鬼とドラゴン

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後悔

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「しっかりしなきゃな」

 一人つぶやいた後、ヴァンは投げつけたナイフを回収することにした。乱暴に扱ったので刃が欠けてやしないかと心配であった。ナイフが落ちたであろう地点に向かう。ナイフが当たった木の周辺は茂みになっていたのでかき分けて進んだ。

 ナイフに気を取られていたヴァンは一瞬硬直してしまった。分けた茂みの中に生物がいたのだ。それは黒っぽいヤギのような風貌をしていて、怯えている様子だった。ヴァンは安堵した。生物は幼獣だった。もしも危険な生物で成獣であったなら命はなかったかもしれない。

 震える幼獣をなんとなく撫でようとした時、ヴァンは貫かれた。背中からお腹の方へ角のような物が貫通していた。ヴァンが後ろを見ると幼獣の親らしい生き物がいて、その獣の角が伸びて自分を突き刺していた。それはエラルーという名前の魔獣であった。エラルーは角を自在に曲げ伸ばせる魔法を持っていた。普段であればこの程度の魔獣に遅れをとるヴァンではなかったが、完全に油断をしていた。激しい後悔の念にかられる。

「油断も実力のうち……か……」

 ヴァンは祖父から散々言われてきた言葉をつぶやく。エラルーは角を引くと、子を連れて去っていった。ヴァンに追い討ちをかけることはしなかった。なぜなら、ヴァンの負った傷は致命傷であったからだ。

「クソっ」

 ヴァンは独り森の中で毒づく。幸いパニックにはなっていなかった。助かる道がないということがわかるぐらいは冷静であった。すぐに死ぬ程の傷ではなかったが、回復魔法は使えないし、森を抜けて助けを求めることなど到底できそうにない。つまり死ぬ他ないということだった。

 ヴァンはフラフラと歩き出した。何かを目指しているわけではなかった。朦朧とする意識をなんとか繋ぐためにヴァンは歩いた。

「あー、痛いなぁ」

 緊張感のない声でつぶやく。どうしようもないこともあるとヴァンは思う。どんなに頑張っても祖父には勝てない。どんなに頑張ってもアランよりかっこよくなんてなれない。どんなに頑張ってもこの傷は癒せない。どんなに、どんなに頑張っても……ハナを振り向かせることはできなない。

「……ハナ」

 口にするとヴァンはたまらなく悲しい気持ちになった。涙がポロポロとこぼれた。穴が空いているのは腹だったが、胸にも穴が空いているんじゃないかと思った。どちらも等しく痛いのだ。

 どんなに頑張っても、もう頑張れない。出血が致死量を越えていた。

「ごめん、じいちゃん……。ごめん、アラン。サクラ…カエデさん、…アーサーおじさん…ごめん。みんな、ごめん…」

 ヴァンはひたすら謝罪の言葉を口にした。もうそうすることしかできなかった。

「ごめんなさい、父さん」

 あと一歩。あと一言。最後の一歩。最後の言葉。

「母さん……ありがとう」

 産んでくれてありがとう。母へ向けた最初で最期の言葉がごめんではあまりに悲しすぎる。だから……

「……ありがとう」

 ヴァンは最後に少しだけ満足した気持ちになった。

 倒れる瞬間、暗転する視界の中でヴァンは竜を見た。

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