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おぞましさ
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「お前も大変だな」
「当たり前だろ。囚人も楽じゃない」
「自分から入る要因作っといて何言ってんだ……。というか、大変ならネビュラと結婚すればいいじゃねぇか。あいつ監獄長だろ?あそこで一番偉いなら悪い生活にはならないんじゃないか?」
シラキは目を丸くしてアロンを見返した。
「冗談じゃない。俺は頭の回転がいいからどこでもうまくやっていける自信はあったんだが、あいつのそばでは無理だ。前提条件が違いすぎる」
「前提条件?何があるんだ?」
シラキはテーブルに頬杖をついてアロンを見つめていたが、やがて頭を軽く振って笑った。
「はは……たぶんお前に言ったら俺は即監獄行きだ」
先ほどネビュラはライネスとの約束でアロンに聞かせたくないことを言わないようにしていた。
その内容がおそらく自分が逃げる原因である。
シラキはアンドロイドの“惚れやすさ”を知っている。ネビュラのように人間の伴侶を熱望しているタイプを落とすのはもっと容易い。
プログラムの最後までだらだらと過ごしながら観察し、最後の最後で一番有望な囚人が選ばれようとするところでシラキは相手をボコボコに殴った。
そしてこう言ったのである。
「監獄長!最初は何とも思わなかったが、このデスゲームを……じゃない、この婚活パーティーを通してあなたの魅力に気づき、ともに生涯を過ごしたいと思ってしまった!この者を殴り殺しててもあなたを手に入れたい!どんな対価を払ってもいい!俺はあなたが好きだ!」
自分のために他の囚人を殴り、かつ婚活パーティーの過程で心を動かされたということを伝えると、案の定惚れてしまったネビュラはシラキを選んだ。
これで悠々自適な生活を送れるかと思った矢先、シラキはここがどんな場所なのか忘れたんじゃないかと思うほどその選択を後悔した。
婚活パーティーを行なっているここは監獄である。一つ手間違いが起きればとんでもないことになり得ない場所である。
死刑囚であるシラキを自由にするわけがなかった。
しかし全くその可能性に気付かなかったわけではない。ただ侮っていただけである。
まさか情報漏洩を防ぐために手足の切断に、声帯及び眼球切除をするとは思わなかった。
シラキはもともと幼い頃、運び屋をしていた際に荷物を損傷させてしまい、その対価として舌を抜かれていた。
九死に一生を得てなんとか失血で死ななかったものの、しゃべれないとなるとかなり大変だった。
幸いシラキは人をたぶらかす能力に長けている。少し成長した頃、暮らしていた場所を管轄しているボスの懐に入り、改良手術で舌を取り付けてもらった。さすがに贅沢は言えなかったものの、しゃべれるだけ生存率は上がる。
そのせいか、ネビュラはシラキの舌さえ取ればしゃべれなくなるので、声帯を切除したあとの痛みや呼吸のための器具の取り付けをしなくていいと考え、苦痛も和らぐだろうと思っていた。そしてそれを含めて運命だと言う。
シラキは手術台に引きずり上げられる前に、ネビュラから前の伴侶との幸せな結婚生活を写真付きで聞かされていた。
それはまさに地獄のような内容である。
見せられた写真の中でその死刑囚は手足がなく、両目は白い布で覆われ、のどには呼吸用の器具が取り付けられていた。
さらに恐ろしいことに切除した眼球と声帯はホルマリン漬けにし、切り落とした手足は防腐処理を施してガラスケースに飾っていた。それもその囚人が暮らしているその部屋にである。
写真の中ではそのガラスケースの前でネビュラが囚人を抱き上げながら撮った写真や結婚式のつもりで飾った部屋でケーキを切る写真、そして囚人のおでこにキスをする写真まで実に幸せそうな表情が映っていた。
もちろん幸せそうにしているのはネビュラのみである。
写真を見ながら語るネビュラは本当に幸せな結婚生活を語っているみたいに頬を緩めていた。ご丁寧にしっかりと術後の生活のあれこれや予定まで一緒に伝えられていた。それでシラキの緊張を和らげようとしたのを知った時、シラキから思わず笑いがもれた。
それはどこか狂った者を目の前にした時、追い詰められて逃げ場がなくなった者が「なぜこいつと関わった?」と自虐するような笑いである。
ネビュラは幸せそうに語っていたが、やがて前の伴侶が自殺したと語った時がもっともシラキを恐れさせた。
今でもあの表情と言葉が忘れられない。
「あんなに幸せな日々を送っていたのに……なんで死んちゃったんだろうなぁ」
悲しそうに眉を寄せて、ネビュラは愛おしげな手つきでモニターに表示された写真をなでた。
その光景がなんともおぞましく見え、純粋な残酷さともいえる言動に、このアンドロイドは本気でアレを幸せなものだと認識していたのだと知った。
人間とアンドロイドのあいだにはどうしても埋められない溝がある。シラキはそれを知っていたが、こうもまじまじと見せつけられるとやはり恐ろしい。
彼らは知識でしか人間の苦しみを理解していない。想像するも、それはあくまで「人間はこうされると苦しい」という知識であり、人間のように「もし自分がこうされたらどう感じるのか」、「自分はこうされると苦しい」という実体験をする想像、そしてそれに対する共感ができない。
幸いしたのはそこへアロンの夫であるライネスとエルドが来たことである。
アロンは狼が好きだと知ったエルドがライネスに打診し、何をしてもいい人間を監獄から1人みつくろってほしい、と言った。
シラキが選ばれたのは完全に消去法だった。
アロンと顔見知りであり、何をしても問題はなく、さらには脅し材料があり、自己判断ができる賢さのある人間……という条件でピッタリはまったのがシラキである。
アロンと同じ監房なので顔見知り、死刑囚なので何かあれば殺せば問題はない、ネビュラから逃げられるという脅しに使える材料、そしてこの場合が指す賢さとはおそらく余計なことはしない賢さなのだろう。
アロンを守り、余計なことを言わず、使いやすい狼を演じれば生き延びられる。
シラキはすぐに応答した。
ネビュラは残念がっていたが、ライネスの頼みとあらば断らなかったらしい。ただもっともネビュラの心を動かしたのはエルドから言われた「阻害があったほうが恋は燃え上がる」という言葉である。
伴侶型の言葉なので間違いはないとネビュラは信じ、そのまま笑顔でシラキを送り出した。
こうしてシラキは今この場にいる。本心を言えばちょっとだけアロンの状況をかわいそうに思ってしまっている。
三体ものアンドロイドに囲まれて、価値観の合わないすり合いをし、いつ何をされるのかわからないのに心を開き始めているので、何かあった時はもう手遅れになるだろうと思われる。
シラキは軽いため息を吐き出した。
「まあ、お前はこれからのお茶会とやらに気を配ったほうがいいな」
それを言われてアロンが瞬時に難しい顔をした。
「行きたくねぇ」
「なぁに、どうせ行くんだ。楽しまないと。あのユラとかいうお嬢ちゃんにひと泡吹かせに行こうぜ」
シラキはニイッと笑って鋭い犬歯を見せた。
「俺に任せろ」
「当たり前だろ。囚人も楽じゃない」
「自分から入る要因作っといて何言ってんだ……。というか、大変ならネビュラと結婚すればいいじゃねぇか。あいつ監獄長だろ?あそこで一番偉いなら悪い生活にはならないんじゃないか?」
シラキは目を丸くしてアロンを見返した。
「冗談じゃない。俺は頭の回転がいいからどこでもうまくやっていける自信はあったんだが、あいつのそばでは無理だ。前提条件が違いすぎる」
「前提条件?何があるんだ?」
シラキはテーブルに頬杖をついてアロンを見つめていたが、やがて頭を軽く振って笑った。
「はは……たぶんお前に言ったら俺は即監獄行きだ」
先ほどネビュラはライネスとの約束でアロンに聞かせたくないことを言わないようにしていた。
その内容がおそらく自分が逃げる原因である。
シラキはアンドロイドの“惚れやすさ”を知っている。ネビュラのように人間の伴侶を熱望しているタイプを落とすのはもっと容易い。
プログラムの最後までだらだらと過ごしながら観察し、最後の最後で一番有望な囚人が選ばれようとするところでシラキは相手をボコボコに殴った。
そしてこう言ったのである。
「監獄長!最初は何とも思わなかったが、このデスゲームを……じゃない、この婚活パーティーを通してあなたの魅力に気づき、ともに生涯を過ごしたいと思ってしまった!この者を殴り殺しててもあなたを手に入れたい!どんな対価を払ってもいい!俺はあなたが好きだ!」
自分のために他の囚人を殴り、かつ婚活パーティーの過程で心を動かされたということを伝えると、案の定惚れてしまったネビュラはシラキを選んだ。
これで悠々自適な生活を送れるかと思った矢先、シラキはここがどんな場所なのか忘れたんじゃないかと思うほどその選択を後悔した。
婚活パーティーを行なっているここは監獄である。一つ手間違いが起きればとんでもないことになり得ない場所である。
死刑囚であるシラキを自由にするわけがなかった。
しかし全くその可能性に気付かなかったわけではない。ただ侮っていただけである。
まさか情報漏洩を防ぐために手足の切断に、声帯及び眼球切除をするとは思わなかった。
シラキはもともと幼い頃、運び屋をしていた際に荷物を損傷させてしまい、その対価として舌を抜かれていた。
九死に一生を得てなんとか失血で死ななかったものの、しゃべれないとなるとかなり大変だった。
幸いシラキは人をたぶらかす能力に長けている。少し成長した頃、暮らしていた場所を管轄しているボスの懐に入り、改良手術で舌を取り付けてもらった。さすがに贅沢は言えなかったものの、しゃべれるだけ生存率は上がる。
そのせいか、ネビュラはシラキの舌さえ取ればしゃべれなくなるので、声帯を切除したあとの痛みや呼吸のための器具の取り付けをしなくていいと考え、苦痛も和らぐだろうと思っていた。そしてそれを含めて運命だと言う。
シラキは手術台に引きずり上げられる前に、ネビュラから前の伴侶との幸せな結婚生活を写真付きで聞かされていた。
それはまさに地獄のような内容である。
見せられた写真の中でその死刑囚は手足がなく、両目は白い布で覆われ、のどには呼吸用の器具が取り付けられていた。
さらに恐ろしいことに切除した眼球と声帯はホルマリン漬けにし、切り落とした手足は防腐処理を施してガラスケースに飾っていた。それもその囚人が暮らしているその部屋にである。
写真の中ではそのガラスケースの前でネビュラが囚人を抱き上げながら撮った写真や結婚式のつもりで飾った部屋でケーキを切る写真、そして囚人のおでこにキスをする写真まで実に幸せそうな表情が映っていた。
もちろん幸せそうにしているのはネビュラのみである。
写真を見ながら語るネビュラは本当に幸せな結婚生活を語っているみたいに頬を緩めていた。ご丁寧にしっかりと術後の生活のあれこれや予定まで一緒に伝えられていた。それでシラキの緊張を和らげようとしたのを知った時、シラキから思わず笑いがもれた。
それはどこか狂った者を目の前にした時、追い詰められて逃げ場がなくなった者が「なぜこいつと関わった?」と自虐するような笑いである。
ネビュラは幸せそうに語っていたが、やがて前の伴侶が自殺したと語った時がもっともシラキを恐れさせた。
今でもあの表情と言葉が忘れられない。
「あんなに幸せな日々を送っていたのに……なんで死んちゃったんだろうなぁ」
悲しそうに眉を寄せて、ネビュラは愛おしげな手つきでモニターに表示された写真をなでた。
その光景がなんともおぞましく見え、純粋な残酷さともいえる言動に、このアンドロイドは本気でアレを幸せなものだと認識していたのだと知った。
人間とアンドロイドのあいだにはどうしても埋められない溝がある。シラキはそれを知っていたが、こうもまじまじと見せつけられるとやはり恐ろしい。
彼らは知識でしか人間の苦しみを理解していない。想像するも、それはあくまで「人間はこうされると苦しい」という知識であり、人間のように「もし自分がこうされたらどう感じるのか」、「自分はこうされると苦しい」という実体験をする想像、そしてそれに対する共感ができない。
幸いしたのはそこへアロンの夫であるライネスとエルドが来たことである。
アロンは狼が好きだと知ったエルドがライネスに打診し、何をしてもいい人間を監獄から1人みつくろってほしい、と言った。
シラキが選ばれたのは完全に消去法だった。
アロンと顔見知りであり、何をしても問題はなく、さらには脅し材料があり、自己判断ができる賢さのある人間……という条件でピッタリはまったのがシラキである。
アロンと同じ監房なので顔見知り、死刑囚なので何かあれば殺せば問題はない、ネビュラから逃げられるという脅しに使える材料、そしてこの場合が指す賢さとはおそらく余計なことはしない賢さなのだろう。
アロンを守り、余計なことを言わず、使いやすい狼を演じれば生き延びられる。
シラキはすぐに応答した。
ネビュラは残念がっていたが、ライネスの頼みとあらば断らなかったらしい。ただもっともネビュラの心を動かしたのはエルドから言われた「阻害があったほうが恋は燃え上がる」という言葉である。
伴侶型の言葉なので間違いはないとネビュラは信じ、そのまま笑顔でシラキを送り出した。
こうしてシラキは今この場にいる。本心を言えばちょっとだけアロンの状況をかわいそうに思ってしまっている。
三体ものアンドロイドに囲まれて、価値観の合わないすり合いをし、いつ何をされるのかわからないのに心を開き始めているので、何かあった時はもう手遅れになるだろうと思われる。
シラキは軽いため息を吐き出した。
「まあ、お前はこれからのお茶会とやらに気を配ったほうがいいな」
それを言われてアロンが瞬時に難しい顔をした。
「行きたくねぇ」
「なぁに、どうせ行くんだ。楽しまないと。あのユラとかいうお嬢ちゃんにひと泡吹かせに行こうぜ」
シラキはニイッと笑って鋭い犬歯を見せた。
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