鬼とドラゴン

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ドラゴン

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 ハッとヴァンは目を覚ました。不思議に思った。なぜ目を覚ますことができたのか。あの状態で気を失うということは死を意味するはずだったのに。お腹に手を当ててみるとそこには傷はなかった。かすり傷すらない。確かに魔獣の角に貫かれていたのに。実際、腹のあたりの服には円形の穴が空いていた。

「……何で?」

「それはワシが治してやったからだ」

 ひとり言のつもりだったのに返事が返ってきた。ヴァンは驚き、起き上がって周りを見ると返事をした者がそこにいた。銀色の毛が目をひく美しい神獣であった。四本の足と翼をを持った生き物は地面に寝そべり首だけをヴァンに向けていた。

「……ドラゴン?」

 ヴァンはそこにいる神獣がドラゴンではないかと思った。全ての神獣の頂点たる存在。ヴァンは自身の体の傷があったところを見て確信する。治療した痕跡がないのだ。もし何らかの魔法で治療されたのであれば、痕跡が残るはずなのだ。それほどに深い傷だった。このようなことができるのは、最も高度な治療系魔法とされる“復元”しかない。遺伝子を読み取り、欠損した部位を瞬時に再生させる魔法である。そしてこの世で唯一、復元を使える種族はドラゴンだけだった。

「そうだな。ワシはドラゴンだ」

 質問というより、自問のようなヴァンの呟きにまたもや返事が返ってきた。律儀に答えるドラゴンに対しヴァンは混乱するばかりだ。

「何で……?」

 人間どうしであれば目の前で子供が死にかけていれば、何かしら対応をするのが普通であろう。しかし、ヴァンの目の前にいるのはドラゴンである。人間の“普通であれば“が通用するとは思えなかった。
疑問を声に出して質問にする。流れでいくと答えてくれる気がした。

「何で僕を治療したの?」

 そしてヴァンの予想通り返事が返ってくる。

「興味だな。死を間際にした人間がごめん、ごめんと繰り返し最期にありがとうと言う。何に謝罪し、何に感謝したのかと興味を持ったのだ。だから生かした」

 生かすなどと神のような振る舞いのように感じられるが、ドラゴンにはそれだけの威厳と力があった。ヴァンはドラゴンが興味を持った事について答える義務があるような気がした。しかし、実際のところ良く覚えていなかった。死を間際にした感情など助かってしまえば霧散してしまっていた。

「ごめん。せっかく助けてもらって何なんだけど、あまり覚えていないんだ。だけど僕が感謝と謝罪の言葉を言っていたのなら、それは多分に母さんに向けたものだと思う。小さい頃に別れて顔も覚えていないんだけどさ」

 ヴァンはこれでドラゴンが納得してくれるかわからなかったが、これ以上言いようがなかった。ドラゴンがこれ以上追求してこない事を願った。

「……そうか」

 それだけ言うとドラゴンは黙ってしまった。ヴァンに向けていた顔も今は地に伏せていた。瞳を閉じていて眠りに落ちようとしているようだった。ヴァンは慌てた。まだお礼も言ってないし、自分の名前も言ってないし、ドラゴンの名前も聞いていない。もう帰ってよさそうな雰囲気をドラゴンがかもしていることがヴァンには訳が分からなかった。正直な所、何かしらの見返りを要求されるのではと考えていたのに、そんな気配は一切なかった。
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