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第一章
罠
しおりを挟むアレンがアレストだと知ってからカナトは徹底的に避けていた。
時系列的に今のアレストは闇落ちしていないため、多少の失礼は許してくれる。しかも向こう側が身分を明かしてない期間に犯した失礼である。
だが、カナトには避けなければいけない理由があった。
アレストと距離が少し近い女はなぜかみんないなくなるという不思議があった。原作を読んだことがあれば、それは家業に集中してほしいアレスト父の仕業だとわかる。
まだまだ健在なアグラウは必ずカナトに手を出す。それを知っているカナトはなるべく息を最小限にひそめるしかなかった。
早く女装をやめなければ!あの噂になっているメイドって絶対俺だ!間違いない!
使用人専用の部屋で、4人ひと部屋の二段ベッドの一段目でカナトが身を丸めていた。
すでに時は夕方を過ぎている。自分たちの夕食も済ませた使用人たちがぞろぞろと帰ってくる。同部屋のジロンという少年も帰ってきた。
カナトがいるのを見つけると両手を広げて抱きついた。
「カナトォ~スカートめくりさせて!」
「どけっ!俺は今人生の難題に直面してんだ!一歩間違えれば命取りなんだよ!」
「俺の話も聞いてくれよ!今日さ、厨房のほうで可愛い女の子に会ったんだけど、何回か話しかけたらうざいって言われた!」
「知らねぇよ!暑苦しいから離れろ!」
「そういえば最近コソコソしてんね。何かやらかした?酷いこと?」
心配げに訊くが、ジロンは決してカナトの心配をしているわけではなかった。
「もし酷いやらかしとかしてしまったら俺たちいったん距離保とう?俺まで言及さらたらいやだし」
ほら見ろ、と言わんばかりの視線を投げてカナトは抱きついてくる腕をペシッと力強くたたいた。
「いてっ!」
「もし坊ちゃんに失礼なことをしたと言ったらどうする」
約2秒ほどの沈黙後、ジロンはふいと視線を漂わせ、白々しく「なんだか急に眠くなったなぁ」と言って布団に入っていく。
この薄情ものが!
予想できたとはいえ、やはりムカつく。カナトは負けじと声を張り上げた。
「二度とスカートめくらせてやらねーよ!」
「カナト~俺のオハシス~」
「黙れっ」
アレストを避け続けて2週間。
カナトはだいぶ慣れてきた。特に何もなかったし、知らないあいだに売られていたということもなかった。そのためついこのあいだまで戦々恐々と過ごしていた日々とは反対にどんどん機嫌がよくなっていく。
すっかり警戒心を解いて庭を歩いていた。
やっぱり人間はリラックスが一番だな。
干物を干し終わった帰り、カナトの耳に突然にゃんという猫の鳴き声が響いてきた。
ぴんと耳を立てる。するともう一度にゃんと声がした。
まさか猫か!
カナトは姿勢を低くして「おいで、おいで」と言いながら猫の姿を探す。
そして樹木に囲まれ、花が植えられた花壇の近くに編みカゴがあるのを発見した。その中からにゃんと声がする。
猫!!
「ねーーうわっ!!」
編みカゴに走り寄ろうとした瞬間、シュパッと音がして、一瞬でカナトの視界が反転する。
「な、なんだ!」
「僕だよ」
アレストが幽鬼のごとくヌッと木の後ろから顔を出した。どこか捨てられたような、恨めしいような視線でカナトの前に来る。
カナトが口を開けたまま固まった。
「少しゆっくりと話さないか?」
「お、降ろせ……」
「少しゆっくりと話がしたい」
「とりあえず降ろせ、ください……」
「2人だけの時は敬語なんていいよ。それよりゆっくりとーー」
「わかったから先に降ろせよ!!スカート押さえてんの見えねぇのかよ!」
パァとアレストの顔が明るくなる。
降ろされたカナトはバクバクという心臓をぎゅっと守るように押さえた。
びっくりしたー!こんなところで罠を仕掛けられて待ち伏せされるとは!
「それで、カナト。この前のばったり会った時のことなんだけど」
「ここで話すのかよ!あとその手に持っている縄早く捨てろ!クソッ!」
カナトは自分の片足を吊し上げた縄を見てキッとにらむ。
アレストはパッとそれを木の根元に投げた。
「捨てたよ。じゃあ僕の部屋に行かない?」
「……あんたがアレスト坊ちゃんだろ。また噂立てられてぇのか」
「すまない。迷惑だったかな」
迷惑も何も、アグラウに目をつけられてしまえば自分の身に何が起こるのかさえわからない。その状況下で冒険するわけにはいかなかった。カナトはまだ何も知らないだろうこの時期のアレストを呆れた目で見る。
「お前、用心しなさすぎるだろ。考えろよ。お前と密会していたメイドが俺だとわかると追い出されるんだぞ。食っていけねぇよ。密会はしてねぇけどな」
「そ、そうだな……すまない。でも、きみ以外にいないんだ」
「何が?」
「心の悩みを言える人」
カナトが一瞬黙ってしまった。そして原作で知っていることを無視して言う。
「友達とかいるだろ。そいつらに言えよ」
「ダメだ。言えるほど仲がいい人なんていない。それに内容が内容なだけに逆手に取られて弱点になってしまう」
「貴族ってめんどくせぇな」
「はは……それで、できれば猫友達のきみに聞いてほしいし、一緒にいてほしい」
「だから、そうすると俺自身が危ないんだよ。お前、俺を守れるほどの力ないだろ」
アレストはハッとしたように黙り込んだ。
それが見るに耐えず、カナトは目をそらした。そしてカゴの方向を見る。するとどうだろう。鳥がいた。
カナトが思い切り顔をしかめる。
「また貴様か……」
「え?ああ、オウムか」
オウムはバサバサとアレストの肩に飛び乗る。
「一応名前はホロロっていうんだ。かしこいよ」
「ああ、そうだな。お前の捕獲作戦に加担するほどかしこいもんな」
じとっとした視線を向けられてアレストが気まずく笑う。
「……ごめん」
◇————————————————————————
明日はお昼と夕方にそれぞれ更新予定です。
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