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第一章
アレン
しおりを挟むカナトはふと気になった。
自分は生前読んでいた小説の世界に来てしまったのはわかる。しかし、今は物語のどこまで進んでいるのかまったくわからない。
屋敷の主人であるアグラウ・フレス・ヴォルテローノがまだ元気でいるところを見ると、おそらくまだ受けの登場はもう少し先になると思われる。
アグラウは本作の受けを屋敷に迎えてから、物語の中盤に少し差し掛かる前に毒殺で死んでしまい、その罪が受けになすりつけられたのである。もちろん犯人は悪役だ。
その悪役がアグラウの血の繋がりがない養子、アレスト・ロイマン・ヴォルテローノである。
小説の中で最大の悪役にしてすべての黒幕。このキャラは黒幕にしてほぼ全読者の黒幕予想リストから除外された稀有なキャラである。
原因の一つに、背が高く、明るく、いつも白い衣服をまとうせいで当初は天使お兄さんなどと呼ばれていたが、物語中盤あたりで明かされる闇落ちぶりが酷く、堕天使に呼び名が変えられた男である。
本作の攻めが受けを助ける途中でアレストのおかしな点に気づき、悪意がバレたのだ。
誰も初見、爽やかで体育会系のようなキャラに対してこれは黒幕だなと思わない。
実際、作中で主人公受けをかばい、助け、そして主人公攻めとのキューピット役をしていたため、鋭い読者から疑惑を持たれても黒幕だとわからなかった。この時すでに善意的な表情の下で受けと攻めに対して酷く歪んだ感情を抱えていた。カナトもそうと知らず、キューピットと呼んでいたが、闇堕ちが明かされると当て馬と呼ぶようになった。
そして毒は少量ずつアグラウに飲ませていたため、中盤近くになると急に倒れたのだ。アレストは薄々、父が爵位を受けに渡そうとしているのを察していたからである。なので、最後の最後で父の本音を聞き、我慢できずに毒の量を増やして殺した。
バレたあとのアレストはまるで吹っ切れたように善意的な仮面を外し、徹底的に主人公たちを苦しめた。その中でなんと自国の国王までも手玉にとっていた。
恐ろしい男だなぁ。
他人事のように考え、カナトは特に気にせず歩いた。
正直言ってこの屋敷で働き、大好きな主人公カップルが現れるのを待つつもりでいた。そしてアレストの情報提供を行うことで推したちに近づけるという打算だった。
そうしようにもまずは悪役のアレストと会わなければいけないが、拾ってもらってからは一度も顔合わせをしていない。
「ま、いずれは会えるだろ」
ちなみにカナトは今日もメイド服だった。
仕上げの掃除を終わらせ、バケツの水を捨てた帰り、カナトはアレンという少年に会った場所を振り向いた。
猫と子猫の約束はしたものの、顔を見られたことで慌てて逃げてしまった。そのため、次に会う日時を決めずにいた。それも、もう3日前の話だ。
「はあ、後ろ盾のつもりだったんだがな。また探すか」
「探すって何を?」
突然響いた声にカナトは驚き、バケツを取り落しそうになる。振り返ると、そばにアレンが立っていた。
短い金髪に涼しげな目が印象的な少年である。年齢的には16前後だと思われる。しかし、どこか凛々しい雰囲気に使用人だとどうしても思えないところがあった。
カナトは顔を引きつらせて自分より頭一個分以上高い少年を見上げた。ごくっとのどを動かして頭をうつむかせた。
「また会えてうれしいな」
とアレンは言う。
「お、おう………それじゃ」
カナトが慌てて逃げようとするとパッと腕をつかまれた。
「待って!その、猫のことなんだけど、見に来ないか?」
「……猫?」
「そう!顔を見られたくないのはよくわかった。だからなるべく顔は見ないよ。ほら」
そう言ってアレンは目をつむった。
「いや、その。あの時は俺が勝手に逃げただけで、別にもう顔見られてもいいけどな。もともとは男がメイド服着ているの知られたくなかっただけだし」
「ほんとかい?」
アレンがパッと目を開ける。
「ああ、それより猫は?」
カナトはアレンの背後をのぞいて猫を探したがいない。
「僕の部屋へ行こう。今は親猫も子猫も寝ているからな」
まだ夕方前である。
「そうなのか?お前の部屋はどこにあるんだ?」
「屋敷のニ階」
屋敷のニ階!?
カナトが思わず足を止めた。
「ちょ、ちょっと待って!!ニ階って使用人が寝泊まりしていいところじゃないだろ!」
使用人には使用人専用の休憩舎がある。一般的に屋敷のニ階に部屋があるのは屋敷の主人かその家族である。カナトにも少しずつとそういった掟がわかってきた。だからこそ驚く。
「え?」
アレンはどこか戸惑った顔をしたが、すぐに笑った。
「ハハハ!そうかそうか!本当だったんだな!」
「何が?」
「いや、なんでもない。じゃあ、ここで待っていて、猫連れてくるよ。どのみち子猫の授乳時間には起きるだろうし」
そう言ってアレンは走り去っていった。
カナトはアレンと初めて話した場所に座り、その帰りを待った。
………なんだか、違和感があるな。
カナトはアレンと話していて違和感に似たものを感じた。だがそれをうまく言葉にできない。それがなんなのかを考えているあいだにアレンは戻ってきた。
両手に植物で編んだカゴのようなものを持っている。
猫か!!
カナトが興奮で立ち上がると、カゴからにゃんと鳴いて見たことのあるオウムが顔を出した。
「あ"!?」
「ああ、違う違う!!オウムは猫と仲がいいからついてきただけなんだ。猫はちゃんとカゴの中にいるよ」
そう言ってカナトの前に立ち、カゴの中を見せた。そこにはぶすっとした表情で人間を見ている母猫と、必死に乳を飲んでいる4匹の子猫がいた。
「か、かわいいな」
「そうだろ?」
アレンはじっとカナトの顔を見ていた。それに気づいてカナトが顔を上げる。
「なんだよ。やっぱり男がメイド服とか変に思っているだろ」
「そういうつもりじゃ……」
「うそつけ!言っておくけど、俺が好きでやっているんじゃない!性格の悪いあの若造の命令でしているだけだ!」
「性格の悪い、若造?」
「ああ!ほら、いるだろ!屋敷の主人の息子!」
「………その、最近は新しい使用人が入ってきてないし、きみは初めて見るから、ちょっと前にその若造に助けられた子どもだと思うけど……」
アレンは頬をかきながらチラチラと様子をうかがう。
「よくわかったな。確かに俺は助けられたあの子どもだ」
そしてぼそりと、と言ってももう子どもじゃないけどな、と付け加える。
言いながら今の自分がまだ14、5歳程度だと思い出した。顔も姿も昔の自分と同じだ。
「だが!メイド服着せられたのは許せない!」
「きみには似合うと思うけど」
「どこが!?くそっ、いつになったらメイド服脱げる許可が降りるんだ」
「なんでメイド服着せられたのか、理由はわかるか?」
「勤務態度だ」
理由をちゃんと理解していることにアレンがほっと息をつく。
「それならば話は早いじゃないか。勤務態度を改めればいいだけだろ?」
「めんどい」
「うっ……はは、手強いな」
その後、カナトとアレンは猫を囲んでどの猫がオスかメスかで言い当てながら、名前をつけていった。
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