと言ったら、否定しなかった。

 那智が負けることを望んでいる。つまりそれは、東藤は完全に自分にとって敵ということだ。

「は、はは…」

 なんてことだ。馬鹿にもほどがある。
 こんな簡単なことに今まで全く気が付かないで、昨夜も散々彼の好きにさせていたなんて。

「腐ってる…」

 陣内に腑抜けたと言われるのも当然だ。麻雀だけでなく、自分は心から腐りきっていた。
 親切面した相手にほいほい付いていって、手のひらを返されたことにも気が付かなかった。

(潮時だな)

 気が付いてしまった以上、もう東藤とコンビ打ちをするつもりはなかった。今夜早速、会ったら解散を言い渡さなければ。

(東藤さん、どんな顔するかな)

 ほんの少し胸が痛む。それを振り切るように顔を上げると、いつの間にか施設のすぐそばに来ていた。

 ちょうどいい、少し様子を見ていこう。この時間なら、きっと美奈は庭で遊んでいるに違いない。

 しかし中を覗くと、外で遊んでいる子どもは一人もいなかった。

 なんだか胸騒ぎがして辺りを見回すと、施設の裏口の方に、この辺では不釣合いな黒い車が止まっていた。那智は車種には疎いのでよくわからないが、磨き抜かれたそれは明らかに高級車だ。
 いったいどうしてこんな所に。

 こっそり裏口の方へ回ると、施設のスタッフと、聞き慣れない男の声が聞こえてくる。
 壁に張り付いて聞耳を立てる。聞こえてきた会話の内容に那智は耳を疑った。

(借金…っ?)

 どうやら、経営に行き詰まり借金をしてしまったようだ。返済期限も過ぎているらしく、すぐにでも返さないといけないらしい。

 おそらくこの車は、取り立てに来た男達のものだろう。

 男は施設を手放すことを勧めていた。今回なんとか金を集めてきても、この先経営を続けていくことは無理だろうと。子ども達はどこか別の受け入れ先を探して、土地と建物を売れば、借金を返すだけでなく従業員への退職金なども支払える、と。

 話を聞く限り悪い人達ではなかったようで、明日また来ると言って、あっさりと帰っていった。

 そっと中の様子を窺うと、園長が廊下に座り込んで頭を抱えていた。彼女の表情からは諦めの色が窺える。

 彼女達が自力で金を集めてくるのは、おそらく不可能だろう。今日明日で用意出来るくらいなら、最初から借金なんてしない。

 ここは自分がなんとかしなければ。

 那智は急いで、もと来た道を戻った。
 慣れ親しんだ雀荘の前まで行く。入口の前で一旦立ち止まり、大きく深呼吸した。

 東藤はまだ来ていない。当然だろう。いつも約束している時間までは、まだ一時間以上あった。

 待つ気なんて最初からなかった。コンビを解散すると決めたのだから、ちょうどいいだろう。

 勢いよく入り口のドアを開ける。
 一人で打つのは久しぶりだ。

 空いている雀卓を探していると、奥の方に座っていた男から声をかけられた。

 見覚えのある顔と声に記憶を辿ると、前に一度対局したことを思い出した。この男に誘われて入ったその対局で、東藤と初めて一緒に打ったのだ。

 那智が卓に近付くと、男は軽く片手を上げて、にやっと笑う。

「久しぶりだな。この前はさっさと終わらせて帰っちまっただろ。今日こそきっちり勝負つけようぜ」
「いいけど…」

(懲りない奴)

 こっそりと溜息を吐く。
 男は、なぜかやけに自慢げに懐から何かを取り出した。

「賭け金はこれでどうだ」
「っ!」

 卓に叩き付けられた札束に、那智は思わず声を上げそうになった。

 こんな大金見たこともない。
 いったい何枚あるのだろう。百枚くらいあるのだろうか。

 頭の中で警鐘が鳴る。

 たかがゲームに、こんな大金を賭けるなんて。

 罠かもしれない。そんな思いが一瞬頭を過る。けれどもしこの金が手に入ったら、施設の借金を完済することも可能かもしれない。

 那智は平静を装い、軽く肩を竦める。

「でも俺、そんな大金持ってないよ?」
「いいさ。どうせ端から金出す気なんかないんだろ」

 座れ、と顎をしゃくって促される。

 那智は卓につくと、無意識にコートのポケットに手を入れた。小さなサイコロが二つ入っている。

 そういえば、前はこういった負けられない勝負の時は、よくサイコロを弄っていた。
 最近、多分東藤とコンビ打ちを始めてからは、存在すら忘れていたように思う。

 那智は大きく息を吐いて、全ての神経を卓上の牌に集中させた。
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