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1章 あるところに白雪という男の子がいました
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「はぁ……。お金が足りない。ヤバい。どうしよう」
大学の空き教室で、自作弁当をつつきながら、由起也は特大のため息を漏らした。
「やっぱ、牛丼屋、クビになったのか?」
「うん……、そう」
友人の狩山の問いに、由起也は消沈した様子で答えた。
由起也がバラの花束とイケメンの香水で呼吸困難を起こしたことで、店の営業に穴を開けてしまった。それが理由で、由起也はバイトをクビになったのだった。ワンオペなんかさせる店も悪い、と由起也は思うので、ブラックバイトから解放されたとちょっぴり安堵している面もある。しかし、苦学生の由起也には、まかない付きのバイトが失われる痛手は大きい。
「で、白雪は新しいバイトを探し中、と」
「……だから白雪って呼ぶな」
「白雪姫が、りんごじゃなくてバラの花で倒れるとか。ロマンチックを増量しててウケる~」
「ウケるな。こっちは死ぬかと思ったんだぞ」
白石由起也、略して「白雪」。しかもりんごを食べると倒れる体質とか、笑えねぇ。
中学生の頃、家庭科の調理実習で呼吸困難を起こして以来、由起也は「白雪くん」とか「白雪」とか呼ばれるようになった。由起也にとって嬉しくないそのあだ名は、高校生になってもついて回った。同じ高校へ進学した同級生が吹聴したせいだ。高校では倒れるようなことは起きなかったが、結局そう呼ばれ続けたことについて、由起也は内心忸怩たる思いでいた。
大学へ進学し、中高の知り合いがほぼいなくなった。ようやくそのメルヘンなあだ名から解放されると思ったが、そうは問屋が卸さなかった。一年生のとき、飲み会で呼吸困難を起こしてしまったのだ。原因は、サラダのドレッシングに用いられていた、すりおろしたりんごだった。すぐに緊急用の自己注射を打って対処したものの、救急車で運ばれざるを得なかったので、やはり「白雪」とのあだ名を頂戴してしまったのだった。
「ところでさぁ。お前、倒れた後、お店はどうしたん? もしかして無人で開きっぱなし?」
「いや、その時に店にいたお客さんが、早朝勤務の人が来るまで店にいてくれたんだって」
「例のでっかいバラの花束持ってきた人?」
「そう」
「へぇ~、救急車呼んでくれた上に店番までしてくれるなんて、いい人じゃん」
そう言いながら狩山は、コンビニのサンドイッチをぺりぺりと開封し始めた。
「うん、ホストっぽいイケメンだったけど、いい人で良かった」
「ん? ホストっぽい?」
「めっちゃ背が高くて、超絶イケメンだった」
「白雪からしたら、みんな高身長じゃね?」
「うるさい。これでも167cmあるわ」
そんな軽口を交わしながら、由起也は弁当をもそもそと食べていた。
弁当の中身は、冷凍ブロッコリーの塩茹、ちくわとしめじの醤油炒め、白飯にふりかけ。節約弁当だ。二十歳を過ぎて成長期ではないとはいえ、成人男子としては物足りない弁当にはため息しか出ない。せめてブロッコリーにおかかを和えたい。ちくわじゃなくて、厚揚げ。玉ねぎとにんじんも入れて、できればオイスターソースも使って。ああ、肉が食いたい。
「はぁ……、まかない付きでブラックじゃないバイト、どっかにないかなぁ」
「あるよ」
「へ?」
突然、頭上から降ってきた声に、由起也の口から間抜けな声が漏れた。
慌てて振り返って見上げると、そこには見たことのある超絶イケメンが立っていた。
大学の空き教室で、自作弁当をつつきながら、由起也は特大のため息を漏らした。
「やっぱ、牛丼屋、クビになったのか?」
「うん……、そう」
友人の狩山の問いに、由起也は消沈した様子で答えた。
由起也がバラの花束とイケメンの香水で呼吸困難を起こしたことで、店の営業に穴を開けてしまった。それが理由で、由起也はバイトをクビになったのだった。ワンオペなんかさせる店も悪い、と由起也は思うので、ブラックバイトから解放されたとちょっぴり安堵している面もある。しかし、苦学生の由起也には、まかない付きのバイトが失われる痛手は大きい。
「で、白雪は新しいバイトを探し中、と」
「……だから白雪って呼ぶな」
「白雪姫が、りんごじゃなくてバラの花で倒れるとか。ロマンチックを増量しててウケる~」
「ウケるな。こっちは死ぬかと思ったんだぞ」
白石由起也、略して「白雪」。しかもりんごを食べると倒れる体質とか、笑えねぇ。
中学生の頃、家庭科の調理実習で呼吸困難を起こして以来、由起也は「白雪くん」とか「白雪」とか呼ばれるようになった。由起也にとって嬉しくないそのあだ名は、高校生になってもついて回った。同じ高校へ進学した同級生が吹聴したせいだ。高校では倒れるようなことは起きなかったが、結局そう呼ばれ続けたことについて、由起也は内心忸怩たる思いでいた。
大学へ進学し、中高の知り合いがほぼいなくなった。ようやくそのメルヘンなあだ名から解放されると思ったが、そうは問屋が卸さなかった。一年生のとき、飲み会で呼吸困難を起こしてしまったのだ。原因は、サラダのドレッシングに用いられていた、すりおろしたりんごだった。すぐに緊急用の自己注射を打って対処したものの、救急車で運ばれざるを得なかったので、やはり「白雪」とのあだ名を頂戴してしまったのだった。
「ところでさぁ。お前、倒れた後、お店はどうしたん? もしかして無人で開きっぱなし?」
「いや、その時に店にいたお客さんが、早朝勤務の人が来るまで店にいてくれたんだって」
「例のでっかいバラの花束持ってきた人?」
「そう」
「へぇ~、救急車呼んでくれた上に店番までしてくれるなんて、いい人じゃん」
そう言いながら狩山は、コンビニのサンドイッチをぺりぺりと開封し始めた。
「うん、ホストっぽいイケメンだったけど、いい人で良かった」
「ん? ホストっぽい?」
「めっちゃ背が高くて、超絶イケメンだった」
「白雪からしたら、みんな高身長じゃね?」
「うるさい。これでも167cmあるわ」
そんな軽口を交わしながら、由起也は弁当をもそもそと食べていた。
弁当の中身は、冷凍ブロッコリーの塩茹、ちくわとしめじの醤油炒め、白飯にふりかけ。節約弁当だ。二十歳を過ぎて成長期ではないとはいえ、成人男子としては物足りない弁当にはため息しか出ない。せめてブロッコリーにおかかを和えたい。ちくわじゃなくて、厚揚げ。玉ねぎとにんじんも入れて、できればオイスターソースも使って。ああ、肉が食いたい。
「はぁ……、まかない付きでブラックじゃないバイト、どっかにないかなぁ」
「あるよ」
「へ?」
突然、頭上から降ってきた声に、由起也の口から間抜けな声が漏れた。
慌てて振り返って見上げると、そこには見たことのある超絶イケメンが立っていた。
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