生まれ変わってもあなたを

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第一幕

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「結婚してください」
「えー、どうしようかなぁ」
「お願いします。料理はできないけれど食事の後のお皿は僕が洗うし、仕事が休みの日にはトイレやお風呂だって僕がお掃除するから」

「じゃぁ……いいよ」
「ホントに? やった!」

「ねぇ、私のことずっと愛してくれる?」
「もちろんだよ」

「もし生まれ変わってもまた私を愛してくれる?
「うん。もしも生まれ変わったら、また君を愛するよ」

「でもその時私に別の相手がいたら?」
「略奪する」

「……あなたの恋愛力でできるの?」
「わからないけど頑張るよ」

「ちゃんとアプローチしなきゃダメだよ?」
「うん、任しといて」

「誓う?」
「誓います」


 そして……

「健やかなる時も、病める時も、喜びの時も、悲しみの時も、富める時も、貧しい時も、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」
 
神父の問いかけに新郎が答える。

「はい、誓います」

 そして新婦も同様に応えた。こうしてここに新たな夫婦が生まれた。


 新婚生活が始まり一年が過ぎようとする頃、夫婦はようやく子宝に恵まれた。夫は泣いて喜び、妻はその様子を見て幸せを噛みしめた。段々お腹が大きくなる妻を夫はかいがいしく支えた。出産予定日が一ヶ月前と迫った頃、子供の名前を決める夫婦会議が行われた。スケッチブックを二つ用意して、希望の名前を書いてお互いに見せ合うことにした。夫は真剣な面持ちでスケッチブックに視線を落としていた。そして何やら書き込み妻に見せた。

「どう?」
「ダメ」
 
 夫はまたスケッチブックと睨めっこし書き込む。

「これは?」

「ダメ」

「じゃぁこれは?」

「ダメー」

 これは何を出してもダメだと思った夫はいわゆるキラキラネームを書いて妻に見せる。妻はそれを見るとケタケタと笑った。夫は日頃から妻が笑うのを見たくてよくふざけた。妻の笑いのツボを心得ていた。
「×××(妻)も何か名前を出してよ?」

 夫はまだ一度も提案しない×××に催促した。

「うーん、じゃぁねぇ」

 ×××は初めてスケッチブックに名前を書き込んだ。

「じゃーん」

 自信満々といった感じだった。

「いいね」

 夫は×××の書いた名前を一瞬で気に入ったので、これで決まりだと思った。しかし、「でも、」と×××が言う。

「これもダメー」
「どうして? すごくいいのに」

 ×××は大きくなったお腹を愛おしそうにさする。

「この子の名前はもう決まっているのです」
「そうなの? なになに?」

 ×××は夫からスケッチブックを奪い取り、最初のページを開いて言う。
「これです」
「僕の最初のやつだ」

「初めからあなたが最初に考えた名前にしようと思っていたの」
「そうなの? でもダメってさっきは言ったじゃない」

「それは、○○○(夫)の真剣な顔をもっと見ていたかったから。意外と素敵だったよ」
 ○○○は照れながら、「それはありがとう」と言った。

「でも、×××の考えた名前もとても良いのに」
 ○○○は×××の考えた名前を気に入っていたので捨てがたかった。

「ふふふー。センスいいでしょ?」
 ○○○は×××がたまに使う「ふふふー」というが好きだった。

「僕は君の考えた名前でもいいよ」
「さっきも言ったけど、もう決まっているのよ。拒否権はありません」

「そうなの?」

「そうよ。でもそうね。そんなに気に入ってくれたのなら、次に生まれてくる子に名付けましょう」
「そうだね。そうしよう」
 ○○○も納得し、会議は終了した。



 時は流れ、二人の息子は幼稚園の入園式を迎えた。

 泣き虫で甘えん坊な子であったので、○○○は大丈夫であろうかと心配していたが、×××が大丈夫よと笑って言うので、なんとか心を落ち着かせることができた。

 入園を迎えた子供達が式場になっている部屋へ入って来た。○○○の心配をよそに二人の息子は元気に行進して自分の席に着いた。名前を呼ばれた時も元気に手を上げて返事をしていたので、○○○は安心した。妻に似て明るい性格でもあった。息子の晴れの舞台を○○○はビデオカメラを構え、×××は二人目の子供を膝に抱えて見守った。

 幼稚園が始まると二人の息子はその日に経験したことを熱心に話した。
「聞いてー。あのね、今日ね……」
 母親にこれまた似ておしゃべりであった。○○○は×××にするように、息子の話をうんうんと聞いてあげた。×××は夫の良い父親ぶりを嬉しく思うと同時に、なんだかおかしくて笑ってしまう時もあった。そして、話し相手を息子にとられたと拗ねてみたりもした。

「あなたは△△△(息子)ばかり相手していて最近私の話を聞いてくれない。寂しいなぁ」

「えっ? そんなことはないよ。君の話もちゃんと聞いてるよ」

「じゃぁ、この前私が行きたいって言っていたお店の名前覚えている?」

 ×××は夫が覚えていないことは承知していた。○○○は話はよく聞いてくれるが、あまり内容は覚えていないことが多かった。付き合い始めた頃からこのような感じだったので、×××はもういちいち怒らなくなっていた。しかし、夫の慌てる姿が見たいので怒っているふりをすることがしばしばあった。

「もちろん覚えているよ。ほら、えっと……えー……、むー……、そうだ! あれだ! あれ。えーっと……、確か牛肉だけのハンバーグを出すお店だ。溶岩でできたプレートにお肉を乗っけて出すんだ。どう? 合ってるでしょ?」

 ○○○は話を覚えていないと妻の機嫌が悪くなるので記憶から必死で答えを探し出した。
「お店の名前は?」
「え? 名前も?」

 ○○○はしどろもどろになる。名前なんてどうやっても思い出せそうになかった。
「当然でしょ?」
「うー……ごめんよ。思い出せそうにないや」
「やっぱり聞いてないんじゃん! ○○○のおバカ! もう知らない」
 
 ×××はぷりぷりと怒ったふりをしながら、夫を残して部屋から出て行く。ドアを閉めると×××はにんまりとした。必死に思い出そうとする姿が可愛いと思った。それにハンバーグのお店へは近々行けることになるだろう。夫がインターネットで、牛肉100%、溶岩プレート、ハンバーグなどと検索している姿が思い浮かんだ。


 
 二人の息子は瞬く間に成長しこの年、大学を卒業することとなった。夫婦はひと段落といった感じだった。息子はすでに就職が決まっており、卒業と同時に一人暮らしを始める為に家を出ることにしていた。
 
 車で駅まで息子を送り、改札の前でお別れをすることになった。

「なんかあっという間だったなぁ」
 ○○○が感慨深そうに言う。

「そうね、あんなおチビちゃんがこんなにおっきくなっちゃって……。母さん嬉しいわ」
 
 ×××はからかうように言う。○○○は妻が真面目な雰囲気が苦手だということをよく理解していた。そして息子もよく分かっていた。

「おチビが大きくなれたのも、父さんと母さんのおかげだよ。ありがとう」

「立派な事言っちゃって。ねぇ、あなた?」

「そうだね。しかし本当に立派に育ってくれたよ。これなら社会に出ても十分にやっていけるな」

「まぁ、ぼちぼち頑張るよ」

「向こうに無事着いたら連絡するんだぞ?」
「わかってるよ」

 新幹線の出発の時間がせまっていた。

「それじゃ、そろそろ行くよ」
 △△△(息子)は出発する為に二人に背を向けた。そして一歩踏み出そうとした時、×××が息子の袖を掴み引き留めた。

「待って」
 言葉を必死に探しているようだった。時間はもう少ない。少しの沈黙の後、×××は母親としての言葉を紡いだ。
「体に気をつけるのよ。ちゃんとご飯食べてね……。たまには帰ってきてよ。へんな女に引っ掛かったらダメだからね……」

 ×××の顔が次第に歪み、声が震え、そして堰を切ったように涙が溢れ出した。さっきまで明るく振る舞っていた×××が突然泣き出したが、○○○と△△△は特に驚きはしなかった。×××が泣くだろうことは二人ともわかっていた。

「たまには電話してね。……頑張ってね」
 それだけ言うと顔を両の手のひらで覆った。嗚咽が漏れていた。○○○は妻の肩を抱き支え、息子に言う。

「ほら、もう行って」
「うん、父さんと母さんも元気で。向こうへ着いたら、連絡する」
 それじゃぁ、と言って二人の息子は人ごみの中へと入って行った。
「ほら、△△△は行ったよ。僕らも帰ろう?」
「……うん」

 ×××は返事こそしたが動こうとしなかったので○○○は妻の正面に立ち、両の手をとった。妻の目にはまだ涙が溜まっていて今にも溢れそうだった。
「僕らは良く頑張ったよね。△△△は立派に成長した。でも、まだ□□□(娘)がいるから僕はもう少し頑張りたいんだ。だけど、僕は料理とかそんなにできないし、掃除もできないし、というかもう家事全般できないよ。□□□にはキモいとか最近言われるし……。だから僕には君が必要だ。力を貸してくれるかい?」

 ×××は○○○を見つめていたが、やがていつもの笑顔を見せた。
「仕方ない。手伝ってあげる」
「ありがとう」
「でも、キモいって言われるのはどうしようもない」
「えー? どうしてさ?」
「さあねー? ふふふー」

 ○○○は納得いかないという顔をしたが、妻が歩き出したので着いていくしかなかった。×××が片方の手だけほどいたので、二人は手を繋いだままだっ



「じーじぃ、これかってぇ」

 小さな女の子が初老の男にねだる。夏真っ盛りであったが、デパートの中は空調が効いていて楽園のようだった。夏バテ気味の女の子も楽園に入ると元気を取り戻し、先ほどから商品棚の中からお気に入りを見つけては祖父におねだりをしていた。お盆で帰省した息子夫婦が連れ帰った初孫のお願いを断る事が出来ずに、買い物カゴは女の子のお気に入りでいっぱいになっていた。そしてまた……

「じーじぃこれもー」
「はいはい」
 と、また受け取ってしまう。

「じーじぃ、これ買ってぇ」
 今度は女の子ではない別の声だった。男がそっちを見やると、妻がガラスケースの中を指さしていた。そこには高価そうな宝石類が陳列されていた。男は妻が宝石類にあまり興味が無いと言うことを承知していたので、ただからかっているだけだと判断した。妻は人をからかうのが好きなのだ。特に夫をだが。

「いいよ。今度、君のお気に入りを探しにまた来よう」

 冗談だとは分かっていたが、日頃の感謝の気持ちを何かで伝えたいと思っていたところだったので、ちょうどいいと思った。

「やーねぇ、冗談よ。いつから冗談の通じない人になったの?」
 妻はそう言って夫の肩のあたりを軽く叩いた。
「冗談だというのは分かるんだけど、僕もたまには君に贈り物をしたいんだよ。それに、ほら、男というのは好きな女性にはいつもキレイでいてほしいものなんだよ」
「何それ? キモー」
 妻はそう言うと、まだ商品を物色している孫の方へ歩いていった。そっけない態度をとる時は照れているときだと○○○は知っていた。後日無理矢理にでも連れてこようと思った。

「ばーばぁ、これもほしい」
 女の子は近くに寄ってきた祖母におねだりした。
「ダメよ」
 あっさりと断る。女の子はまさかダメと言われると思っていなかったので、ポカーンとしていた。
「これ以上じーじぃのお財布をいじめると今晩のご飯が食べられなくなるのよ。それでもいいの?」
 女の子は少し考えるそぶりを見せて、ダメーっと言った。
「今でもじーじぃのお財布は困っているわ。美味しい晩ご飯を食べたければ、あなたのお宝を元の場所に戻してきなさい。ただし、三つだけは残してもいいわ」

 女の子は困惑しながらも眉間にしわを寄せ、抵抗するそぶりを見せた。目に涙を浮かべて祖母を見つめるが状況は変わりそうになかったので、やむなく商品を元の棚に戻すことにした。あまりにしょぼくれていたので、女の子の祖父は胸が痛んだ。

「ちょっと可哀そうじゃないか?」

「いいのよ。厳しくすることも必要よ。だいたいあなたは甘やかしすぎなんだから。そんなんじゃ舐められて思春期になった頃にはクソじじぃとか言われちゃうんだから」

「そうなの? それは悲しい」

「でもまぁ、あなたはそれでいいのかもね。厳しくするのは私。甘やかすのはあなた。バランスが大事だわ」
「でもそれじゃ僕はクソじじぃって言われちゃんでしょ?」
「それは仕方ない」

「やだよ!」
「ふふふー」

 ×××がイタズラっぽく笑う。そうこうしているうちに女の子が商品を戻して帰ってきた。半泣き状態だった。

「えらかったわね。それじゃぁ、美味しいご飯を探しに行きましょう。食べたい物があったらどんどん言いなさい」
「いいの? じーじぃのおさいふこまらない?」
「いいのよ。じーじぃのお財布の心配なんてしなくていいの。さぁ、あなたの大好物は何だったかなぁ?」
 女の子の顔がパァッと明るくなった。
「えっとね、えーっと……からあげ! それとハンバーグ! あとね……」
「僕のお財布の心配なんていらない? さっきと言っている事が違う気がするんだけど?」
 女の子の頭上で○○○が妻にささやく。
「いいじゃない。おもちゃとご飯だったら話は別。美味しいご飯は明日への活力なんだから」

「……あとね、たまごやき!」
「さぁさぁ行きましょう」
 女の子と×××が手を繋いで歩いて行く。○○○は、まぁいいかと二人の後ろをゆっくりと着いていく。

「じーじぃ! はやくぅ」
 女の子が振り返って言った。


「なんて言ってたのが、ついこの間のようねぇ」
 ×××が隣に座る夫に言う。円卓の上には特別な日を祝う上品な料理が並んでいた。

「そうだね。あんなに小さかった子がもうお嫁に行くだなんてね。僕らも歳をとるわけだ」
「そうね。あなたはもうヨボヨボのお爺ちゃんね。かわいそうに」

「まだヨボヨボしてないよ。失礼な。まだまだこれからも元気でいるんだから」
「ほんとに? お迎えはまだまだ先?」
「そうだよ。ひ孫の結婚式も見たいからね。まだまだ死ねないよ。君だってそうでしょ?」
「……どうかしらね」

 いつも明るい妻の様子がおかしいので、○○○は戸惑った。×××は夫の顔を見つめて言葉をつなぐ。

「もし、私が逝く時は絶対そばにいてね」

 ○○○は妻の真剣な表情にたじろぐ。

「こんな日に縁起でもない事言わないでよ」
「ごめん……、でも約束して。お願い。
「……わかったよ。約束する」

「ありがとう」
 それだけ言うと×××は顔を両手で覆った。嗚咽とともに涙がこぼれていた。
「どうしたの? 何かあったの? なんか変だよ」

 ×××は返事をしなかった。○○○は妻の肩に腕を回して引き寄せた。×××の額が○○○に胸に触れる。その体勢のまましばらく時間が過ぎた。

「ごめん……もう大丈夫だから」
「うん」

 ○○○は妻の肩に回した腕を離した。×××はハンカチで涙を拭って夫に笑顔をみせた。

「約束守ってくれる?
「守るよ」

「心配だなぁ。あなたって忘れっぽいからなぁ」
「大丈夫だよ」

「じゃぁ約束破ったらどうする?」
「絶対守るから大丈夫だよ」
「信用できないなぁ」

 妻が信用してくれないことに○○○は不満を感じたが、身に覚えのないことではないので仕方がなかった。確かに約束や記念日なんかを忘れたことはあった。そしてその度に妻の機嫌をとる為に試行錯誤したものだった。しかし、今回の妻を看取るという約束だけは破るわけにはいかない。

「だけど、もし破るとしたら僕が先に逝ってしまったときだけだよ」
「それはダメ。絶対あなたは私より長生きして。でなきゃ離婚よ」

「この歳で離婚はきついなぁ。僕のことは看取ってくれないの?」

「あなたを看取るなんてイヤ」

「君がいないなら僕は寂しくて泣きながら逝くことになるんだろうな」

「それはキモいわね」

「あいかわらずきびしいー」

「ふふふー」
 ×××がおどけて笑う。いつもの調子に戻ったので○○○は安心した。

「それにしても僕らの孫は美人さんに成長したものだね」

「当然よ。なんたって私の血を受け継いでいるんですからね。それに結婚式は女の子にとって特別なものよ。それはもう生涯で一番綺麗になる日なんだから」

「そうみたいだね。本当に綺麗だ。そういえば君もとても綺麗だった。正直言うと僕には君が光って見えていたよ」

「キモい」

 妻を褒めるといつも茶化される。それでも○○○は褒める。妻の照れた表情が好きだった。

「ねぇ見て」

 ×××がイタズラっぽい顔をして○○○の袖を引っ張り、別の手で息子を指さす。二人の息子。つまり、花嫁の父親。さっきからずっと泣いていて、時折目元をハンカチで拭っていた。

「こら、からかうなよ」
「そんなことしないわよ。私は嬉しいの。あの子が立派に成長してくれたから。優しい人に育ったわ」

「僕に似て?」
「それはどうだろう?」
「そこは肯定してよ。まぁ確かに立派になったよね。あいつも一人の人間を育てあげたんだから。親にとって子供の成長ほど嬉しいものはない。それを今あいつも実感しているんだろうね」

「そうね。……ところで約束覚えている?」
「えっ? なんだっけ?」
 妻がそれはもう怖い顔をしたので○○○は慌てた。

「冗談だよ。ちゃんと覚えているよ。さっきの話でしょ? 忘れるわけないよ」
「おバカ! もう知らない!」

 ×××は席を立って扉の方へ歩いて行った。妻が本気で怒っているわけではないと分かっていたので追いかけたりはしない。おそらくお手洗いだろうと○○○は思った。ふと、息子を見ると目が合った。

(またやっているの?)

 声に出していなくても何を言いたいのかわかる。円卓の向こう側にいる息子に無言で返す。

(まあね)

 ○○○は久しぶりに息子と語らいたいと思ったが、今はまだ式の途中なので控えた。おそらく夜になればそういう時間もとれるだろう。

 ○○○は目の前にある食事に箸をのばした。せっかくのご馳走なのだから食べない手はない。プリップリの海老が食欲を誘った。妻に作る料理も美味しかったが、流石にこんなに手の込んだものは作らなかった。自然と笑みがこぼれる。美味しいものを食べると幸せな気分になるのは昔から変わらない。ニヤニヤしているように見えるので妻からキモいとよく言われた。

「ねぇ、キモいよ」

 夢中で頬張っていると帰ってきた妻に言われた。

「ホントに? でも仕方ないよ。こんな美味しい料理を食べたらニヤけちゃうよ。×××もこんな上品な料理作ってくれたらいいのに」
 ○○○は嫌味ではなく本当にそう思った。妻に料理を作ってもらうことが好きだった。味も好きだし、作っている姿も好き。妻の料理は幸せになれる。

「はぁっ? ムカつく」

 だけども×××はこんな反応をする。嫌味で言ったわけではないのに。不機嫌そうに料理をパクつく妻に○○○は言う。

「ごめんよ。悪気はなかったんだよ。この料理は美味しいけれど、君が同じようなものを作ったら、もっと美味しいんじゃないかと思ったんだよ」

「知らない」
「ホントにごめん。僕が悪かった」
 
 ○○○は妻の顔を伺うが、機嫌が直る様子はなかった。

「来週は僕がずっとご飯を作るから」

 まだ、ムーっとしているが、あと一押しというところだった。

「片付けも僕がする」
 ×××は少し考えるそぶりを見せて言った。
「仕方ないから許してあげる」
「良かった」

 一週間ご飯作りと食器洗いをすることになったが、妻が不機嫌でいるよりずっといいと○○○は思った。妻は感情的なところもあったが、そういうところも愛おしく思えた。もう長い付き合いだが、妻への気持ちが変わることはなかったし、これからも変わることはないだろう。今日祝福されている若い二人も自分達のように幸せな夫婦生活を送ってほしいと○○○は思った。

 式は花嫁がブーケを投げるというお決まりの方法で無事終了した。そして、式から一ヶ月後、×××が体調を崩し入院することになった。医師は余命が三ヶ月だと申告した。


「ねぇ、そんなに泣かないで?」

「……うん

「誰だっていつかは亡くなるんだから」

「……うん」

○○○はただ泣くことしかできなかった。妻にかけるべき言葉があるはずなのにどうしてもみつけることができなかった。逆に×××が夫を慰めるように声をかけていた。

「×××は辛くないの? どうして泣かないでいられるの?」

 まるで子供が母親にするように問いかける。

「だって、あなたの方が辛いって分かるもの。泣かないのはあなたが私の分まで泣いてくれているから」

「ごめん……僕は君にかけるべき言葉があるはずなのに何も思いつかないんだ」

「言葉はいらないの。そばにいてくれるだけでいい」

「だけど……」

「そうね……、そんなに何か言いたいのであれば、私への気持ちを言葉にしてくれる?」

 ○○○はしばらく迷った後、迷いのない気持ちを言葉にした。

「愛してる」

「月並みね」

「そうだね。だけど、言葉はもう使い古してしまったけれど、この気持ちはいつまでたっても色あせないよ」

「キモい」

 ×××がおどけて言う。そして続ける。

「だけど、私も愛してる」

「君から愛してるって言われるのは嬉しいな。ありがとう」

「ふふふー」

 こんなときでも×××が笑うと○○○の気持ちは安らいでしまう。


「ねぇ、覚えてる?」
 ふと、×××が言う。

「うん。君を看取るってやつでしょ? 絶対そばにいるから」

「それもだけど、ほら、プロポーズの時に誓ってくれたでしょ? もし生まれ変わっても……」

「君を愛する。……もちろん覚えているよ」

「楽しみね。次はどんなプロポーズをしてくれるのかしらね?」

「さあね。だけど、カッコ良くキメてみせるさ」

「ホントにー?」

 妻の疑うような、茶化すような目。

「大丈夫だよ。任せといて」

「任せるわ」


 医師の宣告から一ヶ月後×××は約束どうり○○○に看取られて亡くなった。

「せっかちな人だよな……。あと二ヶ月はあるはずだったのに」

 ○○○は悲しみも涙も隠さずに息子に言った。


 五年後、○○○も妻のあとを追った。







 
 


 
 
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