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七 平行世界から、ラブラブな俺たちがやって来たので、人外は「……」ともの言いたげにこちらを凝視している事件
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ダリオが話を切り出してから数日である。
テオドールは方法を考えますと言ってから姿を現していない。あとから、そういえば俺テオドールのニーズ聞いてなかったな、とダリオは反省していたので、次に顔を合わせたら聞こうと思っていた。
なので、突然、館の奥——生活している領域以外に、どうにもまだ奥行きがあり、ダリオが探索していないような方向――から、テオドールが普通に現れ、虚を突かれた。
常のとおり、献上されたらしいハイブランドスーツを着用し、生後一年以内の仔羊の皮を使用した黒い手袋をはめている。足元は、オックスフォードタイプ・フォーマルシューズ。工房名『VANP』の皮刻印とともにスリムな佇まいのエレガントさをただよわせ、エナメル加工されたブラックパテントレザーの蕩けるような光沢感が、美しいシルエットを引き立てている。贈った者が『わかりすぎている』ので、とてつもない執着を感じる。なので、ダリオは贈り主についてあれこれ尋ねたことはない。歩いているだけで受け取ってくれ、さもなくば私も死ぬと縋られ、ダリオに騒ぎを起こさぬよう言われていたので受け取ったと以前聞いたことがあるが、もうそれでその他詳細を聞くのを止めた。
いつもどおりといえばいつもどおりだが、初めに覚えたのは、全体に違和感である。
テオドールの方も、ダリオを見て、真顔にもまるで臓器まで見通すようなガラス玉めいた目を向けて来た。
それでダリオにも分かった。
「……誰だ?」
テオドールだが、テオドールではない。説明しづらいが、直観的にダリオはそう判断した。テオドールの形をした相手も、少し首を傾げるようにして思案するポーズとなり、
「おい」
背後からの声に、開きかけた口を閉じて、改めてこう言ったのだ。
「ダリオさん」
廊下の奥から現れたのは、ダリオ自身だった。
館の未探索領域から、テオドールともうひとりのダリオが現れたのだ。
ダリオが驚いたとほとんど同時に、目の前の空間がべろり、と生皮を剥ぐように裂けた。
テオドールだ。こっちは先日から姿を現さなかった方のテオドールで、いつもの無表情にも、どこかピリピリとした緊張感を漂わせ、ダリオの前に出現したのだった。
小さな光が三回ほどまたたいただろうか。
向こうのテオドールが……もう仮に偽テオドールとするが、その偽テオドールがパチンと空中に指を鳴らした。
「——ッ」
テオドールが不可視の攻撃を受けたように、ぐうっとうめき、鳩尾を抑える。ダリオはテオドールが他者から加害される場面など想像もつかなかったから、文字通り絶句した。
「やめろ!」
何の意味もないのは承知で前に出て庇おうとしたのを、テオドールが遮るよう黒皮手袋の手で制止する。
「ダリオさん、前に出ないでください。攻撃が防げません」
「そもそも防げていないのでは?」
偽テオドールが指摘した。
「……」
テオドールは表情を変えないが、厳しい顔つきであるように見えた。緊迫する空気を破ったのは、もう一人のダリオである。
「おい、弱い者いじめするのは止めろ」
「ダリオさん、しかし先に攻撃してきたのは先方ですが」
「うるせえ。わかってて遊んだくせに、弱い者いじめが口ごたえすんな」
「しかしダリオさん、僕は先に攻撃されました。四次元以上から三回こちらをなます切りしようと先制攻撃をしかけてきたのです。当然ながら僕はお返しに、重要な器官をいくつか破壊してやりましたので、褒められてしかるべきでは?」
「なんでそれで褒められると思ったんだよお前……と、そっち呆然としてるな。すまん、俺たちはたぶん? パラレルワールドの君たちだ。だよな、テオ?」
「はい」
偽テオドールが頷き、もう一人のダリオは嘆息すると、
「あっちのお前がやばそうだから、元に戻すの手伝ってやれ」
「嫌です」
にべもなく、偽テオドールは断っていた。
とにかくこの二人のやりとりに、ダリオは呆然とするばかりだ。ひとまず、こちらのテオドールに「だいじょうぶか?」と後ろから声をかける。
「はい。あちらがやり取りしている間に、損傷を取り急ぎ、問題ないレベルまで修復をかけました」
声は平たんとしているが、やはりピリピリと緊張しているのが伝わって来た。
テオドールが自分より強い存在に邂逅したのは、恐らくこれが初めてのことなのではないだろうか。彼の緊張は、強者に対峙しているからというより、別の理由からのように思えて、ダリオは違和を覚えたが、はっきりする前に向こうのダリオが提案してきた。
「立ってるのもなんだし、応接室使わせてもらっていいか?」
「ああ。かまわないが、ええと、俺? そっちのテオドールは大丈夫なのか?」
「おう。テオ、お前また弱い者いじめしたら、当分口きかねえからな」
「……ダリオさんこそ、弱い者いじめが過ぎるのでは?」
「誰が弱いもんだよ。寝言は寝て言え。それで、わかったのか?」
「非常に嫌ですが、承知しました」
仲がいいのか悪いのかわからない。いや、たぶん仲いいな、こいつら……とダリオは思った。親しい仲でも遠慮が全然ないのは、関係破綻につながりやすいが、テオドールの方もはっきり嫌なことを意思表示しているし、一方的な関係ではないらしい。
応接間で、それぞれのペア同士真向かいに座ると、先に口を開いたのは先方のダリオだった。
「俺もダリオ、君もダリオ、そっちもテオ、こっちもテオでややこしいから、最初にあだ名つけてもいいかな」
「そうだな」
「とりあえず、俺はうーん、まあ……」
向こうのダリオが悩んでいると、同じく向こうのテオドールが助言した。
「『人妻』でよろしいのでは?」
「お前な……まあいいか。人妻で」
いいのか。
「弱い者いじめしたこっちのテオは、『弱い者いじめ』でいい気もするが、感じ悪すぎるし、『脱皮』でいいか」
「そうですね。そちらの僕はまだ『脱皮』していないようですので、区別するのに僕は『脱皮』でいいかと思います」
こちらもいいらしい。
「もう一人の俺は、『未婚』と『処女』と『片思い』どれがいい?」
どれも酷いが、一番マシに思えるチョイスをダリオは自己申告した。
「……『未婚』で……」
『脱皮』とあだなをつけられた向こうのテオドールが更に告げる。
「僕が『脱皮』なので、そちらの僕は『ベイビー』あたりでよろしいかと」
「それでけっこうです」
こちらのテオドールが無感動に了承し、向こうのペアは、『人妻』ダリオ、『脱皮』テオドール、こちらのペアは『未婚』ダリオ、『ベイビー』テオドールとなった。
『人妻』が言う。
「まあ結論からいって、多分俺たちすぐ消えると思うんで、あんまり警戒しなくていいと思うぞ。たぶん、『ベイビー』のテオが、なんか実験してた影響で、パラレルワールドが一時的にゲートつながっただけって『脱皮』のテオが言ってたからな」
「あー……テオ、お前もしかして前言った『方法を考える』ってやつやってくれてた影響か?」
『ベイビー』のテオにダリオが尋ねると、彼は頷いた。
「僕の体液を人間が抽出物をそのまま摂取しても問題ないように加工をする過程で、次元に少しばかり穴があいたようです」
「ああそう……スケールでかいな……わかった。自然解決すると思っていいんだな?」
「先方の『脱皮』の僕の見立てで相違ないかと」
「そうか、わかった」
ふたりでやり取りしていると、向こうの『人妻』ダリオが不思議そうに尋ねてきた。
「なんか君たち、ぎこちないな」
ダリオは言葉につまった。『人妻』ダリオは、まあそうか、とひとりで納得している。
「そっちの『ベイビー』は、まだ脱皮してねえんだもんな。そんなもんか」
「その、脱皮っていうのは?」
「うーん、ポ〇モン進化みたいなもんだな。今でも十分強いと思うけど、もっと強くなるぞ。がんばれ」
『人妻』ダリオの言葉に、こちらの『ベイビー』テオドールが硬い声で遮った。
「その件は――」
「あ、悪い。そうだな、センシティブな話だし、君たちでその内話し合ってくれ。まあ話し合わなくてもいいし、すまん、余計なこと言ったな」
「いえ……」
『ベイビー』呼ばわりされているテオドールは淡々と応じたが、やはり緊張しているように見えた。しかも、先方の『人妻』や『脱皮』に対してというより――ダリオに対して緊張しているような――
一方、『人妻』はまじまじとダリオの顔を見てくる。
「なにか?」
「いや、なんか――パラレルワールドなだけあって、俺とは多少性格違うんだなと」
「それは感じるな。俺より『人妻』、君の方が、けっこうストレートな感じがする」
「『未婚』は、俺よりだいぶ真面目そうだな。そっちのテオ」
テオは、と『人妻』がしっかり『ベイビー』を個体認識するように見て言ったとたん、『脱皮』のテオが口をはさんだ。
「ダリオさん」
「お前どんだけ狭量なんだよ」
「ダリオさんのテオは僕だけのはずですので、あれは『ベイビー』でよろしいかと」
「支配者ムーブ引くんだが……まあ、そうか。お前らにとって名前大事だもんな。悪かった」
そう言って、『人妻』ダリオが『脱皮』テオドールの頭を撫でると、『脱皮』テオドールはその手首をとって、自分の方が手のひらに頭を押しつけた。そのまま『人妻』がナデナデと今度は両手で――
ダリオは――ドン引きレベルで絶句した。
え? なにこいつら? 何してんだ? 疑問符が脳内を埋め尽くす。
いきなりいちゃつきだした。しかも同じ顔なのでダメージが大きい。
うすうす感じていたが、『人妻』というのは、そういうことなのだろうか。
「……」
隣を見ると、テオドールが無の顔で、向こうの『人妻』ダリオと『脱皮』テオドールを見ている。
いや、無ではない。よく観察すると、猫が驚いた時みたいに、目がちょっと大きくなっているのだった。
ひとしきりいちゃついた後で、『人妻』と『脱皮』は彼らの言う通り、すーっと消えて行った。向こうの『人妻』ダリオが、わかったように「がんばれよ~」と手のひらを軽くひらりと振ったのを最後に、きらきらと粒子が舞って、痕跡はやがて消失する。
何があったわけではないが、すごく心的消耗が激しい場面に居合わせた感が強い。
びっくりしたな、とテオドールに声をかけようと思って、ダリオはそのまま固まった。
ものいいたげに、テオドールが「……」とダリオをどこか困惑する風に見下ろしている。
「どうした? やっぱりどこか調子悪いのか?」
「いえ……」
ふと、こちらのテオドールは向こうの『脱皮』テオドールより、言葉を飲み込むことが多いのだとダリオは気づいた。『ベイビー』というより、『我慢しい』ではないか。
向こうの『人妻』ダリオがストレートな物言いだった分、『脱皮』テオドールも言いたいことは言っていたように思う。
「テオ、言いたいことは言ってくれると嬉しい。俺が頼んだこと、負担になってるなら」
「いえ、違います」
そこはきっぱりとすぐに否定された。
「じゃあどうした? そういえば、俺の方ばかり要望伝えていたが、お前もなんか俺にニーズあるなら言ってくれ。可能な限りは対処努力する」
テオドールの沈黙は、長くはないが、短くもなかった。彼は無表情の中に、躊躇するようなそれをのぞかせ、最後小さな声でこう言った。
「僕は……ダリオさんを守れませんでした」
しばらくダリオはぽかんとして、それから不意に点が線につながった。向こうの『脱皮』テオドールにマウントを取られて悔しかったとか、そういうことではない。
「ええと、違ったらすまん、お前……怖かったのか?」
「……怖かった……そうですね、そうかもしれません。あちらの僕は、僕より格上でしたので。交戦に至った場合、勝率はゼロでした。先制攻撃するしか事実上手がないと思い、先に仕掛けましたが、判断ミスだったと思います」
「そうか」
ダリオは相槌を打つしかできなかった。ダリオ自身、先制攻撃したのは悪手だったのではないかと思っていたからだ。
「僕は――最悪、年月をかけて再生できないこともありません。しかし、ダリオさんは違います」
強張った声に、テオドールが『恐れた』内容を知る。
「判断ミスでした――すみません」
再度告げられたそれに、ダリオはテオドールの頭を引き寄せた。
「正直、俺も先制攻撃は悪手だったと思うけどな。まあでも、ありがとう。お前めちゃくちゃ緊張してただろ。俺が被害受けるかと思って、凄い気を配ってくれてたんだな」
本当にバカだよな、こいつ、とダリオは思った。攻撃を仕掛けたとはいえ、実際酷い目にあったのはテオドール自身である。ダリオは傷ひとつ負ってない。その上、向こうの『脱皮』がダリオを傷つけるとは思えなかった。
警戒のあまり、最悪を想定して先に唯一勝てる手を打ったわけだが、結果的に空回りした。けれども、かわいくて仕方なかった。ダリオが引き寄せたテオドールの頭を、後頭部の丸みを確かめるように五指を通して撫でると、青年はそのまま大人しくしている。
テオドールは珍しく目をつぶるようにして、小さくささやいた。
「少し――羨ましかったので、うれしいです」
どこかたどたどしい物言いは、意味をダリオの頭に浸透させるにつれて、青年の情緒レベルアップ音ファンファーレ幻聴を鳴り響かせた。
あと無理、かわいい。なんだこいつ、かわいい。好きだ。羨ましかったのか。それで、こっちもの言いたげに見てきて、黙ってたのか。咀嚼しきれてなかったのか、それとも、言いだせなかったのか。もうどれでもかわいい。
「そうか。羨ましかったのか」
「はい。羨ましかったです」
ロボットのようにおうむ返ししたダリオに、素直に今度は明言してくる。
「えーと、……今後も撫でようか?」
「はい、おねがいします」
なんかもう全部かわいいので、はやく情緒育ってくれ! とダリオは内心悶絶した。
テオドールは方法を考えますと言ってから姿を現していない。あとから、そういえば俺テオドールのニーズ聞いてなかったな、とダリオは反省していたので、次に顔を合わせたら聞こうと思っていた。
なので、突然、館の奥——生活している領域以外に、どうにもまだ奥行きがあり、ダリオが探索していないような方向――から、テオドールが普通に現れ、虚を突かれた。
常のとおり、献上されたらしいハイブランドスーツを着用し、生後一年以内の仔羊の皮を使用した黒い手袋をはめている。足元は、オックスフォードタイプ・フォーマルシューズ。工房名『VANP』の皮刻印とともにスリムな佇まいのエレガントさをただよわせ、エナメル加工されたブラックパテントレザーの蕩けるような光沢感が、美しいシルエットを引き立てている。贈った者が『わかりすぎている』ので、とてつもない執着を感じる。なので、ダリオは贈り主についてあれこれ尋ねたことはない。歩いているだけで受け取ってくれ、さもなくば私も死ぬと縋られ、ダリオに騒ぎを起こさぬよう言われていたので受け取ったと以前聞いたことがあるが、もうそれでその他詳細を聞くのを止めた。
いつもどおりといえばいつもどおりだが、初めに覚えたのは、全体に違和感である。
テオドールの方も、ダリオを見て、真顔にもまるで臓器まで見通すようなガラス玉めいた目を向けて来た。
それでダリオにも分かった。
「……誰だ?」
テオドールだが、テオドールではない。説明しづらいが、直観的にダリオはそう判断した。テオドールの形をした相手も、少し首を傾げるようにして思案するポーズとなり、
「おい」
背後からの声に、開きかけた口を閉じて、改めてこう言ったのだ。
「ダリオさん」
廊下の奥から現れたのは、ダリオ自身だった。
館の未探索領域から、テオドールともうひとりのダリオが現れたのだ。
ダリオが驚いたとほとんど同時に、目の前の空間がべろり、と生皮を剥ぐように裂けた。
テオドールだ。こっちは先日から姿を現さなかった方のテオドールで、いつもの無表情にも、どこかピリピリとした緊張感を漂わせ、ダリオの前に出現したのだった。
小さな光が三回ほどまたたいただろうか。
向こうのテオドールが……もう仮に偽テオドールとするが、その偽テオドールがパチンと空中に指を鳴らした。
「——ッ」
テオドールが不可視の攻撃を受けたように、ぐうっとうめき、鳩尾を抑える。ダリオはテオドールが他者から加害される場面など想像もつかなかったから、文字通り絶句した。
「やめろ!」
何の意味もないのは承知で前に出て庇おうとしたのを、テオドールが遮るよう黒皮手袋の手で制止する。
「ダリオさん、前に出ないでください。攻撃が防げません」
「そもそも防げていないのでは?」
偽テオドールが指摘した。
「……」
テオドールは表情を変えないが、厳しい顔つきであるように見えた。緊迫する空気を破ったのは、もう一人のダリオである。
「おい、弱い者いじめするのは止めろ」
「ダリオさん、しかし先に攻撃してきたのは先方ですが」
「うるせえ。わかってて遊んだくせに、弱い者いじめが口ごたえすんな」
「しかしダリオさん、僕は先に攻撃されました。四次元以上から三回こちらをなます切りしようと先制攻撃をしかけてきたのです。当然ながら僕はお返しに、重要な器官をいくつか破壊してやりましたので、褒められてしかるべきでは?」
「なんでそれで褒められると思ったんだよお前……と、そっち呆然としてるな。すまん、俺たちはたぶん? パラレルワールドの君たちだ。だよな、テオ?」
「はい」
偽テオドールが頷き、もう一人のダリオは嘆息すると、
「あっちのお前がやばそうだから、元に戻すの手伝ってやれ」
「嫌です」
にべもなく、偽テオドールは断っていた。
とにかくこの二人のやりとりに、ダリオは呆然とするばかりだ。ひとまず、こちらのテオドールに「だいじょうぶか?」と後ろから声をかける。
「はい。あちらがやり取りしている間に、損傷を取り急ぎ、問題ないレベルまで修復をかけました」
声は平たんとしているが、やはりピリピリと緊張しているのが伝わって来た。
テオドールが自分より強い存在に邂逅したのは、恐らくこれが初めてのことなのではないだろうか。彼の緊張は、強者に対峙しているからというより、別の理由からのように思えて、ダリオは違和を覚えたが、はっきりする前に向こうのダリオが提案してきた。
「立ってるのもなんだし、応接室使わせてもらっていいか?」
「ああ。かまわないが、ええと、俺? そっちのテオドールは大丈夫なのか?」
「おう。テオ、お前また弱い者いじめしたら、当分口きかねえからな」
「……ダリオさんこそ、弱い者いじめが過ぎるのでは?」
「誰が弱いもんだよ。寝言は寝て言え。それで、わかったのか?」
「非常に嫌ですが、承知しました」
仲がいいのか悪いのかわからない。いや、たぶん仲いいな、こいつら……とダリオは思った。親しい仲でも遠慮が全然ないのは、関係破綻につながりやすいが、テオドールの方もはっきり嫌なことを意思表示しているし、一方的な関係ではないらしい。
応接間で、それぞれのペア同士真向かいに座ると、先に口を開いたのは先方のダリオだった。
「俺もダリオ、君もダリオ、そっちもテオ、こっちもテオでややこしいから、最初にあだ名つけてもいいかな」
「そうだな」
「とりあえず、俺はうーん、まあ……」
向こうのダリオが悩んでいると、同じく向こうのテオドールが助言した。
「『人妻』でよろしいのでは?」
「お前な……まあいいか。人妻で」
いいのか。
「弱い者いじめしたこっちのテオは、『弱い者いじめ』でいい気もするが、感じ悪すぎるし、『脱皮』でいいか」
「そうですね。そちらの僕はまだ『脱皮』していないようですので、区別するのに僕は『脱皮』でいいかと思います」
こちらもいいらしい。
「もう一人の俺は、『未婚』と『処女』と『片思い』どれがいい?」
どれも酷いが、一番マシに思えるチョイスをダリオは自己申告した。
「……『未婚』で……」
『脱皮』とあだなをつけられた向こうのテオドールが更に告げる。
「僕が『脱皮』なので、そちらの僕は『ベイビー』あたりでよろしいかと」
「それでけっこうです」
こちらのテオドールが無感動に了承し、向こうのペアは、『人妻』ダリオ、『脱皮』テオドール、こちらのペアは『未婚』ダリオ、『ベイビー』テオドールとなった。
『人妻』が言う。
「まあ結論からいって、多分俺たちすぐ消えると思うんで、あんまり警戒しなくていいと思うぞ。たぶん、『ベイビー』のテオが、なんか実験してた影響で、パラレルワールドが一時的にゲートつながっただけって『脱皮』のテオが言ってたからな」
「あー……テオ、お前もしかして前言った『方法を考える』ってやつやってくれてた影響か?」
『ベイビー』のテオにダリオが尋ねると、彼は頷いた。
「僕の体液を人間が抽出物をそのまま摂取しても問題ないように加工をする過程で、次元に少しばかり穴があいたようです」
「ああそう……スケールでかいな……わかった。自然解決すると思っていいんだな?」
「先方の『脱皮』の僕の見立てで相違ないかと」
「そうか、わかった」
ふたりでやり取りしていると、向こうの『人妻』ダリオが不思議そうに尋ねてきた。
「なんか君たち、ぎこちないな」
ダリオは言葉につまった。『人妻』ダリオは、まあそうか、とひとりで納得している。
「そっちの『ベイビー』は、まだ脱皮してねえんだもんな。そんなもんか」
「その、脱皮っていうのは?」
「うーん、ポ〇モン進化みたいなもんだな。今でも十分強いと思うけど、もっと強くなるぞ。がんばれ」
『人妻』ダリオの言葉に、こちらの『ベイビー』テオドールが硬い声で遮った。
「その件は――」
「あ、悪い。そうだな、センシティブな話だし、君たちでその内話し合ってくれ。まあ話し合わなくてもいいし、すまん、余計なこと言ったな」
「いえ……」
『ベイビー』呼ばわりされているテオドールは淡々と応じたが、やはり緊張しているように見えた。しかも、先方の『人妻』や『脱皮』に対してというより――ダリオに対して緊張しているような――
一方、『人妻』はまじまじとダリオの顔を見てくる。
「なにか?」
「いや、なんか――パラレルワールドなだけあって、俺とは多少性格違うんだなと」
「それは感じるな。俺より『人妻』、君の方が、けっこうストレートな感じがする」
「『未婚』は、俺よりだいぶ真面目そうだな。そっちのテオ」
テオは、と『人妻』がしっかり『ベイビー』を個体認識するように見て言ったとたん、『脱皮』のテオが口をはさんだ。
「ダリオさん」
「お前どんだけ狭量なんだよ」
「ダリオさんのテオは僕だけのはずですので、あれは『ベイビー』でよろしいかと」
「支配者ムーブ引くんだが……まあ、そうか。お前らにとって名前大事だもんな。悪かった」
そう言って、『人妻』ダリオが『脱皮』テオドールの頭を撫でると、『脱皮』テオドールはその手首をとって、自分の方が手のひらに頭を押しつけた。そのまま『人妻』がナデナデと今度は両手で――
ダリオは――ドン引きレベルで絶句した。
え? なにこいつら? 何してんだ? 疑問符が脳内を埋め尽くす。
いきなりいちゃつきだした。しかも同じ顔なのでダメージが大きい。
うすうす感じていたが、『人妻』というのは、そういうことなのだろうか。
「……」
隣を見ると、テオドールが無の顔で、向こうの『人妻』ダリオと『脱皮』テオドールを見ている。
いや、無ではない。よく観察すると、猫が驚いた時みたいに、目がちょっと大きくなっているのだった。
ひとしきりいちゃついた後で、『人妻』と『脱皮』は彼らの言う通り、すーっと消えて行った。向こうの『人妻』ダリオが、わかったように「がんばれよ~」と手のひらを軽くひらりと振ったのを最後に、きらきらと粒子が舞って、痕跡はやがて消失する。
何があったわけではないが、すごく心的消耗が激しい場面に居合わせた感が強い。
びっくりしたな、とテオドールに声をかけようと思って、ダリオはそのまま固まった。
ものいいたげに、テオドールが「……」とダリオをどこか困惑する風に見下ろしている。
「どうした? やっぱりどこか調子悪いのか?」
「いえ……」
ふと、こちらのテオドールは向こうの『脱皮』テオドールより、言葉を飲み込むことが多いのだとダリオは気づいた。『ベイビー』というより、『我慢しい』ではないか。
向こうの『人妻』ダリオがストレートな物言いだった分、『脱皮』テオドールも言いたいことは言っていたように思う。
「テオ、言いたいことは言ってくれると嬉しい。俺が頼んだこと、負担になってるなら」
「いえ、違います」
そこはきっぱりとすぐに否定された。
「じゃあどうした? そういえば、俺の方ばかり要望伝えていたが、お前もなんか俺にニーズあるなら言ってくれ。可能な限りは対処努力する」
テオドールの沈黙は、長くはないが、短くもなかった。彼は無表情の中に、躊躇するようなそれをのぞかせ、最後小さな声でこう言った。
「僕は……ダリオさんを守れませんでした」
しばらくダリオはぽかんとして、それから不意に点が線につながった。向こうの『脱皮』テオドールにマウントを取られて悔しかったとか、そういうことではない。
「ええと、違ったらすまん、お前……怖かったのか?」
「……怖かった……そうですね、そうかもしれません。あちらの僕は、僕より格上でしたので。交戦に至った場合、勝率はゼロでした。先制攻撃するしか事実上手がないと思い、先に仕掛けましたが、判断ミスだったと思います」
「そうか」
ダリオは相槌を打つしかできなかった。ダリオ自身、先制攻撃したのは悪手だったのではないかと思っていたからだ。
「僕は――最悪、年月をかけて再生できないこともありません。しかし、ダリオさんは違います」
強張った声に、テオドールが『恐れた』内容を知る。
「判断ミスでした――すみません」
再度告げられたそれに、ダリオはテオドールの頭を引き寄せた。
「正直、俺も先制攻撃は悪手だったと思うけどな。まあでも、ありがとう。お前めちゃくちゃ緊張してただろ。俺が被害受けるかと思って、凄い気を配ってくれてたんだな」
本当にバカだよな、こいつ、とダリオは思った。攻撃を仕掛けたとはいえ、実際酷い目にあったのはテオドール自身である。ダリオは傷ひとつ負ってない。その上、向こうの『脱皮』がダリオを傷つけるとは思えなかった。
警戒のあまり、最悪を想定して先に唯一勝てる手を打ったわけだが、結果的に空回りした。けれども、かわいくて仕方なかった。ダリオが引き寄せたテオドールの頭を、後頭部の丸みを確かめるように五指を通して撫でると、青年はそのまま大人しくしている。
テオドールは珍しく目をつぶるようにして、小さくささやいた。
「少し――羨ましかったので、うれしいです」
どこかたどたどしい物言いは、意味をダリオの頭に浸透させるにつれて、青年の情緒レベルアップ音ファンファーレ幻聴を鳴り響かせた。
あと無理、かわいい。なんだこいつ、かわいい。好きだ。羨ましかったのか。それで、こっちもの言いたげに見てきて、黙ってたのか。咀嚼しきれてなかったのか、それとも、言いだせなかったのか。もうどれでもかわいい。
「そうか。羨ましかったのか」
「はい。羨ましかったです」
ロボットのようにおうむ返ししたダリオに、素直に今度は明言してくる。
「えーと、……今後も撫でようか?」
「はい、おねがいします」
なんかもう全部かわいいので、はやく情緒育ってくれ! とダリオは内心悶絶した。
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なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。
そして気づく。
「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」
煙草をくゆらせる仕草。
ネクタイを緩める無防備な姿。
そのたびに、陽翔の理性は削られていく。
「俺、もう待てないんで……」
ついに陽翔は榊を追い詰めるが――
「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」
攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。
じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。
【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】
主任補佐として、ちゃんとせなあかん──
そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。
春のすこし手前、まだ肌寒い季節。
新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。
風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。
何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。
拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。
年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。
これはまだ、恋になる“少し前”の物語。
関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。
(5月14日より連載開始)
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