勇者は体に悪い

キザキ ケイ

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04 俺はここに残る

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「……ん」

 さらさらと前髪が揺れる感触で意識が浮上する。
 風だろうか。そんな吹きさらしの場所で寝た覚えなどないが。
 白くぼやけた視界を何度か瞬きで拭い、見えた光景に僕は固まった。

「……あの……?」
「起きたか」

 目に見える範囲いっぱいに人間の顔がある。
 角のない赤髪。鱗や羽毛のないつるりとした肌。赤い血による血色感があって健康的だ。
 瞳孔は縦にも横にも裂けていない真円。
 金色の虹彩がきゅっと狭まった。

「近いんですけど……」
「ん、あぁ」

 小声で抗議すると、勇者はやっとどいてくれた。
 そこでやっと僕は自分のベッドに横たわっていたことを知る。つまりここは勇者の客間だ。
 おかしいな、執務室で勇者を寝かしつけたのが最後の記憶だけど。
 無意識に魔法で移動しちゃったかな。

「あんたが倒れちまったって側近が焦ってたから、ここまで運んだ」

 謎の答えは勇者がくれた。
 連日の疲労と睡眠不足で昏倒した僕を、どうやら勇者が運んでくれたようだ。
 これには深く反省する。
 僕は魔人としては小柄なほうだが立派な成年だ。文官の細腕で抱えるのは難しかっただろう。
 しかしまさか客人の世話になってしまうとは。

「すまないね、迷惑をかけた。ありがとう」
「いや」

 僕が深々と頭を下げると、勇者はそっぽを向いてしまった。
 口数も少ないし、元々あまり社交的なタイプじゃなさそうだ。

「えぇと、さっきはどこまで話したっけ……あぁそうだ、きみの仲間に会いに行こうか。お互いに心配だろう」
「会えるのか」
「もちろん。安全確認が済んでいないから牢での対面になるけど、確認できればすぐに出してあげられるよ」

 ベッドを降りて勇者と部屋を出る。
 よく眠ったせいか体が軽い。昨夜は結局、勇者に起こされてそれほど寝られなかったからなぁ。
 数時間ほど眠って、外は明るくなり始めていた。
 僕が夜更けに寝るだけで、魔王城自体は寝静まる時間はなくいつ活動しても大丈夫。いわゆるフレックスタイム制だ。
 勇者は大人しく僕の後ろをついてきた。
 すれ違う部下に挨拶しながら地下へ降り、一つの牢の前に立つ。
 中には二人の女性がいた。
 物音で起きたのか、粗末なベッドで身を起こしている二人はどちらも目を見開いて勇者を見つめている。

「い、生きていたの……?」
「あぁ。大丈夫か、二人とも」
「勇者様ぁああ~っ!」

 檻を隔てて三人が抱擁を交わすのを、僕は少し離れて観察した。
 勇者とその仲間が身体的接触を行っても、彼らに害意は起こらず、何の魔法も発動しない。勇者も仲間も苦しみ始める様子はない。
 勇者の呪縛は完全に解かれた。

「安全が確認できた。彼らを牢から出してやりなさい」

 牢番に指示を出すと、二人はもどかしそうに牢から抜け出て、再び勇者と抱き合った。勇者もしっかりと仲間の体を受け止めている。
 泣き出してしまった魔法使いを宥めて、三人が笑顔を浮かべられるようになったところで控えめに声をかける。

「良かったら、事の顛末を説明したいんだけど、どうかな」

 勇者は二人をしっかりと抱えたまま頷いた。
 涙目でこちらを振り向いた女性二人は、すぐ近くに人がいたことに驚き、それがヒゲを剃った魔王だと気づいてさらに驚いていた。

 四人で執務室へと場所を移す。
 そこでは側近がすでに諸々の書類を準備済みで、紐で綴じた資料がそれぞれ配られた。
 たくさんの文字列、それによくわからない記号、魔法の陣。
 勇者は首を傾げ、短剣使いは紙束を逆さまにして唸った。
 唯一、魔法使いだけが真剣に資料を読み込み、深刻な表情を浮かべる。彼女には内容が理解できたようだ。

「これはきみたちにかけられていた呪縛を解析したものだ。勇者とそれ以外では内容が一部異なるけど、大まかな部分はそれほど変わらない。すぐには信じられないかもしれないが」

 身体強化、魔力増大、疲労軽減、そのほか戦闘に有利ないくつかの魔法。
 魔法文字と植物の蔦のような文様を組み合わせた陣は、被受者本人にもわからない形で二重になっていた。
 隠された陣には記憶、悪感情の増大、判断力の低下などといった、状態異常をもたらすものが仕込まれている。
 さらに、勇者に与えられた陣には条件次第で自爆や自害を促す内容まで入っていた。
 万が一勇者がしくじった時、対峙する魔人や魔王にその命でもって一撃を加える機構だ。────おぞましくて反吐が出る。
 また、勇者の仲間には別の仕掛けが施されていた。
 しくじった勇者が敵の手に落ちそうになったら、遠隔で勇者の自爆陣を無理やり起動させる。前回の勇者はこの機能を解除できなかったばかりに、みすみす死なせてしまった。

「こんな、私たちに、こんなものが……!」

 魔法使いは驚愕に震え、短剣使いは急いで服を脱ぎ捨てようと動いた。体に刻まれた陣を確認しようとしている。
 僕は短剣使いを止め、魔法使いを安心させるためにできるだけ穏やかに見えるよう笑った。

「大丈夫、きみたちの陣はすでに解除してある。勇者のものも同様にね」
「そうなのですか……あの、なんとお礼を言ったらいいか」
「気にしないで。きみたちを殺すより生かす方が僕にとって有益だという、損得を考えてのことだ。僕たちときみたちは対等な関係だ」
「は、はぁ……」

 やや落ち着きを取り戻した二人を、勇者はじっと見つめていた。
 考えの読めない金の瞳に内心首を傾げつつ、なにか疑問点があれば向こうから言ってくるだろうと放置する。

「勇者から聞いたのだけど、きみたちにも確認したい。きみたちを勇者一行として送り出し、これらの陣を仕掛けたのは、聖教会……間違いないかい?」
「は、はい、そうだと思います。裏の陣の方はともかく、身体強化などの魔法は聖教会の司教様が直々に私たちに掛けてくださったものですから」
「あいつらは『神の加護』だと言ってた。とんでもない嘘っぱちだったんだな」

 未だ困惑している魔法使いと、憤懣遣る方ないといった様子の短剣使いから証言を得て、僕は敵の存在を確信した。
 聖教会は魔法によって善良な若者を勇者に仕立て上げ、死地へ送り出し、失敗すれば自動で処分される細工まで施す、おぞましい狂集団だ。
 勇者たちは一騎当千の実力者だが、それには魔法による力量の底上げが少なからず影響している。
 強い魔法は体に負担がかかる。
 本来なら真実「加護」であるはずの魔法によって心身を蝕まれ、ボロボロになってまで魔王を倒そうとする彼らを、最後は自爆させるなんて。

 無意識に握りしめた拳が強く痛む。
 グロテスクな見た目を理由に異種族から迫害されることが多い魔族は、多種多様の種を内包した生き物だ。
 外見や成り立ちが他と違うことなど差別や迫害の原因にはならない。
 それなのに聖教会の不届き者どもは、一方で愛する心を説きながら、その裏で同じ人間を洗脳して死地に追いやっている。同族をも使い捨てにするその精神。
 これが、人間の恐ろしさ。

 ふと顔を上げると、三人が僕を凝視していた。
 魔法使いの目にはくっきりと怯えが浮かんでいる。勇者と短剣使いは警戒を顕にしている。
 まずい、怒りのあまり殺気が出てしまっていたようだ。

「ごめん。聖教会のあまりの非道に苛々してきちゃって」
「おいおい魔王さんよ、勘弁してくれ。魔界最強のあんたに殺気当てられたら、うちの姫さんが倒れちまう」
「本当にごめん……魔法使いさん、大丈夫?」
「え、えぇ……ちょっと、いえ、かなり怖かったですけど……」

 魔法使いの引きつった微笑に反省を深くする。
 彼らは呪いの加護と共に、魔族に立ち向かうための強化魔法をも解除されている。防ぐもののない魔王の魔力は体に毒だ。
 それに今は怒りで思考停止している場合じゃない。

「僕は勇者たちに行われる非人道的な行いについて追及するつもりだ。恐らく首謀してるのは聖教会だけじゃないだろう、芋づる式に引きずり出す。きみたちにはその手伝いをしてほしいと思ってる」

 助けた恩などと言うつもりはないが、元勇者たちが僕に協力してくれれば事態は相当有利に動かせる。
 聖教会は、未だ帰って来ない勇者一行は魔王を討てず、呪いの発動で死んだと思っているはずだ。
 彼らが生還すれば仰天するだろう。
 そして恐らく、何らかのアクションを起こす。口封じ……穏便な方法か、力づくかはわからないが。

「もちろんきみたちに危害が加わらないよう、負担の少ない防御魔法を付与する。掛ける魔法はすべて公開するから、不要なものは省くし追加の要望も受け付ける。馬車で快適に送り届けるし、道中は護衛もつける。……どうかな?」

 最後ちょっとだけ尻すぼみになってしまった僕の提案に、彼らは力強く承諾を示してくれた。

「わかりました。勇者様を救ってくれた魔王様を信用します」
「あたしたちを殺そうとするなんて、あの司教、いい度胸だね。戻ったら半殺しにしてやるから、攻撃力アップの魔法を頼むよ」
「あ、いや半殺しはちょっと……3割くらいで我慢してもらえると……」

 せっかくの証人を殺させるわけにはいかないが、そこは魔法使いが短剣使い上手くを宥めてくれるとのことで、帰還後のことは理性的な彼女に任せることにした。
 さて、問題はさっきから一言も発しない勇者だ。

「勇者くん、きみはどうする?」

 僕は当然彼も、女性二人と共に人間界へ帰ると言うと思っていた。
 聖教会の非道の被害を一番受けているのは、付与された呪縛が最も重かった勇者だ。
 僕が解呪に失敗していれば、彼は即座に命を落としていた。恨みを晴らしたいならすぐに帰るべきだ。
 個人的には寂しいけれど仕方ない。
 しかし予想に反して、勇者は首を振った。

「俺はここに残る」
「え?」
「勇者様!?」

 僕と魔法使いが同時に驚いた声を上げる。

「どうして? 聖教会に陥れられたのはあなた様も同じ……私たちと共に聖教会を告発するものと思っていましたわ」
「聖教会への怒りはある。だが……恐らくやつらは、懲りずに再び勇者を差し向けてくるだろう。向かってくる勇者を、俺なら止められるかもしれない」
「どういうことです……?」

 勇者の仮説は、勇者に植え付けられた憎しみは「魔族にしか発動しない」というものだった。
 勇者はあるエピソードを根拠に挙げた。
 聖教会から送り出された勇者一行は、人間界の端まで馬車で移動したという。聖教会が手配した馬車で、司祭服姿の護衛がつき、道中はすべて車中泊、人間の集落に立ち寄ることはなかった。
 途中、彼らは野盗に襲われかけた。
 勇者一行は全員戦士だ。当然馬車を降りて護衛に加勢するだろう。
 たとえ護衛だけで野党を撃退できるとしても、一旦は迎撃体制を取るべく馬車を降りると誰もが考える。
 しかし勇者たちの心中には不自然なまでの「魔族への憎悪」のみがあり、彼らは誰も馬車から降りなかった。
 窓から外を窺うことすらせず、野盗撃退に力を貸すという発想さえ湧かなかったというのだ。

「確かに、あの時私たちはおかしかったですわ。外で護衛の方たちが戦っているのに、魔族に対する怒りしか頭になくて……」
「勇者(あたしたち)の攻撃対象は魔族相手限定で、人間が立ちはだかった場合に発揮されないかもしれない、ということかい?」
「そうだ。だからもしまた勇者が送り込まれてきたら、魔王ではなく俺が対応する。上手くいけば被害を最小限にできる。そのために俺は残る」

 なるほど、と納得する魔法使いと短剣使いの横で、今度は僕が唖然としてしまった。
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