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六 ラプンツェル殺人事件
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愛液が出るようになった。
何を言っているのか分からないと思うが、ダリオもわからない。気のせいだろうと目を逸らし反らししていたが、うすうす分かっていた。出ている。
そもそも、頬を舐められた時の衝撃もそうだったが、メンテナンスをすると言いだされて、それがキスまがいな……まあキスだな……どう考えても……というやつだった時点で、出ていた。ダリオは死んだ魚の目で回想した。
検証1 エヴァ報復事件・未遂(正確な回想描写でお送りします)
大学の食堂で、エヴァにテオドールを紹介してくれと頼まれた日のことだ。自宅に帰ると、テオドールがいたので、あの日、ダリオはさっさと用件を済ませることにした。先に話があると伝える。テオドールは快諾し、話をするセッティングまでしてきた。つまり、ひとりがけのものもあるのに、なぜかソファに二人横に並ぶ。至近距離で肩がくっつきそうだが、ダリオも慣れてきて、言及しない術を身に付けている。特につっこまず、淡々と学食で頼まれた話を通しておいた。
「頼まれてくれるか?」
一通り説明して尋ねると、テオドールが無反応なのに気づいた。
「あー、あんまり気が進まないか? 無理にというわけではないから、まあ仕方ないが」
エヴァはがっかりするかもしれない。顔には出さないもののダリオは内心そこそこ気落ちした。ダリオ自身はあまり認識していないが、自分とタイプの違うエヴァに対して、好感度が相変わらず高いのである。そのダリオをじっと無感動に見ていたテオドールが、「いえ」と首を横にふる。
「ダリオさんの頼みを断る道理はありません」
そして、ソファに片手をつくと、身をのり出し、不必要に圧し掛かって来た。
「おい」
ダリオが引くのをスルーし、そのまま無表情に顔を寄せ、首筋から耳元へと鼻先を近づける。
「ダリオさんから、人間の雌の異臭がします」
「はぁ?」
何を言い出したんだ、こいつは。ダリオの困惑をよそに、テオドールは疑問を口にした。
「……体液を付着させましたか?」
「体液って……」
エヴァのことか。失礼過ぎる表現にダリオは引きつるが、テオドールからすれば、全て異種族かつ、この世界のものは異臭なのかもしれない。真上から見下ろしてくるテオドールは、真顔に瞳孔が開いている。
「お会いしてもいいですが、上書きの許可をいただけますか」
「上書きって……」
「少し、舐めて噛むだけです」
ダリオは突如言語理解が不可能になった。しかし、エヴァの件を引き受けてもらうからには、こちらも何か譲歩せねばなるまい。犬に舐められるのと同じことだと思えば、いけるだろう。たぶん。
「あー、わかった。いいぞ」
そう言ったが早いか。
ダリオは、一瞬、自分がどういう状態にあるのか分からなくなった。テオドールは、唇を寄せ、赤い舌先を出して、ダリオの頬を舐めた。ただそれだけである。
通電したかと思うような凄まじい快感が、ダリオを射精直前まで追いつめた。テオドールの舌が次第と耳の付け根から首筋、そむけた項へと這い降りて、つーっとまた舐めあげていく。そのたびに、性器のつけ根から、針金で直接快楽の電流でも差し込まれたように、断続的に絶頂感にも似た感覚が突き抜けた。
濡れた舌先が首筋を這いくすぐり、唇を押し当てて、ぱくぱくと愛撫する。射精していないのかどうかもわからない。かろうじて、押しのけようとした手首を取られて、震える指先を赤い唇が咥える。舌が指の腹の指紋を擦るようにして、真珠色の歯で甘噛みされた瞬間。
ダリオは、がくがくと腰を上下させ、嵐の海に溺れまいとするように、もう片方の手でテオドールの肩にしがみついた。
射精の快感ではなく、下手したら女性器が自分に生じているのではないかとすら疑った。それは、体の奥から、ぎゅうううっ、と何か締めつけるような長く深い絶頂感だったからだ。
奥に何か官能の深い場所があり、そこが繰り返し収縮して波のように疼痛めいた快楽が押し寄せる。
不意に体温が離れた。
「確認できたので、満足しました。ありがとうございます」
「あ……は?」
あっさりとテオドールは元の状態に戻ると、
「では、お約束の通りに。お呼びいただければ、すぐに参ります」
そう言って、すうっと姿を消した。残されたダリオは、「この……クソ馬鹿っっ」と珍しく罵ってソファに突っ伏した。下着の中がぐちゃぐちゃで、気持ち悪いことこの上ない。こんな中途半端にあちこち触られて、放り出されるとは。
「ううっ」
前じゃない。後ろ。後ろだ。触られたわけでもないのに、ダリオはそこでの快感を覚えてしまった。触ったら終わりだという気がする。必死に耐えて、ダリオはどうにかシャワールームへとよろよろ入っていった。
◆◆◆
思い出してダリオは更に目が死んだ。
検証2 赤ずきん村の夜這い婚事件(正確な回想描写でお送りします)
人狼化したケティを元に戻した後だ。更にスカーレットの実家に一泊し、どうにかイーストシティの館へ帰宅したふたりである。テオドールから治療すると再度申し出があったのだが、ダリオは家にもどるまではいいと断った。さすがに、スカーレットの実家であのいかがわしい治療を受ける気にはなれなかったのだ。
治療はベッドで行われることになった。
手袋をテオドールが抜き取る。そのまま、美しい指先が、ダリオの頬を滑った。もうすでに、じんわりと気持ちがいい。
「と、いうか、顔は別に関係ないだろ」
今回は、わき腹を中心に腕、足、主にボディの部分である。
「そうは仰らず。治療方法を今回は新しいものにしたいと思いまして」
「新しいの?」
「はい。やはり、破壊よりも治療の方が精密なコントロールを要しますので」
「ああ、そんなこと言ってたな」
「ダリオさんは僕の『花』です。あなたの体のことは、僕の問題でもある」
「いや、俺の問題なんだが」
「メンテナンスの精度を高めるため、常に研鑽に努めるよう心がけております」
「そりゃどうも……」
「ダリオさん」
不意に、空気の密度が増した気がした。
「ん」
唇に、テオドールの親指が、ふに、と触れる。そのまま、優しく皮膚の薄いところをなぞるように往復され、ダリオは知らずテオドールの指の腹の感覚を、神経を集中して追ってしまう。やがて指が離れていくと、強烈な喪失感に苛まれた。
「ダリオさん」
顔が寄せられる。高い鼻梁がダリオの鼻先と擦れ、吐息が唇に触れた。次にどうなるのかは分かっていたが、避けなかった。確かめるように、テオドールが「いいですか?」ともう一度聞いて、「うん」とダリオは言葉少なに合意する。こういうところ、と頭のどこかでレバーが、ごとん、とまた落ちる音を聞いた。こういうところだ。本当、もう、だめだろ……と顔を覆いたくなる。こんな風にされたら、化け物だとかどうとか、線引きできなくなる。お前、もう、本当だめだろ、それ……半ば降参するような気持ちになってしまう。あ、と声が出たかも不明だ。
後頭部を抱えられ、覆いかぶさるようにして圧し掛かられる。そのまま、呼吸ごと奪うように唇を重ねられた。ダリオの体が跳ねる。前回が嵐の海なら、今回はなんだ。優しく重ねられているだけなのに、それはもう貪り食われる蹂躙に他ならなかった。合わせた唇のあわいを、慈しむようにゆっくりとテオドールのそれが少しずつ角度を変えながら愛撫する。
声が出ているのかもわからなかったが、ダリオにしてみれば「あ、あっ」である。
唇で愛撫されるつど、絶頂している。
一度離れ、また深く重ねられる。「あああっ」とダリオは感電したよう胸が反り、凄まじい快感が突き抜けて、腰が浮き上がった。初回は快感よりも抵抗が大きく、受け入れがたかったが、今はテオドールに身を任せて安心するくらいで、もうダメなやつそのものだ。
低い、鼻にかかるような熱を帯びた吐息。それがテオドールのものだと頭が理解した瞬間、快感が弾けた。ぞくぞくぞくっ、と項から背中、背中から臀部に電流のような寒気が走り抜ける。甘えるような鼻声を出し、ダリオはずるずると力が抜けてしまった。気づけば、背中をシーツに預けている。
そのまま、テオドールが深く唇を重ねてきて、ダリオは両足を彼の腰に絡めた。溺れまいとするように、大きな手で背中にしがみつく。やがて、唇の間を、テオドールの舌先が割って、中に入って来た。
射精したような気がする。
テオドールの舌は、ダリオのそれと絡ませるようにして動き、ダリオも自ら絡めるようにした。ちゅう、と舌先を吸われる。んんんっ、と自分でも聞いたことのないよじれた声が出た。ざらつく湿った感触に、敏感な舌先や舌の腹を擦られる。ダリオは甘い官能と、びりびりとするような行き場のない疼痛感に、目の前へ必死にしがみついた。ひっきりなしに快感を与えられ、頭も体もぐちゃぐちゃに翻弄される。たまらず、体を押し付けてしのごうとするが、駄目だ。腹の奥が、ぎゅうっと収縮して、辛い。どうしたらいいのか分からず身悶えた。
「ひぃっ、ん、は、ふ、んむ、ちゅ」
キスされているだけだ。
ダリオは脳内で専攻のタウ理論をそらんじ始めた。はよ終われ、これは治療! とイーストシティのマイナー宗教念仏を唱える。
「……お疲れ様でした」
テオドールがそっと唇を食むと、ダリオは快楽神経を優しくなぞられるようなそれを感じて、返事するまでに時間がかかった。
バスルームに行きたい。しかし足腰が、甘い感覚の余韻で使い物にならなかった。今回はテオドールも「では」と言って消えず、浴室に付き添ってくれたのは社会性向上の一端なのかもしれない。
とりあえず肩を借りて移動したが、そこまでだ。
じ、と視線を注がれ、もしかして衣服脱がしてぇのかな、とは思ったが、追い出した。あっさり引くのがテオドールの行き届いたところで、
「何かあればお呼びください」
と姿を消した。その無感動な顔からは何も読み取れない。
ダリオはのろのろとバスルームへ入って行った。
◆◆◆
「ううっ」
回想は終わり、ダリオは心が死んだ。
どう考えてもあの時点で愛液は出ていた。更に言うなら、かなり初期から割とダリオの方はテオドールが好きだった。でないとこんなことするわけがない。
いくら怪異産とはいえ、生まれたばかりの一歳児に手ぇ出すとか、ダリオの倫理観が死ぬから必死に目を逸らして留めていただけである。
いや、やっぱりまずいんじゃねーのか。とかろうじて、ダリオは思った。
テオドールの情緒発達……特に性愛について、ダリオは信用がなかった。一歳児だぞ、一歳児未満! なし崩しに身体だけ関係を持つとか、畜生じゃねえか、無理無理無理!
「……ダリオさん、何かご懸念がありますか?」
懸念だらけだろ、馬鹿野郎。ダリオはそう思ったので、包み隠さず自分の倫理的タブーについて開陳した。
「今更だけどな……お前一歳児未満だろ……」
テオドールは沈黙し、いつものように考えるポーズで口元に指をあてた。
「いえ、そういうわけでは」
「は? 初めて会った時、生まれたばっかりって言ってただろうが」
「この三次元世界に現界したのは初めてでしたが、多次元宇宙に思考が発生したのは、更に以前のことです。この次元の年月に換算しても、それなりに年数経過があったものかと」
「なんだつまり? この世界に現れたのは俺と会った時前後で、思考自体は結構前からできてたってことか?」
「平たく申し上げるとそうなります」
「……はよ言え……それを……」
俺の悩みは……一体……とダリオは額を抑えた。聞かなかった俺が悪い、とも思ってそれ以上言えない。
「ちなみに何歳……」
「まあそれなりに……換算すると、大体ダリオさん程度かと。とはいえ、少し誤差が……ダリオさんよりは年下になりますか。ああ、ダリオさんは僕が未成年だと思って躊躇されていらしたのですか」
「平たく言うとそうだな……」
「僕は人ではありませんし、すでに自立しています」
「そうだな……」
もうこれ以上精神攻撃しないでほしかった。
「では」
テオドールは無表情にずいと顔を寄せて来て、ダリオの様子を見ている。
「懸念事項のひとつは解決されたということで、もうひとつの方を。ダリオさん、ご自身の体の様子に違和感があるのではないですか?」
「めちゃくちゃあるね……」
愛液が出るとか……あるね……とダリオは更に目が死んでいく。
「分かりました。僕に診させていただけませんか? 医師の診察のようなものです。僕由来の異変と思いますので、少し確認させていただきたい。決して無理はしません、嫌なことがあればすぐ止めます」
「うん……」
ダリオはしぶしぶと恐る恐るの中間くらいに、やや引き気味のテンションで同意した。
そうして、指を入れられただけなのだが、我ながらどうなんだそれ、というレベルに感じ過ぎて息も絶え絶えに診察されたのである。そして、やはり体内の内側から愛液のようなものがとろとろと溢れてきて、テオドールの指を濡らした。引き抜いた指にしっかりと粘液の糸を引くそれを、二本の指を開閉しながら、
「……なるほど」
やはり、僕の影響ですね、とテオドールは言っていたが、これどんな辱めだよ、とダリオは顔面を覆った。同時に、もうその頃には意識がだいぶ混濁していて、その後記憶がない。
何を言っているのか分からないと思うが、ダリオもわからない。気のせいだろうと目を逸らし反らししていたが、うすうす分かっていた。出ている。
そもそも、頬を舐められた時の衝撃もそうだったが、メンテナンスをすると言いだされて、それがキスまがいな……まあキスだな……どう考えても……というやつだった時点で、出ていた。ダリオは死んだ魚の目で回想した。
検証1 エヴァ報復事件・未遂(正確な回想描写でお送りします)
大学の食堂で、エヴァにテオドールを紹介してくれと頼まれた日のことだ。自宅に帰ると、テオドールがいたので、あの日、ダリオはさっさと用件を済ませることにした。先に話があると伝える。テオドールは快諾し、話をするセッティングまでしてきた。つまり、ひとりがけのものもあるのに、なぜかソファに二人横に並ぶ。至近距離で肩がくっつきそうだが、ダリオも慣れてきて、言及しない術を身に付けている。特につっこまず、淡々と学食で頼まれた話を通しておいた。
「頼まれてくれるか?」
一通り説明して尋ねると、テオドールが無反応なのに気づいた。
「あー、あんまり気が進まないか? 無理にというわけではないから、まあ仕方ないが」
エヴァはがっかりするかもしれない。顔には出さないもののダリオは内心そこそこ気落ちした。ダリオ自身はあまり認識していないが、自分とタイプの違うエヴァに対して、好感度が相変わらず高いのである。そのダリオをじっと無感動に見ていたテオドールが、「いえ」と首を横にふる。
「ダリオさんの頼みを断る道理はありません」
そして、ソファに片手をつくと、身をのり出し、不必要に圧し掛かって来た。
「おい」
ダリオが引くのをスルーし、そのまま無表情に顔を寄せ、首筋から耳元へと鼻先を近づける。
「ダリオさんから、人間の雌の異臭がします」
「はぁ?」
何を言い出したんだ、こいつは。ダリオの困惑をよそに、テオドールは疑問を口にした。
「……体液を付着させましたか?」
「体液って……」
エヴァのことか。失礼過ぎる表現にダリオは引きつるが、テオドールからすれば、全て異種族かつ、この世界のものは異臭なのかもしれない。真上から見下ろしてくるテオドールは、真顔に瞳孔が開いている。
「お会いしてもいいですが、上書きの許可をいただけますか」
「上書きって……」
「少し、舐めて噛むだけです」
ダリオは突如言語理解が不可能になった。しかし、エヴァの件を引き受けてもらうからには、こちらも何か譲歩せねばなるまい。犬に舐められるのと同じことだと思えば、いけるだろう。たぶん。
「あー、わかった。いいぞ」
そう言ったが早いか。
ダリオは、一瞬、自分がどういう状態にあるのか分からなくなった。テオドールは、唇を寄せ、赤い舌先を出して、ダリオの頬を舐めた。ただそれだけである。
通電したかと思うような凄まじい快感が、ダリオを射精直前まで追いつめた。テオドールの舌が次第と耳の付け根から首筋、そむけた項へと這い降りて、つーっとまた舐めあげていく。そのたびに、性器のつけ根から、針金で直接快楽の電流でも差し込まれたように、断続的に絶頂感にも似た感覚が突き抜けた。
濡れた舌先が首筋を這いくすぐり、唇を押し当てて、ぱくぱくと愛撫する。射精していないのかどうかもわからない。かろうじて、押しのけようとした手首を取られて、震える指先を赤い唇が咥える。舌が指の腹の指紋を擦るようにして、真珠色の歯で甘噛みされた瞬間。
ダリオは、がくがくと腰を上下させ、嵐の海に溺れまいとするように、もう片方の手でテオドールの肩にしがみついた。
射精の快感ではなく、下手したら女性器が自分に生じているのではないかとすら疑った。それは、体の奥から、ぎゅうううっ、と何か締めつけるような長く深い絶頂感だったからだ。
奥に何か官能の深い場所があり、そこが繰り返し収縮して波のように疼痛めいた快楽が押し寄せる。
不意に体温が離れた。
「確認できたので、満足しました。ありがとうございます」
「あ……は?」
あっさりとテオドールは元の状態に戻ると、
「では、お約束の通りに。お呼びいただければ、すぐに参ります」
そう言って、すうっと姿を消した。残されたダリオは、「この……クソ馬鹿っっ」と珍しく罵ってソファに突っ伏した。下着の中がぐちゃぐちゃで、気持ち悪いことこの上ない。こんな中途半端にあちこち触られて、放り出されるとは。
「ううっ」
前じゃない。後ろ。後ろだ。触られたわけでもないのに、ダリオはそこでの快感を覚えてしまった。触ったら終わりだという気がする。必死に耐えて、ダリオはどうにかシャワールームへとよろよろ入っていった。
◆◆◆
思い出してダリオは更に目が死んだ。
検証2 赤ずきん村の夜這い婚事件(正確な回想描写でお送りします)
人狼化したケティを元に戻した後だ。更にスカーレットの実家に一泊し、どうにかイーストシティの館へ帰宅したふたりである。テオドールから治療すると再度申し出があったのだが、ダリオは家にもどるまではいいと断った。さすがに、スカーレットの実家であのいかがわしい治療を受ける気にはなれなかったのだ。
治療はベッドで行われることになった。
手袋をテオドールが抜き取る。そのまま、美しい指先が、ダリオの頬を滑った。もうすでに、じんわりと気持ちがいい。
「と、いうか、顔は別に関係ないだろ」
今回は、わき腹を中心に腕、足、主にボディの部分である。
「そうは仰らず。治療方法を今回は新しいものにしたいと思いまして」
「新しいの?」
「はい。やはり、破壊よりも治療の方が精密なコントロールを要しますので」
「ああ、そんなこと言ってたな」
「ダリオさんは僕の『花』です。あなたの体のことは、僕の問題でもある」
「いや、俺の問題なんだが」
「メンテナンスの精度を高めるため、常に研鑽に努めるよう心がけております」
「そりゃどうも……」
「ダリオさん」
不意に、空気の密度が増した気がした。
「ん」
唇に、テオドールの親指が、ふに、と触れる。そのまま、優しく皮膚の薄いところをなぞるように往復され、ダリオは知らずテオドールの指の腹の感覚を、神経を集中して追ってしまう。やがて指が離れていくと、強烈な喪失感に苛まれた。
「ダリオさん」
顔が寄せられる。高い鼻梁がダリオの鼻先と擦れ、吐息が唇に触れた。次にどうなるのかは分かっていたが、避けなかった。確かめるように、テオドールが「いいですか?」ともう一度聞いて、「うん」とダリオは言葉少なに合意する。こういうところ、と頭のどこかでレバーが、ごとん、とまた落ちる音を聞いた。こういうところだ。本当、もう、だめだろ……と顔を覆いたくなる。こんな風にされたら、化け物だとかどうとか、線引きできなくなる。お前、もう、本当だめだろ、それ……半ば降参するような気持ちになってしまう。あ、と声が出たかも不明だ。
後頭部を抱えられ、覆いかぶさるようにして圧し掛かられる。そのまま、呼吸ごと奪うように唇を重ねられた。ダリオの体が跳ねる。前回が嵐の海なら、今回はなんだ。優しく重ねられているだけなのに、それはもう貪り食われる蹂躙に他ならなかった。合わせた唇のあわいを、慈しむようにゆっくりとテオドールのそれが少しずつ角度を変えながら愛撫する。
声が出ているのかもわからなかったが、ダリオにしてみれば「あ、あっ」である。
唇で愛撫されるつど、絶頂している。
一度離れ、また深く重ねられる。「あああっ」とダリオは感電したよう胸が反り、凄まじい快感が突き抜けて、腰が浮き上がった。初回は快感よりも抵抗が大きく、受け入れがたかったが、今はテオドールに身を任せて安心するくらいで、もうダメなやつそのものだ。
低い、鼻にかかるような熱を帯びた吐息。それがテオドールのものだと頭が理解した瞬間、快感が弾けた。ぞくぞくぞくっ、と項から背中、背中から臀部に電流のような寒気が走り抜ける。甘えるような鼻声を出し、ダリオはずるずると力が抜けてしまった。気づけば、背中をシーツに預けている。
そのまま、テオドールが深く唇を重ねてきて、ダリオは両足を彼の腰に絡めた。溺れまいとするように、大きな手で背中にしがみつく。やがて、唇の間を、テオドールの舌先が割って、中に入って来た。
射精したような気がする。
テオドールの舌は、ダリオのそれと絡ませるようにして動き、ダリオも自ら絡めるようにした。ちゅう、と舌先を吸われる。んんんっ、と自分でも聞いたことのないよじれた声が出た。ざらつく湿った感触に、敏感な舌先や舌の腹を擦られる。ダリオは甘い官能と、びりびりとするような行き場のない疼痛感に、目の前へ必死にしがみついた。ひっきりなしに快感を与えられ、頭も体もぐちゃぐちゃに翻弄される。たまらず、体を押し付けてしのごうとするが、駄目だ。腹の奥が、ぎゅうっと収縮して、辛い。どうしたらいいのか分からず身悶えた。
「ひぃっ、ん、は、ふ、んむ、ちゅ」
キスされているだけだ。
ダリオは脳内で専攻のタウ理論をそらんじ始めた。はよ終われ、これは治療! とイーストシティのマイナー宗教念仏を唱える。
「……お疲れ様でした」
テオドールがそっと唇を食むと、ダリオは快楽神経を優しくなぞられるようなそれを感じて、返事するまでに時間がかかった。
バスルームに行きたい。しかし足腰が、甘い感覚の余韻で使い物にならなかった。今回はテオドールも「では」と言って消えず、浴室に付き添ってくれたのは社会性向上の一端なのかもしれない。
とりあえず肩を借りて移動したが、そこまでだ。
じ、と視線を注がれ、もしかして衣服脱がしてぇのかな、とは思ったが、追い出した。あっさり引くのがテオドールの行き届いたところで、
「何かあればお呼びください」
と姿を消した。その無感動な顔からは何も読み取れない。
ダリオはのろのろとバスルームへ入って行った。
◆◆◆
「ううっ」
回想は終わり、ダリオは心が死んだ。
どう考えてもあの時点で愛液は出ていた。更に言うなら、かなり初期から割とダリオの方はテオドールが好きだった。でないとこんなことするわけがない。
いくら怪異産とはいえ、生まれたばかりの一歳児に手ぇ出すとか、ダリオの倫理観が死ぬから必死に目を逸らして留めていただけである。
いや、やっぱりまずいんじゃねーのか。とかろうじて、ダリオは思った。
テオドールの情緒発達……特に性愛について、ダリオは信用がなかった。一歳児だぞ、一歳児未満! なし崩しに身体だけ関係を持つとか、畜生じゃねえか、無理無理無理!
「……ダリオさん、何かご懸念がありますか?」
懸念だらけだろ、馬鹿野郎。ダリオはそう思ったので、包み隠さず自分の倫理的タブーについて開陳した。
「今更だけどな……お前一歳児未満だろ……」
テオドールは沈黙し、いつものように考えるポーズで口元に指をあてた。
「いえ、そういうわけでは」
「は? 初めて会った時、生まれたばっかりって言ってただろうが」
「この三次元世界に現界したのは初めてでしたが、多次元宇宙に思考が発生したのは、更に以前のことです。この次元の年月に換算しても、それなりに年数経過があったものかと」
「なんだつまり? この世界に現れたのは俺と会った時前後で、思考自体は結構前からできてたってことか?」
「平たく申し上げるとそうなります」
「……はよ言え……それを……」
俺の悩みは……一体……とダリオは額を抑えた。聞かなかった俺が悪い、とも思ってそれ以上言えない。
「ちなみに何歳……」
「まあそれなりに……換算すると、大体ダリオさん程度かと。とはいえ、少し誤差が……ダリオさんよりは年下になりますか。ああ、ダリオさんは僕が未成年だと思って躊躇されていらしたのですか」
「平たく言うとそうだな……」
「僕は人ではありませんし、すでに自立しています」
「そうだな……」
もうこれ以上精神攻撃しないでほしかった。
「では」
テオドールは無表情にずいと顔を寄せて来て、ダリオの様子を見ている。
「懸念事項のひとつは解決されたということで、もうひとつの方を。ダリオさん、ご自身の体の様子に違和感があるのではないですか?」
「めちゃくちゃあるね……」
愛液が出るとか……あるね……とダリオは更に目が死んでいく。
「分かりました。僕に診させていただけませんか? 医師の診察のようなものです。僕由来の異変と思いますので、少し確認させていただきたい。決して無理はしません、嫌なことがあればすぐ止めます」
「うん……」
ダリオはしぶしぶと恐る恐るの中間くらいに、やや引き気味のテンションで同意した。
そうして、指を入れられただけなのだが、我ながらどうなんだそれ、というレベルに感じ過ぎて息も絶え絶えに診察されたのである。そして、やはり体内の内側から愛液のようなものがとろとろと溢れてきて、テオドールの指を濡らした。引き抜いた指にしっかりと粘液の糸を引くそれを、二本の指を開閉しながら、
「……なるほど」
やはり、僕の影響ですね、とテオドールは言っていたが、これどんな辱めだよ、とダリオは顔面を覆った。同時に、もうその頃には意識がだいぶ混濁していて、その後記憶がない。
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新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。
風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。
何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。
拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。
年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。
これはまだ、恋になる“少し前”の物語。
関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。
(5月14日より連載開始)
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