虹虹の音色

朝日 翔龍

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第3章 goodbye、goodnight

第2話 原因不明

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 美鈴の家に上がらせてもらった。庭はたくさんの花に溢れ、玄関は暖かい雰囲気を飾る黄色い蛍光灯で包まれていた。
 美鈴はスリッパを用意してくれたけど、僕でいたい私は断った。

「そうだよね、男の子はスリッパ履かないよねぇ」
「うるさいな、良いじゃん」

 茶化してくる美鈴に少しばかり腹立ったけど、気にせずに後をついていく。
 2階に上がってすぐ右側の部屋に入ると、中に大人しそうな短い黒髪をした女の子がいた。

「紹介するね。あたしのお姉ちゃんの友達の、花宮はなみや 恵奈えな。絵と音付けを担当してるの」
「恵奈です、よろしく」
「恵奈……ちゃんかな?」
「これでも高校1年。年上」

 え、背ちっちゃいのに先輩なんだ。可愛い。

「で、こっちがあたしの友達の麻那。編曲担当してもらいたいかな」
「へ、編曲⁉︎ 僕が⁉︎」
「ふぅん……男の子?」
「ううん、女の子だよ。カッコいいのが好きなんだって」

 美鈴、ちょっとバカにしてるな。それなら僕だって。

「美鈴って、学校だと陽キャなんだよ? しかもおバカグループのトップ」
「なっ、そこまでバカじゃない!」
「知ってる。でもバカってのは初耳」

 僕にケンカを吹っかけるなら、これくらい言い返される気でいてもらわないと。

「別に他人のことに興味ない。で、活動するの?」
「あ、そうだったっ! この男の子(仮)かっこかりに構ってる暇はないんだった」
「まったく……あ、そうだ。僕の作った曲、聴いてほしいんだけど……良いかな?」

 美鈴と恵奈は向き合って少し考え込んでいた。でもすぐにこっちに目線を返した。

「聴かせて」
「あたしはさっき聞いたけど……ま、聴いてあげる」
「じゃあ」

 僕は早速、ファイルを再生した。

「……すごい」
「ね。あとは作詞だけかー」
「作詞って、この曲書いたの美鈴なんじゃないの?」

 チャットで渡された音源には既に曲が書かれてたから、てっきり美鈴が書いたのかと思ってた。

「違う違う、あれは音楽サーバーの人から書いてもらっただけ」
「なーんだ。曲調にマッチしてたから自分で書いたかとばっかし」
「そうだね。なんなら、あの人サークルに入れたら?」

 恵奈の提案に、僕は目から鱗が落ちた。それは、美鈴も同じだったらしい。

「たしかにっ! それ採用!」
「僕を誘っといて、その人忘れてるって……」
「美鈴はそういうやつ」

 まあ、それで成り立つなら良いんだけどさ。でも、あのボーカロイド不思議だったな。まるで、美鈴の思いを分かってるような……。

「麻那、どうかした?」
「え、あ……あのボーカロイド、不思議だなって思っただけ。美鈴の世界が分かってるみたいで」
「……それ、私も原因不明。急にボーカロイドに魂が入ったみたいな感じ」

 え、どゆこと。ボーカロイドって、コンピュータだよね。それが何、生きてるってこと?

「急にパソコン起動して、あたしのボカロが『おやすみ』って語りかけたの。バグかと思って即消したけど、次も、また次の日も同じようなことがあって」
「それで本格的にボーカロイドを触ろうとした……って私は聞いてる」
「そ、そんなファンタジーみたいなことある?」
『アルヨ』

 突然、無機質の、棒読みのような声が部屋に響いた。

「噂をすれば、ね」
「え、え……」

 パソコンの画面には、有名なボーカロイドである 鏡音かがみね ユキが表示されていた。
 ショートの銀髪に緑の瞳、黒いゴスロリ衣装という、どこからどう見てもユキだ。

「ワタクシ、ユキ。オマエ、モトメテタ」
「ちょ、ちょっと待って! 何かのドッキリ⁈」
「ドッキリじゃないよ、あたし音声位打ち込んでないし」
「まず、パソコンがいきなり立ち上がること自体おかしいし」

 それはまあそうだけど。今目の前におかしなことが起きてて、はいそうですかと鵜呑みにできるわけないじゃん。

「ココニアツマル、ヒツゼン。ワタクシガ、オマエタチヲタスケル」
「な、何なの? 新たなウイルス、とか?」
「修理してもらったけど、ウイルスはなかった」
「しかも、修理中には一切立ち上がらなかった」

 なにそれ、怖すぎなんですけど。もしかして、AIの急進化、とか?

「ワタクシノウタ、エラバレタモノニシカヒラケナイ」
「そうみたい。だって他の人に送ってもエラーが発生したため開けないって言われてたもん」
「じゃあ、聞いてもいい? ユキは、助けるって言ったよね。何を? どういう風に?」

 その問いに、画面の中のユキは両手を胸の前で祈るように組んだ。
 するとパソコンの画面から眩しい光が放たれた。あまりの眩しさに目を瞑る。そして光が止み、ゆっくりと瞼を開ける。その目に映る光景は、驚きの光景だった。
 何もない、殺風景な場所。目の前には、ただポツンとステージがある。見上げると、1と0で覆われた空。明らかに、さっきまでいた部屋とは違う場所だ。

「ココガ、ワタクシノバショ。ソシテ、オマエタチノ、カツドウキョテン」
「え、もしかしてここってコンピュータの中⁉︎」
「う、ウソでしょ。ファンタジー小説じゃあるまいし」
「……ていうか、このユキ、発言がさっきからOWシリーズの司令官の口調」

 言われてみれば。活動拠点とか、一人称の「わたくし」とか、「選ばれし者」とか。
 まさに、オールガイズウォーの司令官。

「あーー……それ、多分あたしのプレイしてるゲームに影響されてるのかも」
「ソウ。ワタクシト、otomi.のデータハリンクシテイル。ゲームノリレキカラ、ゲンゴハマナンダ」
「……いや言語とかじゃなくて、どういう原理でユキはそこまで進化したの?」
「私も知りたい、それ」

 ユキは顎に手をつけて、その答えを考え始めた。でも答えが思いつかないのか、眉間にシワを寄せている。

「ムズカシクテ、コタエラレナイ。デモ、ワタクシガココマデナッタノハ、otomi.ノサケビニ、キョウメイシタカラ」
「あたしの、叫び?」
「音楽ってことでしょ?」
「ソウ。otomi.ノオトガ、ワタクシヲヨビオコシタ」

 原理は分からないけど、美鈴の音楽がユキの何かを掴んだのかな。

「とりあえず、私達に害は及ぼさないって解釈で良い?」
「ワタクシハ、ウイルスジャナイ。ヨッテ、オマエタチニ、キガイヲクワエルキハナイ。マシテヤ、ソンナコウイニ、キョウミモナイ」
「そっか。それは安心できる」
「じゃあ、どうやって麻那の……なーさのこと選んだの?」

 そっか、美鈴のコンピュータとリンクしてるなら、僕のことを「なーさ」と認識してるんだっけ。

「アイテノコンピュータノデータヲ、ミルダケ」
「え、ちょっと待って! めっちゃウイルスじゃん!」
「ミルダケデ、ウイルスジャナイ。ウイルスハ、ソノデータヲ、アクヨウスル」
「いやそうじゃなくって! 普通に犯罪だし!」

 ハッキングとか、プライバシーの侵害とか、色んな法律に反してること気付いてないのか、このユキは。

「ソレハ、アクマデニダケ、ガイトウスルモノ。ワタクシハノゾカレル」
「うわぁ、やなやつ」
「ちょ、一応これあたしのユキだから」
「ねえ美鈴。これどこで買ったの?」

 たしかに、それ気になる。怪しいサイトで買ったなら、即刻削除してやるんだから! この犯罪者野郎!

「買ったっていうか……まあ普通に、ジャングルプライム。でも、お母さんが改造してた」
「……改造?」
「美鈴のお母さん、プログラマーだっけ」

 プログラマーってことは、AIの改造もできるのかな。いやにしても、生身の僕達がコンピュータの中に入る設定までは作れないような。

「ワタクシノウタ、キイテクレル?」
「もしかして、歌いたかったの?」
「ソウ。オマエノクレタデータ、モットワタクシノナカデ、キョウメイシタ」

 それはそれでありがたいけど、AIなんだよなぁ。正直困惑。

「まあ、歌ってよ」
「うん。聴くしか選択肢なさそう」
「でも、音とか……?」

 ステージに突然、キーボードやエレキギター、ドラムと楽器が現れた。
 そして、黒い影のようなものがそれらを使って演奏を始めた。その序奏は、紛れもなく僕が付け足した音だった。

「ワタクシハ、ヒトリジャナイ。オマエタチモ、オナジ。ワタクシガ、オマエタチノコドクヲナクス!」

 何言ってるのか、わからない。だけど、僕が孤独なことを知っている。なぜだか分からないけど、信じてみようって思える。身を任せようって思える。

「……しょうがない、賭けてみる」
「あたしも、同じ」
「私も……不思議に、信じてみようって思う」

 みんなも同じ。ちょっと、というかだいぶおかしなユキの声を聴くたびに、原因不明な信頼感を手にし続けていた--。
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