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4章 深い森の中には
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「由起也くん。隆平と、何かあった?」
万里子にそう話しかけられたのは、由起也が万里子の朝食の介助をしている時だった。フルーツの入った器とスプーンを持ったまま、由起也はへにゃりと眉を下げて、顔を俯かせた。
「きっと隆平が何かやらかしたんでしょ?」
「……オレが悪いんです。オレが混乱してしまって、隆平先輩に当たってしまったんです」
しゅんとしょげた様子でそう話す由起也を見て、万里子は短いため息をついた。
「だとしても、隆平がそのきっかけを作ったんでしょ? だってあの子、叱られた犬みたいに落ち込んでたわよ」
そうなのだ。昨夜は夕飯でも顔を合わせなかった。隆平はわざとかなり遅くに帰ってきたのだ。
がしかし、ものすごく視線を感じる。めっちゃ見られている。階段の影、廊下の角から、隆平からの視線を感じる。だが、由起也が気配がする方を見ると、サッと隠れるのだ。
あれじゃあ、気遣いなのか逃避なのか、もはやよくわからない。
万里子が言うとおり、ご主人様に叱られた犬が拗ねているけど構ってほしい、というような態度だ。
由起也は、隆平に当たってしまったことは、この後朝食の前にでも謝ろうと思っている。けれど、父の出身地に行くことについては、まだ気持ちの整理がついていない。そんなことでは、ここまで一生懸命になってくれている隆平に、申し訳ないという気持ちがあり、隆平に声をかけづらいというのが、今の由起也の心境だ。
由起也は、核心には触れないようにしながら、今の気持ちを少しずつ万里子に打ち明けた。
「その不安も含めて全部、隆平に言ってあげなさい。同じ家に暮らしているんだもの、ちゃんと気持ちを伝え合うことは大事よ」
万里子は、由起也を励ますように微笑みながら助言をくれた。
「明日はクリスマスイブだもの。いろいろ準備してくれているんでしょう? 楽しい夜にしなくちゃ」
そうなのだ。加奈子とも相談しながら、由起也はクリスマスディナーの準備をしている。万里子の――最後のクリスマスになるかもしれない。だから、由起也はできるだけのことをしたいと、メニューを考え、仕込みも始めていた。
「はい! ちょっと頑張ったメニューもあるので、楽しみにしててください」
由起也は少し頑張って、笑顔を作った。
「そうそう、由起也くん。そこにある紙袋を取ってくれる?」
そう言って万里子は、ベッドの脇の床に置かれた紙袋を指差した。由起也がそれを取って万里子に渡そうとすると、万里子は軽く首を振って、由起也に中を見るよう目線で促した。
中には、レシピ本が数冊。どれも年季が入っていて、たくさん付箋がついてる。
「それね、私が使っていたレシピ本なの。まだたくさんあるけど、特に出番が多かったものを選んだわ。良かったらもらってくれる?」
「こんな大切なもの、……いいんですか?」
「もちろんよ。付箋の料理はね、お父さんと隆平の反応が良かったものなの。参考にしてみて」
「ありがとうございます!」
由起也は胸が熱くなるのを感じた。1冊のレシピ本をめくってみた。付箋には、時々書き込みがしてある。万里子の家族への愛情を感じ、とても大切なものを託されたと、背筋が伸びた。
そして、万里子は穏やかに微笑みながら言った。
「由起也くん。どうぞ末長く――隆平のこと、よろしくお願いします」
「はい!」
万里子が少し疲れたので横になりたいと言うので、由起也は万里子のベッドをフラットに戻してから、部屋を出た。
キッチンで食器を洗いながら、ふと由起也は先ほどの万里子の言葉を思い出す。
待って! さっきの万里子さんとのやりとり、なんかお嫁入りみたいじゃなかった!?
真っ赤になってしまった由起也の手から、食器が滑り落ちる。食器はガシャンと大きな音を立てたが、割れずに無事だった。
由起也がホッとしたところでまた視線を感じ、ちらりとキッチンの入り口の方を見ると、隆平が慌てて影に引っ込むのが見えた。
もう、しょうがないなぁ。
由起也はくすりと笑って、
「隆平先輩。大学まで、まだ時間ありますか?」
と声をかけた。すると隆平が勢いよく顔を出した。
「ある! あります! ごめん、由起也! 本当にごめん!」
「こちらこそ、昨日はすみませんでした。……オレの気持ち、聞いてもらえますか?」
「もちろん! 喜んで! コーヒー淹れて待ってる!」
嬉しさを隠しきれない声を残して、隆平は走ってリビングへ消えた。
一直線な人だなぁ、と由起也はもう一度くすりと笑い、食器洗いの続きに戻った。
万里子にそう話しかけられたのは、由起也が万里子の朝食の介助をしている時だった。フルーツの入った器とスプーンを持ったまま、由起也はへにゃりと眉を下げて、顔を俯かせた。
「きっと隆平が何かやらかしたんでしょ?」
「……オレが悪いんです。オレが混乱してしまって、隆平先輩に当たってしまったんです」
しゅんとしょげた様子でそう話す由起也を見て、万里子は短いため息をついた。
「だとしても、隆平がそのきっかけを作ったんでしょ? だってあの子、叱られた犬みたいに落ち込んでたわよ」
そうなのだ。昨夜は夕飯でも顔を合わせなかった。隆平はわざとかなり遅くに帰ってきたのだ。
がしかし、ものすごく視線を感じる。めっちゃ見られている。階段の影、廊下の角から、隆平からの視線を感じる。だが、由起也が気配がする方を見ると、サッと隠れるのだ。
あれじゃあ、気遣いなのか逃避なのか、もはやよくわからない。
万里子が言うとおり、ご主人様に叱られた犬が拗ねているけど構ってほしい、というような態度だ。
由起也は、隆平に当たってしまったことは、この後朝食の前にでも謝ろうと思っている。けれど、父の出身地に行くことについては、まだ気持ちの整理がついていない。そんなことでは、ここまで一生懸命になってくれている隆平に、申し訳ないという気持ちがあり、隆平に声をかけづらいというのが、今の由起也の心境だ。
由起也は、核心には触れないようにしながら、今の気持ちを少しずつ万里子に打ち明けた。
「その不安も含めて全部、隆平に言ってあげなさい。同じ家に暮らしているんだもの、ちゃんと気持ちを伝え合うことは大事よ」
万里子は、由起也を励ますように微笑みながら助言をくれた。
「明日はクリスマスイブだもの。いろいろ準備してくれているんでしょう? 楽しい夜にしなくちゃ」
そうなのだ。加奈子とも相談しながら、由起也はクリスマスディナーの準備をしている。万里子の――最後のクリスマスになるかもしれない。だから、由起也はできるだけのことをしたいと、メニューを考え、仕込みも始めていた。
「はい! ちょっと頑張ったメニューもあるので、楽しみにしててください」
由起也は少し頑張って、笑顔を作った。
「そうそう、由起也くん。そこにある紙袋を取ってくれる?」
そう言って万里子は、ベッドの脇の床に置かれた紙袋を指差した。由起也がそれを取って万里子に渡そうとすると、万里子は軽く首を振って、由起也に中を見るよう目線で促した。
中には、レシピ本が数冊。どれも年季が入っていて、たくさん付箋がついてる。
「それね、私が使っていたレシピ本なの。まだたくさんあるけど、特に出番が多かったものを選んだわ。良かったらもらってくれる?」
「こんな大切なもの、……いいんですか?」
「もちろんよ。付箋の料理はね、お父さんと隆平の反応が良かったものなの。参考にしてみて」
「ありがとうございます!」
由起也は胸が熱くなるのを感じた。1冊のレシピ本をめくってみた。付箋には、時々書き込みがしてある。万里子の家族への愛情を感じ、とても大切なものを託されたと、背筋が伸びた。
そして、万里子は穏やかに微笑みながら言った。
「由起也くん。どうぞ末長く――隆平のこと、よろしくお願いします」
「はい!」
万里子が少し疲れたので横になりたいと言うので、由起也は万里子のベッドをフラットに戻してから、部屋を出た。
キッチンで食器を洗いながら、ふと由起也は先ほどの万里子の言葉を思い出す。
待って! さっきの万里子さんとのやりとり、なんかお嫁入りみたいじゃなかった!?
真っ赤になってしまった由起也の手から、食器が滑り落ちる。食器はガシャンと大きな音を立てたが、割れずに無事だった。
由起也がホッとしたところでまた視線を感じ、ちらりとキッチンの入り口の方を見ると、隆平が慌てて影に引っ込むのが見えた。
もう、しょうがないなぁ。
由起也はくすりと笑って、
「隆平先輩。大学まで、まだ時間ありますか?」
と声をかけた。すると隆平が勢いよく顔を出した。
「ある! あります! ごめん、由起也! 本当にごめん!」
「こちらこそ、昨日はすみませんでした。……オレの気持ち、聞いてもらえますか?」
「もちろん! 喜んで! コーヒー淹れて待ってる!」
嬉しさを隠しきれない声を残して、隆平は走ってリビングへ消えた。
一直線な人だなぁ、と由起也はもう一度くすりと笑い、食器洗いの続きに戻った。
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