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4章 深い森の中には
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正月三が日が明けてすぐ、由起也は隆平の運転する車で、隣県までやってきた。
父、由信が卒業した高校からまず回ってみた。新年早々だというのに、運動部が練習しているのであろう威勢のいい声が校門の外まで聞こえてくる。
由起也は、校舎を見上げる。ああ、ここに父さんが通ってたのか。大学で剣道の選手だったということは、高校でも剣道をやっていたのだろうな。もしかして、子どもの頃から習ってたんだろうか。
「由起也。中に入ってみる?」
「いえ。二十数年前とはいえ、誰かわからない人に個人情報は教えてくれないと思うので。……でも、もうちょっとここにいてもいいですか?」
「もちろん」
車にもたれた隆平が柔らかく微笑んでそう言ってくれたので、由起也は言葉に甘えて、もうしばらく学舎を眺めていた。高校の周辺は住宅街だ。一軒家とアパート、小さなテナントビルが並んでいる。少し離れたところにコンビニがあり、父さんが通っていた頃にもあのコンビニはあったんだろうか、と由起也は思いを巡らせた。
寒風の中、そこそこの時間立っていたので、由起也は鼻と耳がじんじんしてきた。それに気づいた隆平が、明るい声をかける。
「由起也。これ以上ここにいたら風邪ひいちゃうよ。そろそろ行こうか」
「そうですね。ありがとうございました。行きましょう」
由起也は助手席に乗り込み、指先を擦り合わせた。車が動き出した時、由起也はもう一度校舎を見たが、それはすぐに遠ざかっていった。
***
隆平はその後、ぐるりとその街を走ってくれた。
国道沿いには量販店が点在し、少し脇道に入ると大小の住宅が立ち並ぶ。新しい住宅の近辺は区画が整備されているが、古い家屋が並ぶあたりは、道が右へ左へと湾曲していて迷いそうになる。
新旧の街並みが混在してはいるが、静かな街だった。
「怒らないで聞いてほしいんだけど」
運転している隆平がそう切り出した。
「由起也から最初に家族の話を聞いた時に、お父さんは亡くなっていない可能性もあるな、って俺は考えたんだよね」
「どういうことですか?」
由起也の父が実は妻子持ちで、それで由起也の母とは籍を入れられなかったのでは、と隆平は言う。
「そんな父親だったら、絶対探し出してぶん殴ってやりたい! 由起也を一人ぼっちにしやがって! っていう気持ちで資料探ししてたんだよね、最初」
そう言った隆平の顔がなんだか申し訳なさそうで、由起也は怒る気にもなれず、くすりと笑ってしまった。
「オレもそう考えたこと、なくはないです。でも自分の思い出の中の父と母には、それはないなと思っていて……。うまく言えないんですけど」
「由起也の、お父さんとの思い出は素敵なものばかりなんだろうね。今度、もっと聞かせて」
隆平のその言葉はとても温かい響きをしていて、由起也の心も温められたのだった。
「ちょっとお茶でもして、次の作戦を練ろうよ」
隆平がマップアプリを開いて検索をかけた。現れたいくつかの候補の中から、すぐ近くの店を指した。
「駅前の商店街の中みたいだね。ついでに駅前の雰囲気も見られるし」
沿道のコインパーキングに車を止め、二人はアーケードの下を歩き始めた。
短い商店街は、昼間のせいか人影がまばらだった。開いている店も半分ほどで、どこか時間が止まったように静まり返っている。チェーンの弁当屋や金物店がポツポツと営業しており、その合間にある高齢者向けデイサービスが存在感を放っている。古びたお正月の飾りが物悲しい。
「……ちょっと寂しいですね」
由起也がぽつりと言う。
「準急しか止まらない駅だし、みんな郊外の大型モールに行くんだろうね」
隆平がそう相槌を打つ。アーケードの薄暗さが自分の今の気持ちのようだと由起也は思ってしまった。
その気配を察したように、隆平が前方を指さす。
「でも、あそこの肉屋のコロッケ、もしかしたら由起也のお父さんも食べてたかもしれないよ」
おどけた調子でそう言った隆平の言葉に、沈みかけた気持ちがすっと浮かび上がる。
ああ、本当に、この人と一緒に来て良かった。
由起也は胸の奥で静かにそう思った。
父、由信が卒業した高校からまず回ってみた。新年早々だというのに、運動部が練習しているのであろう威勢のいい声が校門の外まで聞こえてくる。
由起也は、校舎を見上げる。ああ、ここに父さんが通ってたのか。大学で剣道の選手だったということは、高校でも剣道をやっていたのだろうな。もしかして、子どもの頃から習ってたんだろうか。
「由起也。中に入ってみる?」
「いえ。二十数年前とはいえ、誰かわからない人に個人情報は教えてくれないと思うので。……でも、もうちょっとここにいてもいいですか?」
「もちろん」
車にもたれた隆平が柔らかく微笑んでそう言ってくれたので、由起也は言葉に甘えて、もうしばらく学舎を眺めていた。高校の周辺は住宅街だ。一軒家とアパート、小さなテナントビルが並んでいる。少し離れたところにコンビニがあり、父さんが通っていた頃にもあのコンビニはあったんだろうか、と由起也は思いを巡らせた。
寒風の中、そこそこの時間立っていたので、由起也は鼻と耳がじんじんしてきた。それに気づいた隆平が、明るい声をかける。
「由起也。これ以上ここにいたら風邪ひいちゃうよ。そろそろ行こうか」
「そうですね。ありがとうございました。行きましょう」
由起也は助手席に乗り込み、指先を擦り合わせた。車が動き出した時、由起也はもう一度校舎を見たが、それはすぐに遠ざかっていった。
***
隆平はその後、ぐるりとその街を走ってくれた。
国道沿いには量販店が点在し、少し脇道に入ると大小の住宅が立ち並ぶ。新しい住宅の近辺は区画が整備されているが、古い家屋が並ぶあたりは、道が右へ左へと湾曲していて迷いそうになる。
新旧の街並みが混在してはいるが、静かな街だった。
「怒らないで聞いてほしいんだけど」
運転している隆平がそう切り出した。
「由起也から最初に家族の話を聞いた時に、お父さんは亡くなっていない可能性もあるな、って俺は考えたんだよね」
「どういうことですか?」
由起也の父が実は妻子持ちで、それで由起也の母とは籍を入れられなかったのでは、と隆平は言う。
「そんな父親だったら、絶対探し出してぶん殴ってやりたい! 由起也を一人ぼっちにしやがって! っていう気持ちで資料探ししてたんだよね、最初」
そう言った隆平の顔がなんだか申し訳なさそうで、由起也は怒る気にもなれず、くすりと笑ってしまった。
「オレもそう考えたこと、なくはないです。でも自分の思い出の中の父と母には、それはないなと思っていて……。うまく言えないんですけど」
「由起也の、お父さんとの思い出は素敵なものばかりなんだろうね。今度、もっと聞かせて」
隆平のその言葉はとても温かい響きをしていて、由起也の心も温められたのだった。
「ちょっとお茶でもして、次の作戦を練ろうよ」
隆平がマップアプリを開いて検索をかけた。現れたいくつかの候補の中から、すぐ近くの店を指した。
「駅前の商店街の中みたいだね。ついでに駅前の雰囲気も見られるし」
沿道のコインパーキングに車を止め、二人はアーケードの下を歩き始めた。
短い商店街は、昼間のせいか人影がまばらだった。開いている店も半分ほどで、どこか時間が止まったように静まり返っている。チェーンの弁当屋や金物店がポツポツと営業しており、その合間にある高齢者向けデイサービスが存在感を放っている。古びたお正月の飾りが物悲しい。
「……ちょっと寂しいですね」
由起也がぽつりと言う。
「準急しか止まらない駅だし、みんな郊外の大型モールに行くんだろうね」
隆平がそう相槌を打つ。アーケードの薄暗さが自分の今の気持ちのようだと由起也は思ってしまった。
その気配を察したように、隆平が前方を指さす。
「でも、あそこの肉屋のコロッケ、もしかしたら由起也のお父さんも食べてたかもしれないよ」
おどけた調子でそう言った隆平の言葉に、沈みかけた気持ちがすっと浮かび上がる。
ああ、本当に、この人と一緒に来て良かった。
由起也は胸の奥で静かにそう思った。
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