俺の人生をめちゃくちゃにする人外サイコパス美形の魔性に、執着されています

フルーツ仙人

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番外 四十三 花

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 薄暗い室内を、琥珀色のランプがゆらめく光で照らしている。  
 棚には異国文字の札を下げた香炉や、鳴き声のような音を立てるガラス瓶、小瓶入りの砂や羽根が並ぶ。  
 奥のカウンターでは香木が静かに燻り、甘く乾いた煙が蛇のように空中を這っていた。  
 壁には色褪せた祈祷布と魔紋のタペストリー。誰かの視線のような気配だけが、常に背後にある。
 《マジック・アイテム・ショップ・トリックスター》。
 店主のヘルムートが、カウンター奥にだらけたように座ったまま、
「ダリオ君」
 とやる気のない手招きをした。
 ダリオはマジック・プログラミング言語を学ぶついでにアルバイトがてらよくこき使われている。今日も明らかに過剰な納品物を作成させられたが、ちょうどこれでしまいだったので素直に寄っていった。
「なんでしょう」
「今日もがんばってポーション作成して偉いね~」
「新手のいじめならやめてほしいんですけど」
「違うよっ、今どこにいじめ要素があった? 俺褒めたよね?!」
「⋯⋯前科が」
 ダリオの口は重くなる。やたら褒められたと思ったら、マジック・アイテムの調整などで実験台のような酷い目に遭わされたことが何度かあるダリオだ。
「そんなこともあったかもしれないけど、今度は違うから! いつも真面目に働いてくれるダリオ君にプレゼントだよ!」
「あの、寝ている間に平行世界に飛ばされて条件満たさないと帰れないとかそういうのはやめてほしいです」
「そういうのじゃないから! ていうか、ダリオ君、毎回俺に酷い目に遭わされてるのによくアルバイトに来るよね」
 急に真顔になる店主に、ダリオも我ながら確かにそうだなと思った。
「まあ、死なない程度のあれなんで」
「俺が言うのもなんだけど、もっと自分を大事にしたら?」
「こんなにお前が言うな案件他にあります?」
「ないかも⋯⋯じゃなくて、ふつうのプレゼントだから! これ、旅館のペア無料チケット! ほんとうは俺が行きたかったんだけど、ちょっとゴタゴタしてて行けそうになくてさー。ダリオ君にあげるから、テオドール君と一緒に行ってきなよ。ついでに俺の株をあげるように恩をしっかりテオドール君に売っといて」
「よくわかんないですけど、いいんですか? 別に期限は⋯⋯あるな。今週末まで⋯⋯」
 押し付けられたチケットを、じっと見つめると、ヘルムートはひらひら手を振った。
「今週末過ぎたらただの紙切れだよ。もったいないじゃん。まあ、俺からの慰謝料だと思ってさ」
 ダリオに毎度精神的苦痛を与えた慰謝料代わりということらしい。それ言い出したら首が回らなくなるやつでは、とダリオは思ったが、ありがたくいただくことにした。
「ありがとうございます」
 ヘルムートはやることなすことクズなのだが、なんとなく憎めないのはこういうところだよな⋯⋯とダリオはクズ耐性がまた高くなるのだった。


 
 帰宅してから、テオドールにヘルムートからもらったチケットを見せた。
「ああ、あの男ですか⋯⋯」
 テオドールは少し考えて、長い睫毛の影を目元に落とし、憂いを込めてこう言った。
「僕は、あの男はできたら殺した方がいいと思うんですが⋯⋯」
「殊勝な感じで言っても、賛成しねーからな」
「残念ですが、またの機会にとっておきます」
 何回提案してもダリオが賛成することはないのだが、テオドールはヘルムートの話が出るとたいてい一度は殺害を提案してくる。
 そんな今日の天気みたいに気軽に提案しないでほしいし、もういい加減諦めてほしい。
 テオドールはどうも、千回チャレンジしたら、一回くらいは通るだろうと思っている節がある。
 基本的に前向きなのだ。方向性はともかく。
「ヘルムートさんの暗殺より、こっちの旅館無料ペアチケットの生産的な話をしよう」
 仕切り直しだ。
「ほら、Kasumi no Kura(霞の蔵)だってさ。ホームページはこれ」
 携帯フォンの画面をタップすると、青竹が動き、黒い高級感あふれる建物が姿を現す。

《月を溶かすような霞の静寂に身を鎮め、心をほどくための隠れ座。
 わずか八室、蔵に守られた和の余白と季(とき)をご堪能ください。》

「う、ちょっと俺には高級感過ぎるかも」
「そんなことはありません。お望みなら、ダリオさんには、島を貸し切りにしてヘリで移動する一泊一千万クラスの限定プランでもご用意します」
「はは、よくわかんない人外ジョークだな⋯⋯えっ、ジョークだよな?」
「ご用意いたしますか」
 涼やかで透徹とした声に、冗談の色はない。切れ長の美しい目に見つめられ、ダリオは携帯フォンを落としかける。とりあえず、丁寧に辞退した。テオドールが信者からの献上金をもとに投資でどれだけ私財を築いているのか怖くて聞けていないダリオだ。まだ俺たち法的に結婚してないから、関係ない。関係ないはずだよな?
「なんか逆に気が楽になったかもしれん。テオさえ都合がつくなら、一緒にこの旅館に泊まりに行かないか?」
「もちろんです。僕に断る理由はありません」
「よかった。楽しみだな。移動費だけなら、俺も出せそうだし。前、旅行に行ったの凄く楽しかった。またテオと行けるなんて、ヘルムートさんには感謝だなぁ」
「ダリオさん、僕も今度ダリオさんに旅行をプレゼントしたいです」
「えっ、あー、うん。そうだな」
 ダリオは、しまった、と内心しくじりを感じた。テオドールは本来、先ほどの一千万クラスではないが、ダリオに金銭的な世話もしたいのを抑えている。
「テオ、種族的に、《花》のお世話したいんだっけ。ごめんな、なんか色々俺のために我慢させてるよな⋯⋯ええと、ほどほどなやつだったら⋯⋯」
「よろしいのですか」
 顔を、ずい、と近づけられて、ダリオは若干ソファの背の方に引いた。
「う、うーん、今度二人で相談しながらはどうだろう」
「もちろんです。資料を準備しておきます」
 テオドールの声は、平坦なのにどこか弾んで聞こえた。
 そんなに嬉しいんだ⋯⋯とダリオは今更ながら驚かされる。
 なんにせよ、ヘルムートの宿泊券を喜んでおきながら、テオドールに駄目だというのはないだろう。
 あまり金銭的なことで頼りたくないダリオの気持ちを汲んで、テオドールは恐ろしいほど種族的な欲望を抑えてくれている。
 俺からも、譲って問題ないところは寄ってかないとな、と反省した。
 日々のことではなく、たまのイベントくらいなら、許容範囲のはずだ。
 ダリオは元々そんなに旅行に行ったことがないから、また飛行機に乗れるかもと思うとじわじわ嬉しさや、そんなものを受け取っていいのか微かな不安も湧いてくる。
 俺は、とにかく受け取るのが苦手なんだな⋯⋯と自己客観視もした。
 テオドールは与えたがっているのに、ダリオがずっと拒否している。
 それはお金だけのことではなくて。
 自分は両親に愛されなかったから、幸せになってはいけないんだとか、そういう悲劇的な考えもないのに、どこかで栓が詰まったみたいに、うまく受け取れないのだ。
 何かが、自分の回路を塞いでいる。
 でも、ダリオはどうしたらいいのかわからなかった。
 別にそれで困ったことなどなかったし、例え解決しなくても、きっと大きな問題もない。
 寿命を合わせたところで、今後もし、ひとりで生きていくようなことになっても、これまでのやり方で進んでいけるはずだ。
 テオドールが、ダリオを優しく愛してくれなければ、ずっと困りはしなかったのに。
 子どもの頃より幸せなはずなのに、考えもしなかった種類の悩みが、今のダリオには生じていた。
 そうして、二人は週末に向けて計画の擦り合わせをした後、いつもと変わらぬ日常を過ごした。
 きっと、楽しい週末になるはずだった。
 

 




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