鬼とドラゴン

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従兄弟

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「悪かったよ。ヴァン。……ごめん、からかいすぎた」

 予想していなかった言葉にしばらくヴァンは動けなかった。やってもいいのかと判断に迷っていた。しばらくして顔を上げると、アランはうなだれていて本当に反省している様子だった。明朗快活で、怖いもの知らずで、人をくったような態度で、生意気で、悪びれない、そんな普段のアランからは想像できないような姿だった。ハナも戸惑ってしまって、ただアランとヴァンにオロオロと視線を送っていた。

 ヴァンはまた体から力が抜けていった。今度は力が入らないという感じだ。頭にモヤがかかったように思考が鈍くなったような感じがした。とにかくもう家に帰りたかった。疲れた。

「もういいよ……。帰ろう」

 帰るではなく帰ろうと言った。このままここで別れたら次に会う時が気まず過ぎる。少し関係を修復してから別れたいと、鈍くなった頭でヴァンは思った。

 教室から出ると二人とも後に続いてきた。もしかしたら着いてこないかもとヴァンは思ったので、二人が一緒に帰る意思あることにとりあえず安堵した。

 学校は午前中に終わったので、太陽はまだ高い位置にあった。校門を出ると同じ学校の生徒をたくさん見つける事ができた。皆学校が早く終わった開放感で明るい表情をしていた。まるで三人だけが世界から隔絶されているかのようだった。

 数十分前に戻れたらと、ヴァンは切に願った。そしたらもっと上手くやってみせるのに。ハナと同じクラスだと分かった時のような幸せな気持ちのままでいたかった。どうしてこうなってしまったのか。アランを恨むつもりはない。全ては自分のちっぽけなプライドのせいだとヴァンは分かっていた。詰まるところただの嫉妬だった。
 暗い雰囲気を変えるきっかけが欲しかったが、鈍くなった頭ではよく考える事ができなかった。トボトボと馬車の停留所まで歩いて行くと、北区へと向かう馬車が石畳の上をカラカラと乾いた音をたてながら走って行くのが見えた。

「間に合わなかったね」「間に合ったな」

 アランとハナが同時につぶやいた。

 えっ? と言うハナを無視して、な? ヴァン、とアランがイタズラっぽく笑う。アランは立ち直りが早い。アランがいつもの調子で言ったので、ヴァンもいつもの調子に戻っていく感じがした。

「そうだね。僕達ってタイミングいいよね」

 ヴァンはアランから肩がけバッグを受け取ると、今度は二人がかりで、訳がわからないという感じで硬直しているハナから手際よくバッグを引き剥がした。

「それじゃ、お先」

 ヴァンはそう言って、三人分の荷物をガシャガシャさせながら馬車に向かって疾走した。街中ということもあり、馬車もトップスピードにはならない。これならば鬼族の脚力があれば充分に追いつける。
 そして馬車に追いつくと激突するように飛びついた。客車の壁に足を着けると勢いを殺さないように壁を蹴り自身の体を押し上げる。欄干のフチに手をかけると身をひるがえして客車に乗り込んだ。すでに乗車していた他の客の視線は無視して、すぐに荷物を下ろして振り返る。ハナを抱きかかえて走るアランがすぐそこまで来ていた。

「いくぞ!」

「いいよ!」

 アランにヴァンが応える。

 アランは抱きかかえていたハナを宙に放った。慎重に丁寧に投じられたハナはバランスを崩すことなく、まるで空中を歩いているかのように客車に向かってきた。ヴァンはハナの手を取って軽く引き寄せるだけでよかった。ヴァンは片膝を床に着いて優しくハナを着地させ迎えた。

「お怪我はありませんか?」

 優雅な振る舞いを意識して問いかけるがハナは応えない。呆けてしまっている。

 アランが先程のヴァンと同じようにして客車に乗り込んで来た。

「ナイスキャッチ」
「ナイススローイング」

 やっぱりアランとは争うより、協力した方が楽しいとヴァンは思ったし、アランもそう思っていると感じた。何だか可笑しくなってアハハと笑い出すとアランも一緒になって笑い出した。こうなるともう完全にいつもの調子を取り戻していた。

「バカっ!」

 ハナが叫んだ。一瞬で二人の笑いが止まった。

「怖かったんだからっ」

 小さな声を震わせながらそう言うハナの目からポロポロと雫が落ち始め、とうとう盛大に泣き始めてしまった。『怖かった』のは教室での大げんかになりそうな雰囲気も含めてだろうと思われた。二人の少年達はオロオロとしながらも、一人の少女を慰めることに全力を尽くすことにした。
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