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4.繋がり
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和了りを拒否した二人は、当然負けた。去り際、東藤が那智の手牌を覗いていたようだったが、那智は何も言わなかった。
二人は、初めて負けた時に来たホテルに再びやってきた。
ここへ来るまでの道すがら、東藤は何も話さなかった。部屋に入ってからも何も言わない。黙ったままソファに腰を下ろす。那智も黙りこくっていた。
「どうして、わざと負けたんだ?」
長い沈黙の後、ようやく言われた言葉がそれだった。
那智が返事をする前に、東藤は更に続ける。
「もしかして、この前のこと気にしてる?」
「この前?」
「那智が一人で打って負けて、俺が金出したやつ」
そういえばそんなこともあった。その後いろいろありすぎて、頭の隅に追いやられていたけれど。
「あのことなら別に気にしなくていいんだよ。あれは俺が勝手にやったことなんだから」
「別に気にしてたわけじゃない」
屁理屈を言えば、東藤とコンビを組んでいたからといって、その間一人で打ってはいけないなんてルールは作っていなかった。だからあの時負けた分の金は、別に東藤が払わなければならないものではなかった。それを頼んだわけでもないのに勝手に出したのだ。彼が好きでやったこと。那智が気に病むことではない。
「だったらなんで?」
「じゃあ逆に、勝ったらどうしてた?」
畳み掛けるように那智が訊くと、東藤は少し考えてから徐に口を開いた。
「どうしてたって、どうもしないよ。そのまますぐ別れた」
「…やっぱり」
「え?」
不審な顔を向けてくる東藤の隣に、那智はゆっくり腰を下ろす。
「俺は、もう一回ちゃんと話がしたかったの。けど、勝っちゃったら東藤さんはすぐいなくなっちゃう気がしたから」
だからこうして、わざと負けて二人きりでいられる時間を作ったのだ。
「…今更、話すことなんてないだろ」
「俺、もっと東藤さんと一緒に打ちたい」
冷たい彼の言葉を遮るように、那智ははっきりと告げた。東藤は驚きに瞠目する。
「なんで、最後にしないといけないの?」
「…仕事だって言っただろ」
「別に毎日なんて言ってない。休みの日とか、週一でも、月一でもいいから」
一緒にいたい。ふいに浮かんだその言葉に、那智自身が戸惑いを受ける。
「どうして。そんなんじゃもう、お前にメリットなんかないだろ」
「…そんなのどうでもいい。俺、は…っ!」
お金のためなんかではなく、契約とかでもなく、ただ純粋に同じ時間を過ごしたい。
それが、どうしたら伝わるのだろう。
もどかしさに唇を噛む。すると、溜息交じりに東藤が呟いた。
「──俺、嫌われてるんだと思ってた」
「なんで? そんなこと一言も言ってないじゃん」
「コンビ打ちやめたいって言うし、勝つためには俺は邪魔だったんだろうし。セックスしてる時だって、那智はいつも嫌がってただろ」
「それは…」
東藤が無茶ばかりしてくるからだ。コンビ打ちをやめようと思ったのは、あの時たまたま大金が必要だったのと、東藤の気持ちがよくわからなかったから。
身体目当てなんだと思っていた。そうじゃなかったとわかった時は、正直嬉しかった。
多分、これが好きだということなのだと思う。
東藤は、しばらく黙って前を向いていた。その横顔をじっと見つめていると、いったん何か思案するように目を閉じる。それから、今までの淡々とした口調と態度から一転して、蕩けるような笑みを向けてきた。
「わかった。じゃあ、那智がしたいこと言って」
「したいこと?」
「そう。お願いとか」
突然そんなことを言われて、那智は戸惑うように何度か瞬きをする。優しい眼差しに促されるように、素直に口に出してみる。
「もっと、一緒に麻雀がしたい」
「うん」
「また、東藤さんの家に行きたい」
「うん」
「一緒に施設に行きたい」
「…うん」
「一緒にご飯食べたり、もっと話がしたい」
「…う、うん」
「──なんで笑ってるの?」
気付けば東藤は、隣で肩を揺らして笑っていた。
笑われるようなことを言った覚えはない。
那智が睨み付けると、東藤は、ごめんと謝りながらも、まだくすくすと笑みを溢しながら腕を伸ばしてくる。抱き寄せられて鼓動が跳ねる。
「それ、告白にしか聞こえない」
「!」
耳許で囁かれて頬が熱くなる。返す言葉が出てこない。
否定も出来ないうちに顔を覗き込まれて、那智は瞳を揺らめかせながら東藤を見た。
「わかった。じゃあ、俺のお願いもきいてくれる?」
「…なに?」
さっきから心臓がものすごい速さで走り続けていて、頭に血が上ってしまっている感じだ。ぼうっとして、上手く思考が働かない。声も掠れた声になってしまった。
「キス、してもいい?」
「…うん」
瞼を下ろすと、頬に指先が触れた。
唇が重ねられて軽く吸われるだけで、ふわふわと宙に浮いているような感じがする。
口付けが解かれると、東藤の唇が耳に触れた。耳朶を甘噛みされて背筋にぞくりと震えが走る。
「それから…」
胸に頬を押し付ける形で、強く抱き締められる。
「俺のこと、好きになって」
微かに語尾が震えたように聞こえて顔を上げようとすると、頭に手を置かれて胸元に頬を押し付けられ、身動きがとれなくなってしまう。
いつも余裕な態度をとっている東藤にしては珍しい。
那智は口許に笑みを浮かべると、背中に腕を回して微かに頷いた。
二人は、初めて負けた時に来たホテルに再びやってきた。
ここへ来るまでの道すがら、東藤は何も話さなかった。部屋に入ってからも何も言わない。黙ったままソファに腰を下ろす。那智も黙りこくっていた。
「どうして、わざと負けたんだ?」
長い沈黙の後、ようやく言われた言葉がそれだった。
那智が返事をする前に、東藤は更に続ける。
「もしかして、この前のこと気にしてる?」
「この前?」
「那智が一人で打って負けて、俺が金出したやつ」
そういえばそんなこともあった。その後いろいろありすぎて、頭の隅に追いやられていたけれど。
「あのことなら別に気にしなくていいんだよ。あれは俺が勝手にやったことなんだから」
「別に気にしてたわけじゃない」
屁理屈を言えば、東藤とコンビを組んでいたからといって、その間一人で打ってはいけないなんてルールは作っていなかった。だからあの時負けた分の金は、別に東藤が払わなければならないものではなかった。それを頼んだわけでもないのに勝手に出したのだ。彼が好きでやったこと。那智が気に病むことではない。
「だったらなんで?」
「じゃあ逆に、勝ったらどうしてた?」
畳み掛けるように那智が訊くと、東藤は少し考えてから徐に口を開いた。
「どうしてたって、どうもしないよ。そのまますぐ別れた」
「…やっぱり」
「え?」
不審な顔を向けてくる東藤の隣に、那智はゆっくり腰を下ろす。
「俺は、もう一回ちゃんと話がしたかったの。けど、勝っちゃったら東藤さんはすぐいなくなっちゃう気がしたから」
だからこうして、わざと負けて二人きりでいられる時間を作ったのだ。
「…今更、話すことなんてないだろ」
「俺、もっと東藤さんと一緒に打ちたい」
冷たい彼の言葉を遮るように、那智ははっきりと告げた。東藤は驚きに瞠目する。
「なんで、最後にしないといけないの?」
「…仕事だって言っただろ」
「別に毎日なんて言ってない。休みの日とか、週一でも、月一でもいいから」
一緒にいたい。ふいに浮かんだその言葉に、那智自身が戸惑いを受ける。
「どうして。そんなんじゃもう、お前にメリットなんかないだろ」
「…そんなのどうでもいい。俺、は…っ!」
お金のためなんかではなく、契約とかでもなく、ただ純粋に同じ時間を過ごしたい。
それが、どうしたら伝わるのだろう。
もどかしさに唇を噛む。すると、溜息交じりに東藤が呟いた。
「──俺、嫌われてるんだと思ってた」
「なんで? そんなこと一言も言ってないじゃん」
「コンビ打ちやめたいって言うし、勝つためには俺は邪魔だったんだろうし。セックスしてる時だって、那智はいつも嫌がってただろ」
「それは…」
東藤が無茶ばかりしてくるからだ。コンビ打ちをやめようと思ったのは、あの時たまたま大金が必要だったのと、東藤の気持ちがよくわからなかったから。
身体目当てなんだと思っていた。そうじゃなかったとわかった時は、正直嬉しかった。
多分、これが好きだということなのだと思う。
東藤は、しばらく黙って前を向いていた。その横顔をじっと見つめていると、いったん何か思案するように目を閉じる。それから、今までの淡々とした口調と態度から一転して、蕩けるような笑みを向けてきた。
「わかった。じゃあ、那智がしたいこと言って」
「したいこと?」
「そう。お願いとか」
突然そんなことを言われて、那智は戸惑うように何度か瞬きをする。優しい眼差しに促されるように、素直に口に出してみる。
「もっと、一緒に麻雀がしたい」
「うん」
「また、東藤さんの家に行きたい」
「うん」
「一緒に施設に行きたい」
「…うん」
「一緒にご飯食べたり、もっと話がしたい」
「…う、うん」
「──なんで笑ってるの?」
気付けば東藤は、隣で肩を揺らして笑っていた。
笑われるようなことを言った覚えはない。
那智が睨み付けると、東藤は、ごめんと謝りながらも、まだくすくすと笑みを溢しながら腕を伸ばしてくる。抱き寄せられて鼓動が跳ねる。
「それ、告白にしか聞こえない」
「!」
耳許で囁かれて頬が熱くなる。返す言葉が出てこない。
否定も出来ないうちに顔を覗き込まれて、那智は瞳を揺らめかせながら東藤を見た。
「わかった。じゃあ、俺のお願いもきいてくれる?」
「…なに?」
さっきから心臓がものすごい速さで走り続けていて、頭に血が上ってしまっている感じだ。ぼうっとして、上手く思考が働かない。声も掠れた声になってしまった。
「キス、してもいい?」
「…うん」
瞼を下ろすと、頬に指先が触れた。
唇が重ねられて軽く吸われるだけで、ふわふわと宙に浮いているような感じがする。
口付けが解かれると、東藤の唇が耳に触れた。耳朶を甘噛みされて背筋にぞくりと震えが走る。
「それから…」
胸に頬を押し付ける形で、強く抱き締められる。
「俺のこと、好きになって」
微かに語尾が震えたように聞こえて顔を上げようとすると、頭に手を置かれて胸元に頬を押し付けられ、身動きがとれなくなってしまう。
いつも余裕な態度をとっている東藤にしては珍しい。
那智は口許に笑みを浮かべると、背中に腕を回して微かに頷いた。
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