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06 楽しませてくれ、勇者くん?
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「どう思う?」
「惚れられてますね」
「やっぱり?」
「据え膳頂いちゃえば良かったじゃないですか。あぁ、魔王様は童貞なんでしたっけ」
「ちょっと、なんてこと言うの。事実だけど……」
「ついでに処女もですよね。300年生きてる魔人が清らかな体だなんて信じられませんよ。都市伝説ですよ」
「ここに実在してるよ!」
側近の遠慮のない言葉の棘が僕にぐさぐさ突き刺さる。
すべて事実で否定のしようもない。
見目麗しい僕の側近は淫魔なので、物心ついた頃にはそういうことを経験済みだろう。
けど僕は違う。
ナイトメアは他人の夢を食う生き物だ。
大まかなくくりで言えば精気だけど、血液や精液などと違って物理的なエネルギーを必要としない。
吸血鬼とのハーフなので血液でも腹を満たせるけど、そっちだって性行為は必要ない。
だから僕は今まで誰とも恋仲になったことがないし、そういう行為も知らないままこの年まできてしまったのだ。
童貞処女な上に最強の魔王、見た目は幼いと揶揄されるほど若いらしいけど、顔の作り的には美人じゃないし、さらに実年齢おっさん。
このまま誰にも顧みられず、仕事だけを生きがいに寂しく枯れた魔人生を送るのだと諦め、遺産相続の生前手続きや終生保険の見直しなどを進め始めて数十年。
「まさか今更、しかも人間が、魔王様に興味持つなんてねぇ……」
濃いめに淹れたお茶をズルズル啜りながら、側近は楽しそうに邪悪な笑みを浮かべた。
他人事だと思って……。
「次の勇者のためとか言ってましたけど、実は彼、魔王様にアプローチするために残ったんじゃないですか?」
「それはさすがに……勇者くんが残ってくれればありがたいのは事実だし」
「そうですね。旧勇者が新勇者を止められずに死んでも我が軍の損耗にはなりませんし、良い駒を手に入れました」
「……やめて。勇者くんを死なせたりしないよ」
いけない、ちょっと強く言ってしまった。
側近が固まってしまったので慌てて謝って、ポットのお茶を注いで渡す。
「ご、ごめん」
「いえ、言い過ぎました。すみません」
彼は極めてフランクに僕に接してくれるけど、僕はこの城で一番上の階級なんだ。威圧的な態度を取れば相手を萎縮させてしまう。
いつも気をつけていたのに、勇者のこととなると、どうも制御が難しい。
「はぁ……」
「これは堕ちるのも時間の問題だなぁ」
「ん、何か言った?」
「いえ独り言です」
側近は僕の淹れたお茶を飲んでくれた。
怒っても怯えてもいないようでほっと胸をなでおろす。
どんな屈強な魔人をも悪夢に突き落とす、平民出で得体の知れない不気味な魔王だと噂される僕と一緒にお茶してくれるのは、この側近くらいなものだ。
あぁそういえば、先日は勇者もお茶を淹れてくれたんだっけ。
自分以外が淹れたお茶って、なんだか妙に美味しいよなぁ。
「さて。休憩はそろそろ終わりにして、逃げている現実に向き合ってくださいね」
「……わかってるよ……」
「それならさっさと行ってください。ここは片付けときますから」
「はーい……」
蹴り出されるように側近に追い出され、日当たりが良くて平和なテラスから出て、昼でも薄暗い城内を歩く。
今日はこれから勇者と、戦闘訓練だ。
「これを渡しておくね」
訓練場にやってきた勇者の顔をなるべく見ないように出迎え、顔をなるべく見ないように手を出させた。
勇者の手のひらに乗せたのは、木製の腕輪。
「これは?」
「身体強化とかの魔法を込めたものだよ。利き手につけて」
「魔王が作ったのか?」
「……うん……」
わざわざ顔を伏せているのになぜ覗き込もうとするのか。
ちら、と見上げると露骨に目が合って、慌てて逸らす。
ガン見されてた。
「勇者の呪縛には強化魔法とか、良い効果もたくさんあった。それごと全部壊してしまったから、体が重かったり魔法の出力が弱くなったり、不便だったんじゃないかな」
「たしかにここのところ剣が重かった。そういうことか」
「うん。肉体に直接刻んだ陣と違って出力は落ちるけど、戦うときにきっと役に立つから」
「ありがとう。大切にする」
たかが装備品を渡しただけにしては気持ちのこもった礼を言われたけど、気にしたら負けだと思うので絶対に目は合わせない。
勇者にはこれから僕の前に立って戦ってもらわなきゃいけないので、彼の魔力の流れや剣術、体術の特徴に合わせた魔法を込めながら木の蔓を編み、腕輪を作った。
先に魔王城を旅立っていった勇者の仲間には、精密な調整はされていないものの万人に効果があるペンダントを渡してある。
元勇者の力量と併せれば並の人間に遅れを取ることはないだろう。
人のことは人に任せた。
代わりに魔王城のことは、こっちでどうにかしなくてはならない。
「人間界で新たな勇者が立てられたという情報を掴んだ。仮に最短日数で魔王城へ侵攻してきたとして、猶予は一週間」
訓練場の真ん中に立ち、距離をおいて勇者と対峙する。
これだけ離れれば視線が絡んでも逸らさなくて済む。照れることもない。
「人数を増やしてくるかもしれない。剣の技できみに劣る分、呪縛や洗脳を強化してくるかもしれない。僕も全力でサポートするけど、相手はいつだって未知数だ。でも……僕はきみを死なせたくない」
「俺も死ぬつもりはない」
「その意気で頼むよ。きみだって後輩をなるべく無傷で撤退させたいだろう?」
勇者はしっかりと頷いた。
勇者の呪縛が対魔族のみを想定し、人間が立ちはだかるパターンに対処できないという仮説が正しければ、次に来る勇者とは戦わずに済む可能性がある。
でも絶対じゃない。
対処できない問題に直面した瞬間に自爆されるかもしれないし、錯乱して戦うより酷いことになるかもしれない。
「新しい勇者に異変の予兆があれば即座に僕が介入する。それまでは勇者くんの好きにしていい。仲間の分断はしてあげられる。それでいいかな?」
「十分だ」
「じゃあそういうことで。せっかくだから戦闘訓練でもしていこうか」
身に纏っていた分厚いマントをばさりと投げ捨てると、勇者は驚きに目を瞠った。
今日の僕は鎧姿だ。
前線で戦う兵士のものほどではない、軽くて表面積の少なめなものではあるが、しなやかで頑丈な革と金属のずっしりとした重みはある。
勇者の驚く顔が予想通りすぎて、上がる口角を抑えられない。
「僕は魔王だよ? 一番強いのは幻惑魔法だけど、それ以外も人並みくらいにはこなせる」
魔力を凝縮させて細身の剣を作り出す。
構えると、勇者も慌てて腰の剣を抜いた。
切った啖呵はぶっちゃけ虚勢だ。
さすがに剣一筋、打倒魔王で何年も訓練してきた若者に勝てるほどの腕はない。でも病み上がりのちょっとした訓練相手くらいにはなれるはずだ。
あと単純に彼の筋肉が躍動するところを間近で見たい、という邪念。
息を乱して汗を流したりしてくれればさらに眼福だ。
「楽しませてくれ、勇者くん?」
僕の言葉に彼の戸惑いは消えたらしい。
すぐに剣先が打ち合わされ、僕も全力で腕を振るう。
安い挑発に気前よく乗ってくれた勇者にこてんぱんにされ床に伸びるまで、僕は久しぶりの戦闘訓練を楽しんだ。
「惚れられてますね」
「やっぱり?」
「据え膳頂いちゃえば良かったじゃないですか。あぁ、魔王様は童貞なんでしたっけ」
「ちょっと、なんてこと言うの。事実だけど……」
「ついでに処女もですよね。300年生きてる魔人が清らかな体だなんて信じられませんよ。都市伝説ですよ」
「ここに実在してるよ!」
側近の遠慮のない言葉の棘が僕にぐさぐさ突き刺さる。
すべて事実で否定のしようもない。
見目麗しい僕の側近は淫魔なので、物心ついた頃にはそういうことを経験済みだろう。
けど僕は違う。
ナイトメアは他人の夢を食う生き物だ。
大まかなくくりで言えば精気だけど、血液や精液などと違って物理的なエネルギーを必要としない。
吸血鬼とのハーフなので血液でも腹を満たせるけど、そっちだって性行為は必要ない。
だから僕は今まで誰とも恋仲になったことがないし、そういう行為も知らないままこの年まできてしまったのだ。
童貞処女な上に最強の魔王、見た目は幼いと揶揄されるほど若いらしいけど、顔の作り的には美人じゃないし、さらに実年齢おっさん。
このまま誰にも顧みられず、仕事だけを生きがいに寂しく枯れた魔人生を送るのだと諦め、遺産相続の生前手続きや終生保険の見直しなどを進め始めて数十年。
「まさか今更、しかも人間が、魔王様に興味持つなんてねぇ……」
濃いめに淹れたお茶をズルズル啜りながら、側近は楽しそうに邪悪な笑みを浮かべた。
他人事だと思って……。
「次の勇者のためとか言ってましたけど、実は彼、魔王様にアプローチするために残ったんじゃないですか?」
「それはさすがに……勇者くんが残ってくれればありがたいのは事実だし」
「そうですね。旧勇者が新勇者を止められずに死んでも我が軍の損耗にはなりませんし、良い駒を手に入れました」
「……やめて。勇者くんを死なせたりしないよ」
いけない、ちょっと強く言ってしまった。
側近が固まってしまったので慌てて謝って、ポットのお茶を注いで渡す。
「ご、ごめん」
「いえ、言い過ぎました。すみません」
彼は極めてフランクに僕に接してくれるけど、僕はこの城で一番上の階級なんだ。威圧的な態度を取れば相手を萎縮させてしまう。
いつも気をつけていたのに、勇者のこととなると、どうも制御が難しい。
「はぁ……」
「これは堕ちるのも時間の問題だなぁ」
「ん、何か言った?」
「いえ独り言です」
側近は僕の淹れたお茶を飲んでくれた。
怒っても怯えてもいないようでほっと胸をなでおろす。
どんな屈強な魔人をも悪夢に突き落とす、平民出で得体の知れない不気味な魔王だと噂される僕と一緒にお茶してくれるのは、この側近くらいなものだ。
あぁそういえば、先日は勇者もお茶を淹れてくれたんだっけ。
自分以外が淹れたお茶って、なんだか妙に美味しいよなぁ。
「さて。休憩はそろそろ終わりにして、逃げている現実に向き合ってくださいね」
「……わかってるよ……」
「それならさっさと行ってください。ここは片付けときますから」
「はーい……」
蹴り出されるように側近に追い出され、日当たりが良くて平和なテラスから出て、昼でも薄暗い城内を歩く。
今日はこれから勇者と、戦闘訓練だ。
「これを渡しておくね」
訓練場にやってきた勇者の顔をなるべく見ないように出迎え、顔をなるべく見ないように手を出させた。
勇者の手のひらに乗せたのは、木製の腕輪。
「これは?」
「身体強化とかの魔法を込めたものだよ。利き手につけて」
「魔王が作ったのか?」
「……うん……」
わざわざ顔を伏せているのになぜ覗き込もうとするのか。
ちら、と見上げると露骨に目が合って、慌てて逸らす。
ガン見されてた。
「勇者の呪縛には強化魔法とか、良い効果もたくさんあった。それごと全部壊してしまったから、体が重かったり魔法の出力が弱くなったり、不便だったんじゃないかな」
「たしかにここのところ剣が重かった。そういうことか」
「うん。肉体に直接刻んだ陣と違って出力は落ちるけど、戦うときにきっと役に立つから」
「ありがとう。大切にする」
たかが装備品を渡しただけにしては気持ちのこもった礼を言われたけど、気にしたら負けだと思うので絶対に目は合わせない。
勇者にはこれから僕の前に立って戦ってもらわなきゃいけないので、彼の魔力の流れや剣術、体術の特徴に合わせた魔法を込めながら木の蔓を編み、腕輪を作った。
先に魔王城を旅立っていった勇者の仲間には、精密な調整はされていないものの万人に効果があるペンダントを渡してある。
元勇者の力量と併せれば並の人間に遅れを取ることはないだろう。
人のことは人に任せた。
代わりに魔王城のことは、こっちでどうにかしなくてはならない。
「人間界で新たな勇者が立てられたという情報を掴んだ。仮に最短日数で魔王城へ侵攻してきたとして、猶予は一週間」
訓練場の真ん中に立ち、距離をおいて勇者と対峙する。
これだけ離れれば視線が絡んでも逸らさなくて済む。照れることもない。
「人数を増やしてくるかもしれない。剣の技できみに劣る分、呪縛や洗脳を強化してくるかもしれない。僕も全力でサポートするけど、相手はいつだって未知数だ。でも……僕はきみを死なせたくない」
「俺も死ぬつもりはない」
「その意気で頼むよ。きみだって後輩をなるべく無傷で撤退させたいだろう?」
勇者はしっかりと頷いた。
勇者の呪縛が対魔族のみを想定し、人間が立ちはだかるパターンに対処できないという仮説が正しければ、次に来る勇者とは戦わずに済む可能性がある。
でも絶対じゃない。
対処できない問題に直面した瞬間に自爆されるかもしれないし、錯乱して戦うより酷いことになるかもしれない。
「新しい勇者に異変の予兆があれば即座に僕が介入する。それまでは勇者くんの好きにしていい。仲間の分断はしてあげられる。それでいいかな?」
「十分だ」
「じゃあそういうことで。せっかくだから戦闘訓練でもしていこうか」
身に纏っていた分厚いマントをばさりと投げ捨てると、勇者は驚きに目を瞠った。
今日の僕は鎧姿だ。
前線で戦う兵士のものほどではない、軽くて表面積の少なめなものではあるが、しなやかで頑丈な革と金属のずっしりとした重みはある。
勇者の驚く顔が予想通りすぎて、上がる口角を抑えられない。
「僕は魔王だよ? 一番強いのは幻惑魔法だけど、それ以外も人並みくらいにはこなせる」
魔力を凝縮させて細身の剣を作り出す。
構えると、勇者も慌てて腰の剣を抜いた。
切った啖呵はぶっちゃけ虚勢だ。
さすがに剣一筋、打倒魔王で何年も訓練してきた若者に勝てるほどの腕はない。でも病み上がりのちょっとした訓練相手くらいにはなれるはずだ。
あと単純に彼の筋肉が躍動するところを間近で見たい、という邪念。
息を乱して汗を流したりしてくれればさらに眼福だ。
「楽しませてくれ、勇者くん?」
僕の言葉に彼の戸惑いは消えたらしい。
すぐに剣先が打ち合わされ、僕も全力で腕を振るう。
安い挑発に気前よく乗ってくれた勇者にこてんぱんにされ床に伸びるまで、僕は久しぶりの戦闘訓練を楽しんだ。
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