俺の人生をめちゃくちゃにする人外サイコパス美形の魔性に、執着されています

フルーツ仙人

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番外 三十一 支配者の館

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 アシヤ家の陰陽師、アシヤトウゴ(※発音はトーゴではないことをダリオは思い出した)とダリオは連れ立って、セントラルパークまで移動した。トウゴは一言も喋らない。しばらく休んで、トウゴの顔色も真っ白からは回復した。
 ここで別れても良かったのだが、万全とは思えず、どうしようかと思ったダリオに、
「近くに宿泊ホテルがある。そこのラウンジまでついて来い」
 むっつりと目も合わさずにこれだった。
 命令系口調で断っても良かったが、まあ後で大丈夫だったか気になるよりはいいか、とダリオは「はあ」と返事して、ぎろりと睨まれてしまった。
 基本的にダリオは、多少理不尽に扱われても腹が立たない性格だ。これは美点と言うより、むしろ欠点として作用することも多い。手酷く扱って、試し行動をするような輩は、手始めにジャブをして、抗議してくるような相手をターゲットから外す。逆らわなかった相手にだけ、より苛烈なことをしてくるようになるからだ。
 ダリオはしばらく「はあ」で過ごしてしまいがちなところがあって、ふとこれは相当理不尽なんじゃね? と気づくと、あっさり相手を切り捨てるので、より深く怨みを買うこともあった。
(まあ、俺の経験上、トウゴくんは若いのに爛れてるところもあるが、割と感性はまともな感じするんだよなあ)
 比較対象はダリオの両親なので、あまり参考にならないかもしれなかった。
 ついて行った先は、インターナショナル・シティホテルだ。
 ラウンジでは、飴色のカウンターに胡粉色のランプが置かれ、天井は多面クリスタルのスクエア・シャンデリアが、褐色の革張りソファやミスティローズのウッドテーブルを照らしている。
 一人がけのソファに身を沈めると、トウゴはぶっきらぼうに口を開いた。
「あんたも座れよ」
「あー、俺はここで失礼する」
「は?」
「ホテルまで送り届けたかっただけだからな。それに俺、金ねーし」
 納得しなさそうだったので、ダリオは淡々と付け加える。
 一方、トウゴはあんぐりと口を開けた。
「金がない? 冗談だろ」
「ええ……よくわからんが、俺の服見たらわかるだろ……」
 貧乏大学生といった感じで、どう見ても金を持っているような服装ではない。
「ちょっと待て。いや、確かに前も変なスーツ着てたな……マジかよ」
 なにがしか葛藤があるらしく、頭を掻き混ぜて、折り合いがついたのか顔を上げた。
「金は俺が出す」
「そういうわけにも」
 未成年疑惑のあるトウゴくんに金出させるのどうなの、とダリオは辞退した。
「あんたと話ができねーとこっちが困るんだよ。相殺できる気がしねぇが、介抱してもらったし、これで貸し借りなしだ」
 よく分かんねぇなぁ、とダリオは思ったが、話したいと言っているし、また訪ねて来られて具合が悪くなられても困る。
「はぁ、じゃあお言葉に甘えて」
 ダリオも席に座ると、ふたりぶんのコーヒーを注文して、トウゴがショルダーバッグから封筒を出した。
「?」
 疑問符を飛ばすダリオに、「賠償の件だ」と言う。あーそういやそんなこともあったよな、とダリオは思い出した。テオドールのポシェットを燃やした件で、トウゴの兄であるキミヒコが「賠償させてもらいます!」的なことを口走り、テオドールも何故か受け入れると応じたやつか、と思い出す。
「俺に渡されても……」
「あんた以外に誰に渡せと」
「テオドール、ええと、賠償相手のことだが、あいつに直接……は経緯が経緯だから無理か。テオもそんなにむちゃしねーと思うけどな」
「渡してくれ」
「まあ、渡すだけなら」
 ダリオは引き受けることとした。それでトウゴは少し心の荷が降ろせたらしい。緊張ぎみだったのが、肩から力が抜けていた。この安堵によるものか、しみじみとした口調で世間話をするように言われる。
「あんたもわかんねぇ人間だな」
「うん?」
「あの……ヤバいのを、弱い使い魔みたいに擬態して連れてただろう」
「あー、あれはまあ、騒がせたら悪いなと思って」
 結果的に騒がせてしまったが。
「かと思えば、安物のぺらぺらスーツに、シティホテルレベルのラウンジで金がねーとか」
「そう言われてもな」
 トウゴは十指を組み、無言で鼻先に皺を寄せた。
「……あんた、フリーの退魔師か? 名刺寄越せ」
「? いや、俺は学生だから名刺とかは持ってない」
「……ああ?」
 語尾は半音上がり、明らかに濁音だった。
「前回、オルドラ教会の依頼受けてたんだよな?」
「あー、臨時アルバイトで」
 ダリオが説明すると、「はぁ?」と切れられる。
「買い叩かれてんじゃねーよ!!」
 トウゴ曰く、信じられないような単価で買い叩かれているとのことだった。ナサニエルが笑顔でピースサインしている幻影が浮かんで、ダリオは内心片手をふって追い払う。
「あーもう、クソッ」
 トウゴから上品とは言えない罵倒が飛び出す。
 彼は頭をぐしゃぐしゃと掻き回すと、怒涛の勢いで口火を切った。
 「適正価格」「相場」「陰陽師の場合は」「市場単価」「事務所」「依頼の受け方」「税金」などなどダリオに説明を始めたのである。
 やはり、爛れた様子を見せていたが、性根は悪くないらしい。 
 前回の暴言も、好意的に解釈すると、遊び気分で危険な職場に来るなと釘を差して来たということになる。
 普通に言えばよろしいわけで、イキがっていたのが後から恥ずかしくなるやつなのはありそうだが。
「うーん、その単価だと確かに俺、買い叩かれたことになるな」
「だからそう言ってんだろ」
「ただ、それって、例えばアシヤ家とか信用ブランドによるものだろう? 俺別に退魔? 事務所も開いてねーし、実績もねーし。顧客ルートもねーしな」
「……それはある」
 トウゴは舌打ちした。
「あんたはとにかく業界の常識がなさ過ぎんだよ」
「そうは言ってもな」
 ここ一年で、へー、怪異関連でそういうのもあったんだなーと知ったダリオである。
「大体、あの屋敷……洋館……」
 思い出したのか、トウゴは顔色を悪くし、口元を抑えた。
「あんた、マジにあそこに住んでんのか?」
「住んでる。というか、トウゴくん、よく俺達の家知ってたな」
「あんた、もう業界では有名だからな……少しは自覚と危機感持てよ」
「うーん……テオがいるしな」
「……」
 トウゴ青年は無言で顔をそらした。問題なさそうである。
「……一応、ジジイが……エイブラハムっていただろ、あいつはザクロス山脈を根城にしてる教団の妖術師なんだが、あんたのヤバい使い魔に執着してる。ジジイだけじゃなく、教団自体、あいつら倫理観ねぇからな。ゴールデン・トライアドも秘密結社で、あんたらに関して変な色気出す、妙な動きがある。気をつけて損はねぇ」
 いい子だな、とダリオは感心してしまった。
「ありがとう。……トウゴくんって何歳だ?」
「あぁ? ……18だが、なんか文句あるかよ」
 そうか、とダリオは大変納得してしまった。どうも未成熟アンバランスに感じたのだ。まだハイスクールに通っている歳ではないか。家業のようだが、ハイスクールの学生に、この手の危険な労働をさせていいのか、そっちの方がよほど疑問なダリオだ。
 それから最後にトウゴはこう言った。
「俺は、大学はこっちに通うつもりなんだ。あんたが事務所開くならノウハウとかわかるし、手伝ってやってもいい」
 この子、何かに、誰かに似てるなぁと思って、ダリオは心中、手のひらに拳を打った。
 エヴァだ。
 エヴァもこういう言い方でダリオに手を貸そうとしてくる。
 まじまじと見てしまい、「なんだよ」と威嚇されたが、その様子がもうでかいハムスターに見えて、「なんでもない」とダリオは笑ってしまったのだった。


 

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