俺の人生をめちゃくちゃにする人外サイコパス美形の魔性に、執着されています

フルーツ仙人

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番外 十二 キス拒否事件

2 テオドール君の合意確認編

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 マジックアイテムショップ・トリックスター、イーストシティ支店、カウンター前にて。
 経営者のヘルムートから、ダリオは謎に勧誘を受けまくっていた。『長生き』した場合の人間社会埋没お勧め術が身につく! 福利厚生充実! 裏方から実働現場まで職場で実践を通じて教育しますOJT! などと怪しいのかまともなのかグレーなアピールをされる。どこまで本気なのか分からないが、前向きに考えさせていただきますと返答したダリオである。
「本気だってばー!」
 本気らしい。
 話し合った結果、今後も一日単位インターンシップのような形で、いくつかの業務に入らせてもらうことになった。
 ヘルムートがいいことだけを言っているのでなければ、ダリオにとって彼の申し出は悪い話ではない。
 まだ、本当に『長生き』するのかどうかはわからなかった。しかし、色々自分でカードは持っておきたいというのがダリオの本音だ。
 というのも、これまで怪異事件に巻き込まれたり、テオドールと音信不通になったりするたびに、ダリオは右往左往するよりなく、このまま無策に放置するのを問題に感じていたためである。ダリオはダリオで怪異事件に対して自力でなんらかの対抗・救済手段を備えておくべきだと考えていたのだった。
 それに、口にするとヘルムートが調子にのって迷惑をかけてきそうなので言わないだけで、ダリオは割とトリックスターの仕事は嫌いではない。
 壺中の天事件には参ったが、逃亡呪文や育毛剤作りなどは、学んだことは誰にも奪うことができないと言われる通り、後にダリオを大変助けてくれた。自分の無力さを補う知恵や手段が身に付いていくのは、実際手応えがあって楽しく感じられていたのだ。
 こういう考えをヘルムートにはなんとなく見抜かれているような気はする。
(ヘルムートさんのところに就職するにせよしないにせよ、大学四年次(シニア)の後半、CPA試験を受ける。これは変わらない。卒業後は、ライセンス取得のために、実務三年積むつもりだったが、そこは相談させてもらうか……)
 東部州では、CPA資格ホルダーの下、一般事業会社の会計、もしくは会計周辺業務でも一~二年実務経験を積めばライセンス取得の要件を満たせる。
 いずれかの企業や政府系機関で数年勤務してキャリアアップで転職することも、今時珍しくはないし、柔軟に進路は考えておきたかった。
(まあ、どっちにでも行けるようにはしておこう。直近の人生だけじゃなくて、視野は広く持っておかないと、後から困ったことになりそうだしなあ)
 ただ、大学卒業後三年までにある程度堅実に稼げるようになっておきたい。ダリオは社会に出て三年を目途にテオドールと人間ルールで結婚予定なのである。ダリオとしては、約束したし、テオが楽しみにしてるし……と至極真面目に考えていた。
 最後に、ヘルムートは煙管の花曇りのような紫煙を吐きながら、珍しいことに年長者らしくこうアドバイスした。
「まー急ぐ必要もないんかもだけどさー、その内『長生き』についてはどーすんのか、支配者と話し合っておきなよね。ダリオ君の進路とか人生設計の土台になるんだからさ」
 さすがに、そうですね、とダリオも素直に頷いたのだった。


 ヘルムートの店を出ると、ネオン街だ。
 移動のため地下鉄に乗る。
 特に込み合う区間で、小柄な妊婦の女性が、スーツのおっさんに、車内の補助手すりへ無理やり腹部を押し付けられていた。
 女性は息がつまって声が出せないらしい。
 ダリオは背が高いので、上からやっていることが丸見えだ。ダリオは、「大丈夫ですか?!」と故意に大声を出した。これを呼び水に、次々に乗り合わせた客が「とんでもねぇ野郎だ」「鉄道警察につき出せ」などブーイングに発展する。
 このようないつものトラブルもあったが、二番目に声をかけてくれた中年女性が妊婦につきそってくれることになり、ダリオはほっとした。
 各自できることをする。ダリオは第一声を上げ、二番目に続いた女性に、他の乗客も味方をしてくれた。最後まで見届けられなかったが、ダリオは更に次の駅で降車する。
 そのままアルバイト先のクラブ・ラビットホールを梯子した。
 メイド服すがたで業務を終えると、ロッカールームで大学生がよく身につけるタイプのデザインより着心地優先なパーカーとジーンズに着替えた。今日はこれで上がりである。
 クラブを出て、ダリオが帰路につく際には、もう夜のとばりが空を覆い、おぼろ月が出ていた。桜の開花に合わせ、ここ数日はあたたかくなっている。しかし、さすがに夜は冷え込みがぶり返し、コートなしは早まったかもしれない。歩く内に体も温まるか、とダリオは黒のショルダーバッグを肩にかけた。
 道中のセントラルパークに差しかかると、夜気に浮き出すようにして、真っ白い桜が咲いている。闇の中を時折、白の花びらを散らせてくる光景は、深海に積もるマリンスノーのように、死と静けさで満ちていた。
 石畳を歩いていたダリオの足が止まる。前方に人影が見えた。
 雲の林に、常のハイブランドスーツを着た人間離れした美貌の青年が白い花の枝を見上げている。
 夜の闇に折り重なる花の下、表情もなく佇む青年はぞっとするほど美しかった。
 どうやら、テオドールが迎えに来てくれたらしい。
 カツン……。
 石畳に靴音がしたのは不思議なくらいだった。以前ダリオが足音もなく現れるなと言ったので、そのあたりを忠実に守っているようだ。ゆっくり歩いてきたテオドールは、そっとダリオの前に立つ。彼は開口一番にダリオのアルバイトの疲れをいたわると、
「ダリオさん、少しお花見しませんか」
 と言って来た。ダリオは目を見開き、そういえば昨晩半分寝ながらそんなこと言ったなあと思い出す。テオドールがしっかり覚えていて、彼の方から誘って来たのは驚きだった。テオドールは自分がやりたいことは結構口にしてくるが、ダリオに何かしようと誘うことは少ない。おそらく、ふたりの力の勾配から、かなり慎重になっているためだろう。
 見れば、街灯のあかりで、ぼう、と桜は浮き上がっている。
「いいな、ちょうどベンチもあるし」
 少し先に、自動販売機の静かな明かりも見えた。テオドールは不要というので、自分用の缶コーヒーを買うのにコインを投入する。携帯湯たんぽ代わりだ。そうして、ちょっと座っていこうか、とふたりして夜桜を見ることになったのである。
 また、テオドールはコートを腕にかけており、これはダリオ用だったらしい。断って肩にかけられると、思ったよりずっとあたたかい。
「ありがとう」
 日中なら人目もあるし、夜の花見でよかったかもとダリオは思った。
 缶コーヒーを飲み干すまでいようかと話して、特に喋ることもなく、身を寄せ合い、くっついていたわけだが、問題はここからだった。
 ダリオはテオドールの肩にもたれていたし、桜を見ながら時々話すので、お互いに顔が近い。テオドールと目が合う。情欲というものを感じさせない無感動なそれが、一度長いまつげを伏せ、次には感情の読み取りにくい闇色の目でダリオを見つめた。
「ダリオさん」
 誰もこんな風にダリオの名を呼びえない。テオドールだけが呼ぶことのできる声音で請われる。唇を合わせてもよいか、と囁かれ、ダリオは恐らく是と答えたのだろう。でなければ、テオドールはしない。夜の匂いをまとう青年が、ダリオを見つめている。テオドールの感情を読ませない瞳。テオドールと目が合う。柔らかな漆黒の髪が白皙の額にかかり、青年の切れ長の美しい両眼を覗かせていた。長いまつげが、この青年の目元に、青色の影を落とす。宝石を嵌め込んだような瞳は吸い込まれそうに深く、え、なんかすごい綺麗だな、テオってこんなだったか? とダリオは混乱した。無表情にも関わらず色香が壮絶で、よく知っているのに、見知らぬ人のようにも思える。この目の? テオドールと? キス? と脈拍が乱れ、汗が出てくるのを感じた。
 今更だが、そういえば人型テオドールとキスするの体感数か月ぶりだなと自覚する。
 今までどうやって、自然に唇を合わせていたのかわからない。体を寄せ合って頭を預けるのは平気だったのだが、キスは――ダリオは気づくと、缶コーヒーを左手に、右手の甲で自分の口をガードするよう間に差し込んでいた。つまり、手のひらでテオドールの唇を押し返していたのである。
「……」
 テオドールは目を見開き、黙って動きを止めた。この青年はダリオのNOに対して、無理やり力に任せて突破するようなことはしてこない。事前にYESと言っていようが、NOと意思表示すれば、優先はNOである。しかし実のところ、一番驚いたのはダリオだ。
「……? ? ?」
 反射的に手を差し込んでしまったので、なんでそうしたのか自分でもわからない。ダリオ自身がこんな風に拒否されたら説明がほしいところだし、そうしたいのだが、言葉が出てこなかった。
 テオドールも猫のように瞠目して、ダリオを上から、じ、と凝視している。お互いに「?」状態だった。ふたりはダリオの手のひらを介して、間抜けにも見つめ合う。耐えきれず、先に視線を外したのはダリオだ。
 なんだか、テオドールをいつもより大人っぽく感じる。その彼とキスしようとすると、長く目を合わせていられない。
 本当に今までどうやって自然と唇を合わせていたのかわからなかった。遅れて、心臓がすさまじく早鐘を打っているのに気づく。
 え、そういうことか? なんで? と更なる混乱がダリオを襲った。ガードされた手のひら越しに、テオドールが小さく囁く。
「……ダリオさん。嫌でしたか?」
「え、あ、いや。そういう……わけでは……?????」
 そういうわけでは、と視線をさ迷わせて言いながら、手のひらをどけることができない。耳の裏が熱くなってきた。
 よく考えると、メンテナンスと称してキスとは意識をあまりせずに当初からやって来た。なので、テオドールとキスするという葛藤は、生じる前に必要な手順だからと圧殺されてきた経緯がある。
 本当に今更ダリオは、キス!? テオドールと?!
 となってしまっていた。
 変な汗が出てきて、胸が苦しい。え、なんで今更本当にドキドキしてるんだと、ダリオは疑問符が乱舞する。
「テ、テオ……なんか、雰囲気かわっ……た……?」
 テオドールはしばし考え、首をかしげた。
「特には……ああ、脱皮が中途半端になっていたのを、先日完了しました」
 それじゃねーか?! とダリオは声もなく内心絶叫した。
 こもらずとも、ある程度終わっていたので、少しずつ進めていたらしい。
「う……なんか、ドキドキする……」
 ダリオは手を下ろし、正直に告白した。なんだろう、また好きになってしまったのか、俺は……と頭を抱えたい。
 テオドールは不思議そうだ。
「確かに多少本体も形態変化しましたが、そんなに違うでしょうか」
「本体の形態変わったのかよ。見たい……じゃなくて、それならかなり変わってるじゃねーか」
「ダリオさんは、僕が犬になろうがスライム状になろうが気にされないのに、妙なことで動揺されますね」
「知らねーけど、犬やスライムの表情はわからんが、人間形態だと些細な変化にも気づくもんなんだよ」
「なるほど。同族だと、かえって個体識別や違いが気になるのかもしれませんね」
「まあ。スライムとかの個体識別は確かに無理だな……」
「人間の僕は以前とどう違うのですか?」
 ずい、と顔を寄せられ、ひっとのけ反ってしまう。テオドールは素直に身を引いた。ダリオはなんだか申し訳なくなってくる。
「うう……なんか……大人っぽい……前よりもちょっと落ち着いてる……?」
 顔の造形が変わったわけではないが、大人っぽくなったように見えて、ダリオはその目を長く直視できない。
「既に自立していましたが、成熟したと言えばそうか……」
 後半テオドールはひとりごとめいて納得したらしい。
「ダリオさん、ドキドキされるというのは、動悸がして、心臓の拍動が速まっている状態ということですか」
「あー、そう……」
「常と異なるので、命の危機を感じていらっしゃるということでよろしいか」
「違うが」
 真顔で確認されて、ダリオも真顔で返した。
「ドキドキしてるのは、この場合は好きな相手にするやつで……俺はな、またお前のことが好きになったというか……ううう、また恋しちゃったんだよ、あーもう、うわー……なんだこれ……」
 この場合、恥ずかしいというより、顔が赤くなってきて、恋する相手に恋してますと告白することによる脳みそ沸騰だった。
「ダリオさんが……僕を再度好きに……?」
 ぐちゃ。
 ぐちゃぐちゃぐちゃ。
 形容しがたい音がした。何がどうなってるのか知らないが、静かに異様な音が攪拌を続け、ピタリと止まる。
 テオドールが再度顔を寄せてきた。
「唇が慣れないようでしたら、他のところ、手首に口づけてもいいですか」
 手首……とダリオは想像し、缶コーヒーを片手に、大丈夫そうだとうなずく。そして、結果、ある意味全然大丈夫ではなかった。手首にリップ音とともに口づけられ、
「腕の内側にいいですか」
と尋ねられてまた頷く。テオドールのなまめかしい唇が手首から這い登って、動脈上にキスを落とした。
「腰に触っても?」
「ああ」
 右手を腰に回されると抱き寄せられ、「耳やうなじに触っていいですか」とまた聞かれる。頷くと、耳たぶを美しい指先で擦りながら、耳殻を辿り、うなじへと指が滑り落ちていく。
「耳にキスしてもいいですか」
「あ、ああ」
 ちゅ、と耳に濡れた感触と音がして、「うなじにも、」と吹き込まれると腰から力が抜けた。
 首筋に這わせるようにして、うなじの方へ唇が追いかけていく。
 あちこち許可を取りながらキスされ、缶コーヒーを手にしたまま、ダリオはがくがくと半泣きになった。もうコーヒーは冷めている。
「こ、ここじゃ、だめ……家、家がいい……」
 ダリオの膝を割るようにして腰を抱き寄せていたテオドールは感情の読めない瞳で同意した。
「僕もそう思っていたところです」
 よく見れば紫の瞳孔が細まり、テオドールの両瞳はまるで蛇のようなそれだった。
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